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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
幕間の物語 ~精算と再投資~
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第223話 帰郷・報答②

 東京にはタクシーで向かった。

 高速道路のサービスエリアに寄って観光したり、

 ご当地グルメを軽く食べて、父や運転手さんと仲を深めたり。

 だいたい一日くらいかけて移動した。


 到着してすぐに大学病院に連れて行き、

 父の腰を診てもらった。


 するとどうやら腰痛ではなくストレス性の潰瘍炎だったようで、

 いくつかの薬を処方してもらうと、

 父の体調はみるみる回復した。


 処方箋を飲み終える三日前には、

 六十歳を超えた初老の男性とは思えないほど、

 バクバクと飯を食い、

 和牛ステーキを三枚もぺろりと平らげるバイタリティの強い人間に戻っていた。

 ファミレスの昼定食でお腹いっぱいの私は呆気にとられてぽつりと言葉を漏らす。


「父さんは、すごいね」

「だろう? 父さんも不思議だったんだ。生まれて一度も怪我なんてしたことないのに、腰の痛みが引かないから。そしたら胃潰瘍だったなんて笑いものだよ」

「ああ~あはは、あの診断はびっくりしたよね。ホント」


 父は私の笑顔を見て、親らしい柔らかな表情を見せてくれた。

 飲食店を出て車に乗り込むと、遠井上家専属の運転手さんが珍しく口を開く。


「お客さん。そろそろお父さんの社会復帰のために市役所に行ってみませんか?」

「市役所に?」


 貸し切りタクシーの運転手を演じているのでお客さん呼びだ。

 彼は話を続ける。


「何でも梢千代市の港区支所でふるさと納税をすると、返礼品で容姿を美しくする薬や、若返りの秘薬なんかが貰えるみたいですよ。親子で上京して心機一転、人生やり直すなら、高額納税者になって父にそういう秘薬を飲ませてあげるのが親孝行ってもんじゃないですか?」

「若返り……治、それはもしかして」


 すると実父――夜見学よるみまなぶは、私の目をじっと見つめる。


「父さんも魔法少女になれるということなのか?」

「な、なりたいの?」

「お前が母さんと絶縁しにきた時にすべて聞いたよ。人を助ける仕事なんだってな」

「まあ、うん……人を助ける仕事だけど、責任は重いよ。胸も」

「父さんもお前と同じ苦労がしたい」

「どっちの意味?」

「後者」

「はは……」

「実は父さんな、昔からバインバインの美少女になりたかったんだ」


 この親にしてこの息子あり、と証明されてしまった。

 なんか漠然(ばくぜん)と辛い人生だったので、そういう状況から助けてもらえる可愛い美少女になりたいよねという共通認識というか、同族意識があったのだ。


「じゃあ、父さんはさ、魔法少女になって何をしたいの?」

「今流行りの裏世界探索チューバーとやらになってちやほやされたい」


 しかも私より承認欲求に忠実すぎる。


「ええと社会平和に貢献とかには」

「それは目的だろう治。父さんが言っているのはそのための手段だ」

「手段……?」

「人は凡人を見ない。日常会話の話題にできないから興味がないんだ。だからまず美貌。父さんは第一印象を良くしたい。美女イケメンがそばを通り過ぎたら気になって見ないわけがない。配信なんてしたらさらにだ」

「つまり話題になるから興味が湧く?」

「そうだ治。お前は母さんとその親族を反面教師にして、人間のきれいな部分だけを受け継いでしまったから、意識しなくても人を引き付けるカリスマ性がある。だから父さんの真の悩みに気づくことはなかった」

「それって?」

「父さんは女性にモテない。外れを引いても我慢するしかない人生だったんだ」

「わあ……」


 そこまでモテることに執着する父に軽く引き、

 それが自分と父の違いで、人に好かれたい・よく見られたいという欲求への理解不足が、そのまま仕事のオンオフが出来ない現状に繋がっていたんだなとハッとした。

 私が今も限界社畜だったのは他人への興味関心が薄いからなのか。


「……じゃあ、そうか。

 割の良い仕事にするためにも、手段をえり好みした方が良いのか」

「だが父さんから見た世界では選べない状況なんだ。それがお前と凡人の違いだ」

「私は恵まれていたんだ……」

「お前はその恵まれた才能をもっと社会貢献のために活かせ。魔法少女になった自分の良さを存分にアピールして、誰もが見惚(みと)れて好きになる最高のアイドルとして輝くべきなんだよ、治」

「でもそれだと、誰かを押しのけることに」

「違うんだ治。お前がもっと上り詰めて、そこで強く輝いて世界を照らせば、もっと裾野が広がるんだ。お前の輝きで、他人を押しのけるような醜い争いがなくなるんだ。お前はただ今の仕事を、上昇志向を持って魔法少女を頑張るだけで、皆が笑顔になる世界が作れる。そういう善性とカリスマ性を持っているんだよ」

