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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
幕間の物語 ~精算と再投資~
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第224話 人生の総精算と、再投資

 くうくうと寝息を立てていた私は、車のゆれでふと目が覚める。


 そこは高松学園都市に繋がる国道沿いに作られた大規模検問所で、

 例の男性をTSさせる新種病原体の漏洩検査が未だに行われているようだった。


 感染の疑いが出た者は発症するか、免疫が生まれるまで拘束されるようだ。

 コンテナハウス病院のような居住施設群に搬送されていく。

 さらに犯罪者だった場合はそのまま警察のお世話になっている。


 私は窓の外を眺め、急に悲しくなり、車内のシートに寝そべってため息をついた。


「……未だに影響がなくなりませんね、TS病」


「自治区周辺地域のスラム層ごと結界を市外にはじき出しただけですから。

 特に学園都市周辺は一攫千金を夢見る産業スパイや犯罪者、

 暴力団関係者が多く潜伏していた地域ですし、

 市議会も月読生徒会も二度と足を踏み入れさせる気はないでしょうね」


「実はそのことで悩みがあるんです」


「というと?」


「秩序側というか……

 私たち人間が平和で幸せな集団生活を送るうえで、

 そういう悪い人たちを排除しなきゃいけないのは頭では分かるんです。

 ただ、心の善性というか、

 仏の心を持った部分が彼らにも救いをあげたいなと思ってしまって」


「お嬢様、それは正しい考えですよ。

 ただ実際に救いを与えるのは、

 人間じゃなくて本物の神様や仏の領分です。

 復讐するは我にあり。

 悪者には神様が復讐してくれるから、人は愛と忍耐に生きるべきだ。

 聖書の言葉です」


「でもそれだと、魔法少女が戦う理由までなくなっちゃいます」


 車内のシートに寝そべったまま私が屁理屈をこねると、

 運転手さんは「はは、たしかに」と笑った。


「なら、次は旧約聖書でも引用しましょうか。

 マタイによる福音書10章34節。

 わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだと思ってはならない。

 平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。

 まあつまり、争いを起こさないように暴力はやめて生きようだとか、

 善人も悪人も、犯罪者にも、全人類に平等に情けをかけて生かすべきだとか。

 そういう仮初めの平和主義的な思想は聖書で否定されてます。


 善意を食われ、

 ただ生まれに恵まれなかったから迫害され、

 大人に騙され利用され、

 食うに困って死ぬしかない、

 この残酷な世界に生まれた私たちは、

 そういう負の連鎖や世界の構造が生みだす復讐者や悲劇から、

 友や家族、さらには自らの命を守るために、

 愛と平和を守るために剣を取って戦わなければならないんです」


「……せ、戦争の肯定です」


「そう思った根拠は?」


「……ありません」


「じゃあそれは、身勝手な決めつけですね?」


「ごめんなさい」


「よろしい」


 ムキになったところを優しく諭されて、私はしゅんと反省した。

 いじけてシートに指を当て、イジイジと八の字を描く。

 運転手さんも「長いなぁ……」とハンドルにもたれかかってため息をつき、

 検問待ちの列が動くのを待ちながら話を続けた。


「……さらに厳しいことを言いますと、

 ライナお嬢様は魔法少女の才能がおありですが、

 魔法少女の適正がない。

 私じゃなくても、

 私がやらなくても、

 誰かが解決してくれる、そういう世界であって欲しいと期待しておられます。

 これはステレオタイプな上流階級の考え方であまり良くありません」


「でもでも、責任を負うのはしんどいです……」


「分かりますよ。願叶さんも同じ苦労をしておられます。

 なのでまずは少しだけ自分の視点、

 自分がやらなきゃいけないと思いこんでいる責務を再確認してみましょう」


「責務の再確認? 再確認……ええと」


「ま、おおよそ検討はついてます。

 ライナお嬢様は悪者といえど人間は殺さないように気をくばって、

 被害にあった方々の救済もしたいけど、手が届かないから引け目を感じて、

 世界はもっと残酷すぎる場所があるからそういう場所でも活動したくて、

 なんて、自分一人で世界をなんとかしようと考えてますね?」


「ううえっ!?」


 私はハッとして、驚いた。

 慌ててシートからバッと身体を起こす。

 車内がほんの少しだけ揺れた。


「な、なんで分かったんですか!?」


「魔法少女はそういう本能を生まれ持っているからですよ。

 ただ、世界を救いたいと思うなら、自分の得意を思い出してください」


「それは、ええと、魔法……ですか?」


「そうです。魔法でしか解決できない問題だけに手を伸ばす。

 それが魔法少女の行うべき行動です。

 なので次は、先ほどの質問を逆に考えてください。

 魔法が使えない人でも背負える平和活動や責務を再確認しましょう」


「……わあ、それこそ、運転手さんが言った魔法少女の責務全般ですね。

 人間を殺さないように判断を下す責任を負える人がいますし、

 被害者の救済を行うボランティアさんだったり、

 貧困地域で慈善活動を行う団体さんがあったり。

 私の責任を肩代わりしてくれる人がいっぱいいます!」


「そうですよ。

 ライナお嬢様も聖獣ダントさんも、魔法以外のことは考えなくていいんです。

 世界が我々にとって残酷であることと、

 それを否定するために活動する多くの高潔な人間がいることは矛盾しません。

 自分の無力感を埋め合わせたいのなら、

 稼いだお金を寄付に使うなり、財団を作って慈善活動をしてもらえばいい。

 なぜなら抱えられる責任の量や形は人それぞれで違うから。

 社会はそうやって成り立っているんです」


「わあそうなんだ……」


 社会のあり方が正しく分かった気がしたのと、

 運転手さんがすごく教養のある人だったので私は驚いた。

 もっと早くに興味を持って、お話するべきだった。

 ああ、この感動を誰かと共有したい。

 

