第240話 エモエナの導き
しばし見つめ合う私と、反指揮者派の水色髪女子高生。
身長は私より若干低め……まあ女子高生の平均身長で、胸のサイズは普通。
クラスでは委員長をやっていそうな凛々しい顔つきに、
毎日手入れをしているだろうサラサラの長い髪。
そんな彼女の腰まで届くロングヘアーをまじまじと見て綺麗だなと思った。
すると「あっ」と正気に戻った相手が、慌てて口を開く。
「あ、あの」
ぐぅ~。
「はあう……お腹すいたぁ」
しかし間の悪いタイミングで私の腹の音が割り込んだ。
気の抜けた声でひもじさを紡ぐと、相手も緊張がほぐれてふふっと笑う。
「お腹空いてる?」
「あ、はい。朝食まだなんです……。
エモエナとBLTサンドイッチ食べたくて買いに来ました」
「そう……あ、なら。よかったら一緒に食事しませんか?
このマジマートは二階に繋がってて、そこにイートインスペースがあるの」
「あ、します……」
「ほんと? ありがとう。
じゃあ、えっと、お買い物済ませよう。荷物持つよ」
「え? あ、どもです……?」
空腹すぎて頭が回らず、なんとなく頷いてしまった。
まあ良好な関係を築けそうだしいいか。
しかも声質がクールでいいな……
彼女に妙に親近感が湧いていることに戸惑いながらも、
私はエモエナとBLTサンドイッチをおごってもらい、
彼女の案内を受ける。
二階への階段は「従業員オンリー」と書かれたドアの近くに隠れていた。
上に着くと「土足厳禁」と書かれた靴箱があり、
ここと65階にしか行かない隠しエレベーターがあった。
「ここは?」
「さっきも言ったけどイートインスペースだよ。
そして私たち月読学園生だけの秘密の集合場所。
フィールドワークのために集まってミーティングする場として使われてるかな」
「へえ……」
外に出るんだから一階に集合場所があるのは当たり前か。盲点だった。
靴を脱いで硬いカーペットの上に乗ると、床暖房が温かい。
以外と心地いい場所だ。
「そこに座って。私の座席は固定にしてるの」
「あ、はい」
「危ないから他の席には動かないで」
「はい……」
私はそのイートインスペースの端っこに固定された椅子に座らされる。
頑丈な作りで壊れそうにないくらいに硬い。
彼女は私の隣にスッと座った。
目の前のミニテーブルには二人分のエモエナとサンドイッチが上に置かれる。
ガラス張りの壁越しに見える外の景色が綺麗だ。
「「……」」
そして訪れる無言タイム。
彼女は自己紹介せずにエモエナの蓋を開け、私に手渡してくれる。
空腹だったこともあり、感謝はそこそこにして飲んだ。
瞬間、脳がシュワッと弾けてとろけるような衝撃を受ける。
体に刻まれたエモエナの記憶が「早く飲め」と催促し、グビグビ飲ませた。
結果的に一気飲みだ。
「ぷはー、うまい!」
最後は空き缶をテーブルにトンと置いて手の甲で口を拭う。
ふと隣を見ると、女子高生はすごくキラキラした瞳で私を見ていた。
「……憧れる要素ありました?」
「うん。すごいよ。今の飲み方、ストレート。
エモエナ公式がネットに流した飲み方で飲める人、初めて見た。
プリティコスモスは凄いね」
「ど、どういたしまして……?」
とりあえず照れておく。
私は嬉しいのかな。戸惑ってるだけ?
