第231話 誠意を見せるのはマジで大事
しばらく撮影会を楽しんだあと。
湿地と反対方向にある温泉街――天津魔ヶ原温泉に繋がる歩道を歩く。
温泉街に着くと、
入口に般若の面をつけた赤い埴輪兵があぐらを組んでいた。
暗黒埴輪軍団の首領、般若だ。
「般若……!」
「……来たな、プリティコスモス」
彼は体勢を崩さず、黙って頭を下げた。
「悪かった」
「え?」
「……俺は、魔法少女ブルーセントーリアの続編を作りたかった。
あんなにいい作品がこの世に埋もれていることが許せなくて、
阿呆なオタクどもを見返してやりたかった」
急な謝罪コメントに驚いたが、
彼なりの信念と、誠意が感じられたので話を聞く。
「心変わりの理由は?」
「恥ずかしい話だが、
ブルーセントーリアの続編が東京にあった。
俺が地方でくすぶってたばかりに気付けなかっただけなんだ。
……トライアスロンセーリングって知ってるか?」
「あ、聞いたことあります。
シャインジュエル争奪戦の五大人気イベントのひとつでしたっけ」
「それが俺の求めていた続編への道筋だった。
ネタバレは嫌だから多くは語らないが、
俺はそれに出場して、
マジカルコンクエストへの|出場枠を得る。
ブルーセントーリアに、会いたいからな」
「まあ、夢に前向きなのはいいことだと思います。はい」
「……お前から盗んだモノを返しておく」
般若はそう言って腹の中にぞぶっと手を突っ込み、
マジカルステッキ、虹色の水晶玉――魔女ハインリヒさんの魂と、
魔力とエモ力が混ざって巨大化したシャインジュエルを取り出した。
地面にそれらを並べ終えると、
彼の身体はボロボロと崩れながら空に落ちていく。
「今日の話は忘れてくれ。
次に会うことがあれば敵同士だ。
俺が無知なばかりに迷惑をかけてすまなかった――」
そう言い切って、星モードになった彼は空の上に帰っていった。
困ったことに好感を持ってしまい、
私は腕組みをする。
「……むう、ちゃんと謝れるじゃないですか」
「分かるわライナ。
でも彼はプリティコスモスのファンではないの。
あなたよりブルーセントーリアが優先されるのよ。
好かれていないからって気を病むことはないわ」
「別に気にしてないです」
とは言いつつも、
心のどこかでショックを受けている自分がいた。
魔法少女ブルーセントーリアは人を選ぶ作品だが、
心の中に生涯のこり続けるような名作だ。
私はまだその領域に至れていないらしい。
「はあ、まだ魔法少女になって半年だからしょうがないか……」
悩んでも仕方ないので考えるのをやめ、
般若が残していった窃盗品を回収する。
魔力が混じった巨大シャインジュエルは後回しだ。
マジカルステッキは盗まれないようブレザーの裏に隠し、
魔女ハインリヒさんの魂をつかむ。
そのまま奈々子に渡そうとすると、
彼女――ハインリヒさんの魂がまた難色を示した。
「……えっ、私に入れたほうがいい?
保険を残しておきたい?」
「あら、ワガママなのね。んっ」
すると急にお嬢様ドリルヘアの魔女ハインリヒさんが、
奈々子の中からずももも……と出てきた。
ドレスのホコリを払った彼女は、
平然とした顔で自身の両手を見渡し、奈々子を見る。
奈々子は優しい笑みを向けた。
「ごきげんよう。あなたは何人目の西園寺杏里なのかしら?」
「76人目。魂の複製方法はもう覚えたわ。
次の目的は固有魔法が勝手に進化する異常個体の研究よ。
あと私は西園寺杏里じゃなく、魔女ハインリヒ」
「そうなのね。
あなたの魂は誰が預かっておけばいいの?」
「んー、まずおさらい。
あなたと同化させると固有魔法のデメリットが出るからダメ。
私が持つとまた盗まれる可能性があるからダメ。
野ざらしだと狂う可能性があるからダメ。
一番ベストな選択はプリティコスモスの中に匿ってもらうことなの」
「ですってライナ。ワガママだと思わない?」
奈々子に話を振られたので、私は全力で頷いた。
「同意見です。
自分の魂は大事にしたほうがいいです。
自分を使い捨てちゃだめですよハインリヒさん」
「うぐっ……それを言われると弱いのだけれど、
あなたこそ自分を大事にしなさい」
「え?」
「プリティコスモス。
あなた、本当の趣味を楽しむ時間がないでしょ?
