第208話 おじさん、即興キャンペーン「魔女ハインリヒの霊魂探索」を始める①
古代樹の森に到着すると、たんまりと金銀財宝を乗せた軽トラックを見かけた。
不思議に思って運転手らしき一般実務生に話しかける。
「あの、おはようございます実務生さん」
「ああどうもですプリティコスモスさん。お世話になってます」
「昨晩はありがとうございました」
「いえいえ」
形式的な挨拶を終え、本題に入った。
「ところで、そのトラックの荷物は?」
「ああ、これですか? 願叶さんからの香川へのふるさと納税です」
「ふるさと納税」
「ほら、裏世界探索がブームじゃないですか。それに乗じてこの裏世界に財産を隠して、これから数十年、百年後まで潤うようにしてるんです。金脈作りですね」
「マネーロンダリングだ……」
「お金は使われないと経済を回せないのですお姉さま」
「国民のほとんどが貯金するようになった国は早くに滅びるんですよ」
「わあ美徳が全否定されてる」
「貧乏人と金持ちの美徳は違うんですよ。金持ちの美徳は散財。特に確実に持たざるものである若年層に財宝を与えると経済が回って社会情勢が良くなります。逆に面倒だからと寄付だよりにする金持ちは死んだほうがいい金持ちです」
「一般事務生さんはお金持ちに恨みでもあるんですか?」
「まあ、数十年前の彼らの蓄財テクニックのせいで被害を被っていますから」
どういうことだろう?
本当に分からなくて首をかしげる。
「念のために聞きますがミステリウムはお持ちですよね?」
「あ、はい」
ポケットから取り出すと、彼は軽トラックの荷台から適当なブレスレットを取り、魔法で融合して数珠に作り変えてくれた。ポンと手渡される。
「肌身離さず付けておいて下さい。困ったら数珠を握りしめて」
「ど、どうもです。あなたは何者ですか?」
「きっと未来のどこかで物語として紡がれる者です。では仕事に戻ります」
彼はそう言って仕事に戻ってしまった。
何者なんだろう。
「謎の事務生さん、修了式で顔見せした権力者さんみたいな言い回しをされます」
「俳優業界におけるスター・システムのようなものですよお姉さま」
「人気俳優が他作品に登場するのは当然か……」
私はもう一人じゃない。
きっと重荷を分けたことで彼らにも活躍する機会が与えられたのだ。
だから何でもかんでもやろうとせず、私がやるべきメインクエストだけをこなせばいい、と握りしめた数珠ミステリウムが教えてくれた。
だとしたら、木こりやサウナルーム設置の指揮をやっている場合じゃないな。
「ヒトミちゃん、活動方針を変えます」
「どうされますか!?」
「広大な天津魔ヶ原の探索です。彼らのお手伝いではなく、私の仕事を優先します」
「お姉さま、ヒトミたちはみんなの側で応援してあげるだけでいいと思いますよ?」
「それだとただの置物じゃないですか!」
「前線の指揮官になったほうが良いとヒトミは言っているんです」
「あ、そっか。私がいた方がみんなも安心して戦えますね」
「そういうことです。のんびりスローライフと行きましょう」
「了解です」
行動方針が決まったので、樹木の伐採を指揮している上級実務生の仮設テントに向かった。私を見るなり深々とお辞儀をされたが、まあそれはそれ。
ここで合流し、戦力として待機することを伝えると、彼らはとても喜んだ。
「助かります。我々には封戸の毒や魔物がいつ現れるか分かりませんから」
「そう言えばそうですね」
以前まではナチュラル知識チートだったので、「初見」「知らない」が分からなかった。
記憶を消すように進めたダント氏や、人格の分離を選んだ大人な自分の正しさが身にしみて分かりだしている。私のバカ。
とりあえず願叶さんから渡された地図を他の実務生も持っていると確認し、まずは挨拶から始めた。
「ええと、私から名乗るのは初めてですね。夜見ライナです。ヒーローネームは魔法少女プリティコスモス。夜見ってよく呼ばれます」
「その従者こと赤城瞳です。ヒーローネームは魔法少女ライトローズヴィオラで、お姉さまと姉妹の契りを結んだ義妹です。ヒトミと呼んで下さい」
「「「おおお~」」」
驚かれる実務生たち。
彼らも責任者を誰にするか話し合い、特記戦力の二人を隊長格に緊急昇格させ、名乗り出た。二人の男性高校生だ。
「あー、一般実務生の久世原健司です。戦闘は得意ですが上級実務になったばかりで指揮は不慣れですので、よろしくお願いします」
「上級実務生の藤木戸友作です。彼のクラスメイトで特進コース候補生。今は彼の、罪に問わない代わりとして押し付けられた「ハインリヒ幽体離脱事件」の真相究明と事態の真の解決のためにお手伝いしてます」
