第207話 おじさん、温泉に入って勝利のアイデアを閃く
拝殿は元の完成度が高いからか、特に整備されていないようだった。
御神体があったはずの位置は空席で、代わりに温泉に続く隠し通路がある感じ。
奥にある温泉はどうやら混浴らしいので、ドアのない更衣室で服を脱ぎ、温泉の湯にマジカルステッキや回復アイテム、さらにはマジタブまでも容赦なく漬け、大きいバスタオルを巻いて浴場に出る。
「わあ、すごい広さ……」
どこぞのレジャー施設かと見間違えるほどの大きな大露天浴場だった。
浄化の温泉シャワーなる自動かけ湯装置を潜り、ひたひたとツルツルの石畳を歩いて、乳白色の温泉に浸かる。温すぎず、熱すぎず、いい温度だ。
「はあ……」
奥の方ではハインリヒと、子供たちが遊んでいる様子が見える。
温泉の湯は美肌効果でもあるのか、肌がもっちりするような感覚がして、どうせなら全身に浴びようとブクブクと頭を沈めた。
急に足を掴まれたような感覚がしてびっくりし、藻掻くと、目の前にヒトミちゃんの顔が現れた。水上に顔を出すと、彼女も顔を出す。
「お姉さま。ここは天津甕星被害者の会が集まる温泉です」
「ちょっとのんびりさせて下さい……私も傷心中なんです」
「リラックスは大事ですね。お隣に失礼します」
「どうぞ」
露天風呂の端に寄り、お互いに肩まで温泉に浸かった状態でぼーっとした。
何事も急かされず、慌てなくていい時間を過ごす。
気がつけば夜になっていた。
温泉は灯りも自動で点くようで、温かいオレンジ色の人工灯に安心しながら、天津魔ヶ原の満点の星空を堪能した。
ウトウトして、気がつくと朝になっていた。
「わあ、もう一日経っちゃった」
「お姉さま。天津魔ヶ原の一日は現実時間の百分の一です」
「つまり?」
「約十五分で一日経ちます」
「現実と同じくらいでいいのに……」
ちゃぷ、とお湯に口を沈めてブクブクさせると、ヒトミちゃんも真似をした。
向かい合って特に意味はない遊びを続ける。
最後は肺活量の勝負になって、ヒトミちゃんが勝利した。
「ぷはぁ、負けちゃいました」
「よしっヒトミの二連勝です。勝てる勝負で挑んで勝つのは嬉しいです」
「あはは、やっぱり。天津甕星との争いもこういう遊びで済めばいいのに」
「本人に言いに行きますか?」
「え、ここにいるんですか?」
「はい。露天風呂の空の上で光ってるあれです」
ヒトミちゃんが指差した先はお空。
北極星――天津甕星が光っていて、私たちは監視されていると知った。ブクブクと湯船に沈む。
「あいつ覗き魔です。カスです」
「ヒトミたち赤城家も扱いに困っています。魔法刑務所の悪人サイドの看守として裏世界に居座っているんです」
「力あるものが正義を地で行きますね……」
ただ、とてもいい情報だ。
天津魔ヶ原にいる魔物たちは全員敵だと思っていたが、脱獄するためなら天津甕星への反逆に協力してくれる可能性がある。
……となると、思っているよりも早く解決できそうかも。
「脱出に協力してくれそうな使い魔、増やしちゃおうかな?」
「そうですお姉さま。もっと乗っ取っちゃいましょう。自由主義を広めましょう」
「焚き付けちゃいますか……リベラル!」
これは使い出すと強すぎるので今まで封印しておいたが、人は権威と自由に弱い。
相手が過程を一本道に変えてくるなら、結末を相手にとっての地獄にしてやろう。
戦略的勝利というやつを考えるとこうなるんだぞ、と北極星をにらむ。
やってみろとばかりにビカっと光ったので、水鉄砲で威嚇しておいた。
お前なんかビーム一発でいつでも消し飛ばせるし、と。
「あはは、バチバチしてるね」
「わあ願叶さん!?」
ぴたぴたと足音がしたので振り向くと、バスタオルを腰巻きのように巻いた半裸の願叶さんだった。
細マッチョの濡れ男で、か、カッコいい。男の人の裸だ。
