第227話 西園寺菜々子の帰還
「ここモル!」
「ああ、ここですか。へえ……」
ダント氏が案内してくれたのはハインリヒさんの自室だ。
扉の隙間からは、何やらモヤモヤと黄金色のエモ力が漏れていて、
絶対になにかやらかすつもりなのだと分かる。
「んー……」
それを私はもやもやと不服に思う。
ともかくとりあえず、現状把握のための思考。
今は一月下旬で、
魔女ハインリヒさんこと私はワープポータル運送業に携わっている。
事業そのものは完全自動化が済んでいて、
月に一度のメンテナンス以外はフリーだ。
夜見ライナの用事としては五日後の騎士爵授与があるが、
弱体化を受けた今のままで行くと不敬な気がする。
それにハインリヒさんと分離する方法をさらっとウヤムヤにされたので、
しばらくは戻れないと予想しよう。
戦闘能力や魔法能力が戻らなければ一生このままかもしれない。
夜見ライナとプリティコスモスの物語は一巻の終わりだ。
……以上を踏まえたうえで、
私をここまでいじめ抜き、
けちょんけちょんのコケにしておいて、
プリティコスモスの物語を続けようとするソレイユサイドに強い怒りを覚えた。
「……思ったんですけど」
「何モル?」
「たぶん、この扉をくぐったら光の国ソレイユが魔法で解決してくれますよね?」
「そうかもモル」
「……はあ。あの、あのですね!?」
扉を開ければもう苦労せずとも済む。
しかしその救済を受け入れるための心がもう限界だった。
エモ力がゼロとは、
自己肯定感がまったくないということ。
プライドを傷つけられたり、
ちょっとでも気に障るようなことをされただけですぐに怒ってしまう。
小物の悪党のようなメンタリティになってしまうのだ。
私は語気を強め、早口でまくし立てた。
「いい加減にっ、私を舐めるのもいい加減にしてもらえますか!?
今まで味方であろうとしてきましたけどもう限界です!
こうすればいいだろう、
喜ぶだろうと安易な救済を与える無理解さに怒りを抑えられませんっ!」
「も、モル!? 夜見さん落ち着いてモル――」
「もういいです!
光の国ソレイユは味方じゃなく味方ヅラをする悪い敵として認定します!
六秒数えるまでに消えないとぶっ潰しますよ!
そんなに今の私は、そんなに弱くて信用ならないんですかねっ!?」
必死に支えている間は目もくれないくせに、
人が落ち目になった途端に差し伸べる同情が憎々しいとばかりに涙を浮かべ、
流すまいと歯を食いしばる。
しかし我慢ならずに扉の向こうに向かって叫んだ。
「どうして、どうしてもっと早く動いてくれなかったんですか!?
私の個人の正義感や頑張りよりも、
国が動いた方が強く迅速に解決できるのは当たり前じゃないですか!
個人よりも集団が強いのは当たり前じゃないですか!
急に常識で殴らないで下さい!
こっちはエモーショナルエネルギーだとかわかんなくて混乱したままなのに!
たかだか、は、半年で現場に来た私が悪いといえば悪いですがっ、
ここで、こんな安っぽく救済イベントを挟まれると、
無力感や虚無感を感じて、
みんなの期待を胸に孤独に戦っていた、
またこれから戦おうとしていた私の心がぽっきり折れるくらい、
どうして考えつかないんですか……っ、うううッ!」
ドンッ!
扉を思いっきり殴りつけ、その場で泣き崩れる。
そのままわんわん泣いて地面にうずくまり、
握りしめた拳で地面をダンダンと叩いて己の無力さを嘆いた。
「……もう、もうはっきり言いますっ。
この物語のきゃくほっ、シナリオを考えた人がいるならっ、
私の苦しむ様を見て悦にひたるリョナラーでロリコンのクズですっ、
無様敗北とか負けヒロインモノだけをっ、読んで育った性欲異常者ですっ!
他人の破滅を史上のものと喜ぶ最低最悪のクズです!
婚約破棄ざまぁばかり書くイロモノ作家みたいな人間性ですッ!
