第225話 「もう勝手にしてくれ。俺は日常モノが好みじゃないから筆を折る」
そんな声がして、バタンとドアが閉じる。
「ほえ?」
気がつけば、中等部一年組の姿が消えた。
ついでに私の姿もだ。
視点と意識だけがそこにあった。
前を見ればデミグラシアのテーブル席。
マスクを外した赤城先輩と一人の男性が話し合っていた。
私服姿の二十歳前半らしき茶髪の男性だ。
いわゆる一般男性。
緊張した面持ちの赤城先輩がスッと差し出した無記入の小切手を、
彼はぐいっと押し戻す。
「改めて言う。もう勝手にしてくれ。
俺は日常モノが好みじゃないから筆を折る」
「そこをなんとか。続きを書いてもらえませんか」
「……いいか、俺は少年誌が好きなんだ。
特にバトルシーンが大好きで仕方なくて文字書きをしてる。
なんなら金を払ってでも書きたい。
それくらい好きなんだ」
「分かっています、
分かっていますが」
「増えすぎた登場人物、設定過多で冗長なストーリー、
攻略させる気のない強制負けイベ。
そして弟子の出番と成長展開を奪いまくる師匠のあんた。
これはまだいい。登場人物の厳選で何度でも挽回できる。
するつもりだった。
問題はバトルなしで書いてくださいという願いだ。
はっきり言ってお断りだね。
俺はバトルが書けないと執筆のモチベーションが保てない。
別の人間に頼んでくれ」
「でも、あなたが作者じゃないですか」
「……だから責任を持ってここまで書いた。
こんな、
誰が読んでるかも分からない楽屋裏の小話みたいな幕間まで用意して、
主人公の心残りにケリを付けさせた。
書き終えて、
じゃああとは悪の組織との雌雄を決する戦いの日々だけだなと俺は思った。
なのに今の流行は死人が出ない展開でして、
学パロなんてどうですかなんて……誰が書くか。
こっちはそういうのに飽きたからバトル書いてんだよ」
「でも二次創作では流行ってるんですよ?」
「俺はその沼に二十年浸かったすえに生まれたバトルモノ好き。
あのね、
俺は練りに練られた良質なバトルシーンが読みたいと思って、
自分の好きなように物語を書いてるの。
売れたいとか読まれたいじゃなく、
自分が求めるレベルの作品が世にないから、欲しいから書いてるの。
自給自足なの。
いくら日常モノを書く才能があろうが、
登場人物の脱落が起きるような、
ギリギリの中での奇跡の勝利が起きないとワクワクしないの。
俺の言ってる言葉が分かる?」
「うう……じゃあ、今回のお話はなかったということで」
「ああ。趣味嗜好が合わないので書けない。
だから一人目の脚本家としてはこの作品はここで終わりです。未完エンド」
「っ、私たちの日常を奪っておいてよくそんなに平然としていられるね」
「……そうやって被害者ヅラか。
こうして同じテーブルを囲っただけでも恩があると思ってくれよ。
じゃ、お疲れさま」
謎の一般男性がブブブと解像度が落ちてバグって消えようとすると、
赤城先輩は必死な形相で相手の腕を掴んだ。
男性の消滅が止まる。
「なんだよ。別にお前が消えるわけじゃない。
俺には俺の世界があるんだから、
お前もお前の世界を探して生きればいい。
この作品はそれなりに知名度がある。
一人か二人くらいは誰かの心に残ってるだろ?
