第230話 ネームド臣下「田中」誕生
私の前で土下座のように平服している月読学園のOBならびにOGたちは、
おそらくループ前に遊んだ謎のアプリ「フロイライン・ラストダイブ」にて、
成長加速をかけてレベルカンストさせた私の領民たちだ。
見知らぬ存在ではなく、
物覚えのわるい私が記憶の外に追い出していただけ。
でも、私にとって都合が良すぎる。
し、信じていいのか?
すると奈々子がそばに寄り添い、私の肩を持った。
「聞いてライナ」
「わ。奈々子どうしたの?」
「そろそろどういう相手が信じられる人かどうか、分かってきた頃じゃない?」
「逆に分からなくなってきたまであるけど……」
「じゃあアドバイスよ。
あなたは王の器を持っている人間なの。
人に対して敬語を使うのをやめてみなさい。
その反応で相手の人間性が分かるわ」
「敬語を……? わ、分かった」
他人の身体だとか魂が別だとか言っても、
奈々子は成功者になった私だ。
彼女の助言はすべて我が身に染みる名言であり、
その立ち振る舞いは私が無意識に望んでいる夢を叶えている。
つまりは唯我独尊。
私は彼らの王として、そう振る舞うことが許されている。
実践してみることにした。
奈々子の隣から一歩前に出て、深呼吸。
「あー、あの。皆さん。顔を上げて」
「「「はっ!」」」
私の一言で月読学園の卒業生たちは顔を上げる。
「先に聞きます。
私はあなたたち領民を信頼の置ける仲間だと思って、
敬語の使用をやめたいと考えてい……考えてるの。
なのでやめてもいい、かな?
賛同する人は手を――」
バババッ――
「わあ満場一致……」
卒業生たちは質問するまでもなく全員が手を上げた。
うち、最前列の一人が口を開く。
「よ、夜見ライナさまは、我々と友であることを望まれているのです!?」
「ええと、そうかも。
ただ私はこだわりが強くて、
公私をハッキリ区別して生きているので、
仕事は仕事、プライベートはプライベートの人間関係がありま……あるんだ。
どちらも不可分で交わらないのが理想。
臣下として活動するなら、私の生き方に賛同してもらわないといけない」
「つまり――正義の味方「魔法少女プリティコスモス」の側面と、
日常を生きる夜見ライナさまは性格がまるっきり別人だと言うことですね?」
「あ。いい例え。そういうことになるかも」
「では、ライナさまが敬語のときは、
魔法少女プリティコスモスとしての意見であり、
気を引き締めて聞くべき王の言葉だと思えばよいのですね!?」
「すごくいいアイデア……今からそういうことにしちゃおっか!
敬語じゃないときはマジメじゃない日常モードだ!
私は自由! フリーダム!」
「そしてライナさまが敬語で話されたときに即座に真剣になるのが、
臣下として活動する我々の義務ですね!?」
「そういう感じでいきましょう!
私は仕事に縛られて公私混同するのが一番嫌いなんです!」
「王のお言葉、承知しました!」
私と会話していた卒業生代表が、膝をついて頭を下げた。
そこでピンとひらめく。
「じゃあ、私と素晴らしい討論をしてくれたあなた」
「はっ、なんでしょうか!」
「お名前は?」
「田中一郎です!」
「覚えました。
では田中さん、
あなたをプリティコスモス領の内政大臣に任命します。
あなたはほかの卒業生や領民たちに役職を与える権限を持っています。
私に変わって領地を取り仕切り、
この世界に住む人々の平和を守る組織を作り上げて下さい」
「ははっ、ありがたき幸せ……!」
田中さんは世界一の名誉を得たとばかりの笑顔となり、また頭を垂れた。
彼はすぐさま立ち上がり、背後の卒業生たちの方を向く。
「私が内政大臣の任を請け負った田中だ!
一同解散せよ! 今の夜見ライナさまは日常をお求めである!