こんなヤツに、私の人生を、魔法少女プリティコスモスを書かせないで……」
悲しみは落ち着くことなく、目元から際限なく溢れ出る。
「ああッ、う゛ああああああ~~……ッ!」
たぶんこれは私だけじゃない。
ハインリヒさんの脳に刻まれた数々の無念の記憶が、
この出来事を通じてフラッシュバックしている。
夜見ライナがハインリヒさんの心の闇に飲まれていくような感覚だ。
自我が消えていく。
「ひっぐ、ぐす、はは、あははは……」
視界と意識が曖昧になった頃には、
私は乾いた笑いを漏らすことしかできない壊れた人形になっていた。
もうダントさんの姿すら思い出せない。
この廊下が本当は、どこかの精神病棟の廊下に見えてきた。
ぜんぶ私の妄想だったのかな、妄想とか精神障害とか。
何も分からなくなって真下を見ると、
それはもう凄まじいママみのある、大きな大きなおっぱいがあった。
「ママだ……」
自分の手を伸ばして、ふにっと揉む。
ビリビリッ!
「――――いづッ!?」
突如、背筋に電撃が走ったような痛みが走り、
心の奥底で死にかけていた夜見ライナの精神が飛び起きる。
いや、想定されていない何か《・》が、起きた。
(もう、スケベさんね)
「あ、声? なな? え?」
目をパチクリさせ、
戸惑うようにを見る両手を見て、ましたの首元を見ると、
私の背後からなにかが抱きついていることに気づいた。
なにかも気づいたようで、まるで母親のように私の頭を優しく撫でてくれる。
そして優しい声で私に話しかけれくれた。
『――大丈夫。世界があなたの敵でも、私だけはあなたの味方よ。ライナ』
「この声……まさか!?」
『またせたわね』
もはや心が壊れて廃人のようになってしまったとしても、
最後まで見捨てずにいてくれる存在が、
私の味方でいてくれるもう一人の自分が、
――――――――霊体化を解き、背後の黄金の輝きを遮って私の目の前に現れた。
「物語を掌握するのに少し手間取ったわ。曇らせ展開を許しちゃってごめん」
「あ、ああ……っ、なな……!」
私――魔女ハインリヒと同じ顔だけど、少し強気な表情で。
キャラ被りしないようにと、
紫髪をショートヘアースタイルにした美女メイドが、
西園寺菜々子が、立っていた。
「もう大丈夫よ。私、西園寺奈々子が来たから。ママでちゅよ~」
「な゛あ゛あ゛あ゛~~~~~~!」
「おいでライナ~」
同じ見た目の、もう一人の私――西園寺菜々子が助けに来てくれた。
私は言葉を忘れて奈々子に抱きつく。
もう顔中から出した粘液まみれでぐちゃぐちゃになるほど、
彼女の腕の中で、
嬉しいのか悲しいのか、
もう何がなんだか分からない感情を吐き出すように泣きはらした。
ぜんぶさらけ出して、
出して出して、出し終えてすっきりすると、
アンガーマネジメントができるようになって、
もう一度立ち上がる勇気――エモ力が上がる感覚がした。
「お、お……?」
「ライナそのままよ。それを維持して」
「う、うん……!」
しばらくすると頭がぐらぐらっと揺れるような感覚がして、
魔女ハインリヒさんの身体から私――夜見ライナが分離し始める。
ずもももも、と横移動しながら排出され始めた。
「わ、分かれてきた!」
「そのままよライナ! 手助けするわ!」
奈々子はすかさず奈々子は私の両腕を掴んだ。
「ッ、コンパクト!」
聞き覚えのない言葉――ハインリヒさんの固有魔法の起動ワードか!
