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第221話 おじさん、トレーナーになる

 食料の無限湧きどころの設置を終えた一般実務生たちを集め、バーベキューパーティーで食事と休憩を取ったあと、全員で森の外に設置された財宝たんまりの軽トラック群にそれぞれ二人一組で乗り込む。

 私が運転手だ。サングラスをかけた。


「財宝トラックドライバー……」

「ドライバーモル……」

「急になんなの?」


 助手席に座ったのはナターシャさん。

 赤城先輩と天使ちゃんさんは後ろの荷台に乗って危険行為をしている。

 曰く「ラズライトムーンが助手席とかダサい」「天使なので死なない」とのこと。


「今の私は天津魔ヶ原の全権を手に入れるための使命を帯びています」

「僕もモル」

「いいから早く車出してよー」

「はーい」


 カチッ、ブロロロロ……ブゥーン――

 軽トラックのエンジンを入れ、中学生女児の身体でアクセルを踏み込んだ。

 オートマではなくマニュアルなのは気分がいい。

 天津魔ヶ原で色々あって成人男性と成人女性の両方の心を併せ持つようになってしまったが、男の子の部分はレバーをガチャガチャ動かす方が楽しいのだ。


「運転上手いね」

「社畜時代は営業車を乗り回しながらも無事故無違反でした」

「皮肉だモルよ夜見さん」

「わ、分かってますよ。この身体では初めてなんですっ」


 実際は若干の感覚の違いにアセアセしながら車を走らせている。

 バックミラーをちらりと見ると、実務生が運転するトラックの列が見えて楽しい。

 するとダント氏が口を開いた。


「ここで重大発表があるモル」

「なんですか?」

「僕たちとまともに競い合おうとする魔法少女や怪人が現れないのは、ソレイユの企業戦争に携わる月読プラントの企業法人にお金を預けたり、あえて融資を受けたりして信用を生み出していないからだと分かったモル」

「ふむふむ?」

「だから夜見さんのエモ力を担保にして五十兆円ほど融資を受けたモル」

「――ッ!?」


 ギョッとして手元のハンドルが狂いそうになるのを抑え、大きく深呼吸した。


「ど、どうしてそんなことするんですか!?」

「僕は高給なほど強い怪人や魔獣と戦えるとばかり思っていたモル」

「……というと?」

「実情は違ったモル。天津魔ヶ原の開拓のような、時間はかかるけど安全な仕事は専門的な技術が必要だから報酬が青天井に高くて、テロ犯や怪人退治のように必要だけど誰でもできる仕事は単価が安かったモル」

「ブルーカラーとホワイトカラーの差がソレイユにも」

「赤城先輩さんがしかけようとしているおしゃれコーデバトルは、天津魔ヶ原の宣伝に必要な魔法少女業の下請け構造を作って、中抜きさせて、装備や練度の全体的な質を上げるための計画モル。後者に関わる魔法少女が減って仕事の単価が上がるか、市場そのものが消えるまで行う予定だモル。焦土作戦モル」

「先輩だけマジで絶滅戦争仕掛けてますね……」

「だから魔王という異名を持つモル」

「まあ、人件費をコストカットするということは、従業員からの損切りを許容するということですから、パッと見は社会の自業自得ですが……」


 現実はそうではないと私は知っている。

 龍神の泉とアリス先生が見えたので、居住区に入らないように北西へ舵を切った。

 後ろのトラック群もそれに続く。


「そういう人を安くこき使う会社って、だいたい裏社会とか、素行の悪い政界関係者が後ろ盾ですよね」

「ホントモル? 正義の味方じゃないモル?」

「まさか。自分に金を稼ぐ能力がないツケを他人に押し付けてるんですよ。だから力で脅したり、社会不安で揺すったりして、お金を稼ぐ人からお金を吸ってるんです。それが私たち魔法少女だったり、光の国ソレイユだったりするだけ。企業戦争はその隠れ(みの)ですかね」

「僕たちの国は敵の誘いに乗るべきじゃなかったということだったモルか……」

「治安維持と戦争は真逆ですからね。前者は人や生命が普通に生まれて死ぬために必要な正義だけど、後者は誰かが失策の打開にために起こす金と領土と命の略奪です。赤城先輩が魔法少女になったことがたぶん、ソレイユ最初の勝ちの布石ですね」

「夜見さんが冷静に分析してくれるから僕でも分かりやすいモル」

「分かる。参謀として欲しいよね」


 静かに話を聞いていたナターシャさんも同意を示す。

 そのまま手を挙げて会話に割り込んだ。


「逆に言えば前線で仕事を取ってバリバリに働かれると、他の魔法少女への要求レベルが高くなりすぎて、組織的にひじょーに困る存在なわけだ」

「言われてみればそうかも」

「そろそろ中等部副会長としての職務を全うするときじゃない?」

「光子先輩を呼べと?」

「逆。無能な働き者の身体を乗っ取って有能にすればいい」

「またイヤーカフで誰かの身体を操作するんですかぁ!?」

「そういうこと。裏社会では罠にかかって性風俗産業や娯楽で使い潰された美少女戦士やくのいちのボディが捨て値で売られてる。どうしても前線に出たいなら、そういう身体を使って敵を倒したり、情報を集めたりするのはどう?」

