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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
幕間の物語 ~精算と再投資~
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第226話 おじさん、魔女ハインリヒさんになってしまう

「ハインリヒさん何が――」


 喫茶店エリアの奥――事務室に駆け込む。

 私は思わず息を呑んだ。

 ハインリヒさんが古いスケベ雑誌の山に埋もれていたのだ。

 トドメを刺すようにポトリ、と彼女の後頭部に一冊のスケベ雑誌が落ちて、

 その本を吐き出した赤くて四角い天井の「穴」は、

 ゲップと小汚い音を出す。

 ついでとばかりに事務所の隅っこに移動し、壁をすり抜けて消えた。


 ……周囲を見ると、

 願叶さんを含む技術支援チームも驚いて絶句していたので、

 仕方なく私が、本の下じきになっているハインリヒさんに話をうかがう。


「ハインリヒさん。い、生きてますか? 生きてますよね?」

「……」


 無反応。

 もしやあれかと思って首筋に触れると、案の定――



「うわ、マジかー」


 意識が彼女の肉体に移動し、

 ハインリヒさん視点で世界が見えるようになった。

 また魂を盗まれたらしい。

 背中のずっしりとした本の重みと、かび臭さを感じ、

 振り出しどころかさらに不遇スタートなんだなとため息を吐く。


「はあ、徒労すぎます……よいしょ」


 幸いになことに怪我はしてないし、

 さらに魔女だけあってエモ力が豊富にあるので、

 夜見ライナボディにわずかばかり移動させて、

 天津魔ヶ原の攻略に役立てよう。

 そんなことを考えながら本の山から抜け出す。


 紫のドレスやお嬢様ドリルな紫髪のホコリを払って、

 元の身体――夜見ライナの方を向くと、

 ダント氏がふわふわと浮いているだけだった。

 彼は私を見ながら戸惑っていた。


「よ、夜見さん……モル?」


「そうですが、あれダントさん? 私の身体は?」


「ハインリヒさんの身体に吸い込まれちゃったモル……」


「ん? んー、あー……」


 少し考え込む私。

 いや私ではなくハインリヒボディの私。

 もしかしたらという仮定で話をしてみる。


「エモ力がゼロの状態で魂移動したから、ハインリヒさんと融合しちゃったかも」


「労災だモル……」


「ですね。うん。元に戻る方法は」


「ええとモル、

 魔女と魔法少女の融合は、

 強い敵と遭遇して危機に陥ったとき、

 お互いの足りない部分をおぎなって助け合うために発生する進化モル。

 今回の場合はエモ力が沢山あるけど打たれ弱い魔女ハインリヒさんを、

 不屈の精神持ちだけどエモ力がゼロになった夜見さんがおぎなった形になるモル」


「つまり戻れない?」


「うーんちょっと説明がむずかしいモル、ちょっと聞くから待っててモル」


「どうぞ」


 何に例えるべきモル……?とブツブツとつぶやくダント氏を待つ。

 誰と会話してるんだろう。

 少しして、彼はハッと顔を上げた。


「分かったモル! ゲームで例えるとサブキャラを入手した感じモル!」


「ああ、前回もゲームと同じとか説明されましたね。それかも」


「そのゲームの名前は分かるモル?」


「それが分かんないんですよねぇ……」


「じゃあそれを調べるところから始めようモル」


「分かりました。どんどん天津魔ヶ原の攻略から遠ざかるなぁ」


「でもそういうところが夜見さんっぽいモルよね」


「えへへ、でしょ?」





「……お、おーい?」


 すると声。

 振り向くと願叶さんや技術支援チームがおずおずと手を振った。


