第202話 おじさん、魔女ハインリヒの足跡を追う②
ハインリヒさんの青い足跡はまっすぐ東に進んだかと思うと、急に途切れた。
最後に向いていた方角には小さめのフリースクールがあり、「GO-SOUTH(南に進め)」という名前だった。人気なのか賑わっている。
私とハインリヒさんの私は首を傾げた。
「「入ればいいんですかね?」」
「どうなんでしょうねお姉さま?」
「あ! 先生だ!」
「先生~!」
すると私が入った魔女ハインリヒさん――面倒なので「ハインリヒ」を名称として扱う――に気づいたフリースクールの小学生低学年の子たちが、嬉しそうな顔で駆け寄って抱きついてきた。
ハインリヒは驚きつつも優しく抱きしめて、子どもたちを撫でる。
「やっと帰ってきたー!」
「今日は何を教えてくれるのー?」
「わあ、ええと」
どうやらハインリヒさんは配送業とフリースクールの運営を兼業していたらしい。
頑張り屋のめちゃくちゃいい人だ、と私は驚いた。
このあと色々考えたけども、こんなにも彼女に懐いている子供たちを放置するわけにはいかないので、ここで二手に分かれることに決めた。
すると一人の小学校低学年の女子児童が近づいてくる。
「ねえねえ! プリティコスモスだよね!?」
「ん……ああ! 凱旋パレードで会った女の子! お久しぶり!」
「あのねあのね、裏世界への行き方を探してるんだよね!?」
「わ。よく分かりましたね?」
「スマホでみてたの!」
えっへんと可愛くドヤるので、頭を撫でてあげる。
わきゃーと言いながら嬉しそうにしてくれた。
少しして、続きを教えてくれる。
「それでね! 先生の秘密基地にもっと大きい入口があるの!」
「秘密基地?」
「うん! 南区にあるよ!」
女の子が「これ!」と渡してくれたチラシは、「フリースクール運営婦人会」への案内状で、裏に地図が乗っていた。
目の前のフリースクールからまっすぐ南に降りると到着するらしい。
だから「南に進め」なのか。
チラシから視線を外すと、女の子がニヤける。
「もっと褒めてくれていいよ?」
「ありがとうございます。よしよし」
「きゃはは~! もっともっと~!」
人懐っこい子だなぁ。かわいい。
ふと気になってヒトミちゃんを見ると、彼女はとても嬉しそうに「誉でございます」とニコニコしていて、あははと苦笑いを返し、目の前の女の子を見た。
「情報提供ありがとうございます。あなたのお名前は?」
「一宮かぐや! 私もついて行ってもいい!?」
「もちろんです。一緒にハインリヒ先生の秘密基地探しをしましょう!」
「やったー! みんな聞いて聞いてー!」
「え!?」
一宮かぐやと名乗った女の子によって、情報が拡散された。
フリースクールの生徒たちも「私も行くー!」「僕も!」と声を出し、ハインリヒさんに抱きついて「先生お散歩ー!」「ふぃーるどわーくしよー!」揺さぶり始めたので、結果的に全員で行動することも決まった。
二十人の小学校児童と私たち中学生二人、引率の大人(私)という団体で、南区に向かって遠足に出る。あまりの楽しさに私のエモ力が上がりだした。
「旅は道連れ世は情け。楽しくなってきましたね」
「ふふ、そうですねお姉さま」
ヒトミちゃんは嬉しそうにくすくすと笑う。
「急に嬉しそうですね?」
「ええ。子分が増えるのは良いことです」
「子分」
「まさかヒトミに向上心や功名心がないとでも思いましたか?」
「なるほど?」
彼女も意外としたたかなようだ。
すごい優秀な忠臣を手に入れちゃったなぁと思いながら、しばらく歩いて、中央自治区内であることを示す白いラインを超え、南区に入ったと同時に行き止まる。
目の前は鉄柵で囲まれた豪邸で、「西園寺」という名字の掛札があったのだ。
「ああ、西園寺財閥のご令嬢だったんだ……」
西園寺財閥。
総資産は数京円を超えるという大企業群のトップに君臨していた華麗なる一族で、日本の他にアメリカ、ヨーロッパのEU諸国にいくつもの経済拠点を構えていた。
しかし八年前に当時の西園寺一族の長「西園寺茂」が横領や書類偽造の罪で逮捕されたのち、社内の敵対派閥の勢いに飲まれてみるみる落ちぶれ、歴史の中に消えたと言われていたけど、まだ生きていたんだ。良かった。
「お姉さまどうされますか?」
「あはは、ここまでお膳立てされたら流石に気づきます。ヒトミちゃんも無関係ではないんですよね?」
「はて、なんのことだか分かりません。ですが、お姉さまがさらに成り上がるためにはやはり、名家のお家再興が一番だと」
