第229話 【朗報】天津魔ヶ原、すでに攻略済み
「みなさんお久しぶりでーす!」
「「「夜見~!」」」
私が元気よく手を振って中等部一年組の元に駆け寄ると、
四人はやはり役割分担して私を拘束した。
サンデー&ミロペアが私の両腕をつかみ、いちご&おさげペアが屋台に向かって背中をぐっと押す。
「……ッ、なっ、何を」
「いいからここの屋台のイカ焼き食べなさいよ!」
「めっちゃ美味しいんやで、ここ!」
「そう言えばこうなるんだった……! 分かりました食べますから~!」
降参宣言をすると「分かればいいのよ」「せやせや」と、
四人は拘束を解いてくれる。
しぶしぶスカートのポケットや月読学園のブレザーの裏を探ってふと、
財布やキャッシュカードを所持していないことに気づいてハッとした。
「あっ、手持ちの現金がありません!」
「お小遣い貰ってへんの?」
「はい……私の財布やカードは、
隣りにいたはずの誰かが管理してたんですが、
彼は労災が起きたと同時に姿を消してしまって、
一文無しになっちゃいました」
「奇遇ですわね。私たちも同じ状況なんですの」
「サンデーちゃんも?」
「ミロも同意します」
「ミロちゃんもなんですか? わあ……」
ふと気づいて四人を見ると、
彼女たちの隣に浮いていたであろう「彼ら」が消えていた。
まあ、忘れたフリをするのも面倒なので聖獣と言っちゃうが、
聖獣がどこかに消えたことで、
私たちは彼らに預けていた財布や私物、着替えなど、
色々と無くしてしまったようだ。
「じゃあ、皆さんはどうやってイカ焼き屋台さんにお支払いを?」
「もちろんツケよ」
「うちは夜見はんが迎えに来てくれるやろなぁって分かってたし」
「お、お金は払わなきゃダメですよ……?」
「でしたらそうですわね……夜見さん?
聖ソレイユ女学院での借りは返してもらわないと困りますわね?
別に今でもいいんですのよ?」
「あー、サンデーちゃんにそれを言われたら言い返せません。
とりあえず再会のハグです」
「「「きゃ~!」」」
私は話をそらすために四人を一抱えにまとめる大きなハグして、
二度目の再会を喜んだ。
そして前後左右から抱きついて私包囲陣を作ってご満悦な四人をそのままに、
ちょっと離れた場所でニコニコしている奈々子を見た。
彼女は言う。
「立て替えるのは事情説明のあとよ?」
「はい……あの実は伝えたいことがあってぇ!」
「何よ急に?」
「愛の告白でもするん?」
「いやちがくて。実は――」
経緯を説明した。
天津魔ヶ原という裏世界を攻略していたが、
敵の策略によって時間が巻き戻され、
鍛え上げた魔法能力とマジカルステッキを失い、
本来の目的だった「おしゃれコーデバトル」が開催できなくなってしまった、
と伝えると「ああ~そのことね」といちごちゃんが笑う。
「いちごちゃんは覚えてるんですか?」
「夜見~、もう西園寺家の復興事業が終わったこと知らないでしょ?」
「歴史が変わって天津魔ヶ原は十年前に攻略済みなんやで~?」
「お、終わった? しかも十年前に……ああもしかして!?」
奈々子を見た。
彼女は屋台の会計をし終えたところで、
私と目が会うなりウィンクする。
「奈々子どういうこと!?」
『詳しい話はあとよライナ! 楽しみにしてて~!』
「ちょっと夜見~とりあえずこれ見なさいよこれ。動画」
「あ、はい」
いちごちゃんに視線を戻される。ふくれっ面がかわいい。
彼女はマジタブを取り出して、
動画サイトにアップロードされたひとつの動画を開いた。
それは「天津魔ヶ原」の観光案内CMだ。
最初は日本をモチーフにした異世界の幻想的な風景――
――ホタルの飛び交う小川と、広葉樹林の広がる森を背景に、
ドンと発展しきった温泉街を映し出して……うん、綺麗な温泉地のCM。
天津魔ヶ原温泉に行きたいなぁ、と思わされる内容だ。
いい出来だと思うが……どうしていま見せられたんだ?
