EP6 『ブルーベリーからオレンジへ』
アゲラン大隊第一中隊と僕たち任務部隊一七八九は敵駐屯地二つを制圧し、後方へ移動中の車列を複数攻撃し、一度東へと後退した。連合軍の占領地となったドネル河近くの都市ジュルジェへ向かったのだ。
パーシュミリアの都市ジュルジェは、今や連合軍の前線基地の様相を呈していた。防空部隊が展開し、野戦指揮所とそれに付随する通信中隊、本部付きの部隊をはじめ、サンベルナール共和国陸軍第三軍の戦力が逆襲に備えつつ、さらなる進軍のための準備を進めていた。ドネル川対岸の前進基地として沼地の多いジュルジェ近郊はこれ以上ないほどに防御戦闘に適しており、都市の外周には早速塹壕と対戦車陣地が設けられ、都市のあちこちに偵察ドローンとその統合運用AIユニットが置かれた。ジュルジェ周辺のニ十キロメートルほどは対帝国への橋頭保として、この都市は建設されてからこれ以上にないほどに陣地化され、人や物が集結しつつあった。
そのジュルジェの中でも司令部として接収された郊外のチョコレート工場に、アゲラン大隊第一中隊と任務部隊一七八九は駐屯している。住民たちへの食糧や医薬品配給でチョコレート工場のトラックは使用中で、その巨大な駐車場のフェンスは今や《フォルネウス》と《ヴェパール》のダンたち整備班がすべて切断していってしまい、シミュラクラの簡易整備場と化していた。
「都市の環境はかなり悪い。重労働に加えて児童労働の義務化、あらゆる教育機関の閉鎖が布告され、さらには密告制度が市民の心理的状態を劣悪なもとにしている。あぶれた知識層はみんな強制労働刑でどこかに運ばれていったそうだ。少なくとも3000人から5000人が行方不明だ」
司令部から派遣されてきた情報将校が顔に憂鬱な仮面を張り付けながら、モニターシートを指しながら言った。
モニターシートに映っているのは、密告や逮捕を免れた幸運な市民が隠し撮りした帝国軍治安維持部隊の様子だった。警察と書かれた黒い防護服とヘルメット姿の男たちが警棒と盾を持って一般人を殴打し、引きずるようにして窓の塞がれたバスに押し込んでいく。他には銃を持った治安維持部隊が突撃銃を突きつけながら、思想犯と判断された人々の列を同じようなバスに押し込んでいる様子。そんな同じようなものが、いくつもあった。
僕らはチョコレート工場の事務室の一角で、それを思い思いのスナックとジュースを楽しみながら見ていた。それらすべては近くのスーパーマーケットにあったもので、困窮した市民に配る前にいくつか貰ったものだった。
「で、オレたちになにか影響はあるのか? 都市環境の話なら嫌ってほど知ってる帝国のやり口、その最悪が適応されたって話で理解したがよ」
炭酸飲料を片手にしながらメアリー・ラッセルズがいつもの口調で言うと、情報将校はムッとしながら口を開いた。情報将校は僕らの後ろ盾になってくれているサンベルナール共和国の軍人なので、ニルドリッヒ共和国の首都攻防戦やあの撤退戦についてのことをデータでしか知らないはずだ。
「影響はある。現に君たちがさっきから飲食しているものは、現地にあったものをそのまま供給したものだ。食糧の補給計画を切り替えなければならない」
「ですが、補給計画の切り替えを悠長に待っていたら敵の焦土作戦はより深刻に、そして徹底的に実施され、さらなる混乱を我々に与えてくる可能性が高い、というわけです」
工場にあった踏み台に乗ったハルが補足すると、情報将校は頷く。
「よって、現状の態勢で予定を繰り上げ首都攻略への足掛かりを作っておくことになった」
情報将校が端末を操作すると、モニターシートがジュルジェとビュークが映る地図へと変わる。
広がる田んぼに点在する川と森、そして町などがあり、ジュルジェからビュークへと延びる道の先には必ずと言っていいほど川があり、市街地があり、橋がある。
「知っての通り、パーシュミリア連邦の首都ビュークは平野に位置し、複数の河川と堡塁、要塞によって守られた要衝だ。国家弁務官が首都機能を建設の進むケーニヒスベルクへ移設したとはいえ、パーシュミリアの交通の心臓であることに変わりはない。これを攻略するには、ビューク方面に前線基地を設置して戦力と兵站を集中させる必要がある」
