第204話 おじさん、強制敗北イベントで勝つ?①
フロイライン・ラストダイブの中ではすでに物資の運搬が始まっていた。
私たちの配信を見て支援しようと実務生たちが動いているのだ。
覗き込んでいる私を見て大きく手を振った。
さらに「頑張れプリティコスモス!」「負けるな!」という横断幕も張られ、心が幸せになった。
「ふふ、ありがとう。あなたたちの応援が力になります」
おかげでエモ力の超過回復による「感情発露」の覚醒も早まる。
具体的に言うと発汗作用。
体内のエモ力が必要栄養素やアミノ酸に変換され、新陳代謝が活性化するのだ。
次なる戦いへの備えを、成長し続ける才能に耐えられる強靭な肉体を作ろう。
魔法少女の肉体は人の理を超えた空前絶後の超回復を起こす。
全身から滝のように流れ出る汗を見ながら、ヒトミちゃんたちの様子を確認した。
「やっぱり、エモ力が少ない方が戦いやすそうだなぁ」
『ライトローズヴィオラブレード!』
目の前では大蛙やカマキリなどの式神を使役して数体の埴輪兵を倒すのがせいぜいの巫女イザナミと、元の給仕服姿で駆け回り、武器機能だけ起動したマジカルステッキでバッサバッサと敵を浄化していくヒトミちゃんの姿があった。
彼女も全身から汗を流しているのを見て、やはり意図的だったかと分かった。
エモ力の最大値が低いと感情発露による超回復の発生回数も多くなり、戦いの中で成長していけるのだ。
最初は一体倒すのに数秒ほどかかっていたが、今では一秒に二、三体は首を撥ねて浄化していけるようになっている。流石だ。
「私も刻んだほうが成長を実感できそうかも」
「はぁっ、お姉さま! あと何体倒せばいいですか!?」
「人数ではなく時間です! あと二分!」
「頑張りましゅっ!」
もちろんデメリットも存在する。
エモ力は低いと継戦能力が低くなるのだ。
戦闘中に定期的な食事、水分補給を行わないとスタミナ切れでぶっ倒れる。
彼女自身もそれを分かっているようで、自身の影からゼリーやミニペットボトルを取り出し、不足分を補充しながら戦っていた。
しかし途中でいきなり食事が出来なくなるのが、このクソ負けイベント。
青銅の剣を持った暗黒埴輪兵の無限湧きが止まり、怯えて後退りし始めた瞬間、ヒトミちゃんは顔を歪めて口に含んだ水を急にペッと吐き出し、咳き込み始めた。
「ゲホッ、ゲホッ!? こ、これは……毒!?」
『ハハハハハ、やっと封戸の毒が効いてきたか! 流石に苦しいだろう小娘!』
「封戸の毒……!?」
待ってましたとばかりに般若の仮面を被った赤い埴輪兵が出てきた。
暗黒埴輪兵団の襲撃が負けイベントなのは、敵が強いからではなく、急に降ってきた黒い粘性のある雨「封戸の毒」のせいだ。
それを生み出す根源に関わっているのが目の前の赤い埴輪兵「般若」である。
『どうだ、ここらで手打ちとしないか? 俺達はまだまだいる。手が焼けるだろ?』
「フフッ……たしかにヒトミはもう戦えません。受け入れるのが吉でしょう」
『まだやるってのかい?』
「それはお姉さまが決めることですから」
『!』
ザッ――
「よく耐えてくれましたヒトミちゃん。あとは任せて下さい」
フェザーの背から跳んで、ヒトミちゃんの前に降り立った私は、儀礼用両手剣を上段に構えた。
赤い埴輪兵――般若は嬉しそうに大笑いする。
『ガッハハハハハ! お前、強いな! 神楽舞の巫女か!?』
「これからそうなる予定です」
『良い! 良い返答だ! 人間はこれだからたまらん……! だが生憎と俺も任務でな! 立ちふさがるならば容赦はできんぞ!』
「対戦よろしくお願いします」
『よくぞ言ったァァ――――ッ! 勝負!』
般若は腰から青銅の双剣を抜き、胸の弱点――白く輝く「甕星」をあらわにした。あれこそ上層の魔物が持つ動力源であり、突かれると痛い弱点だ。
ニチアサ界隈では「魔法少女ブルーセントーリア」は時代が早すぎた名作で知名度が低いこともあり、正史の攻略ルートが知れ渡らないまま途絶えたのだろう。
だから般若が「実は接近戦も好きな毒呪詛師」であることも知られていない。
『喰らえ巫女候補!』
クンッ!
私は双剣を構えた般若が腕を振り上げる同時に、封戸の毒の影響を受けて足元から生えて噛みつこうとする毒蛇をジャンプして避けた。
そのまま足にエモ力をまとって蛇を踏み台にし、剣を大きく振りかぶった全力の一撃を般若に見舞う。
「ハアアアッ!」
――ザン!
