第236話 広報活動依頼「エキストラのモブ生徒になって欲しい」
喫茶店エリアに出ると、
願叶さんの座るカウンターにはタブレット端末が用意されていた。
私は奈々子たちを連れておずおずと近寄る。
「あのあの、願叶さん。私の固有魔法の特許を取りたくて」
「把握してるよ。これにサインを」
「わあ」
タブレットにすぐにサインすれば済むだけの電子書類が表示された。
最初から想定済みだったらしい。
「はじめから狙ってました?」
「娘の不労所得を作るのは親の義務だからね」
「わーおとうさん好きー」
「ふふ、だろう?
もっとお父さんに甘えていいんだよライナちゃん」
ハグをすると願叶さんは嬉しそうに笑い、私の頭を撫でてくれる。
そのまま隣に座ってサインをした。
ついでにギフテッドアクセルの解析論文も見せてもらった。
ダント氏が作ってくれたようだ。
さすが私の聖獣。
「わ! 論文がかけるなんてダントさんは凄いです!」
「査読もバッチリ通ったモル。
僕にかかればちょちょいのちょいモル。
書類仕事はぜんぶ任せるモル」
「わーダントさんも好きー」
「でもハグはやめるモル……!」
ハグしようとするも抵抗されて終わる。
素直じゃないなぁとむくれると、奈々子が後ろから声をかけてきた。
「ねえライナ、私は好きじゃないの?」
「あ、奈々子も好きだよ!
デミグラシアのみんなも! えへへ」
「ありがと。私も好きよ~」
「わー」
奈々子ともハグをする。
優しいハグだ。
「じゃあこれで本格的にお休みが取れるわね」
「まだ休めてなかったの?」
「ええ。そうよねダントさん?
ギフテッドアクセルがあるからプリティコスモスなのか、
夜見ライナだからプリティコスモスなのか。
めんどうな議論に巻き込まれて大変だったものね?」
「そうなんですか?」
「実はそうモル。話せば長くなるモルけど……――」
ダント氏は語った。
曰く、また私の預かり知らないところで新しい議論が発生していたらしい。
分かりやすく言うと「プリティコスモスは夜見ライナだけじゃない」問題。
私が聖ソレイユ女学院から魔法危険地帯の香川に移動したことで、
日本各地で活動していた魔法少女ランカーたちが一斉奮起。
私からプリティコスモスの名前を奪うべく裏で暗躍していたそうだ。
その裏の舞台こそ――
「黄金都市ソレイユ、またの名を天津神星なんですね」
「そういうことモル。
今は魔法だけ残して、
夜見ライナだからプリティコスモスなのか、
ギフテッドアクセルがあるからプリティコスモスなのか、
という証明を彼女たちに実演させるモル」
「なるほど……」
私の知らないところで騒動を起こされると、
思ったよりもめんどうなことになる。
逆に騒動を起こし返すと見ものになって面白い。学びを得た。
「私は特になにもしなくていい感じですか?」
「実はいちごちゃんの学校からエキストラ出演の依頼があるモル」
「エキストラ出演」
「これモル」
と見せてくれたのは、
シャインジュエル争奪戦の広告塔募集メール・第二弾。
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「シャインジュエル争奪戦」組織委員会
運営責任者より
夜見ライナ様へ
突然のご連絡失礼いたします。
騎士爵への昇格、おめでとうございます。
ご友人であられる「黒瀬玲香」さまからの申し出で、
改めて勧誘メールを送らせていただきました。
いま現在、シャインジュエル争奪戦運営は「正史」を、
黄金都市ソレイユ内で撮影しております。
その前に、
リズール氏の魔力暴走についての弁明を行います。
進入時のライナさまは広報員ではなかったため、
天津魔ヶ原を通じて黄金都市ソレイユに入られた際、
強引に排除するしかありませんでした。
想定外の主役級乱入は、
ストーリー進行上の安全を確保できないからです。
前回のメッセージは断られたため、
いきなり主役としての参加は難しいのですが、
エキストラとしての参加していただければご用意できます。
我々はライナさま向けに特に重要な役を確保しています。
ぜひお返事ください。
高松学園都市「天津魔ヶ原」の隣にある、
近畿地方の「晴明大結界」でお待ちしております。
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しっかりした内容だ。
以前と比べて不信感がない。
「なるほどなるほど……
もしかして広報活動の依頼を断ったのが最初の判断ミス?」
「その場の空気に流された僕が悪いモル」
「え、ライナちゃん断ってたのかい!?」
願叶さんが想定外のような表情をする。
なので逆に私も驚いた。
「いや、まあ、はい。流れで」
「ど、どうしてかな?
何か嫌な出来事でもあったのかい?」
「実は支援者S.Gを名乗る人物からメールが来て――」
当時のことを思い出しながら説明すると、願叶さんは頭を抱えた。
「それ敵連合の罠だよライナちゃん……」
「えっ!?」
「まず、前提から整理しようか。
赤城くんことラズライトムーンの支援者は主に、
彼女に退治された怪人組織や悪魔だ。
隙あらば彼女への嫌がらせを目論んでいる。
ライナちゃんは運悪く、嫌がらせのターゲットになった。
彼らの言葉やメッセージを信用してはいけない」
「そうなんですか!?」
「次に争奪戦運営を名乗る……ええと、越前後矢?
