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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
フィールドワーク.3『裏世界「天津魔ヶ原」探索 ~西園寺家を再興するまで終われません~』
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第213話 おじさん、アリス先生を調伏する

 魔法犯罪者たちは、アリス先生ことアスモデウスにそれぞれが独自に作り上げたのか、霊魂の欠片で出来た透明な造花を差し出していた。

 フェザーから降りた私たちは少し遠巻きに様子をうかがう。


「俺と付き合って下さい!」

「生まれた時から大好きです!」

「あらあら。うふふ」


 アスモデウスがまんざらでもない態度なのが驚きだ。

 ふと私に気づいた彼女は、適当に指差した犯罪者の一本の造花を手に取った。


「フー……」


 彼女が息を吹きかけると造花は生命に変わり、犯罪者の元に戻る。

 なぜ「生命」と言ったかと言うと、私にはそうとしか認識できないからだ。

 名状しがたき生命を受け取った犯罪者は、喜びながら顔にくっつけ、自らに寄生させた。

 ドクンドクンと脈打つ肉繭に変わったかと思うと、しばらくして肉繭を突き破り、コウモリの翼と悪魔の角を持った美女――全裸のサキュバスに生まれ変わる。

 出てきた元犯罪者のサキュバスは可愛らしい産声を上げた。


「えへへしあわせぇ」

「幸せそうで良かった」

「良くなくないですよナターシャさん」

「でもそういう風に流さないと頭おかしくなるじゃん」

「たしかにそうですね……」


「「「あっあっあ」」」

 グジャァッ――グジュグジュ――

 魔法犯罪者たちは連鎖的に寄生→肉繭→サキュバスと変化していき、あっという間に全裸痴女軍団に変わり、ナターシャさんは「悪魔えっぐ」と私の手を握った。


「サキュバスクイーンの眷属化が終わったっぽいね。サキュバスなんて接触すればまずロクなことにならないのに、プリティコスモスはなんで止めないの?」

「まあ幸せならいいかと思って……他人が自ら望んで得たのなら、その邪魔をしてまで正義を貫く過激さはないんですよね」

「「「す、素敵すぎる……ッ!」」」


 私の一声でサキュバス化した魔法犯罪者たちは倒された。

 崩れ落ちた彼女たちは吐息が甘かったり、瞳にハートが浮かんでいたりしている。

 せめて服を着て欲しい。

 するとアスモデウスがこちらを向いた。


「フフ、一言で私の手駒を倒すなんて。流石はライナ様です」

「彼らを使ってどうするつもりなんですか?」

色魔(サキュバス)ですよ? 彼女のいない非モテ男性の元に送り込んで死ぬまでご奉仕させます。相手の出世や独立を助け、孫に囲まれて老衰で死ぬまで」

「一般的に言われる幸福な人生を送らせるだけじゃないですか……」

色魔サキュバスの寿命は最低でも九百万年。修行すれば倍々に伸びます。ゆえに自らが好む生命の因子を繁殖させることが我々の長い余生を幸福にするのです。だから人類は色欲に身を任せればいい。そう思いませんか?」

