第216話 おじさん、ナターシャ流ブランディング論を学ぶ
会議が始まると、願叶さんが「では少し真面目な口調を変えます」と敬語になり、前置きを切り出した。
「まず、皆さんの尽力に感謝します。このプロジェクトは皆さん全員の協力があってこそのものです。特にライナちゃん、君の尽力は計り知れないものがあるよ。ありがとう」
周囲から拍手が起こり、私は少し恥ずかしそうに微笑んだ。
願叶さんが手を挙げて静かにしてから続ける。
「さて、食料の無限湧きどころの設置についてですが、技術的な問題は全て解決済みです。問題は場所と資源リソースの確保でしたが、リズール・アージェント氏の協力によって目処が立ちました。技術支援チームの主任、説明を」
「はい!」
技術支援チームの主任さんがマップを広げ、森を指差しながら説明を始めた。
「えー、この古代樹の森の中心部に適した場所があります。そこに食料生産系の魔法を組み込んだ一般工業魔法――エモーショナルクラフトを設置すれば、永久に食料・衣類・建材を供給できる仕組みが完成します。ただし、食料生産と設備の維持にかなりのエモ力を必要とします。そして食料生産系の魔法は、具現化系統の魔法でも神業の領域で、実在そのものが不確かです」
「その点についてはご安心を」
リズールさんが頷きながら言葉を挟んだ。
「無限のエモ力については我々ブラックマンデーが五十年前に生産し終えていて、食料生産の魔法は夜見ライナ様に創り上げてもらったモノを応用すれば可能です。彼女の第二の固有魔法「コーヒーブレイク」は、温度が65℃以上の物質を飲料系の回復アイテムに変換する力を持っています」
「だそうだ。ライナちゃん、できるかい?」
願叶さんに問いかけられる。
私は少し驚きつつも、自信を持って頷いた。
「できます! 私の魔法を使って、食料の無限湧きどころを設置しましょう!」
「よく言ってくれた! やるぞー!」
「「「おーっ!」」」
技術支援チームと一般実務生たちがマップを広げ、具体的な設置方法について議論が始まった。
決まると同時に願叶さんが再び前に立ち、皆に指示を出す。
「では、ライナちゃんはダントくんと第二の固有魔法「コーヒーブレイク」を分離する作業を行ってくれ。魔法を受け取った技術支援チームはエモーショナルクラフトを設置し、最終調整を。リズールさんと僕はバックアップと安全確認を担当します。いいですね?」
「「「はい!」」」
全員がそれぞれの役割に取り掛かり、私は聖獣モードのダント氏に身を任せた。
彼と手を合わせると昔懐かしのエモ玉が発生して、コーヒーブレイクが分離されていく感覚がする。
具体的に言うと苦手意識の消滅だ。
私はギフテッドアクセル以外の固有魔法を苦手としていたらしい。
最後はポウ、と効果音が出てテニスボールサイズのエモ玉ができた。
ダント氏はそれを全身で抱えて持つ。
「これがコーヒーブレイクのこもったエモ玉モル」
「わあ……」
「じゃあ渡しに行くモル」
「あ、はい。行ってらっしゃい!」
ダント氏が技術支援チームの元に飛んで行くと、暇を持て余していたナターシャさんが隣にやってきて、静かに言った。
「ここまでは私が仕組んだプラン通りだけどどう?」
「あはは、日本での魔法少女批判や社会問題が解決しそうですね。あとは……」
「裏世界の魔物については、まあ私の顔を立ててもらうよ。元女王だし」
「助かります」
「西園寺家の復興に関しても完了してる。今はプリティコスモスのスケジュールを抑えてでも裏世界に引き止めて、海外での影響力を拡大してる感じだね。二学期になったら梢千代市に帰すよ」
「月読学園はどうしましょう?」
「指揮長とか市議会ね。アレは目立ちたがり屋で金の亡者なだけだよ。天津魔ヶ原の利権をチラつかせたら秒でこっちになびいた。今は至福の事務作業中じゃないかな」
「流石ですナターシャさん」
「でしょ? 偶然にも香川に裏世界「天津魔ヶ原」という広大な土地が見つかったから、魔法の力で開拓して、無限の衣食住を保証しただけで反対勢力やテロリストは従順になりました。おしまい」
「わあすごい」
聞いているだけでも魔法というか、ナターシャさんを含めたブラックマンデーという秘密結社の規格外のヤバさが伝わってくるが、じゃあ魔法少女の存在意義ってなんなんだろうと疑問が浮かんだ。
「どうして魔法少女が必要なんだろうって考えたでしょ?」
「うえっ!?」
「そこからがビジネスなんだよ。独力で解決できると分かったんだから、親しい知り合いを巻き込んで協力プレーをする。自分だけ正確な場所とルートを知っているお宝のありかを教えて、一緒に苦労してゴールまで導いてあげたら相手はどう思う?」
「め、めちゃくちゃ嬉しいです!」
「でしょ? さらに言えば、いざゴールについたら自分は微々たる報酬――コイン一枚だけ貰って、他は仲間で山分けさせる。するとびっくりするぐらい懐いてきて、美味しい話だけど独力での解決ができない話を明かしてくれるんだ。これがナターシャさん流の立身出世術と人心掌握術ね」
「す、すごい……!」
私はナターシャさんを組織の長たらしめる本当のカリスマ性を知り、脳や全身が弾け飛んだかようなワクワクというか、興奮を覚えてついニヤけた。
「ひゅ、どうしてそんなことが分かるようになったんですか!?」
