セシリア②
それがまさか、あの卒業パーティーの騒ぎのきっかけになるともつゆ知らず…
その後いろいろなことが粛清され、結局、カイラードもユーリスも王太子から外され大公の息子が新しい王太子となったことをセシリアは父親から聞かされた。
だがカイラードがこの先どうするかはだれにも知らされていない。
(カイラード殿下⋯今、どこでどうされていらっしゃるのだろう……)
せめて、彼が一人にならないように。
彼がその心を預けられ、信じられる優しい人が今度はちゃんと傍にいてくれますように。
セシリアにできるのは、ただ、風に吹かれながらそう祈ることだけだった。
「セシリア」
その時、ぼんやりと小麦の穂が揺れるのを見ていたセシリアの耳にあの懐かしい声が響いた。
弾かれたように振り返ると、そこには蜂蜜色の髪を風になびかせたカイラードが立っていた。
「カイラード殿下……?」
震える声でその名を呼ぶと、彼は張り詰めていた緊張を解くようにどこまでも優しい笑みをこぼした。
「もう王族じゃないから、殿下はいらないよ。」
「王族じゃない…?」
「あー、父上からは許可が下りてないからまだ完全に王族から抜けたわけじゃないんだけど…」
眉を下げて少しだけ困ったように笑う彼を見て、セシリアは何と言っていいか分からずただ黙って言葉の続きを待った。
「…私はね、王族にはつくづく向かない人間だと気づいたんだ。だから王太子から降ろされることをわかったうえであの計画を立てた。だからね、自分がやったことは後悔していないんだよ」
屈託のない笑顔でそう話すも自ら王太子の座を手放したことにセシリアは内心驚いていた。
彼はこの国の王になるため王太子として頑張っていたはずだから。
「そんな顔しないでくれ。……確かに結論を出すまですごく悩んだよ。けど心が決まってからはもう未練がまったくなくなったんだ。でも…自分の気持ちだけで突っ走るわけにはいかないし、その座を手放した後の混乱がどうなるか、それに一人でやり切れるのか考えて、不安にもなった。……乗り越えられたのは……全部、君のおかげだ。君が守ってくれたあの場所のおかげで私は最後まで戦えた」
セシリアは、自分が彼にそんな大きな決心をさせてしまったのだという後ろめたさを微かに感じつつも、最終的にはきっぱりと宣言してくれたその言葉に深い安堵に包まれた。
この方は、傷ついてすべてを失ったのではない。自分の意志で未来を掴み取ったのだ。
「それで、その……ロータス領は人手が必要ではないかい?」
「はい?」
予想外の言葉にセシリアが目を丸くすると、彼はどこか焦ったように早口で続けた。
「私は、こう見えてそれなりに能力があると思うんだ。そりゃ国を動かすほどじゃないけど…。で、でも執務は得意な方だ。剣術はその、それなりなんだけど……」
耳まで真っ赤に染めて視線を彷徨わせるカイラード。
セシリアはどこか突拍子もないそのアプローチの先に、彼が本当に伝えたい本音が見え隠れして期待に心臓が痛いほど激しく鼓動を打つ。
(まさか…そんなこと…でも…もしかして…)
セシリアは祈るような気持ちで視線を逸らさずカイラードを見つめていた。
じっと自分を射抜く琥珀の瞳に、カイラードもついに腹を括ったように視線を重ねてくる。
今度こそ、一番大切な続きを伝えるために。
だけど、かつてないほど緊張しているらしい彼は、言葉を紡ごうとしては喉を詰まらせうまく伝えることができない。
「……うん、あのさ……あのね……」
完璧だったはずの王太子がまるで子供のように言い淀んでいる。
セシリアはそんな不器用な彼すら愛おしいと感じていた。そして静かに次の言葉を待った。
「……君の側にいたい。君が好きだ」
ついに発したその言葉はセシリアの心の奥にジワリと浸透していった。
ずっと恋い慕っていた彼の素直な言葉がセシリアの心を優しく満たしていく。
「……私も、……私もずっと、お慕いしてました」
そう一言、震える声で口にする。
同時にセシリアの琥珀色の瞳から一筋の涙が静かに頬を伝って流れ落ちた。
それを見たカイラードはたまらずセシリアをその腕の中へと強く抱きしめた。
そんなふたりの目の前で、黄金の小麦たちが、まるで二人を祝福するように優しく揺れ動いていた。
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