「少なくとも少子高齢化が著しいのでそう思いますね……」

「やっと受け入れていただけました。アリスはとても嬉しく思います」

「とりあえず彼女たちに服を着させて下さい」

「かしこまりました」


 彼女が指を鳴らすと、黒い蝶ネクタイを付けた触手とドレスルームが召喚され、その触手氏がお辞儀をする。


「魔界の女王アスモデウスがお見苦しいところをお見せしました」

「ああ、いえいえ」


 魔界の女王なんだ……

 触手は地面に倒れている元犯罪者のサキュバスたちを回収していった。

 そこでアスモデウスが問う。


「ライナ様。最近の男性が好むファッションはどんなものだと思いますか?」

「普通……」


 だと伝わらないな。


「下着を付けて、四季に合わせた露出の少ない服を着るといいと思います」

「それがこの世界での普通なのですね。ありがとうございます。では、お礼を」

「わあ」


 パチン。

 アスモデウスは指パッチンだけで見える範囲の封戸の毒を浄化し、さらなる探索が出来るようにしてくれた。毒が消えたとたんに地面から草木が芽吹き始める。


「最下層に満ちた封戸の毒は魔法で浄化しました」

「具体的な方法は」

「私がこの噴水の近くにいた意味を考えて下さい」

「ああ感情昇華か」


 感情昇華とは。

 感情発露によって消費したエモ力を再回復する技法。

 主に集中力が高まったゾーン状態の時や、遺伝由来の過集中によって発動する。

 周囲の毒気や悪意を浄化し、自らのモチベーションに変えてエモ力にするのだ。

 魔法少女ブルーセントーリアはこの技法を駆使して封戸の毒を浄化した。


「感情昇華って何?」

「集中力が最高になった魔法少女が発揮する毒を浄化する力ですよナターシャさん」

「へえー覚えた」


 アスモデウスにとっても、犯罪者たちのサキュバス化はそれほど集中が必要だし、大量のエモ力を消費する行動なのだろう。覚えた。ナターシャさんの真似。


「あのー」


 背後から間延びした男子高校生の声。

 振り向くと一般実務生を引き連れた健司さんだった。

 大量の木材や鉄骨などをトラックに積んでいる。


「プリティコスモスさん。ひとまず、その人との戦闘はなしでいい感じで?」

「ああ、まあ、はい。アリス先生との戦闘は終わったと思います」

「じゃあ新しい居住区の建設を行うんで隣通ります」

「どうぞ」


 噴水近くまで下がり、一般実務生の通行を見守る。

 ふとアリス先生を見ると彼女は涙を流していた。


「フフ、封印されてから二千年弱。やっと私たち賢人の生存圏を取り戻しました」

「悪魔って賢人なんですか?」

「ええ。悪魔、魔女、サキュバス、夢魔など。賢人とは、表の世界では存在自体が罪だと言われた者、存在してはならない者として扱われてきた者たちです。現代では社会貢献活動を行うことでしか生存を許されておらず、繁殖も禁じられていました」

「清濁併せ呑むことも重要なんだ……」


 善と悪が逆転した世界でなければ救えない命もあるのか。

 だったら、お前のような極悪人には任せていられないなと天の星を見上げた。

 悪に悪のカリスマが必要だと言うなら、理知的な王の方が良い。

 特に下層に毒を撒いて人が住めない環境を作るヤツは器じゃない。愚王だ。

 するとナターシャさんが腕を引く。


「んー、いいこと考えた。プリティコスモス、ちょっといい?」

「また十年待機とかですか?」

「そういう感じ。今回はこのボタンね」

「あ、はい」


 渡されたのは青いボタン。

 押すと、あっという間に十年経過する様子が見えて、すぐに元の世界に戻った。

 目の前には新築一軒家に住むサキュバスと、鍛えているのか細マッチョの男性たちが仲良く暮らす世界が広がっていた。子供たちを抱えて幸せそう。


「今度はタイムスリップとかはないんだ……」

「ま、お互いに十年後の世界を認識してるからね。認知すれば現在を上書きできる」

「ナターシャさんってすごいなぁ」

「もっと褒めてくれていいよ?」


 褒めて欲しそうだったので、頭を撫でてあげた。ムフーと喜んで可愛い。


「じゃあアリス先生、いやアスモデウスだっけ? 次の道しるべを教えて欲しい」

「ああ! つい感極まって自らの使命を忘れるところでした。こちらへ」


 アスモデウスが案内してくれたのは、セーブポイントのようなクリスタルの台座。


「ではこれより、ラストボードの設定を開示します」

「ラストボード」

「欲望の板と書いてラストボードです」

「略して欲望度(ボード)ってことだね」


 上手いことを言ったナターシャさんはドヤったので、私が頭を撫でておいた。

 困って目をぱちくりしていたアスモデウスには私が対応する。


「彼女のことは気にしないで下さい。ラストボードってなんですか?」

「ああ、はい。こちらのクリスタルの台座……もしかして私の使命にダジャレを仕込まれましたか?」

「続けて?」

「むうー! クリスタルの台座に触れると霊魂の欠片を電子保存できるスマホが出ます! 霊魂の欠片は封戸の毒に染まると七彩魔法セブンスカラーの色に応じた能力が強化されます! 龍神の泉の水で浄化すると色が固定できます! 最大枚数は六十枚! デメリットとメリットを上手く組み合わせて最強のデッキを組んで下さい! 以上ですっ!」


