第220話 おじさん、おしゃれコーデバトルの仕掛け人になる
「あー! 天使ちゃんもやるー!」
「いいですよ! イエーイ!」
パシィン! コツッ。
さらに天使ちゃんさんとも手を叩き合わせ、拳を突き合わせる。
「ひゅー! ノリいいね! さすが二代目プリティコスモス!」
「そういうことにしときます! 私が二代目だー!」
「ナイス二代目襲名ー!」
この人ファンサエグいし優しくてポジティブだから好き。
「次は輪になって踊ろ~!」
「はーい! ナターシャさんも!」
「私も!? ちょ――」
さらに三人で手をつなぎ、その場で輪になってぐるぐる回わった。
目が回るまで回り、全員がバカになりすぎたと後悔したところで、マスクを外した赤城先輩が目の前に立つ。
「言論の自由を手に入れた赤城ちゃんが語りたいことがあります」
「ハァハァ、不満表明ですか……?」
「いや、ミステリストの情報が開示されたから、今の魔法バトルのトレンドも開示しないと、夜見ちゃんが魔法少女を辞めちゃう気がして」
「ふう……気になりますね。何がトレンドなんですか?」
「もうそろそろ分かってくれたと思うけど、今は魔法少女同士でルールを決めてやり合うのがトレンドです。怪人とか怪獣退治はオールドタイプなの」
「そうなんですか」
「半世紀。誰かが魔法を使うヒーローとして名を上げるたびに、怪我前に引退させて血を分けて、子孫繁栄して、魔法適正のない人類から魔法に特化したサラブレッドを生み出したのが現代魔法社会なの。魔法少女はその最先端にいる」
「そのトレンドの名前は?」
「おしゃれコーデバトル。最初の仕掛け人は赤城恵ちゃんなのでした」
私はわあ、と可愛く驚いた。
争奪戦運営はそれをヨシとせず、先輩を出禁にしたり、私を弱体化していたんだ。
さらには魔法少女同士で戦うのは良くないという風潮を流して大衆の思考を染めたり……
「くっ、たかだか五百億円で私たちがオシャレをする自由を奪われそうだったなんて! 許せません!」
「でしょ!? だから天津魔ヶ原をおしゃれコーデバトルの聖地にしよ~?」
「先駆者のブルーセントーリアさんも喜ぶと思うので、そうします!」
「やりぃ! じゃあさじゃあさ、マジタブの生産ラインが欲しいの。カスタマイズ機能が標準装備なのがそれだけでね、赤城ちゃんのお願い~」
「私が許可しますので願叶さんに言いにいきましょう!」
「やったー!」
念のためにナターシャさんを見ると、酔って辛そうながらも親指を立ててくれた。
なので赤城先輩とともに技術支援チームと話し合う願叶さんの元に向かう。
「願叶さん!」
「ライナちゃん! 怪獣作ってもいいかい!?」
「許しますのでマジタブの製造ライン作って下さい!」
「許可が取れた! やるぞー!」
「「「うおおおーッ!」」」
爆速承認。願叶さんの心の男の子が燃えているようだ。
「なるほど、私が許せばなんでも出来るんですね」
「そういうことだね。裏世界、いいでしょ?」
「はい! えへへっ」
「かわいい後輩だな~このこの~」
嬉しくてはにかむと、楽しそうな赤城先輩が私をくしゃくしゃ撫でてくる。
あとは……
「ここをおしゃれコーデバトルの聖地にするにあたって、どういう広告を打てばいいですかね?」
「ダントくんに相談するといいんじゃない?」
「あっ、そうですね! ダントさーん!」
「はーいモル」
一人バーベキューを楽しんでいるダント氏の元に行き、説明する。
彼はとても誇らしそうに腕を組み、胸を張った。
「フッ、すでにロードマップは出来上がっているモル。西園寺家からの注文は、小学生低学年でも攻略できる裏世界モル。実力じゃなくコーデやデッキの強さで勝負が決まるおしゃれコーデバトルを導入すれば、難易度が格段に落ちるモル。何より映像や写真の見栄えがいいから、天津魔ヶ原の宣伝効果も抜群モル」
「なるほど~、あとは格上相手におしゃれコーデバトルを挑む理由が欲しいところですね」
「そこで活躍するのがミステリストさんモル」
話題に出たとたん、待ってましたとばかりにミステリストの奈々氏さんが、自慢のお嬢様縦ロールヘアーの先を指でくるくる弄びながら近づいてきた。
「ようやく私の出番のようね」
「わあ奈々氏さんが頑張るんですか?」
「ハインリヒよ。魔女ハインリヒ。ミステリストの勝負方法を教えるわ」
「勝負方法とは?」
「エモ力の多い方が勝ちよ」
「分かりやすい! 子供向けです!」
「ダークエモ―ショナルエネルギー――略して「D」と戦う場合は互いの力を相殺し合うことになるけど、最終的にエネルギーが残っていた方が勝ちよ」
「くっ、死闘の予感です!」
「そこにおしゃれコーデバトル要素を付け足すことで、戦闘中の逆転要素を生み出すことが出来るわ。格安良品コスメやおしゃれアイテム探しも重要になってくるわね」
「なんだかおしゃれを極めるのが楽しくなりそうですね……!」
私は「ずっとこれがしたかった」とばかりに高揚する気持ちを抑えられなかった。
国が考えている魔法少女としての使命――怪人や悪人を合法的に退治できる公安特殊部隊としての役割はもう古い。
今はバカになるほど平和な時代で、何よりこの天津魔ヶ原のように、知名度のなさゆえに途絶えかけていた各地の伝統を受け継ぐためには、魔法少女はおしゃれで、最新のトレンドを作る側の存在にならなければならない。
