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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
ワーケーション『普通の学生生活でコツコツレベルアップ』
242/269

第238話 そろそろ休まないとダルいぜ!

 全裸の私(ピンク髪ロングの絶世の美少女)は、

 私に負けず劣らず美少女で、

 国内・国外問わずすべての男が思わず膝をついて求婚するほどに可愛い、

 十六歳のナターシャさんとほんの少しだけ見つめ合う。

 ようやく肺から空気を絞り出した私の言葉はこうだった。


「オ、オフロ、はいります?」


「ああごめんお風呂には入れない。

 ちょっとこれから争奪戦のラスボスとして撮影に出ないといけなくてさ、

 名前は悪の銀河帝国、プリティユニバース帝国の女大帝クリスタリア。

 マジで今しか時間取れないから強行突撃したんだ。

 もう後ろで赤城が逮捕するために待ってる」


「わあ赤城先輩」


 ナターシャさんの背後に、ぬっと黒い影が現れる。

 摺りガラスのような半透明ドアのモザイクで隠れて見えないが、

 煮えたぎるようなエモ力の質で赤城先輩だと分かった。


「……。

 ノンデリアタックを許してごめんね夜見ちゃん。

 一緒に争奪戦でボコボコにしようね」


「は、はい」


 そしてかつてないほどに怒っている。

 先輩がすぐに対処してくれるとも分かったので、

 私は少しだけ冷静になり、質問することができた。


「ああ、ええと、ナターシャさんはお仕事がお忙しい、感じで?

 だからこう、強引に入ってこられた?」


「うん、プライバシーの侵害な上に犯罪なのは分かってるけど、

 お前は力を失った私に、

 十年も準備期間を与えてくれた恩人だから。

 こうして自由に動けるうちに最大限の恩返しをしなくちゃ気がすまない。

 とりあえず緊急で処理すると休日出勤が無くなるタスクを教えるから、

 絶対に覚えておいて」


「――!? は、はい!」


 私は両手にエモ力を込めて混ぜ合わせ、

 二割程度くらいの精度でペンとメモ帳を具現化。

 ナターシャさんの言葉を聞き取る体勢に入った。

 彼女は「準備はいい?」と聞いて、同意を得てから話しだした。


「まず西園寺家で雇われた歩き巫女の領民化と、

 ギフテッドアクセルを使用したレベル上げ。

 そうすると彼女たちの忠誠度がマックスになって、

 お前がトップに君臨する騎士団ができる。

 メモOK?」


「はい!」


「次は斬鬼丸の進化前個体――ええと今は田中一郎か。

 あれの性格は、

 領主の口出しを内政干渉として嫌うタイプだけど、

 護国のための軍備費は惜しまない現実主義者でもあり、

 そして外征が好きな冒険家タイプね。

 お前が騎士団を率いて軍部のトップになって、

 あいつが内政に注力できる状況になると、

 領民からの支持率が九割を超えて安泰の地位を手に入れられるよ」


「……っ、分かりました! メモOKです!」


「次にお前が領地経営で安定して外貨を稼ぐ方法。

 私の立案したプリティユニバース計画の参加条件は、

 裏世界に入って天津神星にたどり着くこと。

 お前の領地が繋がってる天津魔ヶ原神社には、

 私がちょっとした細工をほどこして、

 天津神星に秒で入れる時短ゲートをあらかじめ作ってある。

 お前はそのゲートの情報を開示して、

 希望者から月一で通行料を受け取る代わりに、

 同じ数値のシャインジュエルを提供するサブスク契約を結べ。

 私の考えでは100円で100エモがベスト。

 生存確認のために月一で自動徴収できるように設計したから、

 通行人が増えるたびに税収が増えて、

 通行人にも余裕ができて、エモ力にも通貨的価値が生まれる。

 予算不足もすぐに解決できるよ。

 管理方法や数値変更用のマニュアルは社務所の中ね。

 メモできた?」


「なるほどなるほど、大丈夫です! 続きがあればどうぞ!」


「あとは……たぶん争奪戦から何らかのやり直しの指示が来てるよね?

