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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
ワーケーション『普通の学生生活でコツコツレベルアップ』

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第239話 夜見ライナの幸福は魔剤に有り

 パジャマに着替えてぐっすり寝た翌日。

 大きなあくびをしながら目覚めて、今日の勉強に向けて「頑張るぞっ」と意気込むと、先に起きていたダント氏がパソコンをカタカタしている様子が見えた。


「んー……うがいしよっと」


 脱衣所にある洗面台に向かい、軽くマウスウォッシュしてから話しかける。


「おはようございますダントさん!

 お仕事ですか?」


「おはようモル夜見さん。

 いや、まあ、仕事はあるモルけど、

 夜見さんが魔法少女になりたかった本当の理由を僕なりに考えていたモル。

 でもわかんなかったモル」


「ダントさんが自分の仕事に誇りを持てるように、

 そういう環境つくりをお手伝いしてあげたかったからですね!」


「よ、夜見さん……!」


「ダントさん!」


 飛んできたダント氏とヒシっと抱き合う。


「私はダントさん以外の思惑に乗るつもりはありませんよ。

 周囲がなんと言おうともダントさんを一番に動きます。

 なんてったってビジネスパートナーですからね」


「よ、夜見さん……!

 じゃあ僕が男の子に戻る方法を探すのも手伝ってくれるモル!?」


「もちろんです!」


「ありがとうモル!

 これを僕と一緒に読んで欲しいモル!」


 ゴソゴソッ――ポスッ。

「む゛(力が抜けて膝から崩れ落ちる音)」


「夜見さん!?」


 仕事の書類を渡されたとたんにエモ力が激減して気絶しかける私。

 ダント氏の「これは夜見さんだけのタスクじゃないモル! みんな一緒にやれるし納期のないものモル!」という必死の応援でギリギリ持ち直した。


「はぁ、はぁ……」


「もしかして魔法能力が初期化されたからトラウマ耐性もリセットされたモル!?」


「か、かも知れません……」


 魔法技能を贈り物にするべきじゃなかったと少し後悔。

 いま魔法論文を読み漁るのは自殺行為かもしれない。

 なのでスキルアップ計画は一旦中止。

 もっと私に優しい超初心者向けの魔法講座から始めて耐性を取り戻さないと。

 と思いながら朝の支度を整え、事務室に出る。


「ということなんです」


「前置きを言えよ」


 開口一番に三津裏くんに話しかけたら突っ込まれた。

 万羽ちゃんがゲラゲラ笑う。

 仕方ないので説明。三津裏くんは呆れた。


「なるほど、つまり書類仕事できませんってことか」


「耐性がないだけですけど?」


「それをできないって言うんだよ。

 というか、わざわざ調べなくても専門家がいるだろ?

 ほらそこ」


「ん」


 三津裏くんが指さした方向には、

 技術支援チームの男性陣からのおもてなしを受けるオタサーの姫こと、

 紫髪メイドの奈々子が私用のソファーに座っていた。

 視線が合うと手を振ってくれる。


「おはようライナ。

 魔法の専門家こと奈々子よ」


「なんで奈々子が専門家に?」


「ほらリズールさんが魔力暴走しちゃったでしょ?

 あのあとで解呪のために、

 彼女と融合して神格を引き継いだの。

 なんでも聞いてね」


 そうなんだ。

 気になるけど深く考えない。

 奈々子がちょいちょいと呼ぶので近づくと、

 膝の上に座らせてくれる。

 そこでリズールさんの魔力を感じて、ああ本当なんだと知った。


「ほらライナ。私になんでも聞いてみて?」


「じゃあ、あのね。

 昨日聞いたことなんだけど」


「なにかしら?」


「ナターシャさんが言ってた軌道衛星テイアとかって何?