私は首を傾げた。
「ええと、なんで急にCMを見せられたんですか?」
「私たちを応援してくれる子たちへの配慮よ。
急に天津魔ヶ原の話題を出されたってイメージできないじゃない。
それともっと深く考えて欲しいんだけど、
このCMは当時から根強い人気があって、
最近アップロードされたのに再生回数がもう一千万回を超えてるの」
「は、はあ……」
「しかも新着コメントは一分前。この意味が分かるわよね?」
いちごちゃんが画面をスワイプするとコメント欄。
そこにはたしかに「心地いい温泉でした」
「こんな平和な裏世界初めて」という新着コメントがついていた。
彼女の言わんとしていることは分かる。
分かるけど、こう……そうじゃない。
「まあ、いちごちゃんの言いたいことはなんとなく分かりますよ」
「そう? 言ってみなさい」
「そこで遠巻きに見ている女性――私の育ての母でメイドなんですが、彼女は」
「説明はいいの。一行でまとめて夜見」
「あー、ええと、
私は人の説明だけでは納得できません。自分の目で直に見に行ないと」
「もっと感情的に短く!」
「直に見ないと満足できません! 攻略後の温泉入りたい!」
「当たり前よね! エモーショナル茶道部出動!
満足するまで温泉を楽しむわよ!」
「「「おー!」」」
急にその場の流れに飲まれて温泉旅行することになった。
つい流されて腕を突き上げてしまったが、
私だけが正気なんじゃないかと思い、尋ねる。
「あの、旅行にかかる費用は?」
「その思考ノットエモーショナル。思い立ったが吉日よ夜見」
「!」
ビシッと指さされて、私はドキッとする。
少し目を細めたいちごちゃんに、指で肩口をぐりぐりされた。
「そういう足踏みする理由はあとで解決する問題なの。
まずは一文ナシでも能力がなくても進む。
壁にぶち当たったら全力でぶつかって壊す。
エモーショナル茶道部の部員なんだからもっと感情に従いなさい」
「でも心配で……」
「ほなら夜見はん? そろそろ現場も分かったことやし、
楽な内勤の方がええやろ?」
「あっ、は、はい! それはもちろん!」
「ほならちょっちうちらに乗せられといてくれる?
出番が欲しい欲しいゆうて困っとる子が大勢おんねん。
紫のリーダー、赤城はんのイベントは大事なんやけど、
そのあとで待ちぼうけ食らってる人らが多くて――」
「はいはい。お仕事の話はそこでやめてくださいな」
すると見かねた奈々子が割り込んで止めてくれた。
私は中等部一年組から引き剥がされる。
中等部一年組は驚いたような目線で奈々子を見つめた。
しかし奈々子は物怖じすることなく話し続ける。
「現在ライナは労災で勤務時間を減らしていますから。
会合や話し合いなど、
お仕事の依頼は週に一度、三時間までです」
「でもな、ここでうちに乗ってくれへんと、
スケジュールがキチキチやねん。困るんよ」
「なのでおしゃれコーデバトルを開こうとしているのよ」
「「「!」」」
全員が「そう来たか」とハッとさせられた。私もだ。
「開催時期は来月から。
出発地はこの高松学園都市・中央自治区。
イベント名どおりにおしゃれコーデの火力勝負よ。
勝者は推しの魔法少女とお話しをしたり、
デートをする権利を得る……」
「で、デート!?」
「キスもありなん!?」
「そうよ。だからお仕事風の話し方はやめてね。
今はただのお遊びだったり、
日常を楽しむような提案のしかたをしてほしいわね」
「ああそういう感じなん? せやったら……」
おさげちゃんは少し考え、ひらめいたようで、
私ににっこり笑顔を向ける。
「あんな~夜見はん?」
「は、はい」
「うちの知り合い、歩き巫女の家系の子らと遊ばへん?