 言い切ったアスモデウスはむくれる。

 ダジャレが気に食わなかったのだろうか。


「そういう意図で名付けたわけじゃありませんっ!」


 ああ、無自覚にダジャレだったパターンか。

 たまにあるからね、あははと心の中で同情しつつ、アスモデウスを抱きしめた。

 彼女は不意をつかれて驚いて戸惑う。


「ななな何をなされるんですかライナ様!?」

「いやー、なんかもう性欲が我慢できなくなって」

『悪魔、ライナの伴侶になる。幸せ』

「なんなのですかその悪霊は!?」


 菜々子ではない謎の骸骨のような巨大悪霊が取り付き、私を操作していた。

 全身に沢山の糸が絡まって自由に身動きが取れない。


「ナターシャさん頼みます」

「了解。菜々子!」

『私のお姫様(ライナ)をいじめるなァァ――ッ!』


 ナターシャさんの方から飛び出て、ガシッと巨大悪霊の首を掴んだのは、それよりさらに巨大な超特級守護霊になった菜々子。

 彼女はピンク色の星空のようなエモ力で全身をかたどられていて、紫髪縦ロール以外のお嬢様要素がなくなってしまったようだ。

 自身を超える膨大な霊力に、悪霊はぽつりと呟いた。


『この女悪魔、優秀――』

『お前ライナいじめた! 選択の自由ない! 死!』

『ギャアアア――……!』


 菜々子が相手の首を締め付けると、謎の巨大悪霊の全身がひび割れて崩れ、黄金のエモ力になって浄化された。それを菜々子がひとつ残らず吸い尽くす。

 ドンと容積を増やし、またひとつ強くなったようだ。

 それを見たアスモデウスはへにゃへにゃと腰が抜けてしまう。


「ひ、ひえ……人が神を食い殺しました……」

「そう言えば聞いてませんでしたね」


 私はアスモデウスを抱きしめたまま、上目遣いに尋ねた。


「いつになったら私のメイドになってくれるんですか?」

「降参します……た、食べないで」

「服従の印がないとなぁ」

「わ、わん……」


 アスモデウスは服従の証として仰向けになった。

 そこに菜々子が手を伸ばし、首にピンク色の首輪を付けた。

 主従が決定した瞬間である。

 アスモデウスは菜々子の所有物となり、同時に私たちの物となった。

 しかし彼女は思ったよりも晴れやかな顔で笑っていた。


「はあー……結局戦うこともなく負けてしまいました。ですがなんとも心地良い」

「首輪付きになったのに?」

「ええ。結局のところ大罪の悪魔の名など、地獄などという世界の辺境で暴れていた頃の名残。現世では人を無意味に怖がらせる以上の役には立ちませんでした」

「そうか、アリス先生は普通の人に戻りたかったんですね」

「……そういうことになります。とどのつまり、私は心のどこかで悪魔を辞めたがっていた。しかし神に反旗を翻した身、もう後戻りは出来ないと、孤独と重責を一人で堪えていただけです」

「あなたはよく頑張りました。よしよし」

「ライナ様……っ」


 頭を撫でてあげると、彼女は顔を抑えて号泣する。

 堪えきれなくなった全てを吐き出すように私に抱きつき、甘えてきた。

 沢山甘やかしてあげると、自然と仲が深まり、冷酷な悪魔ではなく人の心を持った長生きなだけの人間だと分かり、彼女を心から愛せた。


 アスモデウス――改め、アリス・アージェントが仲間に加わった。

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