「あのー、技術支援チームの主任ですが状況説明を求めます。

 急にハインリヒさんの頭上から大量のエロほ……雑誌が落ちてきて、

 彼女に触れたプリティコスモスが消えたと思ったら、

 ハインリヒさんの精神がプリティコスモス本人になったって、

 これはどういうことでしょうか?」


「そのままの意味です。実は――」


 ついでなので現状を説明した。

 まずは魔女ハインリヒさんの説明。

 この人の固有魔法が「コントローラー」に進化すると、魂が抜けてしまう。

 私は事態の収集のため、肉体の管理責任を負ったと言った。


 続いてこれが二度目だということ。

 実はハインリヒさんとともに天津魔ヶ原を攻略する依頼を受けていて、

 敵の持つ聖遺物「イザナミの竜骨」の力によってタイムループしていると言う。

 私の認識を混ぜると混乱するので、これが初回ループだと伝えた。


 そして大事な情報。

 タイムループのついでに魔法能力を初期化されてしまった。

 マジカルステッキとすべてのエモ力を奪われ、

 斬鬼丸という精霊の力も失って戦闘能力が素人レベルかもしれないと。

 諦めないつもりだが、かなり厳しい状況だと伝えると、

 願叶さんは眉間にシワを寄せた。


「まあ、そうだね。どうも敵さんは天津魔ヶ原を攻略させる気がないらしい。

 急いで対策を立てるよ」


「ありがとうございます。私はどうしましょう?」


「ライナちゃん……だと周囲が混乱するから、ハインリヒさん呼びでいいかい?」


「ああ、どうぞ」


「ありがとう。今の君はハインリヒさんだ。次は僕たちの現状を説明するよ」


「分かりました」


 今度は願叶さんたちの情報を聞く。


 まず願叶さんたちにはタイムループした記憶がないこと。

 しかしこれは対策が可能で、

 「セーブ帽」というヘルメットを被ればいいらしい。

 無限ループ系の魔法犯罪はわりと起こるそうで、

 月読プラント傘下の高松学園都市は対策バッチリらしい。

 技術支援チームは黄色い安全帽の装着が義務付けられた。

 装着した万羽ちゃんが現場ネコのマネをする。


「安全確認ヨシ!」

「「「ヨシ!」」」


 みんなも真似をして、大学のサークルのようにわははと笑う。

 ちょっとだけ緊張が和らいだ。


「よしライナちゃ……ハインリヒさん! 次は敵の人物像を考察しよう!」

「あ、はい!」


 次は般若の人物像。 

 主任さん曰く、般若は二十年来のファンだのと言っているが、

 恐らくそれは犯罪歴の自慢で、本当に二十年も応援したわけがない。

 しているならブルーセントーリアが埋もれるはずがないからだ。

 盗品のDVDかなにかに録画されていたブルーセントーリアに感動して、

 犯罪歴とファン活動歴を混同して語っているだろう、とのこと。

 つまりにわかファンだ。


 つづいて天津魔ヶ原についての疑問点。

 またしても主任さん曰く、天津魔ヶ原とは魔物や魔獣が生まれる地。

 「不可進(ふかしん)」と言葉を発する透明な巨大ナメクジがいて、

 道を塞いだり開けたりして邪魔してくるようだ。

 そしてなにより、人を拒絶する世界なので、

 人の形を取れる御霊イザナミなどの神性は存在できないはず。

 なんらかの情報喪失(ミスリード)が行われているんじゃないか、とのこと。


「……私は、喋る巨大ナメクジの方こそ見たことがないんですが」


「怪獣特撮の話になるんだけど、

 山椒魚(サンショウウオ)怪獣のマーゴンって知ってるかな?」


「いやまったく……」


「その怪獣特撮では、古代縄文時代の香川には凄まじく強力な呪術を扱うツクモ文明があって、その一族の末裔が守る隠された遺跡に「天津魔ヶ原」に繋がる道があり、すべての怪獣の祖はそこから生まれた、という設定が使われていてね。魔法少女ブルーセントーリアと同じ脚本家さんの作品だったんだ」


