第235話 特権の内容/アスモデウスとの軍事同盟
私は三日ほどかけて、
数万ページにもおよぶ私が持っている・実行可能な特権を、すべて読んだ。
大体は「魔法少女が罪に問われない」理由だ。
まあ分かりやすく分類すれば、この三つ。
1.魔法少女として活動する場合に限り、
あらゆる法律が適応されないものとする。
(すべての生殺与奪、人体や精神・人格の変貌も含む)
つまりは人権の喪失と、
それにともなう日本国憲法や国際法を超えた、
あらゆる外敵への武力鎮圧の許可。
魔法少女は人じゃない。
2.敵対勢力となった人間や怪人の強制改心(精神支配・人格改造含む)の許可。
薬物およびダークエモーショナルエネルギー依存症克服のために、
犯罪者や暴力団員の人格封印と思考停止処置の許可。
そして魔法少女に魔法的治療を施された人間の訴訟禁止条項。
これは悪人をむりやり善人に戻すための超法規的措置。
倒されるようなことをするやつが悪いと国が規定しているようだ。
魔法犯罪者は魔法少女よりも人権がない。
3.騎士爵としてシャインジュエル果樹園を栽培・運営するにあたり、
税制の全額免除、一定の税を収めることによる国賓待遇(一割から)と、
一夫多妻制(私は女の子なのになぜ)の許可。
および開拓に志願した一般人の隷属化(独裁の肯定)と、
反対する特定国民の排斥(国外追放・強制改心処分含む)ならびに、
教育(精神支配・人格改変)の肯定。
最後は爵位を与えられた私専用の特権。
領民は領主に従うのが義務です、ということらしい。
特定国民とは私に反発している領民ではなく、他国のスパイのこと。
スパイにも人権が与えられないようだ。
全員ひとしく人権がない。
最終ページのあとがきにはこう書いてあった。
――――
お読みいただきありがとうございました。
話し合いで解決できるなら、
魔法少女は必要ないというのが我々の公式見解です。
光の国ソレイユ内閣府(仮称)
―――――
ああ、光の国ソレイユ内閣府とは、
田中一郎さんが私の領地に作った統治組織。
日本とはまったく関係ないことに留意したい。
デミグラシアの事務室のはしっこに設置された、
私専用のソファーに寝そべっている私は、
私のお腹の上でパソコンを取り出し、
カタカタとメールの返信を行うダント氏にダル絡みする。
「ねえダントさーん」
「何モル?」
「私って光の国ソレイユの軍人なんですかね?」
「普通は警察庁管轄モルけど、
騎士爵になったらそういう扱いになるモル」
「あー、そっか。そうですよねー……」
あまり深く考えない性格なので、
騎士爵になる=職業軍人への昇格だと気づいてなかった。
戦う理由も治安維持ではなく、
専守防衛や自衛権の行使がメインになるのか。
でもなんとなく、やっと魔法少女らしい扱いになったなとワクワクした。
「そっかー、いまの私は職業軍人なんだ……はあー……」
それはそれとして、今の近況を伝える。
鼻血を出した私は、
願叶さんどころか赤城先輩にも一ヶ月の活動禁止処分を喰らい、
いたずらを行ったサキュバス族には種族全体への厳罰として、
天津魔ヶ原下層に住む者から一人、
夜見ライナ専用の特殊清掃係を選抜することになった。
ちなみに特殊清掃係とは、下ネタ的な意味の特殊清掃係である。
性処理とも言う。
あとになって赤城先輩から聞いたのだが、
アスモデウスから教わった「男断捨離」の呪文を使うと、
女性は男性になるチャンスを失う代わりに、
周囲の人間を無意識に魅了するフェロモンを出すようになり、
さらに魔法少女だった場合、
ステッキを股間に当てると「マジカルチ◯ポ」に変わるようになるとかいう、
ほんとにとんでもない……
もう説明するのもバカになるほどのおまじないを自分にかけてしまった。
私は謝罪を求めて、
アリス先生改めアスモデウスへの事務室出廷を求めている。
他じゃどうしようもないからお前が責任取って特殊清掃係になれ、
という判決を出したのだ。
まあ他にも彼女を選ぶ理由があり……
奈々子曰く、アスモデウスは「魔法少女に管理されて初めて真価を発揮する」タイプの悪魔らしい。
その伝承は古く、旧約聖書外伝「トビト記」にも乗っている。
彼女は独立した一個の人間――さらには悪魔ではなく、
魔法少女の力を何倍にも増幅させるこの世界固有の「概念」なのだ。
そろそろ奈々子がアスモデウスを連れて戻って来る頃だが……
「おまたせライナ! 連れてきたわ!」
「奈々子!」
するとばっちりのタイミングで奈々子が戻ってきた。
事務室横の廊下から――おそらくワープポータル室から来たのだろう――やってきた彼女は、やけにぼーっとした表情のアスモデウスの手を引いて、私の元に来る。
「彼女がそうなの?」
「ああ、これは抜け殻なの。本体はこれ」
スッと差し出されたのはピンク色のローター。
思わずバシンとはたき落とすと、
ぼーっとしていた方のアスモデウスがぷっと吹き出した。
「ふふっ……」
「相変わらず反省の色が見えませんね?」
私がふてくされてむくれると、アスモデウスはローターを拾う。
彼女はついたホコリをハンカチで綺麗に拭い、
改めて私に差し出してきた。
「見た目はジョークグッズですが、ジョークではありませんよ?
