第205話 おじさん、強制敗北イベントに勝つ?②
『この効果っ、術の効果を打ち消す聖遺物「天の逆鉾」と同じかッ!?』
「ずっとずっと不快でした……物語を始めるために屈辱を味合わせてくるあなたが」
『それの何が悪い!』
「魔法少女作品に出演するならッ! 敵として出たら必ず負けて退場して下さい!」
『おのれッ!』
突進してくる般若。
反撃の突きを食らわせるたびに白い稲妻が走り、般若は膝をつく。
『くっ、馬鹿みたいな長さが普通に強い……!』
「デザートもありますよ!」
カチカチッ――
『エモーショナルタッチ! プリティコスモブレイカー! チャージ開始! 三!』
『させるかァァ――――!』
「近寄れませんよ!」
槍モードの長さを活かして般若を一方的に突いてボコボコにする。
バリバリッ!と強めの白い稲妻が走ると、般若は両膝を付いた。
『こ、この俺が勝てないぃぃ……!?』
「では、積年の恨みを晴らします」
『――ゼロ! チャージ完了! ブレードシュート!』
シュッ――ドガァン!
『ぐあああ!? お、俺の核に剣がぁぁ!』
杖本体からツーハンデッドソードが射出され、般若の胸を貫き、ビーム砲の真正面で受けるよう空間ごと固定する。
私は地面に被害が及ばないよう斜め上に持ち上げた。
「これからあなたを浄化します! 覚悟はよろしいですね!?」
『ふッ、アハハハハハ! 面白い! 仕方ないから受けてやろう! どうせ死にはしないからなぁ!』
「強がっても無駄ですよ。……全出力、臨界!」
『ちょっと待てそれは――!?』
「プリティコスモブレイカァァ――――――――――!」
ドッ――ギュオオオ――!
『ぐあああ――――!』
杖の先端からピンク色の極太ビームが発射される。
人から魔物に堕ちた般若は野望を核ごと砕かれ、あっという間に粉微塵になった。
さらに、ビームは中層・上層階の床もぶち抜き、たまたま射線に入った魔物や一般通過黒龍たちも蒸発し、さらにビームがばら撒く膨大なエモ力が、裏世界「天津魔ヶ原」に満ちたすべての穢れを連鎖浄化していく。
ありったけのすべてを出し切った頃には、地上の各地から透明な水が間欠泉のように吹き出し、雨のように降り注いだ。
シュウウウウウ……
「封戸の毒、完全浄化完了です」
プリティコスモスの前には小汚い陰謀や謀略など無意味。
圧倒的出力を誇る極太ビームで跡形もなく焼き払われるだけなのだ。
ブーメランのように戻ってきたツーハンデッドソードがガチン!と槍と合体すると、急にマジタブに連絡が入った。電話に出る。
「もしもし?」
『もしもしライナちゃん。お義父さんの願叶だ。もしかして本気出した?』
「はい。私がその気になればビーム一発で解決出来るのに、細かい物語上の演出とか、ストーリー優先の扱いをされて憤っていたので」
『あはは、困ったなぁ。奥の手を見せちゃったから、全国各地の企業からスカウトが殺到してるよ。ちょっと対応したいから、西園寺家で遊んでてくれるかい?』
「西園寺家のお家復興はどうなりました?」
『そうだね……昨日今日で仲良くなれるほど人間関係は甘くないだろう? 物語はそのためにあるんだ。悪人が自分の人生の敗北と折り合いを付けるためにね』
「これって魔法少女のための物語じゃないんですか?」
『君が幸せになれなきゃ意味がないんだライナちゃん。やり直しだ』
「うわっ」
プツっと電話が切れると、視界が暗転して暗闇に落ちる。
◇
「ハッ、一体何が」
『その諦めの悪さは好きだ。だが負けを認められぬ醜さ、度し難い』
「え!?」
気がつけば般若に連続コスモスラッシュを叩き込んだ場面に戻っていた。
輝きを失った剣を般若が掴む。
『どうした? 俺が蘇ったのが不思議か? これが龍神イザナミの竜骨の力だ』
ハッとして顔を向ければ、竜骨を持っているもう一体の般若が手を振っていた。
そうか、目の前の般若を倒したところで意味がない。
あとで回収できると思っていた竜骨を先に奪い返すべきだったのだ。
般若はフッフッフと笑った。
『自らの力を過信し、聖遺物の力を甘く見たな? だからお前たち魔法少女はいつも足元を掬われるんだよ』
「まさかこうなることまで分かっていたんですか……!?」
『ああ。俺はお前が満足するまで何度でも殺されてやるつもりだからな。ただ忘れるな、正史から外れて無双しようとする人間なんぞに龍神は微笑まない』
「どうしてですか!?」
『まあ褒美だ。台本でも渡してやろう』
般若が指を鳴らすと、分厚い古代の書物のようなものが現れた。
タイトルに「神楽巫女書紀」と書かれている。
「こ、これは!」
『そうだ、天津魔ヶ原にのみ存在する古文書。魔法少女ブルーセントーリアが安倍晴明の生まれ変わりとまで呼ばれるようになった奥義書だ。俺の私物でもある』
「私物!?」
『俺はブルーセントーリアのファンボーイだ。二十年経っても未だに推してる』
「くっ……」
コイツ、私より上級者のオタクだ……!