『ぐおおおおッ……!?』
般若はガードしたものの、青銅の剣ごと袈裟に斬り伏せられた。
しかし般若には怪我一つない。
なぜなら魔法少女の攻撃は人を傷つけないのだ。
代わりにポロッと赤い外皮が剥がれ、彼の胸に見える「甕星」がさらにむき出しになった。般若の目が赤く輝き、私を全力の横蹴りで蹴り飛ばしにかかる。
バッと下がって距離を取ると、彼は心惜しそうに胸を掻きむしった。
『ああ、いかんいかん。育つ前に喰い殺しかけた、味見だというのに』
「普通の怪人なら死んでますよ」
『俺は人ではない。魔物だ。とはいえ、黒龍を破ったお前の剣筋は見事だった。これで黒龍の奴も気を収めるだろう。上層で待っているぞ』
「ふふ、逃げるんですか?」
『馬鹿め。お前の気をそらせばそれで十分よ』
彼がバチンと指を鳴らすと、地面に降り注いだ黒い雨が再び空に戻っていく。
埴輪兵たちもぼろぼろと崩れて土塊となり、空に落ちていった。
「きゃあああ~~!?」
「!」
さらに雨を浴びた巫女イザナミの元にはもう一体の般若がいて、彼女の首を掴み、腹から黒い脊椎「竜骨」を抜き取った。
あれこそ龍神イザナミの魂そのものである御神体だ。
魂を抜かれ、用済みとなった巫女イザナミの身体は参道の中央に放り捨てられる。
やっぱり敗北確定のクソイベだと私はブチギレた。
「お前ぇ――――ッ!」
『隙を見せたお前が悪い。じゃあな巫女候補。剣を振るうことしか脳のない、凡婦』
「ブーストッ!」
『何……!?』
『エモーショナルタッチ!』
瞬時に加速し、姿が掻き消える私。
般若を取り逃がしたくなかったのだ。
シュッ――ザッシャァァァ――――!
『――プリティコスモスラッシュ!』
その場に立っていた二体の般若を「甕星」を連続コスモスラッシュで細切れにするも、浄化することは出来なかった。なぜか。
……すべて般若の従える毒蛇に受け止められたからだ。
エモ力で浄化されていくのも気にせず、大量の毒蛇が私の必殺技を受け止め、般若たちを護ったのだ。輝きを失った剣を般若が掴む。
「く、くそ……」
『その諦めの悪さは好きだ。だが負けを認められぬ醜さ、度し難い』
「運命に抗って何が悪いんですか……!」
『クハハ、お前は運命に抗っていない。ただ失敗を認めたくないだけだ』
「なっ」
『俺に構っていていいのか? 放っておくとあの巫女は死ぬぞ。どちらか選べ。自己救済か、他者の救済か。前者を選べばお前は死ぬ。選べなければすべてを失う……』
般若から黒龍を超える強大な威圧感が発生し始めた。
目も赤く輝き、殺意を抑えられないといった状況だ。
さらに踏み込めば自分に満足して死ぬしかなく、かと言って無意味に奪われた巫女イザナミさんの無念の思いを無碍に扱いたくないから、私はランタンの蓋を開けた。
その瞬間にフッと青い炎が消える。般若は笑った。
『精霊に見限られたな』
「違いますよ、私の中に戻っただけです……!」
『何!?』
「はあああっ!」
私はピンクの魔力炎を全身から放出し、般若を魂ごと焼き切りにかかる。
燃え移った般若は苦しそうにもがき出した。
『ぐあああっ、この、この炎はァッ!?』
「人には無害ですがっ、魔物には効くでしょう!? 人の心を取り戻して下さい!」
『ぐううっ、しつこい巫女だ! だがそういうところが好きだぞ!』
「急に告白しないで下さい!」
『だが負けは負けだ!』
般若はびしっと指を差す。
巫女イザナミから竜骨を抜き取った方の般若は、はるか上空に帰っていたのだ。
またねーという感じでこちらに手を振っている。
『お前が俺に執着しているうちにっ、竜骨は天上に送った! お前の負け!』
「私はあなたを倒すって言ってんですよ!」
『付き合ってられるか! 帰る!』
ボロロッ――
「あっ!?」
ぼろぼろと身体を崩した般若は、核の白い星型物体――甕星だけになって逃げだした。
く、くそっ、この負けイベ製造機!
「逃げるなァァ――――! 私との戦いから逃げるな敗北者ァァ――――ッ!」
『言ったな禁句を……貴様! ここで殺してやる!』
急に止まり、般若の肉体を取り戻した甕星は、毒と蛇が満ちた沼を周囲に作り出す。それこそが私の狙いだった。
マジカルステッキのサイドボタンと、底のボタンを同時押しする。
『プリティコスモシューター!』
「えへへ、まだ私の真骨頂を味わってないでしょう?」
『槍だと!?』
ブオン!
「それッ!」
白い錫杖にピンクの儀礼両手剣をくっつけた超ロングな長杖状態を一振りすると、般若の闇の力がかき乱され、毒蛇や沼がかき消えた。