いまちょうど天津魔ヶ原温泉に集まってるんよ。
なんでも中層にでっかい温泉の湖ができたらしくてな、
いまそこで遊ぶんがプチ映えするんやって」
「そ、そうなんですか?」
「せやねん。ほらあの人、州柿井鶴先輩って知っとる?
あの人じつは歩き巫女の家系の人でな?
夜見はんにパフェ奢りたいなーってずっと言ったはんねん。
一緒に会いに行かへん?」
「あ! 知ってます!
知り合い知り合い! 州柿先輩が居るんですね!?
ぜひ行きます!」
「やりぃ~。いくでいちご~!」
「あっ、ちょっと! エモーショナル茶道部の部長は私よー!」
珍しくおさげちゃんが先導して走り出し、あとからいちごちゃん、
サンデーちゃんとミロちゃん、
そして奈々子にお姫様だっこされたままの私が続く。
ふと疑問に思ったことを聞いた。
「目的地は西園寺家だよね?」
「ライナ、天津魔ヶ原温泉の観光客がどこから入ってきたか分かる?」
「え? ワープポータル、とか?」
「それもあるけど正解は……西園寺家邸宅の裏庭にあるわ」
「裏庭に?」
「ほら思い出して。西園寺奈々に一任したのはあなたよライナ」
「ええー……?」
西園寺奈々さんといえば、
豪邸で誰も覚えていない古井戸に祈りを捧げていた聖人のようなお方。
私は豪邸に入れる人間の選別はあなたに任せるとは言ったものの、
彼女が私のために何をしでかしたのかまったく思いつかず、
私は到着するまで眉をひそめたり、
首を傾げて困惑するしかなかった。
そして到着後――
西園寺家の裏庭には新築の神社――名称は「天津魔ヶ原検問所」があり、
そこでは入国審査として祈祷を行う巫女服の女性たちと、
拝殿の近くにある赤い鳥居から、
天津魔ヶ原に流入する男女ペアの観光客が多く滞在していた。
私がそこに足を踏み入れると急に、
神社の賽銭箱の上にある鈴が勢いよく鳴る。
すると巫女たちが待ってましたとばかりに声を張り上げた。
「夜見ライナさまが帰還なされました――!」
「観光客の皆さまは参道を開けて、盛大な拍手と歓声でお出迎え下さ~い!」
「なんだって!?」
「プリティコスモスが……!?」
観光客たちもまさかとばかりに驚いて立ち止まり、
巫女の指示に従って参道の上から退く。
やがて神社の正規の入口に立っている私たちの存在に気づいた。
私はその場で固まって目をパチクリする。
「えっ」
「夜見ライナさまぁぁ――――!」
「お待ちしておりましたぁ――――ッ!」
「大ファンです――!」
「な、なんですかこれ……」
すると待ってましたとばかりに神社の本殿から、
月読学園の制服を着たまったく見覚えのない美男美女たちが湧き出てくる。
それらは私の前に並んだかと思うと、
服従の意を示すようにその場で平伏した。
そのまま無言で黙るので、私はこういう。
「は、発言を許可します」
「我ら月読学園の卒業生OB、ならびにOG!」
「現代社会では苦行とも言われる、
レベルカンストの恩を返させていただくべく!
タイムループと同時にぶしつけながら、身勝手だとお分かりしておりながら、
天津魔ヶ原を攻略させていただきました!」
「どうか、どうか我らを臣下に加えていただけませんか!
あなたさまのお役に立てるのならなんだっていたします!」
「ああ~……」
そう言えばそんなことをした記憶がある。