 私はずりずりとお尻を動かしてリムジンの後方に向かい、

 ペットケースの中で眠りこけるダント氏に声をかける。


「ダントさん。世界はとても残酷ですが、人間はとても美しいみたいです」

「モル? モル……」


 寝ぼけ眼で私を見たダント氏は、親指を立てて再び寝た。

 私は満足し、ふんっと鼻息を粗くする。

 運転手さんはバックミラーを見ながらふふっと笑った。


「ライナお嬢様、元気が出ましたか?」


「はい。やっと私の職務と仕事量が把握(はあく)できましたっ」


「それは良かったです」


「はい!」


「……じゃ、ついでにこんな裏話も。

 月読プラントと願叶さんが、

 どうしてもお嬢様にやって欲しかった要望をお伝えしてもよろしいですか?」


「あ、はい。それはなんですか?」


「モデル。広告塔業です。

 バイオテロと、日本政府の強引な割り込みで潰されたり、

 天津魔ヶ原での活動強制でうやむやにさせられましたが、

 月読プラントは自社製品を使用した高松学園都市での活動を求めています」


「おお」


「魔法少女の基本装備――マジカルステッキの外部装着型パーツは、

 大中小、その他新興企業が情熱を捧げて製造している人気ジャンルです。

 月読プラントは魔法触媒技術の最先端を征く企業として、

 他社に負けていられないらしいんですよ。

 そろそろ四国地域の広報活動責任者に問い合わせて、

 企業がお嬢様に正規の依頼を出せるようにしてあげてください」


「なんだかそんな話をどこかで見ましたね」


「はは、シャインジュエル争奪戦運営委員会がよく言っていた、

 強い魔法少女を遠征に出すための決まり文句ですよ。ああちょっとお待ちを」


 少し車列が動いたので、運転手さんはリムジンをわずかに動かし、また止めた。

 私はふとどうでもいい疑問を口にする。


「華族特権でスルーしないんですか?」


「そうすることで救える命があるならしますが、

 ここで特権振りかざして割りを食うのは現場で真面目に働く人ですよ。

 まあお嬢様がやれと言うなら面白そうなのでやりますが」


「ああいやそうじゃなくて、ただ疑問があって、聞きたかっただけで」


「ではお答えしますね。スルーできます。

 しないのは、単にわたくしがライナお嬢様と話をして、

 お嬢様がどういう人で、どういう考えで動いているのか知りたいからなんですよ」


「つまり運転手さんは私と仲良くなりたいんですか?」


「そりゃあ遠井上家の話題は、

 遠井上家の方々に仕える従者や使用人の共通の話題ですからね。

 特に何が好きか、何を楽しまれるのか。

 他にも、次のお祝いごとや誕生日のプレゼントに何を送ったら喜ばれるのか。

 願叶さんから質問されたときに、

 実はこうこうこういう話があってとアドバイスするのもわたくしの趣味です。

 それを抜きにしても、

 お嬢様はいい人だから仲良くなりたいとわたくしは思いましたよ」


「たしかに……ありがとうございます」


 運転手さんの話を聞いて、私も悩みに気づいた。

 上手く言語化するために本心を出して、相談をもちかけてみる。


「……私も、私はなんというか、最近そういう関わりたい気持ちが薄くなってて。

 ほどよい距離感を取って人と接するように、

 常に努力してたところあります。


 自分をさらけ出して人に嫌われたくないから。


 そうしていたらこう、成功してるのに心が辛くなっていく、

 誰にも頼れない孤高の存在になっていってしまって。

 みんなが尊敬してくれる理想の私と、本当の私の差でいつも心が折れそうで。

 それが今の仕事と心が上手く噛み合わない理由だったのかも」


「ありますよねー、仕事は悩みがつきませんよね。特に孤独は」


「はい……どうすれば悩みを解消できますか?」


「そりゃあもう演じるしかないでしょ。みんなの理想を」


「……それって嘘じゃないですか」


 またシートでいじけだす私。

 すると運転手さんは真面目な声色で言った。


「違いますよお嬢様。

