第203話 おじさん、巫女イザナミの試練を攻略する
試練会場は古びた神社の境内が選ばれた。
拝殿や社務所など、巫女イザナミの真の姿(龍神モード)基準で作られているので、一つの村がすっぽり収まりそうだ。
特に境内参道は小型飛行機を着陸させられそうな幅と長さをしている。
イザナミが真の姿になって戻ってきた時に使われるのだからそりゃそうか。
「では、準備ができ次第お声がけを。あまり出し惜しみはしないように」
「分かりました」
巫女イザナミから装備を整える時間を与えてもらったので、どの攻略方法で進むかヒトミちゃんに相談する。
「ヒトミちゃん。攻略パターンを二つほど考えています。余力を残してあとに備えるか、残さずに全力を出すか」
「何かがあるのですか?」
「試練のあとに「暗黒埴輪兵団の襲来」という負けイベントがあるんです。ただ、本気の私なら攻略可能のイベントなので、エモ力を温存すべきか迷っていて」
「負けイベント……試験の後に予期しない強敵が現れるということですか?」
「そうなんです。試験はもちろん全力で挑むべきですけど、その後に備える必要もあります。力を温存するか、全力を尽くして試練を突破するか、どちらが最適か」
私が悩んでいると、ヒトミちゃんはガッと肩を掴んだ。
「お姉さま。目の前の試練に全力を尽くすのが良いと思います」
「そ、そうですかね?」
「はい。今回は試練をクリアすることが第一ですし、何よりもイザナミ様の信頼を得ることが大切です。それに、疲れ切ったお姉さまの代わりになる戦力として大霊鳥フェザーと、このヒトミがいます。背中は任せて下さい」
「そうですか、良かった。では襲撃イベントの方は任せます」
「お任せ下さい!」
「よし! フェザーお願い!」
「ピーウ!」
フェザーにハインリヒや子どもたちを強靭な翼で護ってもらったのを確認したのち、私はポータル魔法を使い、ダント氏のマジカルポーチから青い炎の灯るランタン――「精霊灯台」を取り出した。
他にも有用そうな回復アイテムやライターオイルなどをごそごそ取り出す。
ヒトミちゃんは目をぱちくりさせながらランタンを手に取った。
「お姉さま、これらは?」
「それはいいアイデアを導き出してくれるマジックアイテム、精霊灯台です。洞窟探索で使えるかなと」
「だからそういうのはあとでいいではないですか! 先に試練です試練!」
「ああ、すみません、仕事モードだと色々なことが気になって」
「全てヒトミが没収しておきます!」
「あわわ……」
私がダント氏のポータルから取り出したものは、全てヒトミちゃんの影の中に収納されてしまった。
回復アイテムとして持たされたのはファストヒールゼリーが三つだけ。
ランタンだけは登山用フックを付けて、左腰に装備することを許された。
「ランタンだけは許された……」
「お姉さまは行動が遠回りすぎます。最初からランタンだけが狙いですよね?」
「あはは、バレちゃってる。実は――」
『はあッ!』
急に巫女イザナミさんがゴウとエモ力を高める。
おそらくしびれを切らしたのだ。ゆうに十万エモは超えている。
私はぽかんとさせられ、ヒトミちゃんは「ご武運を」と言い、そそくさと離れる。
巫女イザナミさんは口を開いた。
「あまりにも準備に時間をかけるものだから、試練の難易度が上がってしまいましたよ? まだかかりますか?」
「ああ、ええと、難易度を下げることは……」
「出し惜しみをするなと言いました」
「あの、その、あまり本気は出したくないんですよ」
「まさか魔法があるから楽勝だとでも? では試練を始めます」
「うっ……」
そうじゃないんだけどなぁ……
巫女イザナミさんが一枚の黒い呪符を宙に放り投げると、空が黒く染まり、その闇の中から黒龍が現れ、その威圧的な存在感で私を圧倒した。
速攻で倒すわけにも行かないし、弱い人間のフリをして隙をうかがうか……
「ど、どうも黒龍さん、お名前は」
「グオオ!」
「あはは、グオーさんですか」
ニチアサ設定では巫女イザナミに仕える龍馬「黒麒麟」とされているものの、やはり毒で狂っている状態のようで、まだ話は出来ないらしい。
中盤辺りに出てくる強い魔物だし、油断は禁物だとマジカルステッキを構えた。
「しょうがない、対戦よろしくお願いします――変身!」
カチッ!
『魔法少女プリティコスモス! 純正式礼装!』
「ふう、よし! 準備オッケーです!」
「では始めッ!」
「ガオオオッ!」
ボボボゥ――
イザナミの手が振り下ろされると、黒龍が黒い息――毒のブレスを吐き出し、広範囲に毒霧が広がった。
カチッ!