「えへへ……父さんに褒められて頑張る勇気が湧きました」

「ああ。最後にお前を元気づけられて良かったよ」


 タクシーは「梢千代市納税管理支局」と言う綺麗な外観の建物の前で止まり、

 父は運転手さんが開けたドアから降りる。

 ついていこうとすると、父は手で止めて静止した。


「親離れの時期だ、治。父さんは人生をやり直す。次に会う時は別人だ」

「……そっか、そうだよね。一緒に活動したら、甘えちゃうよね」

「だけど安心しろ。どれだけ苦しくても、辛くても、逃げたくなっても、お前の心の中には父さんがいる。そっちの世界で幸せになれよ」

「うん。さよなら父さん」

「さよなら治。元気でな」


 父は私たちを影で守ってくれていた黒人ボディーガードたちと合流し、

 遠井上家の運転手さんから別れの握手と、

 納税用の大金が入ったアタッシュケースをいくつか貰って、

 市役所の中へと、自らの人生を歩んでいった。


 母と縁を切り、父との別れを済ませたので、てっきり悲しくてまた泣きたくなったりするかと思っていたけど、心はとても晴れやかで。

 戻ってきた運転手さんが乗り込むなり、なんとなく私はこう言った。


「なんだかやっと、心機一転できました。私はお別れを言いたかったんだ」

「わたくしも、ライナお嬢様が遠井上家の一員らしくなって嬉しく思いますよ」

「あはは、そう言えば名字っていつ頃変わるんでしょう?」

「梢千代市に戻った時ですね。天津魔ヶ原は日本全土を覆う大護符結界、天津神星に繋がる城下町の一つです。上層には日本全土に繋がる古代の霊道があります。なのでまずは上層を目指して、そこから東京めざして北へ北へ。裏世界を進んでいけば、ゴールが見えてきますよ」

「頑張ります」

「ご武運を。では、香川に帰りましょうか。贔屓にしているディーラーで乗り心地のいい高級車に乗り換えます。タクシーでの長旅はほとほと疲れましたからね」

「あう、ご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」

「いえいえ。わたくしもこういう苦労が楽しくて仕方がなくて運転手やってるんですよ。いつでも旅に巻き込んでください。大歓迎です」

「ホントですか? わーい」


 運転手さんの言葉で、彼も物好きな人で、同時に自分が住むことになった世界にはそういう物好きな人が集まる面白い世界なんだと実感、いや理解ができた。

 私はもう夜見治ではなく、夜見ライナ。

 遠井上家の養女で魔法少女プリティコスモスなんだ。


 そう心から納得したら、望郷の念と後悔も薄れていき、次第に今の両親――願叶さんと凪沙さんがどういう人で、何が好きなのかなとか、普通の感性がもどってきた。

 私は今の両親が好きだ。

 だから、喜ぶことを知りたいし、してあげたい。


 タクシーは香川に向かう準備のため、都心に入る。

 やはり東京なので、高級車や外車を売るディーラーがわんさかあるのだ。


 運転手さんはすぐに贔屓の店を見つけ、

 ものの数分で新しいリムジンを買い上げてしまった。

 願叶さんは趣味が多く、リムジンの収集もその一つらしい。

 タクシーから乗り換えると、抜群の乗り心地で眠気が出るほど。

 長旅で溜まっていた疲労がどっと出てあくびが止まらなくなった。


「ふぁふ、願叶さん……ああいや、お父さんって多趣味ですね」

「知り合いが多いんですよ。だから影響されて趣味が増えるんです」

「なるほど。私も友だちともっと深い関係になるべきなのかも」

「そうですよライナお嬢様。もっと趣味や交友に実家のお金を使っちゃってあげてください。お嬢様があんまりにもカードを使わないから、「僕はライナちゃんの役に立ててるのかな」っていつも不安そうに相談をもちかけられて大変なんですよ」

「あはは不安にさせちゃってた……」


 運転手さんも気を利かせて我が家の裏事情を教えてくれた。

 そうだよね、超がつくほどのお金持ちで、特権持ちで。

 遠井上家の家長あることが願叶さんの誇り。

 娘がそれに頼らないと不安にさせてしまうんだ。気をつけよう。


「それより疲れたでしょう? 今はゆっくりお休みください。あとはお任せを」

「はい、眠いので寝ます……あとはお願いします」


 スーツの裏ポケットに隠していたステッキをカシャンと縮め、

 ピンク髪ツーサイドアップの美少女――夜見ライナの姿に戻った私は、

 アスモデウスから学んだ、二度と男性に戻れなくする魔法を自らにかけた。


「――男断捨離(だんだんしゃり)


 凛と空気が澄み、身体と精神が清められる。

 これで私は老いて死んでも夜見ライナのままでいられる。

 ちゃんと自分で選んだ人生になった。


 存分に華族のご令嬢として振る舞うことを心に決めつつ、

 それが許される立場なんだ、ダント氏と出会って、頑張って良かったなと微睡み、

 ふかふかのシートに寝そべって眠りについた。

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