今の私じゃ勝てない……!
「ふぁ、ファン同士仲良くしませんか」
『ならごっこ遊びに付き合ってくれるよな?』
「う、運命に」
『早くランタンの蓋を開けろ』
「はい……」
パカリと開けると、その瞬間にフッと青い炎が消える。般若は笑った。
『精霊に見限られたな』
「ち、違いますよ、私の中に戻っただけです……!」
『何!?』
「はあああっ!」
私はピンクの魔力炎を全身から放出し、般若を魂ごと焼き切りにかかる。
燃え移った般若は苦しそうにもがき出した。
『ぐあああっ、この、この炎はァッ!?』
「人には無害ですがっ、魔物には効くでしょう!? 人の心を取り戻して下さい!」
『ぐううっ、しつこい巫女だ! だがそういうところが好きだぞ!』
「急に告白しないで下さい!」
『だが負けは負けだ!』
般若はびしっと指を差す。
巫女イザナミから竜骨を抜き取った方の般若は、はるか上空に帰っていたのだ。
またねーという感じでこちらに手を振っている。
『お前が俺に執着しているうちにっ、竜骨は上層に送った! お前の負け!』
「私はあなたを倒すって言ってんですよ!」
『付き合ってられるか! 帰る!』
ボロロッ――
「あっ!?」
ぼろぼろと身体を崩した般若は、核の白い星型物体――甕星だけになって逃げだした。
く、くそっ、この負けイベ!
「逃げるなァァ――――! 私との戦いから逃げるなァァ――――ッ!」
『お前は負けたんだよ! 個人の勝利と群の勝利を履き違えた気狂いが! もっと周囲を守って戦略眼を磨け! さらば!』
「あああっ!? うわぁーん……!」
一気に加速してお空の向こうにピカンと消える甕星。
私は悔しくて悔しくてわんわん泣き、地面に拳を叩きつけた。
「私は負けてないぃぃ……! 戦ってたら勝ってたぁっ!」
「お姉さま、負けは負けです。同じ土俵で戦ってくれないから強いのが悪党です」
「ううっ……イザナミさんは」
「イザナミ様は消えかかっています。最後の言葉を聞きに行きましょう」
「はい……」
とぼとぼと歩き、巫女イザナミさんの元に座る。
息も絶え絶えな彼女の手を握ると、こう言われた。
「ありがとうプリティコスモス……私の怒りを代弁してくれて……」
「すみません、倒せませんでした。あなたを助けた方が良かったかも知れません」
「本当にその通りなので反省して下さいね……」
「はい……」
「西園寺家の再興は、この世界、天津魔ヶ原とリンクしています。封戸の毒を浄化し、龍神の泉を取り戻すことで完了しますから、頑張って……」
ガクッと事切れ、巫女イザナミは神気になって消える。
最後は三つの光の勾玉になって、私、ヒトミちゃん、ハインリヒの首にぶら下がった。これで全魔法少女モノ共通のプロローグイベントは終了となる。
私は悲しくて辛くてぽろぽろと涙を流した。
「私は驕り高ぶってました……私なら、か、勝てる、天津甕星を一番最初に打ち破れるって」
「敗北を糧にしましょう。チャンスはありますよ」
「きっともう出てきません……しかも同類だったなんてぇ……」
「ショックで辛いんですね。よしよし、次に活かしましょう」
「ううヒトミちゃん……」
急に寂しさを感じ、ヒトミちゃんにギュッと抱きついてしまった。
自分より強火のオタクが黒幕だったなんて思いもしなかったからだ。
世界の平和を守るためにも、みんなを笑顔にするためにも、私はこれから毒で狂った仲間を殺していかなければいけない。彼らにも人権があっていいはずなのだ。
するとフェザーが翼を解き放ち、子供たちが駆け寄ってくる。
「すごいよプリティコスモス!」
「すごいカッコよかった! 悪い人に勝ったね!」
「そ、そうですか? えへへ」
まあ少年少女の笑顔を守れるなら、オタクの命はどうでもいいかと割り切れた。
私はつねに子供の味方だ。涙を拭いて笑顔を向ける。
「お姉さま、これからどうしますか?」
「ああ、最上層の龍神の泉に向かいます」
「まずは、の話でございます」
「この神社にセーフティーゾーンを作ります。ここいらはもう魔物が出ないので」
「分かりました」
ともかく安全な拠点が必要なので、神社の社務所に全員で身を寄せた。
休憩や食事を取り、長い旅路となる天津魔ヶ原探索の攻略ルートを考えるためだ。