そのせいで魂が欠けてるわよ。
誰かの魂で埋めないと近いうちに消滅するわ」
「消滅……」
そう言えば前回ループのとき、
ナターシャさんがそんなこと言ってたっけか。
私が消えかかっていたとかなんとか。
かなり重大な問題だと認識しよう。
「ど、どういった感じで欠けてます?」
「落ちて崩れる直前の砂団子みたいな感じね。
私の魂でコーティングしてあげるからそのまま匿ってくれない?」
「そんなに……?
じゃあ、受け入れておきます。
仕方なくですよ?」
「ありがと」
私はなし崩し的に彼女の魂を受け入れることになった。
胸に当てるとズブっと入ってきて、
心の中にお嬢様が増えた気分。
すると奈々子がくすくす笑った。
「ふふっ。ちなみにこれで、
ライナは西園寺家の血を引く魔法少女になったわ。
血族でないと魂の器になれないもの」
「魂の器ってなんですか?」
「あー……それっぽいこと言っただけよ。カッコいいでしょ?」
……奈々子はすぐに適当なこと言う。
私が非難の視線を向けると、彼女はパチっとウィンクした。
『ごめんごめん。
ホントの目的は魂の共鳴を利用したテレパシーなのよ』
『うわ頭の中で奈々子の声がする』
『ちなみに魂の器うんぬんの話もマジよ。
魔法少女になった子は、
早かれ遅かれ七光華族の魔女から魂を受け継ぐの。
ライナのはどうしても西園寺家で済ませておきたかったのよね』
『それどういうこと?』
『私が末代だから。
遺産を取り戻しても受け継ぐ子孫がいないから、
ライナに相続させたいのよね。
ああ、魔女の魂=財産って考えてくれるといいわ。業界用語なの』
『喜んで相続を受け入れさせていただきます』
遺産相続のために必要だったのか。
ならハインリヒさんの魂を受け入れなきゃならないよね。うん。
すると奈々子が脳内でくわしく説明してくれる。
曰く。
華族には無逮捕特権や免責特権、
私的な軍隊の所有など、
あらゆる特権と税制の免除が認められているが、
相続税だけ100%になっている。
死んだらすべての財産を国庫に収めなければならない。
なので家長の魂の一部を次の家長となる者へ受け継ぎ、
本人認証を突破するようだ。
今の私は西園寺家の財産すべてを受け継いだことになる。
裏世界「天津魔ヶ原」が正式に私のものになった。
他にも奈々子の私有財産や不労所得なども、
自由に受け渡ししてもらうことが可能。
父、遠井上願叶の財産は間違いなく遠井上家の人間が奪いに来るので、
なにも貰えない養子の私のために、
色々と考えて用意してくれたようだ。
『奈々子がいて良かった……』
『もっと私たちに依存していいのよ?』
『奈々子好き』
奈々子にぎゅっと抱きついて、
西園寺家の再建に関わって良かった……と安堵する。
すると魔女ハインリヒさんが話しかけてきた。
「ねえプリティコスモス?」
「わあなんですか!?」
「他の私と念話したいなら、
あなたの中にいる私を意識してちょうだいね。
そしたら奈々子と私以外の私を知覚できるようになるわ。
地球上ならどこにいても。
念のために伝えるわね」
「わ、分かりました」
「これで説明は終わりかしらね。
私はデミグラシアの自室に戻るわ。
それじゃあまた明日」
「ああはい。また明日」
ハインリヒさんは温泉街から踵を返し、
デミグラシアに戻っていった。
残された奈々子は「困った子よね」と呆れ、
離れた位置から様子をうかがっていた中等部一年組も近づいてくる。
いちごちゃんが興味津々で聞いてきた。
「ねえねえ夜見!