 最低でも天津魔ヶ原編の再攻略」


「き、来てます!

 魔獣結社ハウンドドッグの生き残り捜索と、

 天津魔ヶ原の再攻略、隠しエリアのごんぐじょうど?の発見と、

 フカシンとかいう生命体との遭遇です!」


「とりあえずハウンドドッグの生き残り捜索の攻略法を教えるね。

 いい?」


「はい!」


「それをクリアするには月読学園のフィールドワークに参加しなきゃならない。

 見つける鍵になるのは、

 学園都市ができる前に住んでた金持ちたちの埋蔵金が入った金庫魔法陣。

 築年数が五十年くらいの古いビルを探すといいよ。

 ハウンドドッグはその埋蔵金を探し出すために、

 治安維持業務を請け負った外部の人間だから。OK?」


「は、はい! 戦闘が起きますか!?」


「起きると思うよ。相手は裏社会の人間だし。

 推奨攻略人数は三人から四人くらい。聖獣も含めて。

 その前に反指揮者派の学生と交流をして、

 協力関係を結ぶとボス戦でゲストキャラとして参戦してくれるよ。

 戦闘を楽にしたいなら寄り道してね」


「分かりました!

 つ、次の天津魔ヶ原再探索は!?」


欣求浄土(ごんぐじょうど)ね、あれは裏世界に入口がないんだ。

 しかも日中にしか入れない。

 学園都市に月読プラントのランドマークタワーがあるじゃん?