ギュッと世界が縮むような感覚がしたかと思うと、
私はハインリヒさんの身体からスポンと抜ける。
元のピンク髪ツーサイドアップの美少女の姿に戻れた。
「も、戻れた……! やったよ奈々子!」
「おめでとう、そしておかえりライナ。よしよーし」
「えへへ……ママぁー……!」
優しくされると嬉しくてエモ力が増える。
奪われた分を取り戻すかのような増加速度だ。
奈々子は私をギュッと抱きしめ、はあとため息をつく。
「まったく。初期設定を忘れたのかしら。
魔法少女はこういう風に大事に丁寧に扱わなければいけないのに、
物語の都合という建前を使って、
自らの加害欲求を満たすために苦難、苦難、苦難……
きつすぎて吐きそうだったわよ、もう。
ゲイのサディストが見ているという言葉は本当だったわ」
「それは――」
「でももう大丈夫。
なぜなら私がいる。
前回の天津魔ヶ原の全権を握った私が」
「……えっと、どういうこと?」
私が新情報に不安を感じると、
奈々子は「怖くないよ、いいニュースなの」と撫でて、教えてくれた。
「聞いてライナ。
前回のループは十年後まで確定されていたから、
聖遺物「イザナミの竜骨」の力でも消しきれなかったの。
天津魔ヶ原の地主は私たちよ。いぜん変わりなく」
「そうなの!?」
「うん。なにより、強制巻き戻しに激怒している上位存在が何人もいる。
人間の権力者や日本政府にもね。
未来の彼らが私に協力を打診して、こんなものを作ってくれたわ。ほら」
奈々子がスカートのポケットから取り出したのは、
見覚えのある赤いスイッチだ。
「あ、それナターシャさんが渡してくれた時間を巻き戻すスイッチ」
「これからこのスイッチの原理を教えるわ。あ、先に聞くけど分かる?」
私は首を傾げながらろくろを回した。
「……なんかこう魔法的な何かで」
「フフ、惜しいラインね。
――正解は押すと般若が爆発して死ぬスイッチなの」
「般若が爆発して死ぬスイッチ!?」
「ただでさえ毒沼だらけで魔法少女にストレスがかかるのに、
あいつは筋書き通りの攻略を強要してくるから、
ストレス解消のために爆発性エネルギーを般若の体内に仕込んだのよ。
押せばいつでも般若を爆死させられるわ。
タイムループするのはそのおまけ」
「……へえ、ふーん?
つまり私は、その日の気分しだいであいつをぶっ殺せるスイッチを、
ナターシャさんから授かっていたんですね」
「このスイッチを持った瞬間を最初のセーブポイントにするわ。
ついでにこんな強化アイテムも渡してくれたし」
つづいて奈々子が胸元から取り出したのは、
ビカビカのラメが入った藍色のブルーベリーのようなシャインジュエルだ。
等級はC辺りだろうか。
「それは?」
「トウトミウム。TUTとも略されるわ。
魔法少女の必殺技に含まれているラメ状の物質で、
怪人体内のダークエモーショナル……いいづらいからダークパワーと略すわ。
ダークパワーに触れると大爆発を起こすの。
しかもキラリット反応を起こして100%エモーショナルエネルギーにする」
「とうと……きら……何?」
「私たちが持っていてもなんの害もないけど、
ダークパワーを抱えている人間が所有すれば一気に危険物質になるアイテムよ。
すでにシャインジュエルと偽って欲魔に大量に横流ししたわ」
「話がむずかしいよ。つまりどうなるの?」
「ダークパワーで稼いでいる人間が謎の爆死をとげるようになるわ」
「ハズレのシャインジュエルを混ぜたってこと?」
「ええそうよ。私たちは命がけで世界を守ってるんだもの。
悪い奴らにノーリスク・ハイリターンな仕事なんてさせないわ。
特にフリーライドなんてまっぴらごめん。
手を出せば破滅する貧乏くじは万人が平等に引くようにするべきよ。
……私はライナに貧乏くじを引かせた奴らを許さない」
「奈々子なんだか怖い」
「ああ、ごめんね」
よしよしと撫でられたが、一抹の不安を覚える。
だからきっと、良くないことだと思った。
「……奈々子。せめてスジを通そう?」
「ほんとに急に会話のIQが上がるわね?」
「いや普段通りだけど?」
「ウソつき。リスクが見えたから、焦って知恵が回ったんでしょ?」
「ふだんどおりです~。
バラ巻いたうえで知らんぷりだと非難を受けるから、
間違いました~危険物です~と宣伝しながら回収しよう?
