第233話 Q.佐藤ツムギって何者? A.リズール・アージェントの進化前個体
ボウッ――
「ちょっと離すモル夜見さん、説明ができないモル……!」
オレンジのエモ力を放出して距離を取ろうとするダント氏。
ゴオオッ――
「い~や~で~す~!」
抱きつくのをやめたくない私は、
同じくピンクのエモ力を出して相手のエモ力を中和する。
ギギギ……と互いに拮抗しあう。
パワーは同等らしい。
そこに近づいてきた仲間の一人、おさげちゃんは「おもろ」と鼻で笑った。
「なんで夜見はんは聖獣はんと喧嘩しとるん?」
「クイズみたいな疑問ですわね?」
「あ、面白そう。クイズにしますね」
サンデーちゃんが話題にすると、ミロちゃんが急にボケる。
自身のマジカルステッキをマイクのように持った。
「第一問! 夜見さんが聖獣――」
「ピンポーン!」
「はい、いちごさん早かった!」
「彼氏に飢えているから!
聖獣に疑似恋愛をして心を慰めているのよ!」
「はううっ」
行動原理の本質を見抜かれてしまって変な声を出す私。
へにゃへにゃとエモ力が抜けてその場にぺたんと座り込む。
恥ずかしくって人に赤面した顔を見せられない。
自覚するたびに「はうう」とか「へうう」と変な鳴き声も出る。
私はダント氏に恋心を抱いていたのか。
この彼への好意はその、一般的にいう恋だったのか。
そ、そうなんだ。へえ。
ダント氏はぽんぽんと頭を撫でた。
「僕の性別がオスに戻るまでその恋心は我慢するモル」
「だ、ダントさんがそういうなら仕方ないですね~! えへへっ!」
ご機嫌になった私は彼を頭に乗せる。
中等部一年組はひそひそと内緒話をし始めた。
「聖獣と魔法少女のただれた関係よ」
「ちゃうで純愛や」
「エッチですわ」
「こ、個人の自由なのでほっといて下さい!
逆にみんなは……どうなんですか!?」
「「「……」」」
全員がそっぽを向いた。
口笛を吹いたり、わざとらしくもじもじしたり。
私は顔を赤面させながらドヤる。
「ほ、ほらやっぱり!
みんなも聖獣と恋愛ごっこして楽しんでるんじゃないですか!
なので私とダント氏の関係は魔法少女界隈では普通!
普通の関係性だから隠さなくたっていいことです!」
「恋愛ごっこしてたと認めるのね夜見!?」
「あっ!?」
私は自滅してしまい、また顔を赤らめて撃沈する。
頭の上のダント氏は呆れた。
「なんで墓穴掘るモル?」
「だ、だって、う゛うう~……っ!」
これが普通だと言い張りたかったんだもん……と口に出来なかった。
なぜなら恋する乙女のメンタルは普通じゃないからだ。
するとさらに呆れ果てたであろう大人たち――西園寺奈々、奈々子、佐藤ツムギが楽しそうに笑う。
「ふふ。若いわねぇライナは」
「ええ。ええ。若いですねえ、青春ですねえ。ええ」
「分かります。青春の甘酸っぱさですよねこれ」
どういうわけか三人は意気投合してしまったようだ。
特に何者かも分からない佐藤ツムギが馴染んでいる理由が分からない。
なんで私の恋を応援する側にいるんだ、
まだあなたがどういう人間かよく分からないのに、と反抗期。
私は恥ずかしさを振り切るように……いや、無理だ。
そのまま二度目の撃沈を受け入れるしかなかった。
「……驚いた。もうこちらに来られたのですか?」
続いて男性の声がしたかと思うと、
顔を見せたのは月読学園OBならびにOGのまとめ役男性、田中一郎氏。
複数のOBを連れて、
近くの高層ビルから出てきたところだったようだ。
彼は私たちの様子を見るなり状況を把握し、
すぐさま佐藤ツムギに向かって視線を向けた。
「その姿……もしや」
「? 私の顔になにか?」
「いえ、もしやと思いますが、
佐藤学光氏の御息女さまかと思いまして。
お名前は佐藤ツムギさまでは?」
「そ、そうだけど……何?」
「でしたら話が早い!
あなたの真名はリズール・アージェントです。
思い出して下さい」
「誰よその人、ちょっと近い……」
ぐいっと詰め寄る田中氏。
「これを見て前世を思い出して下さい」
佐藤ツムギに見せたのは一冊の古びたレザーブックだった。
彼女はそれを認識するなり、目が釘付けになったように呆ける。
その思巡はやがて確信へと変わっていった。
「あ、ああ……そうだ、そうだった!
どうして今日まで忘れていたの……!?