 信じてくれる人がいるから嘘も真実になるんです。

 そして、その願いに答えるために嘘をつき続けるのは努力というんです」


「嘘が努力に……?」


「誰もが生まれた時から神様じゃないように、

 人は大なり小なり自惚れたり、

 なにかにすがらないと生きていけません。

 それが嘘か真かどうかは関係ないんです。

 自分の正気を保つために身勝手に信じて、

 相手に勝手に期待して、深入りして、裏切られて悲しむ。

 それが普通の人間です。

 ライナ様がみんなに好かれたり、理想像という夢の姿で見られているのは、

 距離感の取り方がちょうど良かったからでしょうね」


「なるほど、もしかして私って嘘をつくのが上手いんですか?」


「お嬢様が? いやいやいや、あっはっはっは」


 すると運転手さんは大笑いした。


「いやーまったく。

 わたくしは人を見る目だけはあるんですが、

 ライナお嬢様は裏表がないから話してて楽ですよ。

 でも他の人はたいてい言葉や態度の裏を読んじゃって、

 まあそこら辺に存在しない神秘性を感じちゃうんでしょうね。

 あとは土壇場の行動力と胆力。

 頼もしすぎて守られている感覚になるんでしょう」


「も、もうちょっとくわしく」


「……言ってしまえばですが、

 実力に不安を覚える新人魔法少女と、

 その新人が使い物になるか、どれだけの仕事を任せられるか、

 自分たちがいなくなったあとの世界を任せられるか。

 そういう道案内役としての悩みを抱える先輩魔法少女がいます。

 歴代最高値のエモ力を出したライナお嬢様は、

 前者の大黒柱で、

 後者の希望の星なわけです。

 どうしても期待しすぎるってもんでしょう?」


「わあそうだったんだ……」


 私は第三者の意見を聞いてようやく、

 周囲を取り巻く環境のなんとも言えない期待圧の実情が分かった。

 みんなも不安に思いながら生きているんだ。


「自分で精一杯なので思い至れませんでした……

 そんなに期待される要素ばかりだったんですね、私」


「分かってしまえば楽でしょう?」


「えへへ、それどころか期待に答えたくなっちゃいました」


「そういうところが胆力がある証拠ですよ。さて……」


 待てども待てども動かない検問待ちの車列を眺め、

 握り心地の良さそうなハンドルをトントンと指で弾いた運転手さんは、

 悪友に挨拶するかのごとく私の方を向いた。


「ライナお嬢様、わたくしも長旅で限界へとへとです。

 華族特権使ってちゃっちゃかと帰りませんか?」


「許可します!」


「ご配慮のほど助かります」


 運転手さんは待ってましたとばかりに、空いている対向車線に入る。

 学園都市に入るのは時間がかかるが中から出る分には早い。

 しかも今の今まで一切の車の通りがないのだ。


「この道、押し通る!」


「行けー!」


 一般車両が長々と列を作る横を爆速で白リムジンが通るので、

 慌てた様子の検問のお巡りさんが静止に入った。

 ドアを開くと焦った声がする。


「ちょ、ちょっとダメだよ対向車線に入っちゃ――」

「華族関係者です」


 運転手さんが桜紋の付いた手帳のようなものを見せると、

 そのお巡りさんは「失礼しました!」と下がり、

 ビシッと敬礼までしてくれた。


「事態の解決をご期待します!」


「そうお伝えします。ではでは」


 ウィーンと窓を閉まる。

 私たちのリムジンは検問を抜けてスムーズに進み始めた。

 気分の良くなった運転手さんは私に親指を立ててくれる。


「ハァ……し、心臓に悪すぎるー!」


「大丈夫です! わりと真面目に私が法で、それだけの権限持ってますので!」


「ライナお嬢様は頼りになるなぁー! 華族最高だー!」


「遠井上家最高ー!」


 仲良くなり、ワーキングハイになってしまった運転手さんとともに、

 中央自治区までの道のりを「幸せなら手をたたこう」と歌いながら進み、

 私たちは月読学園の喫茶店デミグラシアに帰還した。