少なくとも頭のキレる悪役には「爆死は自業自得」だとスジが通せる」
「そうね、世界は広いから、
頭が良くて金持ちで社会的地位が高い悪人の一人や二人はいるわよね……。
SNSで注意喚起を出しておくわ」
奈々子はスケルトンのスマホ――ラストボードを取り出し、
トウトミウムことTUTの画像を撮って注意喚起のコメントを残した。
もっとも、奈々子は有名じゃないので反応がない。
だがこれでいい。
「反応されないわね」
「だけどこれでスジは通したよ。あとは情報精査しない相手が悪い」
「……ありがとうライナ。
ちょっと私も必死で、感情的になってた。あなたがいて良かった」
「私も奈々子とまた会えて良かった……
エモ力が戻るまでよしよしナデナデして~」
「うふふ、分かった。けどその前に――」
奈々子は私への甘やかしを止め、
魂の抜けたハインリヒさんのボディに触れる。
頬、肩、胸、腰と触るも、魂の移動は起きない。
そのまま抱え起こしても問題なかった。
「やっぱり首筋に触れるのが条件ね。
そして一度でも誰かの魂が入れば、普通に動かせるようになる」
「腐りそう……」
「不老不死の魔女の肉体よ。ないと断言するわ」
「どうして分かるの?」
「同じ身体だからよ」
「そうだった……」
元は同一存在だったから、
ハインリヒさんのことは文字通り我が身のことのように分かるのか。
やっぱり奈々子がいて、生まれてくれて良かった。
「そして同じ存在だからこそ、こういうことができる」
ズッ――ズムムムム……
奈々子がハインリヒさんの頭部を自らの胸元に押し込むと、
メイド服を突き抜け、勝手に体内に吸収され始めた。
ズブンとハインリヒさんが奈々子の体内に沈みきると同時に、
奈々子の綺麗な紫髪が伸びて、ショートカットからお嬢様縦ロールに変化した。
「奈々子、髪が!」
「あら、ショートカットの方が好みだった?」
奈々子はなんの苦労もなくお嬢様縦ロールをショートカットに一瞬で変化させる。
それを二度、三度と軽くやってみせた。
私の反応が良かったショートカットヘアーに戻すと、奈々子はふふんとドヤる。
「ど、どういう原理?」
「聞く? それを説明するには、
ミステリストとおしゃれコーデバトルの話をする必要があるけど」
「長くなりそうなんだねやめとく!」
「今はエモ力の回復が優先よ。
お部屋に帰ってゆっくりしましょうねライナ~」
「わ~い奈々子ママ~」
ひとまず奈々子の言う通りだ。
今の私は弱っているのだから、エモ力を回復させなければ。
私は奈々子にひっついたまま、
アスモデウスの誘惑を忘れて自室に向かった。
ベッドでひたすら甘やかされている途中、ふと思い出して我に返る。
「あ、スイッチ! セーブしないと!」
「大丈夫よ。
般若は天津魔ヶ原の表参道を起動しなければ動けないの。
これはママが掌握する前から決まっている設定。
今はママの導きに任せなさい」
「う、うん……!」
なんて頼りになる大人なんだ……
あなたを守り、立派に育てきるという優しさに包まれる。
言語化できないから分からないけど、そういう絶対感があった。
こういう人だけと関係を持ちたい、そう思った。
夜見ライナが元のエモ力――5000エモを取り戻したのは、
それからジャスト一時間後。
エモ力に満ちあふれて元気いっぱいになった私は、
奈々子ママから独り立ちして、
一人前の魔法少女、大人としての自覚を取り戻す。
前髪をかき分けて髪をセットし直して、
顔を揉んで表情を整え、気分ごとキリッとさせた。
「ふう、盗まれてゼロになっていたのが昨日のことみたいです」
「ライナは復帰が早い子なのね。偉いわね」
「これは普通……ではないですよね?
ギフテッドアクセルの呪いってなんでしょう?」
「聞く?
ギフテッドアクセルの本質とは、
未知の分野への適正と才能を先天的に授ける魔法なの。
そしてギフテッドの名を冠する固有魔法は、
魔法の中でも最高峰、極唱と呼ばれる魔法群のひとつ。
呪いなんていう制約はないわ」
「じゃあ、あの、私の人生が上手く行かないのは」
「……求めよ、されば与えられん。
新約聖書、マタイによる福音書第七章に記された言葉よ。
分かりやすく言えば、
ライナが人生をベリーイージーモードにしたいという話をしなかったから、
夜見治だった頃と変わらないベリーハードモードで攻略させられているの。
助けて欲しいという願いは、
言葉にして他人に求めないと与えられないのよ」
「そ、そんなの、誰も私に教えてくれなかったじゃないですか……」