「はは、そんなにじっと見られると困るな。君は僕の娘だし、僕は妻帯者なんだ」
「わ、分かってます。ただ、ひ、久しぶりだったので……」
どうしよう、義理の父の肉体美に胸がキュンとしてしまった。
恥ずかしさを隠すためにそっぽを向き、温泉に顔を沈めた。
願叶さんは困ったなと言いつつも、そのまま温泉に入ってくる。
私は生脚にすら目が行ってドキドキしてしまった。
慌てて逃げて距離を取り、一息つく。
「もう本当にダメかも知れません……お義父さんが男性に見えてしまう……」
「思春期の少女にはよくあることだとヒトミは性教育の授業で習いました」
「そうですよね、普通だと考えるべきなんですよね、私が潔癖症過ぎるだけで」
「お姉さま。お姉さまは遠井上家の養子ですので、義父の願叶様に男性を感じるのは当然なのではないですか?」
「たしかにそうかも……ふう」
願叶さんは確かに父親だが、それ以前に血の繋がっていない男性だという事も改めて理解した。
彼は血筋も立場も優秀だから尊敬の念を抱いて当然。よし、落ち着いた。
落ち着いて願叶さんを見ると、爽やかなショートカットのイケメン成人男性に見えてもうダメ。乙女心がマックスになったので逃げた。
バシャバシャ――
「ぼ、煩悩! 煩悩退散!」
「お姉さまどこへ!?」
「サウナ!」
消毒シャワーを浴びている時にサウナルームがあることを把握していたのだ。
温泉からあがって自動かけ湯装置で熱くなった心を冷まし、すぐに出て全身びちゃびちゃなままサウナルームに突入する。
ヒトミちゃんも私に続いてびちゃびちゃのまま入ってきた。
「身体は拭かないのですか!?」
「星が覗き見してるから!」
「許せませんね! 実質合法です!」
ガンガンに熱されたサウナの熱気を浴びながら、熱くなった頭を冷ます。
サウナストーブを無言で見つめていると、ここだけは誰にも邪魔されない、静かで、自由が約束された幸福な場所なんだなとアイデアが湧く。
「そうだ、こういう場所を増やせば甕星もイライラするかも」
「どういう場所ですかお姉さま?」
「憩いの場です。具体的に言うと下層にサウナルームを量産します」
「するとどうなるんですか?」
「この温泉の解毒作用で魔物たちが浄化されます。ロウリュでオート浄化です」
「ろうりゅ?」
「ええとですね――」
用語を分かっていなさそうだったので説明した。
フィンランド式サウナのこと、熱々のサウナストーンにかける水を温泉の水にすれば、封戸の毒に侵されて苦しむ魔物たちも釣られて集まり、自ら浄化され始めると。
全てを聞いたヒトミちゃんは大きく頷いた。
「すべて理解しました。魔物たちを毒沼からサウナ沼に沈めるのですね」
「流石の理解力ですヒトミちゃん」
ピシガシグッグッと意気投合し、サウナルームの窓を叩く願叶さんの元に急いだ。
扉を開けてすぐに耳元で囁かせてもらう。
「お、いいね。サウナはいい。増やそう増やそう」
「でしょ?」
願叶さんもすぐに乗り気になった。
さっさと更衣室に向かい、真新しい制服を着てからまずは食堂。
魔法少女はサウナに入ると「感情発露」が活性化して、体内のエモ力だけでは足りなくなり、強くなるための栄養を求めてお腹ペコペコの空腹になるのだ。
チャーハン生姜焼き定食をガツガツ食べ、満腹になって一息。
すぐさま消化吸収され、私たちはまた強くなった。
まだカレーを食べている願叶さんを見る。
「願叶さん、私たちでも出来る仕事はありますか?」
「そうだな……木こりとかの雑務になるけどいいかい?」
「サウナが増えるなら」
「ならここに行って手伝って欲しい」
願叶さんは一枚の地図を渡してくれる。
それは古い「天津魔ヶ原」の地図で、願叶さんはこの神社の近くにある巨大な木々がある森――古代樹の森を指差した。
一般実務生は隊列を組んで木々の伐採に向かったようなので、合流しに向かう。