 へとへとになった運転手さんは出口近くのテーブル席に座り、

 そのままソファーに横になって眠りこける。


 ペットケースを持った私はカウンター席に座って、

 ピカピカに磨いたコップをうっとりと眺める池小路氏に帰宅の挨拶をした。


「ただいま帰りました池小路さん」

「ハロー、ライナさん。願叶さんは奥の事務室です」

「ありがとうございます。ほらダントさん帰ってきましたよ」

「ふぁーあ、モルル……」


 ケースの中からダント氏を取り出すと、

 彼は大あくびをした。

 そのままもそもそと二度寝しだしたので、仕方なく抱えて事務室に行く。

 願叶さんはパソコンデスク前に座って、

 こちらを向き、事務室に来るのを待ってくれていた。

 私の姿を見るとほっこりとした笑顔になる。


「おかえりライナちゃん」

「ただいまです願叶……お、お父さん」

「――……っ!」


 急に願叶さんの目にうるっと涙がたまった。

 彼はなんでもないとばかりに目元を拭い、いつもどおりの笑顔を浮かべる。


「ああ、ゴホン。叔父さんのお墓参りは済んだかい?」

「はい。これで未練はないと思います。ただ」

「ただ?」

「家族で、遠井上家のみんなで話し合う機会を、用意して欲しいです」

「分かった。何を教えてくれるのかな?」

「叔父さんがどういう人で、

 私がどういう影響を受けたのか、みんなに知ってほしいんです。

 そうしないとほんとうの意味で家族になれない気がして。

 いや、ええと、本音をさらけ出しておきたいって感じですかね?」

「いいね。家族みんなで話そうか。ライナちゃんのこと」

「……はいっ」


 私は願叶さん――いや、新しいお父さんと一緒に、

 事務室で、ただ何もしない時間を過ごした。


 少し経って、新しいお母さんの凪沙さんと、妹の遙華ちゃんが来て。

 家族が揃ったことだし喫茶店の方でご飯を囲もうとなり、

 なんでもない普通の食事を取った。


 そこで、私が遠井上家に迎え入れられるまでに何を思って、

 迎え入れられた時の嬉しさを語って。

 ただ私の話を聞いてもらって。


 今日まで頑張れた理由とか、

 本当の私は、みんなが思っているよりバカで、臆病で弱いことも共有して。

 ああ、これが普通の家族になるってことなんだなぁと実感できて。

 もう肩肘張って生きなくていいんだ、中学生でいいんだと安心して。

 ただ、ほろりと泣いて。

 家族のみんなに優しく抱きしめてもらった。

 さらに遙華ちゃんが頭をぽんぽんと撫でてくれる。


「ライナおねえちゃん、もうなかないで? まほうしょうじょがんばろ?」

「うん。遙華ちゃんのために」

「だめだよ。はるかはもうまもらなくていいよ。おねえちゃん」


 ムッとした顔で怒られた。

 私は目をパチクリさせて戸惑う。


「え、ええっと?」


「だれかのためにがんばるってすると、

 ライナおねえちゃん、いつもかなしい、つかれたってなくから。

 おねえちゃんはね、

 じぶんのしあわせのために、

 がんばるってね、いったほうがいいってはるかはおもう」


「わあ……じゃあ、自分の幸せのために、頑張ります」


「よくできまちた~!」


 ちっちゃな手でわしゃわしゃと撫でられ、

 全身を使ってぎゅーっと抱きしめてくれる。

 さらに彼女は「ひみつのおはなしだよ」と前置きを言って、こう耳元で囁いた。


「おんなのこがたたかうりゆうはね、そこにじゆうがあるからなんだよ?」


「……戦うことが、自由?」


「はるかたちはおとなになったらね。

 いいなづけさんとけっこんしないとね、だめなの。

 おともだちのひかりちゃんも、かなたちゃんも……」


「そう、だったんですか?」


「うん。いいおよめさんになるためにね、

 いっぱい、ならいごとさんとおべんきょうさんして、

 かしこくならないとだめなの。


 ……あとね。

 おねえちゃんがおうちにくるまでね、

 ぱぱとままがふつうにおはなししてるすがた、

 みたことなかったんだよ?