どこまで仕組まれているか……なんて考えるだけ無駄だ。
私の実家は皇族にほど近い家系で、さらに隣にいるヒトミちゃんは現日銀総裁の孫娘で、魔女ハインリヒさんの真名が「西園寺」だとすれば、赤城先輩が私の背骨を依り代にして裏世界を起動させた理由にも検討がつく。
サブクエストは遊びではない。日本政府直々の再建依頼なのだ。
「んー、私ってそんなに優秀ですかね?」
「当たり前です。お姉さまは最高の魔法少女ですから」
「そういうことにしておきましょうか」
西園寺財閥再建の何がそんなに重要なのかはまだ分からないが、とりあえず忘れたフリをして、門の前にあるチャイムを鳴らした。
リンゴーン……
「わあ重厚な音」
驚くほど重々しいベルの音が鳴り、少しして屋敷の中から一人の婦人が出てくる。
少しやつれた感じの老婦人だ。
「はいはい、どなたですか?」
「ああこんにちは、私は――」
「ナナ婆ちゃんこんにちは! かぐやだよ!」
「ああ、近所の一宮の。ごめんね、今日は遊んでやれないんだ」
「今日は遊びじゃないの、お願いがあるの!」
「お願い?」
「プリティコスモスのお手伝いをしてあげて!」
「プリティコスモス……?」
老婦人は誰のことだろうとキョロキョロなされる。
ハインリヒの私とヒトミちゃんは顔を見合わせ、私を見て静かに頷いた。
裏世界への道を探す手掛かりを逃すわけにはいかない、名乗れと。
は、話を切り出そう。
「ええとこんにちは。私が魔法少女プリティコスモスです。本名は夜見ライナ。こちらはかぐやちゃんたちの担任のハインリヒ先生と、私の義妹の赤城瞳ちゃんです」
「ああ、どうもどうも、はじめまして。西園寺ナナと言います」
「西園寺ナナさんですね、把握しました。西園寺さんと呼ばせていただきます」
「ええどうぞどうぞ。それでご要件は?」
「西園寺さん。突然お邪魔して申し訳ありませんが、裏世界への道を探しているんです。何か知りませんか?」
「裏世界?」
老婦人の顔に一瞬の驚きが走る。
「……そんなことを知ってどうするのかしら?」
「実は、大切な友人が何者かによって魂を奪われ、裏世界に囚われたかもしれないんです。何かお知りであれば、彼女を助けるためにどうか協力して貰えませんか?」
「魂が……それは、マズいわね、ええ」
老婦人はしばらく考え込み、やがて決心したように頷いた。
「分かりました、中に入りなさい」
ギイと鉄の門扉を開けてくれる。
私たちは老婦人の後を追って西園寺家の屋敷に入った。
広々とした廊下を進み、奥の部屋に通されると、そこには古びた神社のような佇まいの祠があった。御神体として古井戸を祀っている。
「ここが裏世界「天津魔ヶ原」への真の入り口です。……いえ、入口だった場所でした」
「わあここが……」
「しかし井戸の水は濁り、入れなくなりました。裏世界に入るには別の特別な儀式が必要なのです。手段を探して供物を捧げ、心を清めなければなりません」
「どうして濁ってしまったんですか?」
「西園寺家への深い恨みから、井戸に毒を投げ込んだ者がいたのです」
「毒?」
「十七世紀頃の欧州で行われた魔女裁判。その時に殺された魔女の血です。西園寺家に繁栄をもたらしてくれていた龍神は、その血を浴びて狂ってしまいました」
「なるほど……」
「私はこれ以上の悲劇が起こらないよう、龍神様に祈りを捧げて、日々の平穏無事を祈ることしか出来ません。生憎とこれ以上のお力添えは……」
私は何も言わずに彼女を抱きしめてあげた。
老婦人は急な出来事に驚き、戸惑い、やがてすがるように私を抱きしめた。
「……い、いいの、ですか?」
「もう大丈夫ですよ。任せて下さい」
「私は、私は決していい人間ではありません。今まさにあなたを騙して供物にして、逃げようと考えてしまった悪人です。それなのに、助けてくださるんですか? あ、あなたは私を信じてくれるのですか?」
「信じますよ。あなたは悪くない」
「う、うううっ……ありがとうございます、ありがとうございます……」
泣き崩れる老婦人をヒトミちゃんとハインリヒに任せ、そろそろ忘れたフリをやめて頭を働かせる。
さて、ちょっと長めの説明タイムだ。
香川裏世界「天津魔ヶ原」は、梢千代市で見た裏世界よりも深度が深い。
なぜなら元は日本全土を覆う「天津神星」という平安時代の大護符結界の城下町が収まっていた場所だから。
口寄せの技法で言うなら「上品・中品・下品」の三つ、もっと分かりやすく例えると上に向かうほど敵が強くなる三階層が存在する。
詳細は省くとして、私たちは必ず下品、最下層からスタートしなければならない。
