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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
ワーケーション『普通の学生生活でコツコツレベルアップ』
241/269

第237話 プリティユニバース計画

 事務所で新型ペルソネードの図案を真剣に見つめる技術支援チームを横目に、

 転移ルームや従業員用の個室がある廊下に出ると、

 魔女ハインリヒさんが私の部屋――三号室の前の壁に寄りかかり、

 腕組みをして待っていた。

 近づくと彼女は言う。


「ようやくここまで来たわね」


「わあハインリヒさん」


「プリティコスモス。いえ、夜見ライナ。

 あなたはこう思ったことはないかしら?」


「とは?」


 尋ね返すと、

 彼女はビシッとこちらを指差す。


「これから休みを取るはずなのに、

 どうして撮影や、

 新しい目標が設定されるの?

 ……と」


「あっ! それすごく思います!」


「答えは未来に向けた選択肢をね、

 増やしておくためよ。

 奈々子はもったいぶる性格だから教えなかったんでしょうけど、

 実は十年かけてソレイユによる世界征服が行われたの。

 あなたの特許取得が最後の鍵で、

 征服完了と発表式開催の合図だったのよ。

 今はマジタブを開いて待ちなさい。

 秘密結社ブラックマンデーが重い腰を上げて動き出す日よ」


「!」


 私はダント氏と共有している白いマジタブを取り出した。

 直後に画面にモノクロノイズが走り、

 ザザザ……と画面がバグったあと、強制的に電波ハイジャック。


『……待たせたな、我が同胞たち』


 真っ黒な画面の中では、

 クラシカルな魔女帽子に白いフリフリレース付きの長袖黒ワンピース、

 脚には黒タイツと厚底ブーツという、

 魔女っ娘の衣装を着た十六歳くらいの激かわ銀髪美少女が、

 私たちに背を向けながら立っていた。


『うわあマジタブでなんか始まったぜ!?』


『何があった万羽!?』


 次に声が上がったのは事務所。

 万羽ちゃんのマジタブでも同様のことが起こったらしい。

 これはマジの電波ハイジャックみたいだ。


『魔法に希望を持ち、ともに新世界の未来を夢見た、才気あふれる魔法使いたちよ。

 秘密結社ブラックマンデー総統、

 ユリスタシア・ナターシャがここに宣言する』


 振り向いた彼女は、白い仮面を外してニヤリと笑みを見せる。


『世界はトウトミウム製造法の対価に、

 数億年前に滅びた超古代宇宙文明の遺産、

 軌道衛星テイアの全権を売り渡した。

 我々の完全勝利だ』


「軌道衛星テイア???」


 私は首をかしげる。

 衛星がなんで世界征服と関係あるんだ?


『……よし。

 真面目モードは面倒なので素に戻るぞー。

 はいお前たちホワイトボード持って来い』


 画面の中のナターシャさんが手を叩くと、

 カメラ側に隠れていた軍服ワンピース姿の女性メンバーが動き、

 大きなホワイトボードを運んでくる。

 そこには地球内部の図解のようなものが描かれていた。

 ナターシャさんは指示棒を持って、地球の横にある月をトントンと指し示す。


『まあざっくり言うね。

 月はどうやってできたでしょうか?

 現代で有力視されているのはジャイアント・インパクト説です。

 火星くらいのサイズの天体がぶつかってできたという説。

 オカルトな話になるけど、

 その時にぶつかった巨大隕石は、

 地球内部の惑星コアとして収まっていると言われています』


 そうなんだ。

 ナターシャさんが惑星コアを指し示す様子を見て私はおどろく。


『そしてその天体の名前は「テイア」と言います。

 察しの良い人なら分かると思いますが、

 先ほど手に入れたと言った軌道衛星テイアのことです。

 我々ブラックマンデーは、

 トウトミウムの製造法を

 国連に加盟する各国政府機関に提供する代わりに、

 その天体「テイア」に関わるすべての権利を破棄させる契約を結びました。

 くわしく言うと、

 魔法エネルギーの乱用で地球を破壊しないと誓う、

 強い強制力を持った魔法誓約です。

 これを守る限り地上の繁栄は約束される、と私が保証しました』


「おお」


『国連非加盟国――まあ主に合衆国ですが、

 彼らにはトウトミウムではなく、

 ちまたに溢れている不幸エネルギーこと、

 ダークエモーショナルエネルギーを精錬して、

 安心安全なエモーショナルエネルギーを生み出す技術を提供しました。

 彼らは天体「テイア」の所有権を譲渡するという契約を自ら用意してくれたので、

 そのまま結びました。

 では、なぜ結べたか?