 あれの影のてっぺんがぴったり差し込む空き家とかビルを捜索して、

 黄色い魔法陣を見つけたら、

 天津魔ヶ原の前管理者だった土御門家の旧家に入れる。

 そこが欣求浄土。

 フカシンはその旧家に住む女性型怪異で、

 表舞台から消えた土御門家の生き残りの成れの果て。

 彼女をテイムして、元の姿に戻す方法を探すと決めることで、

 三年の修行期間を確保できる「凍った時の記憶」というアイテムを貰える。

 それを使うと聖ソレイユ女学院に戻れるけど、

 年齢問わず高校一年生からの再スタートになるから、

 使用タイミングには気をつけた方がいいよ。メモ取れた?」


「はい大丈夫です!」


「争奪戦運営や日本国の企画する依頼やイベントは、

 ゴールは決まっているけど道筋も正解も教えてもらえないから、

 目的地に関する事前情報を与えてくれたり、

 一緒に攻略法を考えてくれる人間や集団と関わったほうがいいよ。

 お前が出会った中で言うと緑陣営。

 赤城に移籍の相談をしておけ」


「わ、分かりました!」


「それと争奪戦運営は、

 お前を全国各地に連れ回して、

 そこで起こっている問題に対処させようとしているよ。

 最終的な決着は現地の魔法少女にしかできない仕様だから、

 現地の魔法少女と積極的に関わって仲間になって、

 解決しないと先に進ませてもらえないから気をつけてね。

 これは天津魔ヶ原の再攻略でも同じだから、

 香川に滞在してる魔法少女の情報も探っておくんだぞ?」


「パーティープレイがすべての前提なんですね、把握です!」


「私が視えた分の未来はこれくらいかな。

 これより先は可能性が多すぎて視えなかった。

 ……ああ、それと。月読学園の生徒会長が誰か伝えておく」


「え? あ、はい」


「生徒会長の名前は万羽まんばれい

 さっき伝えた半指揮長派の人間だ。

 そしてお前も知っている聖ソレイユ女学院高等部の副会長、

 空渠陽子(からみぞようこ)が一般生活を送るための名前でもある」


「……え? えええっ!?」


「聖ソレイユ女学院の詳細情報も教えたいところだけど、

 ごめん時間切れ。ほら、私の左手の血色が悪くなってるの分かる?」


「ええ? わあ……」


 そう言われて初めてナターシャさんの掲げる左手に注意が行く。

 輝くばかりに美しかったはずのナターシャレフトハンドが、

 急に精気を失って、黒いシミが点々とついた老人の手になっていた。

 彼女はその左手で前髪をイジイジとしながら不満そうな顔をする。


「例のガキ、アンネリーゼの影響がまだ残っててさ。

 こういう新人指導的な行為をすると急激に老化するんだよ。

 このライン、手がシワシワになるのが最初の警告。

 ……だが覚えておけよ夜見ライナ。

 誰かを助けるならこの警告を無視してからがスタートラインだ」


 どこからともなく取り出した包帯を、

 左腕全体に巻き付けて隠した銀髪魔女っ娘は、

 優しい笑みを浮かべてぱたりと浴槽の戸を閉じる。

 すると凄みを持ったエモ力こと赤城先輩が、

 ガシッとナターシャさんの頭頂部をつかんだ。


『……ラズライトムーンにはあなたを現行犯逮捕する用意があります』


『あのさ、そのすぐに刑事罰にする流れやめない?

 私がこうでもして物語に割り込まなかったらさ、

 あいつにまともに情報提供できないし、されなかったじゃん。

 そのせいで世界全体の未来がどれだけ詰みかけてるか分かってる?』


『それは……まあそうですけど……』


『というかお仕事ものとしての魔法少女も限界だったから、

 入学式翌日のダークライ襲撃で負けかけたんでしょ?

 私が斬鬼丸派遣しなかったら女学院取られてたわけだし。

 先に自分たち周りの指導環境とか見直したほうがいいんじゃない?

 特に争奪戦運営とか即刻クビにしたほうがいいよ。

 黄金都市ソレイユから魔法少女を追い出すって何?

 自分たちの平和を誰が守ってるのか何も分かってないじゃん』


『ううっ……』


 赤城先輩が激詰めされてる。

 それになんだかすごい貴重な裏事情が聞けて楽しい。

 具現化したメモとペンを、浴槽ミラーの下にある洗面台に置いた私は、

 浴槽に浸かりなおして楽屋裏の話を聞きに入った。


『もう空渠陽子が提出してボツにされた案に腹くくって協力しなよ。

 マジカルスポーツチャンバラを流行らせて魔法少女を栄誉職にする計画。

 おしゃれコーデバトルの開催と同時に舵切った方がいいって。

 ソレイユの先生も数年前から毎日そうした方が良いって言ってるじゃん』


『あー、うーん……。

 そうするべきなのは山々なんですけど、

 乗り切れない事情もあって』


『何?』


『ほら、ナターシャさんの後任になった女王様。

 ヘカテーさん。

 急に行方不明になった彼女の指示じゃないと、

 ソレイユの重鎮たちが王命ではないとして動かないんです』


『あのさだから夜見ライナを新女王にしてさっさとクーデターを……いや待て』


 ナターシャさんはふと思いついたように、

 頭上に乗っている赤城先輩の手をとり、こう言った。


『ねえ赤城。たしか私って、

 老人だった頃の私と同一人物扱いじゃないよね?

 新しいヴィラン、悪の銀河帝国の女皇帝クリスタリアだよね?』


『あー、たしかそうですね。

 ソレイユは若返ったナターシャさんを別人として登録してます』


『じゃあ私がヘカテーを自称するのってアリじゃない?』


『……あー、アリ、かも?

 ちゃんと前女王としての経験もありますし、

 何よりヘカテーさんが帰ってきたかのような迫力がある。

 あれ、だとしたらダークライの仕組んだ物語にも乗らなくて良くなるから……』


 今度は赤城先輩がブツブツ呟く。

 ワクワクしながら待つと、先輩はパチンと指を鳴らした。


『あー、これガチでヤバいかもナターシャさん。

 ナターシャさんがヘカテーさんを自称しながら無双するだけでたぶん、

 ダークライの思惑がすべてブッ壊れます』


『でしょ?

 やっぱ私が主人公なんだよこの世界』


 ――主人公。ナターシャさんが?

 そのワードを聞いた私は我慢ならなくなり、

 ザバァ……と風呂から上がると同時に発生したエモ力の風圧で、

 全身の水気が吹き飛び毛先まで一瞬で乾く。

 同時に自動生成されたバスタオルを身体に巻きつけ、

 ガラララッと浴槽のドアを開けた。


「いや私が主人公なんですけど?」


「うわびっくりした。なにさ夜見ライナ?」


「あのナターシャさん?