ダントくん、彼は――」
「虚言癖持ちモル」
「つまり嘘つき、詐欺師だね。
語った身分や証明書に至るまで、おそらく偽造だ。
すべて信じてはいけない」
「そそそ、そうなんですか!?」
「そうだよライナちゃん。
悪い人はね、人を簡単に騙せる大嘘つきだから悪い人なんだ。
彼らの思惑に左右されないよう、
強い意思と判断力を持たないといけないよ?」
「そ、そうだったんだ……」
私はハッとさせられた。
よく思い返せば、私は味方ではなく敵の言葉を信じすぎていた。
騙された自分が正しいと思いたいばかりに、
視野が狭くなっていたらしい。
「私はおバカさんでした……」
「ライナちゃんは悪くないけど、次から気をつけなさい。
悪い人の悪意は底しれないんだ」
「はい、気をつけますっ」
気合いを入れ直すと、微笑んだ願叶さんは頭を撫でてくれた。
この優しい顔がお父さんで好き。
「あ、夜見さんがメス顔してるモル」
「うるさいですねこのモルモット聖獣……」
どうして親に尊敬の目線を向けちゃダメなんだ、とダント氏をモフる。
彼は「効かないモル」と受け入れるので、ホントにもう。
すると願叶さんは場を仕切り直すように咳をした。
私たちは姿勢を正す。
「なんですかパパ?」
「最後は……シャインジュエル争奪戦運営への誤解を解いておきたくてね。
運営はオリジンと呼ばれる賢人の先生たちだ。
彼女たちは学校の先生としての仕事のほかに、
魔法少女の「正史」を作る仕事をしている。
これはとても重要なんだ」
「正史ってなんなんですか?」
「いま僕たちがいるこの世界は、
いわゆる自伝や外伝を作るための場所だ。
自分をアピールするための場所がこの現代社会。
逆に正史は……
撮影会場になっている黄金都市ソレイユでは、
いかにヒロイックで魔法少女らしい行動を取れるかが重要視される。
正史とは個人ではなく、
愛と平和のために戦う少女・少年たち、
ヒーローや魔法少女という集団にフォーカスして、
解決を目指す姿勢のカッコよさと信念を映し出す実録ドキュメンタリーなんだ」
「なるほど?」
「正史として刻まれれば、
ライナちゃんの活躍は魔法少女史の教科書に乗る。
さらに主役を張れば特集が組まれて日曜日の朝に放映される。
言ってしまえば自分の集大成を見せる場が、
黄金都市ソレイユで撮影される「正史」なんだ。
スポーツで例えるとオリンピックに近い」
「――そっか! 分かっちゃいました!
そこで活躍すれば最高の魔法少女って認められるんですね!?」
「諸説はあるけど一時代を築けるのは保証するよ。
ライナちゃんはその渦中にいる。
広報活動の依頼を受ければ、
高松学園都市で解決すべき問題が提示され、
僕たちも、
ライナちゃんを支える技術支援チームとして本格的に活動できるね」
「じゃあさっそく……!」
私はダント氏とともに「ぜひやらせてください」と返信を送った。
運営からピロンとすぐに返ってくる。
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「シャインジュエル争奪戦」組織委員会
運営責任者より
依頼をお受けいただきありがとうございます。
エキストラ用のキャラデータと服装を添付しました。
カスタマイズ機能からご確認ください。
・聖ソレイユ女学院・京都分校制服
・モブ女学生扮装用メイク一式(髪色・瞳・変身コスチューム色「黒」)
・月読学園所属特典武装「ペルソネード」
さっそく撮影地に移動して欲しいのですが、
現地にいくつか問題が残っているようです。
以下の問題を解決してからお越しください。
・魔獣結社ハウンドドッグの生き残りを探し、倒す
・天津魔ヶ原の再探索
晴明大結界につながる隠しエリア「欣求浄土」の発見
・そこに住む生命体「不可神」との遭遇
上記の問題を解決すると得られる特典も提示します。
・プロローグ「魔法少女プリティコスモス」の作成と配布
・関東・東北地方へのワープゲート開通
・パッショントーカーを起動した際、
黄金都市ソレイユに自動転移する魔法を付与
より一層のご活躍を願っています。
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「わあ問題が山積みです……」
「そうでもないモル。
道は示されたんだから、あとは歩くだけでいい。
これほど楽な人生はないモルよ?」
「じゃあ誰かが敷いたレールに乗っかっちゃいますか……!」
私は拳に力を込めてゆっくりと天を突く。
すると願叶さんは笑いながら、私の頭をぽんぽん撫でた。
「ははは。
それはそれとして、ライナちゃんは一ヶ月お休みだよ。
今日からの活動では、
広報活動用のメイクと衣装を着なくちゃいけない。
立ち位置や扱いのよく分からないモブ生徒役からの大出世を目指そうか」
「ま、まさかここまで見込んだ上での活動禁止措置!?」
「いや流石にそこまでは考えてないなぁ……」
たまたまだよと言う願叶さんに、ホントかなぁと疑問に思う私。
とはいえ広報活動の依頼を受けた身だし、
何よりしばらくモブ生徒の世界を味わって、
目立ちすぎる私という存在を見つめ直すのは楽しそうだな、と思えた。
私に向けられる嫉妬や羨望の理由を知りたくなったのだ。
よし、今すぐにやりたいのですぐに行動に移す。
「じゃあメイクしてきます!」
「行ってらっしゃい!
どんなメイクになるのかここで楽しみに待ってるよ!」
「私もここに残るわ。
特許がらみで少し進言したいし。
行ってらっしゃいライナ」
「うん分かった奈々子!
さあ行きますよダントさん、モブ女学生の世界に」
「着替えの手伝いモル?
まったく世話が焼けるモルね夜見さんは……」
願叶さんに見送られ、私はダント氏とともに自室に戻る。
私に与えられたモブ女学生の役とは何か、
どうしてそう振る舞うことを求められたのか、知るために。