うーん言語化が難しい。
「よし次は私も挑戦する」
「え?」
すると隣の女子高生も私の真似をした。
最後の一滴まで残さず飲みきり、トンとテーブルに缶を置く。
「はあ、すごく甘い……げぷっ」
「うわ無茶しちゃダメですよ? エモエナは強炭酸なんですから」
「ごめっ、けぷ」
私は彼女の背中を優しくトントンと叩いて、ゲップのお手伝いをしてあげた。
彼女の胃が落ち着いた頃には、なんとなく他人感が消える。
「もしかしてエモエナは初めてですか?」
「うん。初めて。でも……」
「でも?」
「あなたと友だちになれた気がする」
「そう……そうだね」
私のことを友達と呼んでくれたので、私も敬語をやめることにした。
お互いに向かい合って見つめ合う。
「私は夜見ライナ。ヒーローネームは魔法少女プリティコスモス。
あなたのお名前は?」
「屋上雪。月読学園の高等部二年生。特進コース」
「魔法少女ではない?」
「ヒーローネームはテミス。魔法少女かどうかは、世間の判断に委ねてる」
「どうして世間の判断に?」
「引退したから。
今は後進育成のために月読学園で指揮者をやってるの」
「ああ……」
なんとなく分かってしまう私。
現役じゃないから堂々と名乗りづらいのだろう。
そこで少し会話が途切れる。
彼女が急にサンドイッチを食べ始めたからだ。
私も流されるようにサンドイッチを食すと、話の続きが始まる。
「私が関わった人たちは、
みんな真面目で正義感の強い人たちだった。
一緒に悪いテロリストや魔物を倒したし、いろんな事件を解決した。
私が魔法少女を引退すると聞いたときは悲しんだけど、
第二の人生を歩もうとする私の背中を押して、応援してくれた。
だからこの選択を後悔したことなんてないよ」
「……じゃあ、そんなあなたが反指揮者派になった理由は?」
「成果第一主義への反抗心、かな。
彼の方針は、月読学園生の未来と月読プラントの人的財産を食いつぶしてるだけ。
遅かれ早かれ限界が来る。その前に止めたいと思ってるの」
「案はありますか?」
「彼に恨みを抱いている生徒は多いと思う。
彼らと接触して、仲間を増やして、賀田陸指揮長に対する不信任案を出す。
もしくは……」
「なにか別の案が?」
彼女は「噂話だけど」と前置きをしてから語ってくれた。
「実は、この前のバイオテロ騒動。性転換事件。
あれは指揮長が何らかの実験をしていたからじゃないか、という噂を聞いている」
「確かですか?」
「確証はない。ただの陰口かもしれない。
だからもっと現場で情報収集したいんだけど、
私は彼に目をつけられていて、
なにより現役引退した身だから活動できずにいる。ここにこもりっきり。
……だから、あの」
「どうしました?」
「あなたの指揮者にならせて貰えませんか……?」
「わ、わあ……」
今度は急にキラーパスが飛んできた。
私の手を取った彼女は、おそらく必死の形相で言い寄る。
「あ、あのっ。
ホントはあなたが香川に来たと知ったときから言いたかった。
私は、私を認めてくれたこの学園都市が、月読学園が、
賀田指揮長の独裁で歪められていくのが嫌なの。どうにか変えたい。
だから私の最後のワガママ、う、受け取ってもらえませんか……」
「あ、はい」
「あ……ありがとう!」
またなんとなく流されて頷いてしまった。
彼女はつい目を奪われてしまうくらいに正義に生きていて、
今が幸せそうで。
私もそんな人生を送ってみたいと思ったから、気になったのかな。
ホッと安堵した彼女の顔を見て、私はこう言う。
「その他にあなたの大切な任務があったりしますか?
企業マーケティング的な」
「え? どうして?」
「あ……いえ、私の周りに集まった人たちの話になるんですけど」
「悩み事の相談? いいよ。どうぞ」
「実は――」
私はソレイユの広告塔として雇われたことを話し、
周囲に集まる人たちがやけに商品宣伝、いわゆるステマ目的で近づく人が多く、
それに慣れなくて疲れていることを話した。
社畜おじさんだということは伏せて。
すると彼女は腕を組んで考え、こう答えてくれる。
「それはたぶん、あなたに問題があるからじゃないかな?」
「わ、私にですか?」
「まず前提からお話するね。
現場の魔法少女は主に国家所属、民間企業所属の二つに分類されるの。
前者の子は存在自体がトップシークレットで滅多に人前に顔を見せない。
政府は否定しているけど軍事力そのものだからね。
だから一般市民が関わるのは、主に私のような民間企業所属の子。
そういう子は自分で採用試験を受けて、
企業の製品を宣伝するために精一杯頑張るの」
「はあ……」
「あれ? 分からなかった?
疑問に思ったところがあれば質問してほしい」
「うええっ?」
「言ってみて」
「ああ、いや、疑問に思ったわけじゃなくて……
ただ、また覚えることが増えたなぁ、ってめんどくさく感じちゃっただけで」
「どうしてめんどくさく感じちゃったの?
教えてほしい」
「えええ? ええと……」
思っていたよりグイグイ質問されて戸惑う。
「どうして、かな?