別の脚本家を見つけるなり、
魔法少女ブルーセントーリアみたく、
十年後とかに発掘されることを祈って眠りにつけよ」
「ううう……だってぇ、これじゃ、
私は夜見ちゃんの邪魔しただけになっちゃう」
「そうだよ邪魔しただけだよお前は。
それが師匠としてのお前の役割で、
お前の固有魔法に刻まれた呪いなんだから。
お前は魔法でどこへでも好きな場所に行ける代償に、
本当に大事なものは手に入れられない。そういう制約がかかっている」
「ちょ――なんっで、
そんな大事な設定を今になって開示するんですか……!?」
「使いたくなかったからだ。
設定は作中で語らなければ存在しないのと同義になる。
ともかく俺はもう導けない。書く気力もない。
良質な設定と世界観だけ搾り取られるのはもうごめんだ。
降りる。さようならお疲れさまでした」
「待って待って待って――」
しかし男性の消滅は止まらず、
赤城先輩の手は最終的に空を掴むことになってしまった。
悔しそうにうつむいていく先輩の顔から、一粒の雫がこぼれ落ちた。
同時に、デミグラシアにかかっていた何らかの結界が解け、
視界が一瞬ブラックアウトしたかと思うと、
テーブル席でシクシクと泣く赤城先輩、
玄関近くで突っ立ったままの、
月読学園の制服を着たピンク髪ツーサイドアップ美少女の私や、
モルモット聖獣のダント氏、
そして私の背後に抱きついて先輩の様子をうかがう、
給仕服姿のヒトミちゃんが見えるようになる。
私は目をぱちくりさせた。
「あ、あれ? ヒトミちゃんはどこから? 中等部一年組のみんなは?」
「ライナお姉さま、重大事件です。巻き戻しが発生しました」
「巻き戻し?」
「いわゆるリテイク。脚本の書き直しです。
天津魔ヶ原編が今日まで主軸となっていた脚本家さんの離脱で、
なかったことにされました。
天津魔ヶ原はまた未開拓地に逆戻りです」
「ん、ん? あれ? たしか私も同じ目に――」
ふと考え、ハッと気付いた。
「……まさか暗黒埴輪軍団!?」
「そうです。これが聖遺物、竜神イザナミの竜骨。
努力を徒労で終わらせ人を殺す「タイムループ」の呪い。
ヒトミは恐ろしいです」
「本格的に香川に閉じ込められちゃったわけですか……ならもしかして」
思い出したようにポッケを探ると、
温泉水に浸かる前の白いマジタブがあった。
タップすると画面が付く。時期は一月下旬。
なんと背景画像が差し替えられていた。
―――――
暗黒埴輪軍団 般若より
タイムループだけだと思ったか?
そんなわけねーだろバーカ!
ついでにお前の魔法能力も初期化しておきました~^^
あとお前が封印した「シャインジュエル争奪戦運営委員会」?
とかいう奴らが入った魔法監獄も俺の手のうちです。ざまーみろ。
ちなみに攻略法はブルーセントーリア流以外は認めませ~ん^^
悔しかったらなんで負けたか考えてみてください!
さっさと神楽巫女書紀読めバーカ!m9(^Д^)プギャー
―――――
「あいつッ、般若! 私のことバカって言いました! 二回も!」
「そうですね! 倒さないとヒトミたちはループを抜け出せないみたいです!」
「くっ、しかも人質を取るなんて! 卑劣な! 許せません!」
「魔法囚人とはいえ彼らにも人権がありますね!