「ああ、そう言えばそんなことがありましたね!」
そうだそうだ、ハインリヒさんの霊体が行方不明になったから裏世界「天津魔ヶ原」に来たんだった。
日本政府の依頼はそのオマケに付いてきたクエストだ。
敵の襲撃とか敗北イベントのこととかで、事件の本質を忘れるところだった。
「事件の再整理ありがとうございます。ところで、そこにいる特進コース生の二人は参加しないんですか?」
そこでさっきから居ないふりをしている三津裏&万羽ペアに声をかけておく。
糸目男子の三津裏くんがため息をついた。
「あのなぁプリティコスモス。僕は指揮者だぞ? 陣頭指揮が仕事なんだよ」
「オレは三津裏くんの指示で偵察や物資投下をするのが仕事だぜ」
「私は部隊の隊員扱いなんです?」
「抑止力というか巡航ミサイルだよお前は。出せば確実に敵を撃破する兵器」
「テポドンだぜ」
「酷い!」
と言っても、そう言われても仕方ないことばかりをやってきたので反論できない。
「最終兵器と認められましたねお姉さま!」
「そう言われると嬉しいですね」
そしてヒトミちゃんのフォローで喜ぶ。
最終兵器か。いい響きだ。
とっておきのダメ押し要員として使われるなら不満はない。
ドヤっと腕を組むと、六人でテーブル卓を囲むことになる。
そこでまず、三津裏くんが陣頭指揮を行う指揮者として現状を開示した。
「よし、とりあえず全員で現状把握だ。リスポーン地点の神社は願叶さんの協力もあって大部隊でも安定して過ごせる療養所になった。温泉に浸かれば魔物討伐で疲れた実務生の心も安らぐだろう」
「え、魔物は討伐対象なんですか?」
「当たり前だろ? 表の香川で魔物になった人間には被害者が多いが、裏世界に潜んでいるのは脛に傷を持つ犯罪者だけだ。僕が調べたところによると、天津甕星は単独犯であり、甕星はソイツを信奉する犯罪者予備軍の総称。犯罪内容は香川魔法博物館への襲撃、および展示品の大規模な窃盗だ」
「窃盗!?」
「知らないのか? じゃあ詳しい情報も伝えておくぞ」
三津裏くんがノートを広げて口頭で教えてくれた。
「二十数年前の話になるけど、魔法少女ブルーセントーリアは当時の月読学園の生徒会長だった。彼女の裏世界探索の功績を記録した数々の資料や展示品は、月読学園の入っているランドマークタワーに保存展示されていた物だ。そして、大規模な窃盗事件が起きたのは八年前のこと。その主犯が見つかったのが今回の裏世界探索で、時効が過ぎたから無効、俺の私物と言い張っているのが天津甕星を信奉する甕星の一人、毒使いの埴輪ヤローこと般若だ」
「なんてこった許せません!」
「分かっている罪状はこれだけだけど、事件が解明されていくにつれて余罪が増えるだろうな。で、どうだよプリティコスモス。魔物への同情心は?」
「ぶった斬って真人間に戻して逮捕してあげないといけませんね!」
「それでいい。下手に共存するより斬って治してやった方がどちらも幸せなんだ」
分かり合った上で相容れない存在もいる、改めてそれが分かった。
魔物は倒してあげないと可哀想な敵なんだ。
「ちなみに戦闘とかは」
「まずは実務生に任せろ。脱落者が出てから交代だ」
「戦闘シーンを眺められる視点が欲しいですよね?」
「お姉さま、魔法陣眼に魔力を通せば配下の視点で戦闘を眺められる神様視点モードが起動します」
「サーキュラーってそんな機能があったんだ……」
この場面では配信とかテレビとかの電子機材で全員で見るものだと思っていたけど、まさかの千里眼モードがあるんだ。
「というより、ここはみんなで俯瞰する感じじゃないんですか?」
「プリティコスモス。機材だけだと人は死ぬぜ」
「どういう?」
「テレビや映像だけでは映らない魔法の力はある。実際に撤退の指示を出すのは指揮者の僕だけど、そのための気づきや警告を与えるのが、魔法の神視点で戦場を眺めるプリティコスモスの役目だと僕は思う。役割分担しないか?」
「ええと、私だけに情報が集中すると辛いのでやめて欲しいです……死人はもう見たくない……気が狂うような化け物を見るのとかも」
「何の話だぜ?」
「頭がTRPGに飲まれたか?」
「そ、そういう話じゃないんですか?」
「実務生の俺も意味がわからない。化け物って普通斬れば倒せるだろ?」
「上級実務の俺も同意。今どきSAN値チェックに怯えるのって古い。エモ力があれば耐えられるしなんならカウンターで殺せる」
「えええ~……」
私だけ旧時代の人間すぎた。
無意識にミステリウムを握りしめるのをやめ、シラフに戻った。
時代に置いていかれた側の知識に頼るべきではなかった。