さっきの赤い怪人とどんな話をしたの!?」
「ええと、一言で言うと、
私への数々の悪行を謝罪して、
推しの魔法少女に会うために天津魔ヶ原を出てっちゃった感じ」
「現場にはそんな過激なファンがいるのね……要チェックだわ」
おさげちゃんやサンデーちゃんも「せやな」「ですわ」と同意する。
ミロちゃんは般若の全体像の模写と考察メモを取っていた。
念のためにさらなる情報を提供しておく。
「どこに向かったかは説明しなくても良さそう?」
「トライセーリングアスロンの妨害役として出場するんでしょ?」
「あれ? 私が聞いたのはトライアスロンセーリング……」
「そうなの? 別のイベント?」
「さあ……?」
全員に疑問符が浮かぶ。
普段なら教えてくれる聖獣がいるけど、
いないのでなにも分からずじまいだ。
「まあとりあえず。あいつは敵ね」
「ですわね」
「せやな」
ともかくあれは敵だという認識を共有した。
次出会ったら問答無用で倒す。以上。
そこで私はだいぶんと脱線したなあと思ったので、
話を戻すことにした。
「ああそうだ。おさげちゃん、
歩き巫女の家系に人たちに会うんでした……だよね?」
「先にそこに落ちてるシャインジュエル拾ったらいかがどす?」
「はい……」
普通に忘れていた巨大シャインジュエルを回収する。
スイカ大ほどに大きくなっていて、一口では食べきれない。
しかも魔力が混じっている影響で表面がザラザラトゲトゲしている。
食べたらお腹を壊しそうだ。
「うわー……重いし、トゲトゲしてて口に入れたら痛そう」
「それって結局なんなん?」
「私の中にあった聖霊の力を結晶化させたもの……かと。
魔法能力が十分の一以下になるデバフがかかるんだけど、
代わりに剣術の腕前が世界最強天下無双に」
「……ちょっち待ってくれへん?
夜見はんの剣術が聖霊由来なんはええけど、
魔法能力がつねに十分の一以下やったん?」
「え? うん。
前までは隣にいた誰かの指示通りに、
あえてデバフを受けながら近接戦闘に特化してたよ」
「めっちゃ贅沢な構成してるやん……。
魔法少女やのに魔法使わん戦闘スタイルとか意味分からん。
王道ロマン見せすぎやろ。せやから人気なんや」
他の三人も「納得ですわ」「そうね」と理解を示してくれた。
やはりダント氏はマーケティングの天才だ。
するとおさげちゃんが言う。
「夜見はん、提案があるんやねんけど」
「なにかな?」
「良かったら次は射手としての王道路線も見せてくれへん?
うちはそれを目指しててな、手本が欲しいんよ」
「射手?」
「えっ、知らんの?」
「全然分かんない……」
きょとんとする私。
まさかそんなことがあるのか、とばかりに絶句するおさげちゃん。
するとミロちゃんが「夜見さんはまだ半年ですから」とフォローを入れてくれた。
その場で教えてくれる。
「……魔法少女には前衛と後衛の概念がある?」
「実はあります。
これから私たちが会う歩き巫女の家系の方々は、
自分の役割を明確に自覚しています。
夜見さんのようなオールラウンダーな働きは出来ないと思って下さい」
「わ、分かりまし……分かった」
「念のために認識を共有しますね。
私ことミロとサンデーさんは前衛組、
おさげさんは後衛専属、いちごさんは未定です。
会う理由としては、
これから現場で出会ったときに困らないための顔通しと、
協力関係の構築です。
現場は実力第一主義ですので、
多少うるさいとしても役に立つと思った場合はスルーしてください」
「う、うん……」
どんなとんでもびっくり人材と会わされるんだろう。
するとサンデーちゃんがパンと手を叩いた。
「はい、説明会は終わりですの。
その変異したシャインジュエルはどこに収納しますの?
持ち運んでいったら贈り物だと思われますわよ?」
「「「あー……」」」
私たちは目を見合わせて悩む。
奈々子に頼めば小さくして食べられるだろうけど、
よく考えれば手持ち無沙汰で向かうわけにはいかない。
とりあえずテレパシーに頼った。
『奈々子どうしよう』
『ライナが受け継いだ斬鬼丸さんの力は、
なんの才能もなくて困っている子に譲るべきよ。
そのまま現場の子への贈り物にしちゃいましょう?』
『……だよね。
斬鬼丸さんなら絶対にそう言うし、そう導くよね』
私はこの力を手放すことに決めた。
「――よし、決めました。
このまま贈り物にします。
この力は、私のように運と才能に恵まれた子じゃなく、
現場で生きるしか術がない子が持つべき力です」
「よ、夜見さん本当にいいんですの?」
「あははは……
ちょっとだけ渡したくない気持ちは感じてますけど、
この精霊さんの力は、大勢の人の命を救える力だから。
なので現場の方々にプレゼントします」
そう言って、
腕に抱えたスイカ大シャインジュエルをきゅっと抱きしめる。
きっとこの独占欲を手放すのも大事な修行だ。
はあと一息ついて腕の力をゆるめ、我欲を捨てた。
サンデーちゃんはパチパチ拍手してくれる。
「夜見さん、感服しましたの。
あなたこそ魔法少女の理想像ですわ」
「どういたしまして。
じゃあ案内してもらえますか?」
「……そこでうちも悩んでるんよ。
改めて思ったんや、
やっぱ案内せんでもええんとちゃうかなって。
夜見はんの方がどう考えても格上やし、
相手方がわざわざ出向いて挨拶しにくるべきやと思うねん。
なんで贈り物持たせて暴言聞きにいかさなあかんの?」
「そうよね。
入口についたのに出迎えの一人もないし、
舐められてるって感じだわ」
いちごちゃんが前をにらんだので私も視線を向ける。
そこには観光客こそいるものの、
ウェルカムボードを持っているような人がいない。
観光客に偽装して溶け込んでいるのか、
そうじゃないかはともかく、
明確な待ち合わせ要員くらいは用意するべきだ。
……ああ、念のために聞いておこう。
「おさげちゃん、待ち合わせ場所はどこでしょう?」
「場所までは知らんねん。
うちは温泉に連れて来いて言われただけ。
途中で誰か案内役が来るんかおもたけど、
おらんってことは温泉まで歩いて来いってことなんやろ?