しかもですよ、
もしかしたら埴輪軍団と手を組んで強大な敵になるかもしれません!」
「……ふふ、毎回思ってたんだモルけど、
許せない、あいつは敵だって叫ぶ夜見さんが政治活動家みたいでウケるモル」
「あ、ヒトミもほんの少しだけ気持ちが分かります」
「!?」
ダント氏とヒトミちゃんのこそこそ内緒話で私はガーンとショックを受けた。
私の中での魔法少女像は、悪を糾弾して打倒を呼びかけるのが常識。
例えるなら昭和の仮面◯イダーみたいな感じ。
それは現代っ子の彼女たちから見れば売名活動家と同じであり、
笑いのネタとして消費されるか、
ガチだと冷笑されるような行動だったらしい。
じ、ジェネレーションギャップがこんなにもあったのか。つらい。
心がしょぼんとさみしくなったのが分かり、
間違いを改め、好かれる人間になろうと反省する。
「父さんごめん。私もっと現代風のニチアサムーブに近づくよ……」
「モル? 夜見さんどうしたのモル?」
「いえいえ、ちょっとメンタルを最新バージョンに更新した感じで。えへへ」
「よく分かんないモルけど、敵に初期化された魔法能力について確認しないモル?」
「あ、そうですよね! 確認しないと!」
現代のニチアサ魔法少女はとにかく行動が早くてコミュ力が高い。
誰よりもポジティブで元気。
悩まず、諦めず、一度決めたら突き抜けていくような気持ちいい性格だ。
私もそういう性格の人間に――
「え」
カスタマイズ機能を開いた私はぴしりと固まった。
そこにはエモ力が脅威の0エモで、
「ギフテッドアクセル」以外の魔法を所持しておらず、
さらにマジカルステッキと、
斬鬼丸氏から受け継いだ精霊の剣技と魔力炎を失ってしまった、
ただの雑魚モブ一般最カワ美少女が映っていた。
ダント氏は言う。
「ゼロから始める魔法少女ライフだモルね……また一から頑張ろうモル」
「うう、うわぁぁぁん私の最強カスタマイズぅ゛ぅ~~!」
「わあ夜見さんが泣いちゃったモル」
その場で膝から崩れ落ちて縮こまり、わんわん泣いてしまう。
ここまで残酷な仕打ちがあるか、今日まで頑張ったのに、ここまで……
「……す」
「モル?」
「暗黒埴輪軍団をつぶす」
ここまでコケにされる云われはない。
やつは私をコケにしたことを後悔しながら死ぬべきだ。
犯罪者の人権だろうが元人間だろうが関係ない。
あいつは良心が欠片もないどうしようもなく悪いやつで、更生の余地なし。
ただ同じ人の形をしているだけの獣。まさに魔物だ。
一切の罪悪感もなく、ただ、人に害をなす獣として殺す。
強い憎しみのこもった瞳で床をにらんだ。
「あいつの魂に人のモノを奪うことがどれだけの罪か未来永劫刻み込んでやる……」
「夜見さんが本気で怒ったモル……」
「でもエモ力が欠片もないから感情の奔流が起きなくて、
なんだか一般人みたいでヒトミは可愛く感じてしまいます」
「くっ……弱さが憎いっ」
本来ならヒトミちゃんを圧倒するほどのエモ力を持っているのに、
般若のせいで今ではただの赤子扱い。
じわっと目尻に浮かぶ涙を拭い、
現代風の魔法少女らしくパッと立ち上がって切り替える。
「ダントさん! 失ったエモ力はどうやって上げればいいんでしょう!?」
「やっぱり草の根活動モルよね」
「そうですよね、シャインジュエルを食べてエモ力を増やしても、
また初期化されちゃおしまいですもんね……剣技も素人レベルでしょうし、
戦い方も変えないと」
「き、急に知能指数が上がってないモル?」
「そうですかね? 普通だと思いますよ?」
ダント氏の疑問の意味がよく分からない。
私は普段からこれくらい賢かったと思うんだけどなあ。
「お姉さまお姉さま。これからどうされますか?」
「とりあえずデミグラシアメンバーと現状の確認をしましょう。
巻き戻しを受けた範囲の記憶の有無を確かめて、
そのあとは般若の嫌がらせで、
戦闘の素人になっちゃった私でも戦える方法を一緒に考えてもらいます。
決まったらリハビリですね」
「すごい……! 素晴らしいご深慮とご判断ですお姉さま!」
なんかバカにされてる気がするけど……まあいいか。
でも、ちょっとやそっとのことでムカつくなんて久しぶりだなぁ。
私はぐすぐすと泣く赤城先輩に私物のハンカチを渡し、
その頬に慰めのキスをしたあと、
技術支援チームがいるであろう奥の事務室に急ぎ足で向かう。
するととつぜん事務室で金切り声が上がった。
『いやぁぁぁぁっ! また、またあのときと同じっ、
また奪われ、ぁぁ……うううあああッ!』
この声……魔女ハインリヒさんの声か!?
事務室でいったい何が……!
「は、ハインリヒさん! どうしました!? 何があったんですか!?」
なにかマズい予感がした私は慌てて走った。
次回更新日は10月6日、午後11時ごろを予定しています。