 相手がオカルトジョークとしてまともに信じなかったのが一番の勝因です。

 ついでに精錬後の不純物はすべてテイアに自動的に転移するから、

 自分で処理する必要があるよと伝えると、

 喜んでサインしてくれました。

 はいもう勝ちです。大勝利』


「……?」


 不純物の処理があるのに?

 と眉をひそめると、ナターシャさんはこう言う。


『ちなみに不純物は勝手にマントルに溶けて石油に変わるのは秘密です。

 世界はダークエモ力を精錬すればするほど石油貯蔵量が増えるので、

 三方よしの契約になったと思います。

 このバグ技みたいな手法を思いついたとき、

 私は自分のことを天才だと思いました』


 ナターシャさんすごいなぁ……

 流石はソレイユの女王様だった人。

 するとホワイトボードが裏返り、テイアの図解と三つのメリットが移る。


『じゃあそこまで私が固執するテイアって何?

 って話なんだけど、

 なんとこれは光の国ソレイユで使われているアプリ群のメインサーバーです。

 今まで騙し騙し、バレないよう抜け道を探しながら使ってきましたが、

 これでようやく大手を振って使えます』


「わあそうなんだ」


『このテイアという天体にはじつにさまざまな機能がついていて、

 衝突・侵入した惑星へのオートテラフォーミングと、

 人型生命体の定期的なスポーン設定、

 さらには自己修復と複製機能まで付いています。

 私たちが普段良く見る月は、その複製中の分体にあたる部分ですね。

 なんでこんなにくわしいのかって言うと、

 まあ私が趣味で研究してたからとしか言えないくらい企業秘密。

 じゃ話を戻して、

 軌道衛星「テイア」を手に入れたメリットを紹介します』


 ナターシャさんはホワイトボードに書かれた、

 三つのメリットを上から順に指し示した。


『まずひとつめ。

 サクラメントに登録されている魔法アプリが構成する異空間が、

 現実に存在する実際の土地になります。

 テイアには自己複製機能があると言いましたが、

 実はコイツは、宇宙の至るところに存在する恒星のハビタブルゾーンの……

 まあつまり人が安全に暮らせる場所にある岩石惑星に衝突しては、

 人が住める環境に整えていく巨大なオートテラフォーミング装置なんです。

 宇宙には地球のようになった惑星が実はめちゃくちゃあります。

 ……分かりやすくまとめると、

 人類は徒歩で宇宙旅行できる時代になりました。

 我々は地球という狭い土地から開放され、

 惑星から惑星に歩いて移動できる大宇宙開拓時代が始まります』


 急に壮大なスペースファンタジーが始まりすぎる。

 ナターシャさんは次のメリットを指し示す。


『で、ふたつめ。

 地球の治安維持職務からの開放。

 まあ分かりやすく言うと、私たちは労働の義務から開放されます。

 魔法という特別な力を持ちうる人間、または大企業として、

 ソレイユは世界の平和と均衡を維持してきましたが、

 それらはすべて世界の国々が引き継ぎました。

 今後のエモ力の活用先は宇宙という広大な開拓地に向けてください。

 これからはゼロから一を手に入れるために特別な力を使う、

 ただ光の国ソレイユに所属していることを誇りに思えるような、

 そういう時代がやってきます』


 やっぱり人類が生まれながらに持っているフロンティア精神は偉大だ。

 新天地があると聞くだけで心が踊り、

 愛国心が湧き上がってくる。

 ナターシャさんは最後のメリットをトンと指し示した。


『そしてみっつめ。

 個人の趣味趣向に合わせた棲み分けが可能になりました。

 例を上げると迷宮ことダンジョン作成のことです。

 魔法は極めだすと、

 最終的に自分の考えた最高の拠点作り――

 いわゆるダンジョンクラフトにハマりがちですが、

 現実で作ると結界術テロです。

 そういう魔法クリエイターたちの欲を満たすために、

 別の惑星にアクセスできるアプリを公開して、作って遊べるようにします。

 ということで、

 この計画に乗りたい人は「プリティユニバース計画」で検索してね』


 ナターシャさんは撮影スタッフから手渡された、

 プリティユニバース計画のURLとQRコード付きのボードを掲げ、

 画面の向こうにいる私たちに見せた。

 またねーばいばーいと彼女が可愛く手を振ってハイジャックが終わると、

 「プリティユニバース」という差出人からのメッセージがマジタブに届く。

 私は目の前で満足そうに頷くハインリヒさんを見た。彼女は言う。


「これで世界観の説明は済んだわ。

 あなたの広告塔としての仕事も終わりよ」


「そ、そうなんですか?」


「ええそうよ。

 あとはあなたがこの壮大な世界観でどういう物語を送りたいか、

 どういう結末を望むのか、

 その選択をしていくだけ」


「わあそうなんだ……」


 どんな未来にしようかな……

 私がぽわぽわとした頭で未来を考えると、

 ハインリヒさんは「ああ、そうそう」と思い出したように質問してくる。


「争奪戦からモブ役の依頼が来たと思うけど、

 それを受けるとどうなるか分かってる?」


「いえまったく」


「コーリングでリズール・アージェントを召喚したわよね?