どないしはる?」
「まあ、うん、贈り物は渡しておきましょう。
もしかしたら深い事情があって顔見せできない可能性はありますし、
何事も会ってみないことには分かりませんから、うん」
「ほならそういうことにしとこか」
夜見はんは器が広いんやなぁ、
歩き巫女らとは大違いやわ、とおさげちゃんがくさす。
他の三人も「ですわね」「そうね」「同意します」と同意。
私以外の中等部一年組の心がひとつになった。
「あはは……なんでみんな急に不機嫌に?」
「別に夜見はんに舐めプされてたことに怒ってるんとちゃうよ?」
「めっちゃ怒ってる……もー、教えなくて悪かったですってー」
私は「関係ない相手を悪く言いすぎですよ?」とおさげちゃんをなだめ、
「本気だしなさいよ」「舐めプ反対ですわ」とむくれる二人の機嫌を取って、
ミロちゃんにはとりあえず視線を合わせてニコッと微笑み、
最初の一歩踏み出した。
私たちは温泉街を進み、天津魔ヶ原神社の本殿へ向かう。
本殿に到着すると――
「「「ようこそ。お待ちしておりました、夜見ライナさま」」」
またしても見たことがない黒髪美人の巫女さんたちが、
規則正しく並んで迎え入れてくれた。
私たちは呆気にとられる。
「……ああ、やっと来ていただいた」
すると旅館の奥から、
身なりが整って美しくなった老婦人が現れた。
自己犠牲の聖人、西園寺奈々さんだ。
「安心してくださいなライナさん。
彼女たちはこの私、
西園寺奈々が雇った優秀な歩き巫女たちですよ」
「西園寺奈々さん!」
「どうもどうもお久しぶりです。
おかえりなさい夜見ライナさん。
奈々子の様子を見るに、
西園寺杏里の魂を受けついでいただいたようで」
「バッチリです!」
グッと親指を立てると、奈々さんはにっこり。
「フフ、いつ見ても頼もしいお顔だこと。
さあさ、どうぞお上がり下さい。
ライナさんと交友を結びたい巫女たちがお待ちしております。
お茶菓子を飲みながら親交を深めましょう。
皆さんもご一緒にどうぞ。さあ」
西園寺奈々さんに進められ、本殿の中に上がる。
神社本殿の面影はそのまま、
日本の伝統工芸品や、
高そうな陶磁器の花瓶が置かれていてきらびやかだ。
私たちが案内されたのは畳張りの大広間。
どこかのお城のように上段と下段がある。
「さあさ、ライナさんはこちらへ」
「ああ、はい」
私が上段の座布団に大名のごとく座ると、
奈々子と西園寺奈々さんが私の斜め左に座り、
黒髪美人の歩き巫女たちは対面の下段に、
家臣のごとく整然と並んで正座した。
中等部一年組は上段の右のはしっこで横一列だ。
部屋が静かになると、
ようやく奈々さんが口を開いた。
「これより魔法少女プリティコスモスとのお茶会を始めます。
外の者。みなに茶と菓子を用意しなさい」
『はっ!』
指示を受けた部屋の外の巫女たちが入り、
高そうな御盆に乗せたお茶と和菓子を運んできてくれた。
対面の歩き巫女たちにも同じものが用意される。
私はシャインジュエルを抱えたまま、
どのタイミングでこれが贈り物だって言えばいいんだろうと悩んだ。