ただ、私の取り柄は戦うことだけだと思ってて、
他の難しいことは聖獣のダントさんに任せていたので、
なにより出しゃばった行動は控えるようにと彼に強く言われていたので、
自分で考えることを放棄してたかも、です」
「……抑圧的な環境に対する拒絶反応だったんだね。
本当のあなたは自分で考えて行動できるし、
行動したいけど、
周囲の言う事を聞いて行動した方が成果が出るから、
と自分を抑え込んでて、それがストレスになっているんだと思う」
「かもしれない、です。どうすればいいんでしょうか……」
「発想を逆転させるといいよ」
「発想を……!?」
急に脳が揺さぶられるようなトキメキを感じた。
「言われたとおりにさせられているんじゃなくて、
指示通りにタスクをこなせている、私は成果を出せる凄い人間だって、
悩みをポジティブに脳内変換するの。
私は今の環境に甘んじているわけじゃなくて、
次の成長のために必要な努力を積んでいる。
でも先が見えないから、ちょっと辛くて逃げたくなっているだけ。
それでも逃げずに頑張っている自分は偉いってね」
「わあ、わああ……」
「自分のことは自分が一番良くわかってるんだから、
もっと褒めて好きになってあげようよ。
私は偉い。最強だって」
「あ」
「あ?」
「あなたにあえて良かったぁぁ゛ぁ~~……!」
やっと理解者に出会えた気がして、ぽろぽろと涙を流してしまった。
きょとんとする相手をよそに、私は周囲など構わず相手にぎゅっと抱きつく。
「魂の師匠~~~~!」
「きゃっ……もう。ちょっとだけだよ?」
彼女も優しいからか、私が落ち着いて満足するまで胸を借してくれた。
泣き止んで体を離すとハンカチで目元を拭ってくれる。
「よしっ!」
「あいた!?」
最後は両肩をバンと掴んで気合いを入れてくれた。
私に向けてにっこりと優しく微笑んでくれる。
「魔法少女はどんなに辛くても人前で泣いちゃダメ。
どんな逆境でも、どんなに苦しい場面でもにっこり笑顔を見せないと、
人助けなんてできないよ。
魔法少女はそういう気合いのいるお仕事なの。
だから約束して」
「わわ」
私の手は彼女に持ち上げられ、さらに小指同士で指切りげんまんさせられる。
「二度と弱音を吐かない。
そして自分が最高であることを絶対に諦めない。
なぜなら私はプリティコスモスだから。
さ、言って」
「に、二度と弱音を吐かないし、
自分が最高であることを絶対に諦めません。
なぜなら私はプリティコスモスだから!」
「うん、いい声。
この約束はこれからあなたの心の支えになる。
辛い時に思い出して、守るようにしてね」
「は、はいっ!」
心の中の「ブラック企業かよ」とか「今どき根性論とか古すぎ」という批判が、
約束したとたんに消えていく気がした。
私は初心を忘れていた。魔法少女は人助けをする仕事だ。
精神論でも根性論でもなんでもいいから、
心が折れて挫けそうになったときでも自分を鼓舞して立たなければ、
誰かの笑顔は守れない。
「そっか、私は人命救助をする仕事をしているんだ……レスキュー隊員みたいな」
「あなたの心の問題も解決できたね。
魔法少女はただ悪い人を退治したり逮捕するだけじゃない。
時には災害に巻き込まれた人たちを助けるレスキュー隊になって、
時には大怪我を負った誰かの傷を魔法で治すお医者さんになるの。
人命救助のエキスパート、それが魔法少女だよ」
「だから高給取りなんだ……!」
自分がやっている仕事の職務内容も今度こそしっかり把握できた。
キッと表情を引き締めて前を向くと、
目の前の水色髪の女子高生、雪さんの笑顔に込められた自信、
立ち振る舞いからにじみ出る強い自尊心のようなものが分かるようになる。
「師匠! 今日は何をしましょう!」
「師匠じゃない。屋上雪。ゆきでいいよ」
「雪さん!」
「うん。いいお返事だね。
今日は……活動用の拠点を借りに行こうと思う。
あなたのお父さん、遠井上願叶さんに迷惑はかけられないから、今は別行動。
そのあとは十人くらい仲間集めかな。
ついてくる?」
「ぜひご一緒します!」
「あはは、変に懐かれちゃったかも……じゃあ行こう」
「はい!」
私に尻尾があるならおそらくブンブン振り回されていることだろう。
屋上雪さんの後ろに続いてイートインスペースを後にした。
ざわっ――
「「「すげぇぇ―――!」」」
そして私の姿に驚いて背景モブ化していた月読学園生たちは、
一斉に声を上げて会話を始める。
「今の見た?」
「見た見た。マジやべー。神回じゃん。
あんなガチで勇気がでる励ましみたことない」
「魔法少女ってあれが素だからヤバい。精神性エモすぎ」
「俺ら明日のテレビに出演しちゃってるかもよ」
「ねえよいま撮影されてないじゃん」
「テミスも活動再開してくんないかなー」
「お前テミス推しだったのかよ――――――
モブたちが今の話題を盛んに話し出す中で、
一人もくもくと何かの原稿を書いていた誰かの手がピタリと止まる。
「……へえ。彼女がプリティコスモス。
取材したいな」
……その会話をこっそり聞いていたのは、
黒髪ポニーテールの男子大学生。
彼はテーブルに広げていた原稿と荷物を片付けて席を立ち、
モブの輪から外れるように一人、夜見ライナと屋上雪を追いかける。