私の名前は――」
「以前の世界が消えて五十年も立ちました。忘れるのも無理はありません」
「もう、そんなに、経ったのですね……」
田中氏は安堵したようにほっとため息をつく。
なんだろう、急に佐藤ツムギさんの性格と口調が変わって怖い。
恥ずかしさよりも先に心配がよぎったので、
私はゆっくりと立ち上がった。
「あのすみません。田中さん」
「なんでしょうか」
「大丈夫なんですかそれ。特にその本。場合によっては――」
「逆に聞きますがライナさま。
どうして西園寺家所属の歩き巫女たちを、
あなたのフロイライン・ラストダイブに新規登録しないのですか?」
「え?」
「もしや登録方法を忘れられている?」
そこまで言われて私はハッとする。
私は苦手な人や物事への無関心さを放置するあまり、
仕えると決めてくれた歩き巫女たちを見殺しにしかけていた。
レベルをカンストまで上げたから、
彼らは天津魔ヶ原を代理で攻略できたというのに。
慌てた私は田中氏に問いかける。
「つ、追加で登録していいんですか!? できるんですか!?」
「していいかどうかで言えばNOですが、
本人の同意を得た場合はその限りではありません」
「え、ええと?」
「ライナさま。
あなたは特別な力を持っておられます。
誰かを救うために、誰かの夢を叶えるために力をお使い下さい。
それこそ、魔法少女の職務です」
「まあつまりは自己責任ってことですね……!」
「ええ。その責任感こそ、
これから騎士爵の称号を得るあなたが常に意識し、
忘れてはならない地位にともなう義務であり、思考の核となるものです。
ではそろそろ改めて……ゴホン。
――安心なされよ。
大事となれば拙者も責任を取って腹を斬るであります」
田中氏が声の調子を低めに変えると、
それは聞き覚えのある聖霊騎士の声だった。
「そ、そういうことだったんですか!?
うわあ魔法の世界ってすごい!」
「ラストダイブ内では声優バグと呼ばれていますね。
同一の声優が当てたキャラは、
その本名と産まれに関わらず同じCVのキャラを認識して自在に変身できます」
「なるほど~! ……ん?」
そこでふと疑問が湧いた。
じゃあ夜見ライナになった私は、
本当は夜見治ではないのでは、と。
なにかの作品のキャラクターなのか?
「そうなると私って何者なんだ……?」
「また急に哲学の話になるモルね……おーい夜見さーん」
ダント氏はバグったプログラムこと私のおでこをぺちぺち叩く。
「夜見さんが夜見おじさんじゃないのは当たり前モルよ」
「そ、そうでしたっけ?」
「でもおじさんを自認するのは自由モル」
「私は男性社畜おじさんを自認している魔法少女だ……」
「そうモル。強いトラウマでおじさんと自分を同一視しているモル」
「心に傷を負った思春期の少女でもあるんだ……あ、設定が済んだ気がします」
そういうことにしておく。
性自認を「おじさん」に変えると思考の整理が済んだ。
なんてことはない、私はちょっと変わり者なだけ。
ただそれだけの魔法少女だった。
「なるほどなあ……おじさんでもいいんだ……そっか、えへへ」
「ライナさまぁっ! いえ我が王!」
「わあ佐藤さん!?」
そうしてホッとした瞬間に佐藤ツムギさんが私にすがりつく。
彼女は今にも泣き出しそうだった。
「わ、私をリズール・アージェントに戻していただけませんか!?
必ずお役に立ちますからっ!
まだおぼろげでよく分からないんですが、
このチャンスを逃したら二度と変身できない気がするんです!」
「ああでも私は方法を知らなくて……」
「ライナ! 起動ワードはコーリングよ! そのあとに人名!」
「本当!? ありがとう奈々子!」
奈々子が知っていてくれて助かった。
あなたは忘れっぽいから、とやり方までレクチャーしてくれる。
ステッキを向けてコーリング、そして人名。だそうだ。
「……コーリング、なんとかさんだね。分かった。
それと奈々子、佐藤ツムギさんとしての記憶はどうなるの?」
「そんなに深く考えなくていいわよ。
世界に平和が戻れば◯ルトラマンのように人と巨人に分かれるわ」
「なるほど……
リズールさんみたいな人間を超えた存在のお方は、
元からスーパーパワーそのものなのか……じゃあ大丈夫だね!」
怪獣SF特撮はよく知らないが、
◯ルトラマンが善性の塊だとは知っている。
もしかしたら初代魔法少女にそっくりと言われている私も、
無意識にそうだったのかもしれない。
いや、今はどうでもいいことか。
私にすがるようにひざまずいて祈る佐藤ツムギさんに、
懐から取り出したマジカルステッキを向けた。
「じゃあ行きます。コーリング! リズール・アージェント!」
バシュン――!
地面に三重魔法陣が発生。
空から落ちてきたとてつもなく大きい青い魔力が彼女に憑依し、
佐藤ツムギさんの全身が強い光を放つ。
「来た、来た、パワー来たぁぁ――! 変身ッ!」
彼女がそう叫んだ瞬間。
光が収束して彼女の肉体を作り変え、
そのままパリッ、パキッ――と全身を覆う光の表層が砕け散ると、
女神と見間違えるほどに美しい、
気心の知れた青髪メイドが姿を見せた。
いや、本当に光輪というか、彼女の背後から後光が差し込んでいる。
彼女は私を見るなり嬉しそうに笑って、ぎゅっと抱きしめた。
「はあ……感謝しますライナさま。
これでまた、この世界の平和に貢献できる」
「リズールさんって実は神様だったりします?」
「概念的にはそのようなものです。
今回は佐藤ツムギというお方の身体をお借りする形ですね」
そうだったんだ……
とんでもない美人をまた間近で見れて嬉しいのでぼーっとしていると、
むずがゆさを我慢するような不快感が顔に浮かぶ。
「……っ、んん……っ?」
「リズールさん?」
「器が原因……? いや違う、これは色魔の……!
ま、魔力が身体に収まらない……!
ううっ、肉体に影響が……!」
魔法陣が収まり始めた頃には、
平坦だった彼女のバストが急に膨らみ始め、
バツンッ、とブラウスのボタンを弾き飛ばしてしまうほど、
そのバストは豊満になった――――。
「わあ、あ……」
目の前ですべてを見せられた私は、
彼女の谷間に釘付けになった。