 主人公は私なんですけど?」


「夜見ちゃん抑えてドウドウドウ……」


 ナターシャさんに詰め寄ろうとすると赤城先輩に止められる。

 私は先輩に胸を押し当てるハニトラをしながら、

 頬を膨らませて威嚇した。

 するとナターシャさんは言う。


「でもそういう強気な発言をするわりにはおまえ弱いじゃん。

 私は般若とかいうチンケなこそ泥怪人程度に力を盗まれないし、

 格上だろうとプライドのために決死の覚悟で戦うし、

 絶対に負けを認めないよ?」


「じゃあ今日から私もそうなります。

 すぐにナターシャさんを超える魔法少女になってやりますから。

 まあ見ててくださいよ私の才能。凄いですからね」


「へえ、私を超えたいんだ」


 ナターシャさんは左手で魔女帽子を脱ぎ、私にぽすっと被せた。


「じゃあこの魔女帽子をお前に預ける」


「急に有名マンガのパロディをしないでください怒りますよ」


「私の渾身のギャグにマジレスとか煽り耐性とレスバ力弱すぎでしょ。

 モブはモブらしく初級レスバトラーから鍛え直してくださーい」


 ペシンッ――

「あいたぁっ!?」

 今度はデコピンが飛んでくる。

 ナターシャさんはけらけら笑いながら、

 私の頭から揺れ落ちた魔女帽子を左手で回収して、

 ぽすっと自分の頭にのせ直した。

 するとくすんでシワシワになっているうえに包帯ぐるぐる巻きの左手が、

 急にツヤッツヤでピカピカの美少女ハンドに戻る。


「手がもとに戻った? 魔法?」


「お。今度は目のつけどころがいいね」


 私が気づくと、ナターシャさんはニヤリと笑う。

 その一触即発っぽい雰囲気で察したのか、赤城先輩が判決を下した。


「夜見ちゃん、ナターシャさんのおててがつやつやになったの分かる?」


「むう、分かりますけど……?」


「あれは夜見ちゃんが完全論破されたから。

 今のナターシャさんの特性としてレスバに勝つと体力が全回復するの。

 老化進行度はHPゲージと連動してると思っておいて」


「なんですかその変な特性!?

 というかまだ負けてないですけど!?」


「勝敗判定はナターシャさん依存だから夜見ちゃんは関係ないんだよ。

 ナターシャさんが「勝ったな」と思ったから回復したの」


「そういうことだよ夜見ライナ。

 私の勝ち。なんで負けたか明日までに考えてください」


「むきー!」


 私は風呂を覗かれた上に、

 急にレスバで完敗させてきたナターシャさんへの怒りが収まらず、

 かといって暴力で解決するわけにもいかないので、

 その場でドンドンと地団駄を踏んだ。


「夜見ライナのこういうとこかわいいよね。

 性根からもう善性でさ」


「うわー、ちょっと分かっちゃう自分が嫌になる」


「あーもういいですから!

 早く二人とも出てってください!

 今日から私は優雅なプライベートタイムを堪能するんですっ!

 仕事の話でお休みの邪魔しないでくださーいっ!」


「「わ~」」


 私はペシペシと二人を叩いて風呂場、

 さらには自室から追い出し、

 ベッドで眠りこけて監視の目を切らした聖獣をモフった。


「もーダントさん仕事してくださいよ~!

 覗き見されちゃったじゃないですか~!」


「モル? モル……」


 彼はそんなのささいなことだと言うように、

 ぐうぐうと眠るのを優先する。

 そこで思い出した、彼は戦う力を持たない無力な小動物だったことを。

 私よりも他人に対する警戒心がないのだ。


「……くう、そうだった。

 中学女児ムーブが人生イージーモードで楽しすぎて忘れてた。

 私がダントさんを守る側なんだ。

 初心に帰らなきゃ」


 ……だからしょうがない。

 自分自身の力で安心安全なプライベート環境を構築しよう。

 私は明日から月読学園の魔法資料や論文を読み漁ることを決意した。

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