「金銭関係よりも強い絆は存在しないと分かっているからだよ。声のデカい富裕層は無償の絆や愛の物語を素晴らしいものだと叫んで、なまじ影響力があるからスタンダードになってるけど、現実は日銭を稼ぐだけでも必死な人間が社会を支えてるんだ。だから兎にも角にも金。人は自分の苦難だらけの人生に見合った正当な報酬を与えてくれる人間に懐く。愛や友情はその中で生まれるものだ」
「すごい話を聞けました! じゃあ――」
「話を戻すね。仲間を集めたら、次は競合他社の育成にも目を向けなきゃいけない」
「競合他社の育成にも!? 敵を!?」
「当たり前でしょ。独占市場は儲かるけどシェアは広がらない。ゼロから一を生み出すような敏腕創業者や技術者は最初の半年で役目を終える。なんなら技術や仕組みを生み出したその日以上の役割はない。一の技術を十や百に増やしてくれる人間や企業を探して呼び込むのがマーケティングなんだ。それが競合他社であるべき」
「技術者って使い捨てなんですか!?」
「うん。だから新たなアイデアや作品を生み出し続けることを求められる。でも肉体や才能は衰えるから、最終的にひたすらインプットとアウトプットを繰り返す超人ギークや、そういうギークをまとめ上げる人心掌握術に長けたソシオパスだけが生き残るんだ」
「そ、そうなんですか……!」
私がうだつが上がらない社畜だったのは、前者だったからなのか。
「プリティコスモス、今の話こそ自分の人生が上手く行かなかった理由だったと納得しようとするなよ? 納得は堕落だ。心の成長を阻害するから二度と考えるな」
「ひええ心が読まれてます……!」
「お前は昔の私とそっくりなもんでね。で、競合他社の育て方に戻るけど」
「ひゃはい!」
「絶対に勝てない相手と、工夫すれば勝てるかもしれない相手がいるとしたら、お前以下の普通の人間はどちらに勝負を挑むと思う?」
「こ、後者一択です」
「競合他社はそういう思考だ。同じ土俵で勝負しても勝ち目がないから、なんとか勝とうとして工夫をこらすし、お前とは別の市場を獲得して成長しようとする。だけどもだ。もし――運命のいたずらでお前の調子が悪くなった場合はどうすると思う?」
「シェアを奪おうと勝負を仕掛けます!」
「そう。普段なら勝ち目がない相手だけど、調子が悪い今なら勝てるかもしれないと相手は油断して勝負を仕掛けてくる。これはピンチであり、チャンスだ」
「絶体絶命のピンチには逆転の一手がありますもんね!」
「そうそう。ここまで説明したけど、自分の状況に心当たりは?」
「わ、私の状況……? ええと」
急に話を振られて言葉に詰まってしまう。
私は可愛くてカッコよくて強いから、怪人に勝って当然で、色んな人にモテるし、魔法少女ランキング一位をキープできている。つまりは一人独占企業だ。
そこでハッと気づいた。
「もしかして私――魔法少女プリティコスモスという独占市場を解放すればいいんですか!? 具体的に言うと私一強になっている今のランキング状況を!」
「結論が出たね。次はどうすれば一強が終わるか説明できる?」
「は、はい! ナターシャさんの解説どおりに行くなら、私は、ええと、この裏世界「天津魔ヶ原」で強制敗北イベントを経験しています! だからランキング一位から転げ落ちてしまうような弱体化を受けた状態で戦わないといけません!」
「いいね。思考が冴えてきた。どういう弱体化がベストな選択か分かる?」
「ど、どういう弱体化がベストな選択? どういう……」
また考えさせられる。
「封戸の毒の食事禁止は普通に死ねるから違うし、戦闘センスや剣の腕前が下げる? いや弱体化しすぎ……打倒なラインはエモ力の低下とかですか?」
「初めて正解を導き出せたじゃん。正しい論理的思考方法を教えるなら、自分が有名になったきっかけに対するデバフをすればいい」
「おおおお!?」
「で、質問。プリティコスモスが話題になったきっかけと言えば?」
「聖ソレイユ女学院の入学式で歴代最高値を記録した魔力テスト!」
「そう。5000エモという数値はまず破られることはない。じゃあ安定して出せるのかと問われて、本当は出せるけど、リップサービスで「実は違います、偶然です」と言ったら、競合他社はもうテンションMAXでしょ?」
「勝てると思っちゃいます!」
「さらにお前の人気を後押ししている要因として、血筋も家柄もまったく知られていない異才というミステリアスさが大部分を占めてる。言わばポッと出の最強一般人枠。どういうブランディングをすればいいか分かる?」
「ピンチの時以外は常に一般人並みのエモ力に抑える!」
「よくできました。ここまで分かりやすい環境が整っている上で、そういうブランディングを拒む理由はなんだったの?」
「私がマーケティングのマの字も知らない社会の歯車だったからです!」
「貧困って怖いね。では早速だけど、エモ力の下げ方をお前に教える。ついてきな」
「はいナターシャ先生!」
「先生呼びはやだ。あだ名で呼んでほしい」
「な、ナターシャだから、な、なっちゃんでいいですか!?」
「その調子。骨が折れるねー」
ビジネスやマーケティング方法についてもっとしっかり学ぶべきだと思ったので、私はナターシャさんについていくことにした。
存在しない尻尾をぱたぱたさせる感覚でついていく。




