第214話 おじさん、ラストボードを受け取る
「じゃあアリス先生、一緒に」
「……嬉しい申し出ですが、それは出来ないことなのですライナ様。私がともに歩むと、あなたの物語を邪魔してしまうのです。代わりにこれを与えます」
アスモデウスは私の左手薬指に付けている銀色の指輪「パッショントーカー」に触る。するとフルール・ド・リス――アヤメの花を様式化した意匠が刻まれた。
「これは?」
「霊障からあなたを守るのが先ほどの守護霊なら、指輪に刻んだ模様は私。アリス・アージェント自身による庇護を示します。全てが終わったその日に、普通の日常を分かち合う世界があらんことを」
ちゅっ。
「わ」
「あなたという一輪の花が咲き誇る日を待っていますよ」
彼女は隙ありとばかりに私の首筋にキスをした。
くすくすと手で口元を隠しながら笑い、龍神の泉の側に戻る。
私が無言で首筋を撫でていると、ナターシャさんは興味を示した。
「例の特級呪物が進化した感じ?」
「あはは……十年前の私はものすごく女の子に好かれやすい体質みたいです」
「モテるね。まあそういうのはさておいて、ラストボード受け取ろうか」
「ですね。ヒトミちゃん」
「ひゃはい!」
全員で龍神の泉の近くにあるクリスタルの台座に触れる。
すると発光。私たちはスケルトン素材で出来たスマホ?を手に入れた。
「これがラストボード……」
「ところでここに霊魂の欠片があります」
「わあ」
「これをこう」
ナターシャさんが霊魂の欠片をスマホに当てると、とぷんと吸収された。
画面に無色+1と表示される。
マジックミサイルのダメージを一発分追加する効果があるらしい。
「強いですね」
「ナターシャさんは無色デッキで攻めるか」
「どうやって数を揃えますか?」
「んー、まずは自分たちの心配をしたほうが良い。私はヒキガエルがいるから」
「そ、そうでしたね」
そう言えば彼女はすでに霊魂の欠片を量産し終えていたんだった。
霊魂の欠片の詰まった巾着を思い出す。
「フェザーに乗せてくれるならレアドロップを確定させる役をするよ」
「ねえフェザー? いい?」
「ピウ」
まかせろとばかりにフェザーはナターシャさんを背中に乗せた。
さらに私とヒトミちゃんを乗せ、さらに北に向かって飛び立つ。
到着先は下層から中層に登れる丘がある場所。すでに一般実務生たちが拠点構築を終えていて、大蛙やナマズなどの魔物狩りを始めていた。健司さんと再会する。
「プリティコスモスさん、アリス先生を抑えてくれて助かりました。感謝です」
「いえいえ。健司さんたちも上を目指してるんですか?」
「はい。ハインリヒさん絡みの騒動は終わりましたが、早く上層に向かって天津甕星を倒さないと。封戸の毒が振ってきたら下層はおしまいです」
「使命感が強いんだ……」
「そりゃあ救える人を見殺しには出来ないじゃないですか。俺たちは手段として暴力を選んでいるだけで、法や秩序を軽視するアウトローではないです」
「ち、秩序のための正義なんですか!?」
「まあそうですが……なんすかその嬉しそうな顔」
「あ、あの、私! ずっとそういうのに憧れてました! 握手して下さい!」
「え? ああ、はい」
戸惑う健司と強く握手し、喜びを噛みしめる。
「月読学園に正義の味方がいてよかった……!」
「なんで手厚いファンサを受けてるんですかね俺」
「あの! 私が正義を執行するにはどうすればいいでしょうか!?」
「あー……」
彼は困った顔で後ろを向き、上級実務の藤木戸優作さんを見た。
テーブルをトントンと叩かれたので全員再集合だ。
「健司。仕事の時間だ」
「はーい吟遊GMやりまーす! プリティコスモスさんも良かったらどうぞ」
「ぜひ!」
実務生たちの拠点に集まる。
仮設テントには三津裏くんと万羽ちゃんも移動してきていた。
「あ、二人がいるー」
「イエーイだぜ」
「おいこら。基本的に居ないモノとして扱えよ。指揮で忙しいんだ僕は」
「でも気になるじゃないですかー。友情は大事ですよ?」
「だからちゃんと役割分担してるんだろ? ほらキャンペーンに行った行った」
「はーい」
三津裏くんが塩対応なので即興キャンペーンに参加する。
GM役の健司さんは地図を見ながら腕を組んで唸っていた。
「上級実務、次は何を目印にキャンペーン組めばいいんでしょうかね?」
「情報不足だよね。強行偵察しようにも、見て分かるようなシンボルがないと」
「ならここなんてどうですか? 中層。御荷鉾っていう古代日本の神殿がありますよ」
「「!?」」
私が地図の中腹を指差すと、彼らは目を見開いた。
「プリティコスモスさんには一体何が見えてるんですか?」
「ど、どんなアイデアロールに成功を?」
「霊験あらたかな数珠のおかげで」
「「なるほど」」
それでおおよそのことを理解し、納得してくれる。
良く分からないが数珠見せで裏世界「天津魔ヶ原」に詳しいと伝わるのだ。
健司は地図の中腹にバッテン印を書き、私を見つめる。
「念のために聞きますが、神殿の存在はたしかなんですよね?」
「目印が見つかるまで帰れない可能性を考慮してほしい」
「ああ、それなら先にサウナルームを建設した方がいいと思います。願叶さんから聞いてませんか? 温泉の湯を使った蒸しサウナで浄化拠点をなんとか、とか」
「そっちはまた別口のチームが動いてますよ。俺たちは封戸の毒沼まみれの中層を踏破する方法を考える必要があります。いい案があれば募集します」
「お姉さま。魔法少女なら感情昇華とやらで毒を浄化できましたよね?」
「実は出来ます」
「ええと、なんですかそれは?」
「ネタバレになりますが――」
私はブルーセントーリアが行った攻略方法を開示する。
彼らは当然の反応を示した。
「……封戸の毒沼の上で狂ったように戦い続ければ、毒が浄化できる?」
「歩き巫女たちのシャーマニズム精神を表現した意欲的な作品だね。今の世なら好まれそうだ」
「今ではめっきり聞かないのですが、コアな界隈では和製死にゲーを実写映像化したようなやつと言われていました」
「お姉さま。ヒトミは行けます」
「一人にはさせませんよ」
「うっわすっげえカッコいい……」
覚悟の決まったコメントを残すと、健司さんは感嘆の声を漏らした。
とりあえず今は試運転として魔物討伐に参加することを伝えると、彼らは了承し、最大限のサポートをすると言ってくれた。
十年前、実時間では数日前に水没させてから触っていないマジカルステッキの無事を確認したあと、ヒトミちゃんとともに魔物を探して丘を登り始める。