「まあでも一考の余地ありですね……」


 事故でハインリヒさんの身体を操作することになったせいで、変な性癖の扉を開いてしまったのは事実として認めなきゃならない。


「ただ、そうなるとプリティコスモスとしての職務は後方勤務になるのか……」

「そろそろ結社サイドの長として発言してもいい?」

「どうぞ」

「このまま未成年の歩き巫女や魔法少女の育手(そだて)になって欲しい。ギフテッドアクセルの成長加速がちょっとチートすぎて、結社サイドとしては下手に前線に出すより、常に後進育成のためのトレーナとして働いてほしいし、一生手放したくなくなってる。お前ちょっと常に私の側にいろ」

「んー、年俸は?」

「まず天津魔ヶ原の全て。やろうと思えば日本全土――天津神星まで行ける」

「そっか、日本の平和が報酬か……」


 まず報酬がお金じゃないのが綺麗だと思った。

 でも、居住区から車の列を興味津々で覗くサキュバスとその家族や子供たちの幸せそうな姿を見ながら、前線から一歩下がるか、守るためにまだ立つか私は迷った。

 まだまだできることはあるかもしれない。

 私にしか倒せない強い怪人や魔物がいる危険地帯があるかもしれない。

 だけども遙華ちゃんと遊べなくて寂しいなという心に気付いたので、決めた。


「分かりました、かなり早いですが一線を退きましょう。後進の育成は聖ソレイユ女学院の先輩や現場で色々と聞きかじった私にしか出来ないことです。なにより今の私は、ニチアサの魔法少女作品を全視聴・記憶しているというアドバンテージが強すぎる。赤城先輩と同じ師匠枠になった方がいい」

「戦士として上手く活躍させられなくて本当にごめん。切り札として動かすから」

「あはは、そういうことなら楽しみにしてます。もう隠居か~」


 もっとも、遠井上家の家計状況が開示され、一生分のお金の心配が無くなった時点でわりと人生ゲームをクリアしていたのは事実だ。

 それでも興味を持って意欲的に社会平和に貢献してきたが、今度は固有魔法が強すぎて、前線で失われるのが惜しまれる存在になってしまった。

 しょうがないから今は秘蔵の剣になって、後進育成に精を出そう。


「あ、夜見さんこの辺りモル」

「はい」


 トラックを止めて降りる。

 到着先は適当な空き地で、居住区からのアクセスが良い程度の場所。


『おーい上級実務! この財宝どうします!?』

『居住区近くに適当に撒いといて! 今は測量優先!』

『はいっす!』


 一般実務生の健司さんや優作さんは忙しそうに働いている。

 ここで急に上層の埴輪兵とか封戸の毒が振ってきたりしないかなと期待したが、思うようにはいかず。

 混乱の元だった争奪戦運営の皆様を逮捕したのだからそりゃそうか。


「はあ、魔法少女を上手くやりすぎちゃいました」

「でも僕と夜見さんはソレイユで一生食いっぱぐれない高給職を手に入れたモル」

「ビジネスの観点から言えば大成功か。そっか。ならいいや」


 しかし元はといえば正義ではなく、IT業界より楽に稼げるビジネスがやりたいと思って始めた仕事なので、真に世界を救う使命は後輩に託すことにした。

 限界社畜おじさんだった私は転職し、十三歳の美少女まで若返ったうえ、努力の末に固有魔法の使い方に目覚め、今は魔法少女を育成する若手トレーナーになった。

 領地もあるし領民もいるし、結婚も決まっているし、元の性別でも若返って二十歳前後だし、めちゃくちゃ勝ち組のリア充なのでは?


 人生って勇気を出せば意外となんとかなるもんだなあ。


「夜見さん夜見さん」

「なんですかダントさん?」

「みんなの笑顔を見たいという夢が叶いそうモルね」

「ですね。ただ……」

「ただ?」

「最高の魔法少女ってなんなんだろう、と思っちゃいました」

「たぶんそれは、夜見さんの先にまだ誰もいないから分からないんだモル」

「とは?」

「僕たちは山頂までの新ルートを切り開いた第一人者モル。僕たちが最高到達点。今はまだ青空しか見えないモルけど、もっと美しい景色を見るには、山頂で夜になるまで待って、星のきらめきを待つしかないモル」

「夜見の名字にふさわしい景色ですね……次の夜が来るまで(ケン)に回る日がきたのか……」


 デコボコで未開で大変だったけど、上り詰めてみたらまだ時期が早かった。

 なら、みんなが育つまでは待ってみようと、思う。

 私が必要とされたときはきっと、世界最後の雌雄を決する日で、私が最高に輝く日だ。


「寂しいなあ」

「僕が側にいるモルよ」

「あはは、温かいや。しかも優しい」


 モルモット聖獣のダント氏は守ってあげたいくらいに小さくて温かい。

 これが私の女の子の部分が求めていた幸せなんだろうなと思った。

 ダント氏と一緒にいるときだけ、私は本当の意味で童心に帰ることが出来る。


「こういう、ほんのちょびっとの幸せで良かったんだ」

「女心は難しいモル」

「ね」


 いつものように楽しい掛け合いが出来て、本当に良い人生だ。

 ダント氏と出会えて良かった。


「……なんだかいろいろと考えてるんですけど、上手く締まりません」

「じゃあ改めて聞くモル。夜見さんはどうしてこんなに頑張れたモル?」

「ああ~! そのことならこうですね!」


 私はコホンと咳払いし、ほほえみウィンクを決めて答えた。


「みんなの笑顔が見たいから!」

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