 いつもきげんがわるそうだったの」


「……そうだったんですね」


「おねえちゃんはもう、はるかをえがおにしてくれてるよ。

 ぱぱとままがいつもえがおであかるいもん。

 だから、おねえちゃんもじぶんのためにたたかっていいんだよ。

 いいなずけさんとのけっこんはだいじっていわれても、

 まほうしょうじょになればね、

 おんなのこはじゆうになれるから。

 ……みんなにはないしょだよ?」


「うん、うん」


 私は優しく遙華ちゃんを抱きしめて、

 そのさらさらの髪の毛をやさしく撫でて、

 自分がいかに現実を見ないようにしていたか、自らの愚かさを呪った。


 家柄の良い魔法少女が多いのは……彼女たちの血の気が多いのは、

 それだけ多くのしがらみを抱えて生きているから。


 言ってしまえば、

 魔法少女であることは、華族に生まれた少女たちに許された唯一の自己表現だ。

 正義とか、愛と平和を胸に戦うのは本音を隠すための後付けで。

 ただ彼女たちは、ままならない人生の中で、

 自分の生きた証を世界に刻むために剣を取り、戦っているんだ。


 魔法少女とは思想なんだ。

 だから、そうか……そういうことだったのか。


 無言で遙華ちゃんから身体を離し、新しい父母に軽いハグをして、席を立つ。

 そのままカウンター席でたまごっちをしていたダント氏を鷲掴み(「モル!?」と驚かれた)、デミグラシアの外に向かった。

 願叶さんは戸惑いつつも、少しうれしそうな顔になった。


「もう行くのかい?」


「はい。願叶さん、凪沙さん、遙華ちゃん。ありがとうございます。

 やっとエモ力の本質が見えてきました。

 分かっちゃうと、赤城先輩とか、光子先輩が負けず嫌いな理由が分かっちゃって。

 他にも、私にちょっかいをかけてくれた先輩が大勢いて、

 思い出すともっとかまってあげたくなっちゃって、興奮を抑えられません。

 いますぐにでも走り出したい気分です」


「僕たちに手伝えることはあるかな?」


「あはは、ぜんぜん。なんにも分かりません。

 また手探りからやり直して、つまづいたら相談します。

 だからいまは、見ていてください。私の変身」


 ダント氏を肩に乗せ、

 マジカルステッキを取り出して目の前でグッと構えると、

 願叶さんと凪沙さんも応援するようにガッツポーズしてくれた。ノリがいい。

 遙華ちゃんはもうたまらないとばかりに嬉しそうに叫びだした。


「がんばえプリティコスモスー!」


「応援ありがとう遙華ちゃん! ひとまずパトロールに行ってきます!」


「「「行ってらっしゃい!」」」


 遠井上家のみんな、

 さらには喫茶店の奥の席で静かに様子をうかがっていた技術支援チームや、

 月読学園でできた友人、三津裏&万羽ペアも温かく手を振って送り出してくれる。


 特に方針は決まっていないけど、

 私は私の自由のために、人生の誇りを取り戻すために――

 名誉を取り戻すために魔法少女として戦う。


 そのためなら、また昔と同じように。

 どれだけ大変な仕事でもこなしてやろうと思った。


「魔法少女こそ私の生涯の――!」


「「「出番よこせー!」」」


「――うわあ!?」


 月読ランドマークタワーの玄関から外に出た瞬間、

 中等部一年組が左右からバッと現れ、

 サンデーちゃんとミロちゃんに秒で両脇を抱えられた。

 わずかばかりの抵抗むなしく、来た道を引き戻される。

 私はニコリと作り笑いを浮かべた。


「怒りますよ~?」


「ええからはよ出番よこしいや夜見はん。

 なんかおもろそうなイベント考えてるんやろ?」

「そうよそうよ。配信のネタがなくて暇なのよこっちも」

「おしゃれコーデバトルってなんですの?」


「え、ま、待ってくださいよワッと質問するのは……!」


 私の笑みが崩れ、困り眉になってしまう。

 ええと何から説明すればいいんだろう。

 するとミロちゃんが「私にまかせてください」と耳元で囁いた。


「夜見さん。情報整理と説明をお手伝いします。

 デミグラシアであなたが知っている情報をノートに箇条書きしてください」


「み、ミロちゃん……! ありがとうございます!」


 やはり持つべき友は頭脳明晰で判断力があって冷静沈着な優等生だ。

 そう思いながら、意気揚々と出たはずの喫茶店デミグラシアに連れ戻された。

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