「公共の正義執行人からの脱却こそ、魔法少女の進むべき魔導だったんだ……」
「いい感じのキャッチコピーだモルね」
「だよね。それ私たち結社サイドのイメージ戦略にそのまま使っちゃおうよ」
「さっそく広告を作って出すモル」
「わあ採用されちゃった……」
私の独り言が採用され、白背景に黒文字だけの広告でネットの海に流された。
「おしゃれコーデバトル・天津魔ヶ原編」と書かれたサイトに繋がるようだ。
「あとは表世界にいる人たちが裏世界に忍び込める方法があれば完成モル」
「やはり私の出番のようね」
「ハインリヒさん」
「裏世界に通じるポータルを作る方法はこれよ」
彼女がスマホで見せてくれたのは、彼女がルーズリーフ、割り箸、赤いインクペンを使って裏世界に通じる「窓」を作る動画だった。
「この動画をサイトに乗せなさい。観光目的でない人間の区別が付くようになるわ」
「そう言えば今の天津魔ヶ原は療養か観光以外での侵入はできませんでしたね」
「最初はこの方法だけで広めたかったけれど、開拓と開発を上手くアシストされちゃったものだから説明と登場が遅れたわ」
「どういう感じで区別が付くんですか?」
「それはこれから考えるわ」
「まあおしゃれコーデバトルをやりたい同好の士だから目立つか……」
「そういうことにしておきましょう」
「そうモルね」
「わあまた採用だ……」
裏世界への新たな侵入方法の開示と、おしゃれコーデバトルをやりたい人間への鉄の掟がサイトに追加された。
①おしゃれコーデバトルに混ざりたい人間は、観光客よりも目立つ服装をしていなければならない。
「ルールは実際にやりながら更新していきましょう」
「まだ手探りだモルからね」
「ねえねえ、もっと秘密の遊びっぽいとこから始めようよ」
「わあナターシャさん?」
「天使ちゃんもいるよ~」
元気を取り戻したナターシャさんと天使ちゃんさんまで参戦だ。
「高松学園都市って学生やコスプレイヤーさんが多いじゃん? そういう人たちの趣味の集まりとか、部活とかにそのサイトの情報を流した方が楽しいと思わない?」
「んん、噂の流し方ですか……」
急に考えさせられる。
するとハインリヒさんが手を挙げた。
「それはフリースクールの子供たちに任せて欲しい! 教えたがってるから!」
「じゃあそうするとして、その子たちがおしゃれに目覚める理由付けが――」
「もう、このファッションを見てわからない?」
「ハインリヒさんへの憧れで決定しましたね」
「あとは、夜見さんにマジスタのハッシュタグ機能で呟いてもらうモル?」
「私こと赤城ちゃんは仕掛け人なので呟くとして、夜見ちゃんが呟くと中等部一年組がノリノリでやって来ちゃうのが難点だね」
「ダメなんですか先輩?」
「先輩のおしゃれコーデバトル愛好家の血が抑えられなくなっちゃう」
「自分が世界で一番のお姫様だと思うのは女の子なら当たり前ですからね……」
何より先輩から私への愛が徐々に重く、湿っぽくなるので、中等部一年組の出番は慎重に考えなければならないようだ。ふむふむ。
「「「じー」」」
「……どうしてみんな私を見つめるんですか? 赤城先輩まで」
「前フリを強制されるのが嫌みたいだから、同調圧力で押そうと思って」
「分かりましたよライン超えます! 告知!」
ポケットに入れていたラストボードを取り出し、マジスタでハッシュタグ「#おしゃれコーデバトル」を呟いた。
すぐさま中等部一年組が食いつき、マジスタにて謎の解明が進められる。
彼女たちがここに合流するのもそう遠くないだろう。
赤城先輩は私の背中をポンポンと叩いてくれた。
「良くできました。じゃ、そろそろ仕上げに取りかかろっか」
「今度は何をするんですか?」
「ここ、天津魔ヶ原におしゃれバトル因習村を作る。おしゃれコーデバトルの聖地なんだから、おしゃれじゃない人には排他的な場所にしないとね」
「言語化すると?」
「おしゃれなくして得られるものなし、かな?」
「標語だモル」
「んーもっと根源的な努力に対するストイックさを表現した方がいいかも。続きは、ノーペインノーゲイン。痛みなくして得られるものなし。天津魔ヶ原分校の標語」
「天津魔ヶ原分校……なんの分校ですか?」
「忘れられて廃棄された学校でいいじゃん。裏世界の名もなき学校には旧時代的なルッキズムがあって、それは居住区に住むサキュバスたちの標語で、魔法少女が真に目指すべき姿を表す道標だった……」
「そういうことにしておくモル」
ダント氏によってカタカタっとサイトが更新され、おしゃれコーデバトル愛好家の集まるランドマークが生まれた。
ナターシャさんはポンと手を置く。
「よし、大方の設定は決まったから次は廃校そのものを作りに行くか」
「一般実務生への連絡は任せてちょうだい!」
走っていく魔女ハインリヒさん、少しずつ閲覧者が増えるおしゃれコーデバトルのサイト、憶測が憶測を呼び、謎が深まってトレンドになっていくマジスタ。
イベントの裏方ってこんな感じなんだなぁと私は緊張しながら、自分が何をできるかまったく分かっていないので、ラストボードをぎゅっと抱きしめ、行く末を静かに見守った。