これは本当に私の本体です。
ローター内部には私の魂が収まっている肉体の一部が入っています。
私を性処理に使うというのなら、これをお使いください」
「まあ本当に特殊清掃係に任命するのもなんですし、手打ちにしますか……」
私は受け取ったピンクのローターをスッとダント氏に差し出した。
彼はげんなりとした顔でポーチを開け、それを収納する。
アスモデウスはほっと安堵のため息をついた。
「それと、リズールさんの胸が大きくなった理由について、
そちらで何か分かっていることはありますか?」
「私が監視している天津魔ヶ原の同胞たちについては、
なんの関係もないと証明できます。
彼女たちはサキュバスになったばかりで一般人となにも変わりません。
なにより衣食住を提供してくださったライナさまに感謝こそすれ、
危害を加える動機も目的も、
あなたの領地に入る方法も知らないのです」
「うーん、手がかりはなしですか……」
「ただ、もし本当にサキュバスが原因だとすれば、
それは黄金都市ソレイユに隠れ住んでいる、
上位のサキュバスシスターが神に祈り捧げた魔力によるもの、
だと考えられますね」
「上位のサキュバスシスター……?」
急な情報提供に驚いたが、
逆に居ないと思うほうがおかしいよなと納得する。
シスターの翻訳は、妹か?
「知り合いですか?」
「……悪魔にもさまざまな方法で神を冒涜する探求者たちがいます。
私が神になり代わって人を繁栄させようとする傲慢な王だとすれば、
彼女たちは悪魔の身でありながら神を崇め奉る異端の聖職者ですね。
会えば分かりますが、
私ですら接触を控える性欲異常者であることをお忘れなく」
「……どれくらいヤバいか具体的に」
「魔法少女が行方不明となる原因のおよそ九割は、
彼女たちの語る”人道的保護”によるものです」
「うっわ……」
マジでヤバすぎる種族がいることを知ってしまい、
急に足がすくむような感覚を覚えた。
お腹の上のダント氏を脇において、ソファーで足を揃えて座る。
「アリス先生、軍事同盟を結びませんか?」
「あらあら。奇遇ですね。
私もちょうど、
天津魔ヶ原でようやく生まれた色魔の子どもを守るため、
魔法少女に援助を求めようとしていました。
ライナさまが初めてのお方です」
「では今回は連携を密に取り合うことを確認した、ということで」
「かしこまりました。
危機が迫った場合はお互いに助け合いましょう。
こちらは緊急連絡用のラストボードです」
「ああどうもどうも。
これは私の連絡先が書かれた名刺です」
スケルトンなスマホと、私の父、遠井上願叶が作ってくれた「月読プラント・遠井上デザイン部門所属 魔法少女プリティコスモス」と書かれた名刺を交換する。
お互いにテストメッセージを送って通信を確かめ、
確認が取れたのでこれで軍事同盟を締結したものとした。
アスモデウスは深々とお辞儀をする。
「ありがとうございます。
また情報が手に入れば連絡します。
では同胞の守護に戻りますので、これで失礼します」
アスモデウスはまた軽くお辞儀をして、来た道を帰っていった。
出会ったばかりの頃と違ってすごく礼儀正しい。
奈々子を見ると肩をすくませる。
「根は思ったよりも真面目なのよねあの子。元天使らしく。
悪魔になったのにもかなり深い理由があったんじゃないかしら」
「だよね。治世者になったから態度や口調が変わったのかな?」
「ああそれね。
昨日や一昨日ならともかく、十年も経っちゃうとね。
どうしても地元に愛着が湧くものなのよ。
だから昔の自分というか、素がやっと出てきたのよあれ。
出会った頃の意味不明な言動は、
そういう異常な裏社会から出てきたばっかりだったからなの。
大目に見てあげて?」
「うん分かった」
サキュバス社会の異常さはさっき聞いたばかりだし、
そこに適合するために苦労したんだろうな、と思っておく。
すると奈々子はしゃがんで私の顔を覗き込む。
「それよりライナ、もう鼻血は止まったの?
みんな大丈夫かなーって心配してるのよ」
「ああうん。もう大丈夫。次は油断しない」
「気をつけてね?
ライナはもう命を狙われる立場なんだから。
今までみたいに油断して状況を漠然と受け入れたら一瞬で死ぬわよ?」
「うん。気をつける。
いまの私は一昨日の私よりも強いし。
あ、ホントの話だからね。隠れて修行したの」
「ふふっ、そう?
ライナがそう言うなら信じるわ!
それじゃあ場所の都合もいいことだし、最初は特許の話をしましょう!」
「あ、そうだね。忘れてた。
おーい願叶お父さーん!」
『なんだいライナちゃーん?』
私は優雅にティータイムと洒落込んでいる父、
遠井上願叶と固有魔法の特許化の話をするため、
パソコンいじりをやめないダント氏を頭に乗せて、
奈々子とともに喫茶店エリアに向かった。




