この世界 5
「君はなんで衛士に志願を?」
今度は大和がサハラに問うた。
その問いかけにサハラは目線だけ大和に向けて、手に持ったカップの中身をズズズっと一気に飲み干す。
そして失礼、と一言添えて行儀良く口元をハンカチで拭い去る。
そこでようやく大和に対して顔を向けた。
「たぶん、貴方と違って私の動機はホントに大したことはないと思う。」
「と、言うと?」
「今ここでこんな話をするつもりはなかったんだけど、私には人生の目標ってやつ?それが全く無かったんだ。実家は村の小さなパン屋をやってて。ほら、集会場の近くにあるやつ...小さい頃はそんな小さなパン屋を将来は継ぐことになるのかなって、漠然と考えていたんだけど、最近になって本当にこのままで良いのかってなってね。何か変わる決定的なモノを探しているときに、今回の衛士募集の話を知ったの。こう見えても私、小さい頃から知り合いの騎士団に所属している人に剣を習っててね。親には内緒だったけど、割と自信あったんだ。だから、これだって思ってね、応募したの。」
サハラはそこまで話し終えると、グッと背伸びをしてその場から立ち上がった。
そしてくるっと大和のほうへ向き直る。
「両親からは猛反対された。すっごく言い合いになったけど、これまではずっと親の言いなりに生きてきたから、少しは好きに生きてやるって、一方的に応募しちゃったんだ。だから親を認めさせるためにも今回は絶対合格したい。」
「...そうなのか。なら、今回頑張って合格するしかないな。そうすることで君の何かが変われば素敵な話だ。」
一通りの話を終えたサハラに、大和は感想を答えると、彼女はキョトンとした顔をした。
「どうした?」
「...ううん、ただ少し驚いただけ。今までこの話を他の人にも話したことがあったけど、ここまで市真面目に話を聞いて答えてくれた人は貴方が初めて。大体の人は笑ってバカにして来たのよ?女が何を馬鹿なことを―ってね。両親を含めた人達は女が衛士や騎士となって剣を握ることが馬鹿なことだって思ってるのよ。女は大きくなったら結婚して子供を産んで、その子供を大きく育てるのが役割だってね。でもそんなこと誰が決めたって言うの?そんなことをしなきゃいけない法律なんてないし、実際に騎士団の中には女の人だっているもん。なら私が挑戦して何が悪いって言うのよ。」
「...」
感慨深そうな表情のサハラを大和は見詰めた。
きっとこれまでの人生で彼女は女性であるというだけで、数々の枷を担ってきたのだろう。
大和が生まれ育った現代日本は今でこそ女性の社会進出は当たり前のことだったが、そんな日本だって戦前までは女性の社会的地位は低いものだった。
なら異世界と言えど、この中世ヨーロッパのような封建領主制の社会で生きるサハラのようなうら若き女性は一体どんな事を考え、何を望み生きているのだろうか。
彼女のような存在はマイノリティであろうが、彼女のような生き方を望む者は決して少数派なんかではないのだろう。
その証拠が今、大和の眼前で微笑みかけてきた。
「キデラ、ごめんね。試験前の大事な休憩にこんな話をしちゃって。でも、ここまで真剣に話を聞いてくれたのは君が初めてだったから、ついいっぱいお話しちゃった。...そろそろ試験が始まるみたいだし、私、もう行くね。お互いがんばろ?」
特徴的な八重歯をチラッと見せ、はにかんだ笑顔を残し、サハラは駆けていく。
そんな彼女の後ろ姿を見詰めながら、大和は午前の部に行われた徒手格闘試験での彼女の戦いぶりを思い返す。
「...あの体捌き、良い動きしてたなあ。パン屋の娘だなんて嘘なんじゃないか。」
彼の記憶には軽い身のこなしで相手の攻撃をいなし、翻弄する可憐な女性の姿があった。
そう、独り言ちた大和はすっかり冷めてしまったスープを一気に飲み干したのだった。
◇
昼食を兼ねた休憩時間が終了し、午後の部である実戦試験が今始まった。
会場は同じく練兵場だったが、先程の徒手格闘戦のリングのような会場ではなく、石灰を撒いただけの白線に縁どられた真四角の敷地がそこにあり、その周囲にはリングから移したのか、観戦席がしっかりと配置されている。
当然のように、観戦席中央には騎士団の幹部たちが陣取っており、大和は端の席に腰を下ろし、目の前で繰り広げられる闘いを見詰めていた。
「おらあ!」
「こなくそっ!!」
白線の内側で戦う二人の男からは気合の籠った声が発せられる。
そんな声が聞こえる度に、彼らが手にしている木製の剣からは鈍い音が奏でられた。
「ぐあっ!!」
どうやらこの試合の終わりが来たようだ。
対戦していた片方の男が激しくその場に倒れ込み、試験官がサッと駆け寄っていく。
そして倒れた方の様子を伺うと、すぐにその場に立ち上がり、右手を勝者のほうへ差し向ける。
「勝者、狩人のノーマン!」
「よっしゃ!!」
ノーマンと呼ばれた男は声高々に叫び、喜びを露わにした。
まあ、彼の行為は当然と言えば当然だ。
なぜなら、彼が次に剣を握るのは準決勝となるからだ。
この試験の場合、準決勝というべきかはこの際置いておくとして、彼にとって今の試合が準々決勝だったのだから、仮に次に負けたとしても少なくともベスト4入りは確定だ。
そうなればこの試験の合格に限りなく近づいたと言っても過言ではない。
つまり、大和にとっても次の試合を入れて後3回勝てば、見事優勝となるのだ。
「あと3回か。結構長いな。それよりも武器があの木剣っていうのもかなり不安だ。警棒より長くて竹刀より短いとなると間合いをどうするかがポイントか。」
大和は他人の試合よりも、次に来る自分の試合をどのように運んでいくかが大きな悩みとなっていた。
それもそのはずで、大和はこの試験で使用されるような木剣など扱ったことはないのだ。
あれがどのような重さで、どこに重心があり、強度はどれくらいなのか、見た目だけで推し量れるものではない。
「...ぶっつけ本番でいくしかないか。」
今更どうこう考えても仕方がない。
と、半ば諦めに似た感情の最中だった大和は会場のざわめきで我に帰った。
そして視線を先にやると、木剣を握りしめ、満面の笑顔を浮かべたサハラの姿がそこにはあった。
「お、あの子勝ったんだな。」
その可憐な姿とは不釣り合いの木剣を掲げ、嬉しそうに跳ねるサハラの姿を見て、大和の不安は一気にかき消されたような気がしたのは気のせいではないだろう。