姿鏡の前の私は、しょぼくれて制服のすそをギュッと握る。
すると奈々子が私の頭を撫でてくれて、私の手を優しく取って、包んだ。
「でも今、あなたは知ったわ。
だから今日から変わりましょう。
ライナ、人の世の理を教えてあげるわ。
誰かを助ければ、その誰かはあなたの役に立ちたいと思うの。
そして普通の人は受けた恩を忘れない。
自分がどうしようもなくなった時に、
周りのみんなに自分が助けを求めていることを絶対に伝えなさい。
それが性愛にかかわらずに、正しく人間関係を構築する方法よ。
友情、と呼ばれているわ」
「それが、友情……」
「さ、天津魔ヶ原タイムループ事件は始まったばかりよ。
早く中等部一年組を迎えに行きましょう。
そこでライナは彼女たちに自分の思いを伝えて、
何をしてほしいか、
一緒に何ができるか考えてきなさい。
遠慮しちゃダメ。あの子たちも魔法少女だから、
あなたと一緒に戦える。いいわね?」
「う、うん! 迎えに行ったあとはどうする?」
「そうね、気分転換にショッピングでもしましょう。
中学生だけじゃ入れないお店も多いし、ね」
「分かった!」
(……やっぱり、こういう日常がいいわよね。
魔法少女の物語のベースラインは)
無邪気な女の子に戻るライナを見て、
新脚本家の奈々子はこれが今の最善手だと確信する。
ひとまずお出かけするために部屋から出ると、
奥の魔女ハインリヒの部屋から黄金のエモ力が漂ってきていた。
ライナはアスモデウスが呼んでいることを思い出した。
心の奥底でひた隠していた恐怖の感情が、
じわじわと湧き出す。
ライナの目元には小さな涙の雫が滲んでいた。
「な、奈々子……アスモデウスが怖いよ」
「あれはアスモデウスじゃないわ。その名を騙る偽物。
設定とガワだけを使っている別人よ。
私が倒したはずの脚本家が私たちの物語を乗っ取ろうとしているの。
なぜなら本物のアスモデウスは……ふふ、今は秘密でいいかしらね」
「どうして偽物だって分かるの?」
ライナは純朴な瞳で紫髪ショートカットヘアーの美女メイド、奈々子を見つめる。
彼女は「娘がかわいすぎる……」とうっとりした目になるも、
慌ててコホンと咳払いをした。
「こ、これはミステリストの設定よ。
ミステリストには面白くなる展開を嗅ぎ分ける人並み外れたセンスがある。
判断基準は面白さ。ここで扉を開けに行くより、
ライナと一緒に外出を選んだ方が、
親交の厚い人と再会して、仲間を増やせて面白い。
なにより、引っ叩いてでも立ち直らせないといけない人が、
喫茶店でまだ泣いているのよ。
ライナ、もうちょっとだけママに物語の主導権を握らせていてね」
「う、うん!」
二人は黄金のエモ力を放つ扉に背を向け、
元通りになった私たちに驚き、喜びで沸き立つ事務所を素通りして、
喫茶店エリアに出る。
奈々子は開口一番にこう言った。
「赤城恵ッ!」
「ッ!?」
テーブル席で泣きはらして目を真っ赤に充血させた黒髪の女子高生――
先輩魔法少女の赤城恵が、
奈々子の突然の怒声に驚いて振り向いた。
赤城恵は怒られる理由しか覚えがなくて、
どう言い繕うか戸惑い、おずおずと口を開いた。
「は、ハインリヒさ……」
「私が脚本を書く! だから諦めないで! おしゃれコーデバトル、やるわよ!」
「……はいっ!」
その言葉で、赤城恵はキッと凛々しく顔を引き締める。
涙を拭い、「ごめんライナちゃん、ちょっとメイク直しする」と言って、
頬にキスをしてくれた赤城恵は奥の事務所に駆けていった。
私――夜見ライナはふと疑問に思ったことを聞く。
「奈々子、脚本ってなに?」
「脚本が一連の出来事とするなら、脚本家はいわば神。
日本全土で頻発する神隠しテロの実行犯よ。
大結界で守られている都心や近畿地方ではまず遭遇しないけど、
ここはルール無用の地、香川。
ありとあらゆる手練手管を使って人間を自らの手駒にしようと、
魅力的な世界や報酬をぶら下げて釣って、
重要情報の秘匿や偏向教育でシナリオの成功を妨害して、
バッドエンドや鬱エンドにぶち込む邪悪な害虫どもがうじゃうじゃいるの。
私たちはこれからショッピングに出かけて、
彼らの姿が見えるようにライナや協力者を調整するわ」
「わ、分かった!」
「もうちょっとだけ、対策が終わるまで主導権握って強引に進めるわね。
次はガラパゴスよ……! 過保護なママでごめんね……!」
私と手を繋いだ奈々子は、
私をぐいぐい引っ張って喫茶店デミグラシアを出て、
ピアス専門店「ガラパゴス」に向かう。