 これからモブに変装した瞬間、

 プリティコスモスこと夜見ライナとしてのあなたは、

 そのコーリング機能に登録されるわ」


「ええっ!?」


「大丈夫、

 ソレイユの華族はみんな通る道なのよ。

 地球が本当にダメになったとき、

 軌道衛星テイアは私たちのデータを持って新しい惑星を目指す。

 コーリング機能は言わばバックアップね。

 私たちは人類代表。

 梢千代市の華族制度はそのためにあるの」


「私はすでに巨大な箱船計画の一員になってたんだ……」


「もし、私は私ひとりで十分って思うなら、

 モブに変装するのは止めておきなさい。

 テイアのコーリング機能は、

 あなたと同じ声を持つ少女に魔法の力を与えるけど、

 代わりに独自性を失ってしまう代物よ。

 自分以外の子がプリティコスモスを名乗っても耐えられる?」


「あ、いや全然だいじょうぶというか、逆にありがたいですね。

 プリティコスモスは思想なので」


「はぁ? し、思想? 何?」


「くわしい説明ありがとうございます、

 ハインリヒさん。

 私の未来は私が決められるって分かっただけで嬉しいです。

 これからダントさんと一緒に自室でお着替えしますので、

 これで失礼します。じゃ」


「ちょ、ちょっと待ちなさい思想って何――」


 ギイ、バタン。

 私はハインリヒさんに深々とお辞儀をしてから自室に入った。

 今回は中等部一年組を誘わなかったルートなので、

 私専用の個室のままだ。

 ダント氏は不安そうに聞く。


「夜見さんはプリティコスモスをパブリックドメイン、自由使用許可にするモル?」


「いやあ、私はもともとIT企業人ですから。

 私ひとりに仕事が集中するくらいなら、

 技術やアイデアを公開してみんなに稼いで欲しいです。

 あと、それに何より」


「何より?」


「私より上手くプリティコスモスをできる子なんていないって確信してます。

 プリティコスモスの隣にはダントさんが必要ですからね」


「ふふっ、良いこと言ってくれるモルね。

 夜見さんは最高の相棒モル。

 じゃあお着替えする前にお風呂入るモル」


「はーい!」


 やっと肩の荷が降りたような開放感を得た私は、

 マジタブやステッキなどの貴重品をダント氏に預け、

 るんるんとスキップしながらお風呂場前の脱衣所に行く。


「仕事納めフッフ~♪

 これで完全にフリーランス~♪」


 パパッと服を脱いで、お湯をたっぷり入った湯船に浸かり、

 浴槽ミラーを見ながら、

 このドピンクの髪と瞳を黒に染めれば、普通の女の子になれるんだ。

 と思うと、じわじわエモ力が上がり始めた。


「……んー、でもなんか、足りないなぁ」


 たしかにこのまま普通になるのは幸せなんだけど、

 それ以上の幸せがある気がする。

 私の魔法少女に対する想いってこの程度だったか?

 脚を湯船の水面に浮かべ、ちゃぷちゃぷする。


「もっとこう、胸を張れるような、あれだ。

 知名度が欲しい。

 私の周りでコソコソ悪巧みをしている奴らが、

 名前を聞いただけで怯えて逃げるような、

 そういう畏怖や畏敬の念を私に持って欲しいのかも。

 じゃあ、まだ普通の子になるのは早い――」


 コンコンコン。

 急にドアがノックされた。


『おーい、そこのモブ』


「ん?」


『風呂入っていい?』


「む」


 この距離感、声質、聞き覚えのある感じ。

 さっき電波ハイジャックした銀髪美少女がやってきた予感。

 脱衣所のドアの前にいる。

 でもあえて聞いて――


 ガチャ――トコトコ。

『二秒以内に反応ないから勝手に入るね』


「うわあ!? ちょちょちょっと待って――」


 ……キィ。

「おひさー。十年ぶり。放送どうだった?

 あとそろそろ西園寺家の歩き巫女たちをお前の領民にしときたいんだけど」


 風呂のドアを開けて顔を覗かせたのは、

 やっぱりさっき電波ハイジャックをした銀髪の魔女っ娘、

 十六歳になったユリスタシア・ナターシャさんだった。

 全裸の私は赤面しながら、浴槽の中で大事な部分を隠してキュッと縮こまる。

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