 ついでに争奪戦運営の目的とかシナリオとか教えられて、

 仕事が山積みで心が落ち着かないよ」


「ああ昨日のあれね。うふふ、全部ウソよ?」


「嘘!?」


「裏世界と世界観の説明をしなくちゃならないわね。聞く?」


「う、うん」


 こくんと頷くと偉い子ね、よしよしと撫でてくれる。

 あ……なんかいい。いつもと違った優しさ。


「じゃあ説明するわね。

 まずナターシャさんが行ったのは世界観の開示。

 魔法の最終奥義「聖域展開」を成立させるために必要な条件よ。

 私たちはコネクションを作るために彼女に協力したの」


「世界観の開示……聖域展開!」


 フェアリーテイル智子先輩から習ったやつだ。

 術式の開示と同じ意味なのかな?


「でもどうして私に世界観を開示したの?」


「ライナを警戒してるのよ。

 才能があるし動きが読めない、

 もしかしたら敵として出会う場合があるかも。

 最悪のパターンを考えた彼女が、

 全力であなたを迎え撃てるように先手を打ったのよ」


「私が敵視されてる? なんで?」


「彼女は自分のダメな部分を自覚してる人だから。

 ライナの勤勉な振る舞いを見て、

 頑固で冷血な人物かもと怪しんでるのよ。

 安心させるために自分の底を見せるべきだったかもね」


「ナターシャさんは疑り深いんだ……」


 だから強そう、なのかな?

 自分の弱さを自覚して強みに変えているから。


「ライナ、説明に戻っていい?」


「うん!」


「世界観を開示する意味は二通りあるわ。

 ひとつは相手との共通認識にして、結界術の強度を上げるため。

 もうひとつは裏世界の開発主導権を巡った企業間の争いで、

 自分の思惑通りの世界観を宣伝するため。

 言わば自陣営への強化バフね。

 ソレイユも秘密結社も争奪戦運営も、

 みんなお金稼ぎのためにあえて戦いを煽っているのよ?

 ライナは知ってたかしら?」


「なんとなく分かってた!」


「察してるなんて賢いわね。よしよし」


「えへへ」


 奈々子は優しいしナデナデしてくれるから好き。

 今回はリズールさんの魔力も感じるおかげで、

 優しい師匠感が増えたのでなおさらだ。


「実はね、

 天津魔ヶ原も天津神星という名前も、

 その歴史も、

 過去作品の監督たちがそういう設定で付けただけなの。

 本当は魔力だけがこの現代社会にあって、

 それらを悪用する悪い人たちと、

 悪いやつらを退治するために魔力を使うようになった少女たちが、

 ナターシャさんなどのSFモチーフ好きの魔法少女なの。

 およそ五十年前ね。第一世代と呼ばれているわ。

 魔法少女は十年ごとに新しい世界観を引っ提げて世代交代していて、

 ライナたちは第五世代から第六世代に変わっていく境目の魔法少女なのよ。

 いまは昭和レトロや過去作のリブートが人気だから、

 第一世代に回帰させようという勢力が強いの。

 そういう人たちと、有終の美を飾りたい第五世代が争ってるのよね」


「わあ板挟みなんだ」


「もっと分かりやすく言うと、

 和風ファンタジー世界観を維持したい第五世代と、

 もう一度SFモチーフを流行らせたい第一世代推しが、

 二手に分かれて競い合ってるの。

 ライナは固有魔法が強いから、

 どちらの勢力からも引く手あまたでね?

 あなたの動向次第で命運が決まると思われているわ」


「わ、私の肩にぜんぶ乗ってるんだ……仲良くできないの?」


「それで稼げるなら戦争なんて起きないわ。

 戦争はね、金持ちのためじゃなく貧乏人が一攫千金するために必要なの。

 もしソレイユが企業戦争していなかったら、

 ライナは魔法少女になってた?」


 なってないな……

 ソレイユが戦争してたから、

 私のような元おじさんでも魔法少女になれたわけだし……


「で、でもでも、助ける相手を選ぶのは、

 私の思う魔法少女プリティコスモスらしくないよ」


「そう?