それは結界に入る者全てに課せられたルールだ。
数十年前のニチアサ作品では「土御門家」という陰陽師の大家が犠牲になり、安倍晴明の生まれ変わりと言われる「魔法少女ブルーセントーレア」が再建した。
私も同じように没落した西園寺家を再興しろ、ということか。
一行でまとめると、
「裏世界を西園寺家のご令嬢「ハインリヒ」さんと一緒に攻略して、お家を再建させてあげて下さい」
ということ。
よし、全ての状況確認は終わった。
「じゃ、始めます」
私は祠の前に正座し、右手の親指と人差し指を合わせて上品な口寄せのポーズ。
背筋がゾクリとするけどまだ何も見えない。ここからだ。
深呼吸をして心を落ち着ける。
「よし」
続いて中指、薬指とくっつけると輪の奥に濃霧が見えるようになり、人差し指を立てると、私の身体に宿った龍脈から溢れんばかりの神気が湧き出して、古井戸の前にモヤのような灰色の鳥居を作った。
最後はこの状況で固定するため、左手を受け皿のように右手の下に置くと、鳥居が具現化して赤い色がつく。
不思議な力が身体を包み込み、龍が遠のいていく感覚が広がった。
「お姉さま、何かが変わっていきます……」
「そうですよヒトミちゃん。ここが裏世界「天津魔ヶ原」の表参道です」
やがて古井戸の中から光が溢れ出し、鳥居の先を別世界へと塗り替え始めた。
私たちは裏世界「天津魔ヶ原」に足を踏み入れることが許されたのだ。
そこはまるで古代の日本を思わせる風景が広がり、巨大な木々や神秘的な霧が立ち込めていた。西園寺ナナさんが声を漏らす。
「これが本当の天津魔ヶ原……」
「西園寺さん。あなたの仕事はこれからこの家を訪れる方々を品定めする役です」
「……! フフ、老婆の審美眼でお役に立ちましょう。そちらは頼みました」
「お任せを。一緒に頑張りましょう!」
「ええ。うふふ、素敵でお優しい方だこと……」
西園寺ナナさんは化粧道具を探して部屋を出ていった。
しばらくすれば古井戸に吸われた生気も戻ることだろう。
「お姉さま、見てください! あそこに何かあります!」
ヒトミちゃんが指差す先には、古びた神社が見えた。
その神社の前には強い存在感を放つ怪しげな存在が立っている。
身長は三メートルを超えた、黒い髪と長い二本の銀角を持つ古風な風貌の女性だ。
私の記憶が正しければ、龍神の善性の擬人化「御霊イザナミ」だ。
「行ってみましょうお姉さま。あの神社が最初の手がかりかもしれません」
「待たせるのも良くないですよね。行きましょう」
ハインリヒや子どもたちに目配せし「ちゃんとついてきて下さいね」と指示を出してから、私たちは鳥居を潜り、神社に向かって歩き出した。
道中はまだ安全だ。
裏世界の魔物たちが襲ってくるのは、イザナミと話したあと。
バサバサッ――
「ピーウ!」
「フェザー!」
すると待ってましたとばかりにクソデカ雷鳥が飛んできて、私の側に降り立って歩き出した。
クルルルル……と猫なで声を出しながらクチバシを擦り寄せてくる。
私はハインリヒに向かって親指を立てた。
「私が縮めて持ち込んでおきました!」
「ナイスですハインリヒさん!」
「「えへへ」」
自分に褒められて同時に喜ぶ私二人。
神社に近づくと「御霊イザナミ」の姿は消え、代わりに同じサイズの石碑が立っていた。ナビゲーターと出会うためのキーストーンだ。
ハインリヒにはそのまま子供を守らせ、私が石碑に触れる。
その瞬間、私たちの真横に一人の人物が現れた。
「お待ちしていました、プリティコスモス。そして、魔女ハインリヒ」
その人物は、謎の巫女姿の女性だった。
彼女の存在感は圧倒的で、ただならぬ力を周囲に感じさせた。
実は擬人化した「御霊イザナミ」がさらに人化した姿である。
「私はこの神社の守護者、イザナミです。あなたたちがここに来ることを予知していました」
「どうも守護者さん、私はプリティコスモスです。私たちの友人の魂を探してここに来ました。もしかしたらこの世界に迷い込んだかも知れませんので、友人探しのお手伝いをしていただけませんか?」
「……わかりました」
イザナミは静かに微笑む。
「ですがその前に、あなたには私を従えるにふさわしいかどうか試練を受けてもらいます。それに合格すれば、この世界で道案内をしましょう。よろしいですか?」
来た、裏世界の魔物とのバトルイベント。
「もちろん!」
「いいお返事で。一本勝負で行きますよ!」
こうして私は巫女イザナミからの試練に挑むこととなった。




