第210話 おじさん、即興キャンペーン「魔女ハインリヒの霊魂探索」を始める③
とはいえ今の仕事は拠点構築がメインなので、天津魔ヶ原の探索計画を組むにしてはあまりにも情報不足だ。
だから偵察方法や先遣隊をどうするかを話し合うことから始めた。
すると「それめんどい」とばかりに赤城先輩と猪飼さんが手を挙げる。
「はい。赤城ちゃんにいい考えがあります」
「あー、どうぞ」
今回の現場を取りまとめる健司さんが話を聞く。
「アイデアがあるならなんでも受け入れます」
「私と猪飼さんは魔法犯罪刑務所の看守業をやっています。そんな私たちが悪とされる裏世界では彼らは無罪なので、恩赦を出します」
「やってください。ハインリヒさんの霊魂が見つかるなら何でもいいです」
「じゃあ保護観察処分も付けておこう。主に配信業だ。彼らが外貨や日本円を稼ぐ手段にもなるだろうし、天津甕星を目指して潰し合ってくれれば御の字だ」
「お二方、流石です。実行してください」
「「了解」」
先輩は高そうな木箱を、猪飼さんはハムスターのケージのような入れ物をどこからともなく出し、古代樹の森の外に黒いチェス駒を全てばら撒いた。
見たことのない大勢のチンピラやら学生やら、さらには見覚えのある斬鬼丸さんやリズールさん、フェレルナ―デさんが解放され、あたりを見渡し始める。
「急にどうした?」
「ここは……外?」
『はい皆さんちゅうもーく!』
「「「!?」」」
赤城先輩はどこからかメガホンを取り出した。
『ここは香川裏世界、天津魔ヶ原です。天津甕星というヤツが悪人サイドの正義の味方として君臨している、正義と悪が逆転している世界です。私たち正義サイドは罪人なので木こりや建設などの刑務作業をさせられますが、悪いことをしたあなた達はこの世界では無実になるので、何をしても許されます。つまりは恩赦です』
「恩赦……!?」
「魔法刑務所にはそんなシステムがあるのか……!?」
『ただ、日本政府サイドとしては表に現れた時に困るので、保護観察処置として一ヶ月の配信業を義務付けます。頑張って外貨や日本円を稼いで下さい』
「「「うおおおお―――――ッ!」」」
とりあえず自由を与えられた犯罪者たちは喜びの雄叫びを上げ、赤城先輩と猪飼さんから配信機材や押収品を受け取り、天津魔ヶ原の探索に向かった。
ほんの数人――ブラックマンデーのメンバーである西洋甲冑精霊の斬鬼丸さん、メイド服姿のリズールさん、銀髪蒼眼の美幼女ことナターシャさんだけがこの場に残る。
ナターシャさんは一言だけ聞いた。
「ラズライトムーン、マジで何してもいいの?」
「天津魔ヶ原では私たちが悪なのでお好きにどうぞ」
「じゃあ……自分の拠点でも作るか」
そう言ってナターシャさんは歩いていく。
リズールさんはどちらについて行こうか迷ったのち、私たちの元に残った。
斬鬼丸さんはその場で座禅し始めた。
ハインリヒな私は先輩に尋ねた。
「先輩、ギスッてます?」
「魔法少女試験の科目として片付けたけど、ガチで組織解散の危機だったからね」
「ええと、ナターシャさんはフェレルナ―デさんではないんですよね?」
「今の夜見ちゃんがやってるようなことをされてたのが幼女ナターシャさんなの」
「禍根が深すぎる……」
先輩曰く、リズールさんはナターシャさんに一途であったが、ナターシャさんが魔王フェレルナ―デを名乗り始めた時には別人に乗っ取られていた。
それに半世紀も気づかないまま過ごしてしまい、リズールさんは不満が溜まってクーデターや国家転覆などやらかそうとしたものだから、当然ナターシャさんとの関係はぎくしゃくするし、斬鬼丸さんは不服とばかりに居座るのも当然か。
すると健司さんが私たちの肩を叩いた。
「あのー、そろそろ仮設テントに戻りたいんですけどいいですか」
「分かりましたけど……」
「俺たちが関わるとして、ハインリヒさん幽体離脱事件が解決に近づきますか?」
「まったく繋がりが見えませんね」
「そういうことっすよ。釈放はしたので彼らの自由意志を尊重しましょう」
「は、はい」
ハインリヒ捜索メンバーで仮設テントに戻ると、リズールさんが後を付いてくる。
木陰に隠れてこちらを覗いていた。
全員でテーブルを囲んだところで私は我慢できなくなり、本心を吐露する。
「リズールさんには優しくしてあげたいんですよ。あの人は利用されただけですし」
「同情する理由を説明して欲しいぜ」
「実は――」
魔法少女試験で明かされた、彼女の百五十年に渡るダークライとの因縁の旅路を話すと、全員が涙を流した。
「な、なんてむごい……ひどい話だぜ……」
「救世の女傑に与えられた結末か? これが」
「急に魔法少女ファントムスノウとダークライとかいうクソカス共が許せなくなった……まあ犯罪者だからこの裏世界では正義なんだろうけどさ……」
そうだそうだと天で輝く北極星を眺めると、黒く濁っていた。