「その、ええと?」


「しかも同じ設定の世界観でエッチなソーシャルゲームまで作ってる」


「私これからエッチなことされるんですか……!?」


「いや、ミスリードが発生してるとしたらここら辺だと思ってね。設定の混同だ」


「それを私に言われても」


「ハインリヒさんにじゃない。肩に乗ってる聖獣ダントくんにだよ」


「え?」


 私は右肩に乗っているダント氏を見た。

 するとモルモットらしいきゅるんとした瞳で私を見つめ返す。

 ハインリヒな私は静かに、深呼吸で落ち着いてから聞いた。


「……ブッキングしましたか?」

「したモル」

「ダブル?」

「シングルだモル」

「今回の天津魔ヶ原は今までとは格別だったりしますか?」

「総決算と銘打たれたモル」

「つまり……」


 少し考えて、こう聞いた。


「ハインリヒさんの時の私は、どの世界観に沿うように行動すれば?」


「……ふむふむ。エッチなソシャゲ世界観と同じように動いて欲しいみたいモル」


「説明しなかったのは?」


「今できたばかりの設定だからモル。ゲンさんからテレパシーで聞いたモル」


「そう言えば主軸の脚本家の人が抜けたばかりでしたね……」


「説得が終わるか、方向性が決まるまではエロでお茶を濁して欲しいとのことモル」


「もー、しょうがないですねー、ふぅー……んっ」


 ハインリヒさんの豊満なバストを見せびらかすように、身体をぐんと伸ばす。

 技術支援チームの男性陣から「おお……」と歓声が上がった。

 ちょっとばかし乱暴に振り回されるしかないようだ。

 多分、メインキャラの私ことプリティコスモスのシナリオが決まるまでは、

 サブキャラのハインリヒさん視点で物語を書く感じらしい。

 そのための融合で、労災措置なのかもしれない。


「エッチなソシャゲってどんな世界観とシナリオなんでしょう?」


「アリス先生に聞くといいらしいモル」


「分かりました。サキュバス関連かな」


「単純にアリス先生がスケベ欲を満たしたいだけかもしれないモル」


「せめて労災らしく休ませて欲しいところですねー……はぁ~あ」


 やれやれと肩を揉むと、ダント氏が反対側に移動して足踏みで揉んでくれた。


「き、急に優しいですね。どうしました?」


「この機会に成人後の活動方針についても話そうと思ったモルから……」


「グラビアモデル業一択でしょう?」


「も、モル!? なんで分かったモル!?」


「ブルーセントーリアが時代が早すぎた作品だったと言われる理由ですからね。

 あと十年待っていれば、ブルーセントーリアは歴史に名を残していました」


「なにそれ知らないモル! 今作った設定モル!?」


「いやあ、どっちでしょうね。うふふ」


「教えて欲しいモル! 今後の展開に関わる気がするモル!」


「んー……そろそろアリス先生に会わないとなあ。

 どこにいるか教えてくれる人が欲しいなぁ。ちらっ」


「!!! 僕が案内するモル! こっちモル!」


「あはは助かりまーす」


 ダント氏は事務室の右――メンバーの自室や訓練場がある廊下に向かって飛んだ。

 怠け者なダント氏の扱い方も分かってきたかも。

 彼は私の邪魔をしないように大人しくしているだけなのだ。


「ちゃんと要望を出して、能動的に動いてもらわないと、ですね――」


 そして少しだけ冷静に、般若をぶっ殺すという目的を思い出す。

 スッと感情が消えた気がした。


 ……まあどちらにしても、だ。

 エモ力と斬鬼丸さんの力を奪われた私はただの中学生女児なので、

 ハインリヒさんのボディを使って修行し直すのが今のベストな選択だろう。

 そう思ったから「エロでお茶を濁して欲しい」という依頼を受けた。


 なにより、彼女の固有魔法こと「コントローラー」。

 これをギフテッドアクセルと組み合わせれば、さらに強くなる気がするのだ。

 今度こそ足元を掬われないくらいに、強く。

 女児性は捨て、(さと)くしたたかな大人のレディに。

 私はちゃんと目的に向かって前進できている。

 私ってば偉い。


「夜見さんこっちモル! 早くモル!」

「あ、はいはーい!」


 ギラギラとした野心を柔らかな笑顔で隠し、小走りでダント氏を追いかけた。

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