そして映し出されるのは、パーシュミリアの国道5号線を抜け、国道41号線の先にあるコマーナ国立公園だった。
この国立公園はその外周に八つの町を有しており、背後にはアルジェス川を有している。見方によっては堅牢な防衛線間違いなしといったところだが、情報将校によればそうではないのだという。
「コムーナ国立公園は現在、周辺一帯から逮捕した人々を集積する中継地点として使用されている。これはウォルポートの現地協力者、複数人から裏付けが取れている。我々はむしろこの地点がもっとも攻めにくいと見ていたが、想定よりも防御は薄いと見た。ここを強襲し奪取し、国立公園の自然を使って物資や戦力の隠蔽を行い、首都攻略の足掛かりとする。そしてこの作戦には、アゲランを吸収合併した任務部隊一七八九にも参加してもらう」
地図がコマーナ国立公園周辺にズームされると、ジュルジェから延びる二つの道路にそれぞれ部隊名がずらりと並んだ。
僕はその中の一つに《Task Force 1789》があるのを探して、見つけた。さきほど言った通り、国道41号線から攻撃する部隊にいる。自由ニルドリッヒ陸軍からは首都からの撤退戦を生き延びた僕ら任務部隊一七八九と第五〇一戦車大隊、サンベルナールで新設編成された第一機械化歩兵連隊「ウーラン」、サンベルナール共和国陸軍の第一外人騎兵連隊と第一シパーヒー連隊の二個軽装甲連隊に、第二外人歩兵連隊。
一方で僕らとは違う道路から攻める部隊はウォルポート連合王国陸軍のヨークシャー連隊とランカスター公連隊に第二王立戦車連隊、そしてガタリア共和国大陸派遣軍のアイランド・ライフルマンズ連隊、ブラックデビルズ装甲連隊。部隊の名前の付け方だけでここまでお国柄が出てるなと思えるのは、なかなか面白い。
「それでハル、これはどっちが主攻なんだ? おれたちが当て馬やらされるってんなら気分が悪いぜ」
「で・す・か・ら! 私は少佐です!! ………こほん、この作戦では我々が主攻を担当します。ウォルポートとガタリアの軍は、その側面援護兼陽動です」
「この作戦でもまた、ヴェパールや砲兵隊による事前砲撃を行うが、国立公園を丸焼けにするのを避けるためにピンポイントのスマート砲撃となる。初動作戦ほどの混乱は引き起こせないが、敵の要は破壊できるはずだ。あとは君たち前衛部隊に掛かっている」
情報将校がそうやや熱のこもった口調で言うものの、僕らの態度は変わらない。
いつだかの図書館であったように、フィッシャーはスナックを食べながら炭酸を飲んでゲップし、その隣で野球帽姿のマルコム・フレミングはチョコと珈琲を楽しみながらも話をきっちりと聞いていて、さらにその隣で机に足を乗せて行儀悪くガムを噛んでいるメアリーがおり、その隣ではニール・サイモンの膝の上にちょこんと乗ってその場を動く気がないであろう非常に満足した笑顔のエルがいて、ひたすらに長ーいカラフルなグミをちゅるちゅると啜って食べながらおそらく死んだ魚のみたいな目をしている僕がいる。
なんでそんな目をしてるかって、首都セント・ピーターズバーグで自分がなってたかもしれないもう一つの未来がさっきの逮捕映像特集で浮かんでしまって、帝国への復讐心と殺意が溢れてきて戦闘時のアドレナリンを思い出し、さっさと戦闘の続きがしたくて憂鬱になっていたからだ。気が付かないうちに僕は戦争中毒になったらしい。いや、帝国への復讐をするんだったらそれくらいの方が都合がいいんだろうけど。
まあ、そんな僕らを見る情報将校はすっかりと肩を落としてしまい、隣で踏み台に乗ったデザインチャイルドの幼女の少佐にぼつりと言った。
「いつも、こんなかんじなのか?」
「いつも、こんなかんじなんです……」
とても申し訳なさそうに肩を落としたハルの声を聴きながら、僕はグミがブルーベリー味からオレンジ味に突入したのをもぐもぐしながら感じたのだった。