邪魔をしてはならぬ!」
「「「承知!」」」
組織はトップが決まると動きがスムーズになる。
卒業生一同は田中さんの指示に従って、
拝殿の横の鳥居――天津魔ヶ原の内部へと入って行った。
私は少しだけびっくりさせられる。
「あ、黄金のワンエーカーの中じゃないんだ」
「もう地続きになってるのよライナ」
「地続き? どういうこと?」
「んー説明しようとすると長くなるのよねぇ。なんせ十年分の歴史だし」
奈々子は困ったように腕を組み、頬杖をついた。
すると中等部一年組が私の背後からジリジリと不機嫌そうな顔を覗かせる。
笑顔のおさげちゃんには静かな怒りが宿っていた。
「夜見はんは、ほんに知識欲が旺盛やなぁ。
うちは大ざっぱやから詳しい話とかあとに回してまうわぁ。
うちの用事もあとに回した方がええですのん?」
「あっすみませんおさげちゃん、
私の悪いクセがつい出ちゃいました……」
「それと夜見~?
ついでなんだけど私たちにも敬語使うのやめなさいよ。
もっと友だちらしく付き合いましょ?」
「……うん、分かったよいちごちゃん。
奈々子、説明はまた今度でいいよ!
先に温泉に行くから!」
「あらそう?
ふふ、じゃあ温泉に行きましょうか。
案内するわね」
腕組みをやめた奈々子は神社境内の参道を歩き出した。
道の左右には観光客が並んでいて、拍手や声援が沸き起こる。
「がんばれー!」
「活躍楽しみにしてまーす!」
「中等部一年組ファイト~!」
私だけじゃなく、中等部一年組のファンもいるらしい。
人気なのは私だけじゃないんだ。
私は一人じゃない。
魔法少女としての安心が満たされていく、そんな感じがした。
そしてひとまず、鳥居に入る前に拝殿でお参り。
奈々子から渡されたお賽銭を投げ入れ、
神社の作法である二礼二拍手一礼。
六人で並んで行う。
すると心に直接語りかけてくる声があった。
『……ますか……
聞こえますか……
プリティコスモス……』
この声、巫女イザナミさん……?
死んだはずでは……
『ええ、死にました……前回は。
今でも根に持っていますが、
あえて水に流しましょう……
現場では怪人の討伐よりも人命救助を優先しなさい……』
す、すみません……
次はもっと賢く立ち回ります……
『分かればよいのです……
自らが正義の味方だと忘れずに行動するのですよ……
では、あなたに助言を授けます。
お父様から毎日、一万円のお小遣いを貰いなさい。
さすればあなたのモチベーションは驚くほど上がるでしょう……』
願叶さんからお小遣いを……?
私は疑問に思いながらも受け止め、そうするべきだと思った。
相手に許されたような不思議な気持ち。
ほっと胸を撫で下ろした。
「それでなんでお参りしたん?」
するとおさげちゃんが言う。
奈々子はフフと笑った。
「私たちに敵意はないよ、というお祈りなの。
これを忘れると天津魔ヶ原の魔物が魔法少女を攻撃するのよ」
「あー……そういう感じなんやね。
祈るんは誰でもええん?」
「今はそうね。
また波が来たら人柱が必要になるかもしれないわ。
次はあなたかもしれないわね」
「シャレにならん話やなぁ……」
おさげちゃんは遠い目をした。
私を除く他の三人も「大事な話ね」「ですわ」とうんうん頷いていた。
私? 私はおさげちゃんを優しく抱きしめる係。
「じゃ、暗い話はここまで!
お祓いも終わったことだし天津魔ヶ原温泉に行くわよ~!」
「「「おおーっ!」」」
そして奈々子はみんなに引率の先生役と認められ、
私たち中等部一年組に混ざって天津魔ヶ原温泉に向かう。
鳥居をくぐって最初に見えたのは、
鶴の式神が空を飛び、澄んだ水をたたえる朝焼けの湿地だった。
ゆるく吹きすさぶ心地よい温度と湿度の風が、
前髪を軽くかき上げた。
「ああ、絶景かな」
私がたそがれていると、
いちごちゃんたちはマジタブを取り出して私と景色をパシャパシャと撮る。
この……現代っ子めと思いつつも、
悪い気分はしないのでそのままにしておく。
次回の更新は11月3日(日)、午後11時。
筆のノリしだいで合間に更新したりしなかったりします。
自分ってば書けてて偉い。