 ライナは誰かを助けるために、誰かを倒すじゃない。

 それは選んでいないの?」


「え……わぁ……」


 論破されてシュンとしてしまう。

 すると急に喫茶店の方からヒトミちゃんがシュババっと出てきて反論した。


「それは違いますよ!

 誰かを傷つけてでも自分の利益を得ようとする人間に、

 どれだけ辛く苦しい重い過去があったとしても!

 その過去に同情こそすれど、

 犯した罪は消えません!

 なにより誰かが止めないと同じ悲劇が繰り返される!

 だから私たち魔法少女が殴ってでも止めるんです!

 それが優しさです! 人の心ですよ!」


「そ、そうだそうだ!

 止めてあげなきゃいけないから倒すんだー!」


 私はヒトミちゃんの意見に乗って奈々子に反論する。

 すると奈々子はクスクス笑った。


「ふふ。もう、ライナったら。

 お金のためだからそういうの気にしませんって言えばいいのに」


「お姉さまお金目当てで魔法少女になったんですか!?」


「いやっ、ちがっ……な、奈々子のばかぁ~!」


 私は本音を暴かれて恥ずかしくなり、

 カアッと赤くなる顔を隠しながらその場から走って逃げた。

 喫茶店エリアを抜け、玄関を飛び出る。

 しかし朝食を食べる前だったので空腹でヘトヘト。

 玄関の外で力尽きてへたり込んでしまう。


「お腹すいた~」


 カランカラン――

「ライナちゃん珍しいね。今朝は外食にするのかい?」


「願叶さん……あ」


 喫茶店で経済新聞を読んでくつろいでいた願叶さんも、

 私を追いかけるように玄関から顔を覗かせる。

 そこでふと巫女イザナミの言葉、

 『親から毎日一万円を貰いなさい、モチベが上がります』を思い出した。

 外食ついでに現金のお小遣いをもらおう。


「お、お小遣いください。現金で。ごぎげんな朝食が食べたい」


「分かったいくらがいい?

 一店舗ぜんぶ貸し切りにするために二百万くらいかな?」


「あ、いや、一万円でいいです」


「それだけでいいのかい?」


「ついでに毎日貰えるといいなぁなんて」


「いいよ。

 自由に使いなさい。ほら」


 願叶さんはスーツの裏から高級ブランド皮財布を取り出し、

 私に一万円を恵んでくれた。

 ついでによしよしと頭を撫でてくれる。

 私はというと、一万円を見て目をキラキラさせた。


「わあ~……! 新紙幣の一万円!

 初めて現物が見れた!」


「好きなものを好きなだけ食べてきなさい。

 足りなくなる前に帰ってくるんだよ?」


「うん! 行ってきます!」


 養父こと願叶さんと別れ、

 自分のお財布に一万円を入れた私は秒でマジマートに向かう。


「エモエナ、エモエナ~♪

 それとBLTサンドイッチ~♪」


 社畜時代のご機嫌な朝メニューだ。

 この体になってからは初めて食すので、ルンルン気分。

 なんだかエモエナのことを考えるたびに生気が体に満ちてきた。

 エモエナは健康にいいのだ。

 日々の食事は健康バランスが良すぎて逆に疲れる。

 そのままルンルンと店内を探し、

 エモエナの置いてある業務用冷蔵庫のドアを開けようとすると、

 女性の手と触れ合う。


「きゃっ」


「あっ、ごめんなさい」


 お互いに慌てて手を引っ込めると、

 初めて自分から人の顔に注意が向いて、誰か思い出せた。彼女は――


「プリティコスモス……」


「あ。願叶デザインの開業初日にいた反指揮者派の女子高生」


 なんかわりと重要そうなキャラだったけど仲間入りしなかった、

 水色髪の女子高生だ。

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