上で何が起こっているかは知らないが、同情の余地がない犯罪者の存在を知ってビビったのだろうか。まあ、責任を取るのは私に勝った彼らなので知らない。
そこで急にまとめ役の健司さんがごほんと咳払いをした。
「あの、話の軸がズレてます。彼らはただの先遣偵察部隊なので、俺らは俺らで偵察しなきゃいけない。ハインリヒさんの霊魂捜索についての話題に戻って下さい」
「ああそれなら、ハインリヒさんのお知り合いの方からこんな物を貰いました」
ようやく取り出せたのが透明なガラス状の物体――霊魂の欠片。
「それはなんですか?」
「霊魂の欠片というマジックアイテムです。肉体に魂が入っていない人間が持つと、自然と魂に向かって引き寄せられる作用を持ちます」
「お、いい情報ですね! どこに向かって引き寄せられてますか!?」
「あー、言ってもいいですか? 赤城先輩と、猪飼さん」
赤城先輩や猪飼さんを見ると、赤城先輩は眉をひそめた。
「え、どういうこと?」
「実は最初に引き寄せられたのが猪飼さんなんです」
「うわー……」
「おいコラ」
健司さんが容赦なく二人の胸ぐらを掴みにかかる。
彼の手や眉間には青筋が浮かんでいた。
「……お前らがやったのか?」
「ヤバい、選択ミスった」
「はは、まあそういうことになる」
「動機は? どうやったら取り戻せる?」
「アリス先生の意向だ。霊魂の欠片を四つ集めればハインリヒさんの魂の欠片と交換できる。その欠片を四つ集めれば無事に元通りさ」
「集め方は?」
「裏世界の魔物を倒すと前者を入手できる。ボス級の魔物なら一つは確定で入手だ」
「つまりボスを十六体倒せってことっすねー、了解」
健司さんは深々とため息をつき、手を離した。
彼は急に私――夜見ライナを見る。
「これと付き合うの考え直した方がいいっすよプリティコスモスさん」
「あ、はい、夜見ライナです。まあでも、そうかも知れないですね……」
赤城先輩を眺めるとしょぼんとされていたので、しばし反省を促す。
すると猪飼さんが待ってくれと言った。
「天津甕星の善悪判定を忘れていないか? そういう善人仕草や人としての正しさがここでは悪人扱いされるんだ。ここで俺達に味方すれば犯罪幇助になって自由度が増すと思う」
「あー、そうなると分かった上での犯行ってことなんですか?」
「そうだ。実際に手を汚すのは俺たち大人でいい。君たちは騙されていてくれ」
「なら騙されておくか……」
まとめ役の健司さんが騙されることに決めたので、全員で犯罪に加担することにする。ただ赤城先輩は「ごめん立場的に無理」と嫌がったので、代わりに夜見ライナ終身刑を施し、夜見ライナとして行動する時の私を補佐させる。
結果的に彼女は夜見ライナとラブラブスローライフするだけの日々を手に入れた。
「完璧に目論見通りじゃないですか……」
「テレポートでお手伝いするから無職じゃないもん」
まあ戦闘に参加しないで欲しいとお願いしたのは私だし、許すか……
「夜見ちゃん好き好き~ちゅっちゅ」
「もう、やめてください先輩……」
「ネイル手入れして~?」
「しょうがないですね……」
私と先輩のイチャイチャを間近で見せつけられるハインリヒ(私)。
こんなにバカップルだったのか。
恥ずかしくて顔を抑えると、ヒトミちゃんがポンと肩を叩いた。
「お姉さまはご立派でございます。恵姉さまをあんなにも甘やかすなど、ヒトミたち赤城家は感服の気持ちでいっぱいです」
「あはは、フォローありがとうございます。それよりフェザーを見てませんか?」
「逃げました。野生化していると思われます」
「誰かに倒される前にテイムしないとなぁ……」
「それとお姉さま、口調を女性っぽいタメ口に変えてくださいませんか? 普段のハインリヒさんらしくないと子供たちが不思議がってました」
「ほんとです……んんっ、ホント? 気をつけるわね」
慣れないけど、頑張って慣れだ。
私はハインリヒ。夜見ライナではないのだから、口調も変えないと。
よし、心中の没入感も変わってきた気がする。
「健司。いいかしら」
「は、はい!? 急に魂でも戻られましたか!?」
……あ、そういうことにしておくか。話が早い。
「ええ、今は霊魂の欠片を通じて会話をしているわ。あなたが主導して魔物討伐に行かないとバラバラのままよ。まとめ役として討伐メンバーを集めなさい」
「ういっす! みんな! ハインリヒさんの意識が霊魂の欠片を通じて戻られました! これから欠片集めのための魔物討伐に行くんで立候補お願いします!」
嘘をついてしまったが、結果的に全員の士気が上がったのでヨシ。
ハインリヒこと私を中心に、久世原健司と藤木戸優作、ヒトミと数名の一般実務生が討伐メンバーに加わった。
万羽と猪飼には偵察と大霊鳥フェザーの再捕獲を任せ、三津裏から撤退要員としての指示をもらったダント氏を肩に乗せて、天津魔ヶ原の草原エリアに出る。