『プリティコスモスソード!』
「はぁっ!」
私は迅速に避けながら接近を試みるが、黒龍の硬い鱗が普通の斬撃をはじき返す。
黒龍はそんな攻撃効かないよとばかりに楽しそうな笑い声を出した。
「グラグラグラグラ!」
「これが黒麒麟の闇の鱗……厄介ですね! でも私にはエモ力があります!」
カチッ!
『エモートタッチ! プリティフォトン!』
「グラ!?」
「痛かったら我慢して下さい!」
シュッ――スパッ!
「ギャアアアアオオ――――ッ!?」
再び黒龍に距離を詰めた私は、ピンクに光るエモーショナルエネルギーを剣――ツーハンデッドソードに集中させ、横薙ぎに振るう。
ジュッと音を立てて攻撃を受けた部位の闇の鱗が剥げた。
黒龍は地面に落ち、痛そうにジタバタ暴れ狂い始める。
「グララ!? グララララ!?」
「隙だらけですよ!」
その一瞬を瞬間を見逃さず、必殺技を仕掛ける。
カチカチッ――
『エモーショナルタッチ! プリティコスモスラッシュ!』
「おらっしゃぁッ!」
「グル……ッ!」
シュッ、ドゴン!
しかし当たることはなかった。
黒龍は直前に分身術を使い、複数の分身を作り出して必殺技を避けたのだ。
「「「ガオオオッ!」」」
よくもやってくれたな人間!とばかりに咆哮を上げる四体の黒龍。
私を翻弄するように周囲を回り始め、試練が長引くような予感を感じさせる。
それはちょっと面倒なので、小手調べをやめた。
「プランB。本気で行きます。ブースト!」
「グラ……!?」
『エモーショナルタッチ!』
シュッ――ザザザザンッ!
『――プリティコスモスラッシュ!』
ギフテッドアクセルの使用と同時に、四体同時に叩き込まれるプリティコスモスラッシュ。そうか、中層の魔物でこのレベルか。
キイイ、と加速が止まり、私は剣を下ろした。
「流石ですグオーさん、手加減出来ませんでした。対戦ありがとうございました」
「グラアアア――――……!?」
早く上に向かうのがとても楽しみだ。私はまだまだ強くなれる。
そう思いながらニコッと笑顔を向けると、黒龍は必殺技を受けたことに気付けないまま、全身に染み込んだ毒を浄化されてボロボロと崩れ落ちていった。
同時に周囲の毒霧も消え、最後は元の呪符となって巫女イザナミの元に戻った。
「勝負あり! 勝者プリティコスモス!」
「よし!」
最初のバトルイベントは私の勝ち。
続いて起こるのは襲撃イベントだが――
ふらっ……
「あう、ダメそう」
「お姉さま!」
私は身体から力が抜けて倒れ込んでしまう。
ギフテッドアクセル使用中の連続コスモスラッシュは、大量のエモーショナルエネルギーを一瞬で使い尽くす高カロリーな技なので、まだ身体が耐えられないのだ。
なので使用後はこうして、エモ力が全回復するまで動けなくなる。
倒れる直前で私を抱きとめたヒトミちゃんは頭を撫でてくれた。
「お見事でした。あとはヒトミにお任せ下さい」
「あはは……頼みます」
「回復アイテムです」
「もひゅ」
ファストヒールゼリーを食べ、頑張って握りしめた拳を突き合わせ、選手交代だ。
存在を忘れられていた球体配信ドローンは夜見ライナの義妹、赤城恵こと「魔法少女ライトローズヴィオラ」に焦点を合わせる。
私がフェザーに回収された頃には、巫女イザナミも境内に満ちる不穏な空気を感じ取り始めた。
「お、おかしい、黒龍の邪悪な気配が消えない! 試練は終わったはず!」
ニチアサで見たやつだ。
「さて、久しぶりにエナドリです」
プシュッ! ゴクッ、ゴクッ……
彼女たちに先鋒を任せたところで、夜見ライナは隠し持っていたエモーションエナジーを一気飲みする。
戦闘で失われたエモ力とブドウ糖が一気に補充され、普段より調子がよくなった。
あいにくと「物語の都合上」の負けイベントを受け入れる気など毛頭ない。
「お姉さま! 敵はどこから来ますか!」
「上から来ます。そろそろかな」
「「!?」」
エモーションセンスで危機を察知し、ヒトミちゃんたちの向いた方角は真上。
上空から黒いタールのような粘性をもった雨が降り始め、地面と混ざり、そこからレンガ色の鎧をまとった土人形――暗黒埴輪兵団の兵士が生まれ出したのだ。
神社境内はあっという間に敵襲に見舞われる。
『誰そ彼』
『誰そ彼』
うわ言のように同じ言葉を呟きながら、彼らは腰に下げた青銅の剣を抜いた。
出来るだけ多く浄化しておきたいし、埴輪兵の親玉が現れるまでは体力とエモ力を温存したいので、マジタブのフロイライン・ラストダイブを起動した。




