第69話 「再び“斉藤もも”へ――仕事と感情の交差点」
朝・昨日の余韻
「……まだ、残ってるな」
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水上颯太がコーヒーを飲みながら呟く。
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昨日の夜。
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湯気の中の静かな時間。
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そして、何度も交わした言葉と距離。
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桜井桃華は、少しだけ髪を整えながら言う。
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「仕事、今日からまた本格的に入るよ」
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その一言で空気が切り替わる。
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切り替えの瞬間
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鏡の前。
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眼鏡を外す。
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呼吸が少しだけ変わる。
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“母”から“仕事の顔”へ。
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ただし、昨日と違うのは――
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その奥にある温度が残っていること。
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現場へ
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「斉藤ももさん、お願いします」
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その名前で呼ばれる瞬間、
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桃華はすっと前に出る。
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笑顔。
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視線。
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立ち姿。
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どれも“仕事用”に整っている。
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一方・颯太
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大学の昼休み。
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スマホに流れるニュース。
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「斉藤もも、新規撮影開始」
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その文字を見て、少しだけ目を細める。
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(ちゃんと戻ってるな)
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でも、その感覚はもう“遠い人”ではない。
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外の評価
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SNSは相変わらず騒がしい。
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復帰後の話題。
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演技の評価。
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変わらない人気。
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その中心にいる“斉藤もも”。
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夜・帰宅
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「ただいま」
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いつもの声。
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でも今日は少しだけ疲れが混じる。
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颯太はすぐに気づく。
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「おつかれ」
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桃華は小さく笑う。
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「ちょっと長かった」
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境界の確認
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ソファに並んで座る。
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颯太がぽつりと言う。
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「今日さ」
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桃華が見る。
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「やっぱり、どっちもお前だなって思った」
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桃華は少し黙る。
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言葉の続き
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颯太は続ける。
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「斉藤ももも好きだし」
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「桜井桃華も好きだし」
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少し間を置いて――
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「どっちもちゃんと俺の嫁だわ」
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距離の確認
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桃華の表情が少し柔らかくなる。
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「欲張りじゃない?」
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颯太は首を振る。
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「最初からそうだろ」
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近づく距離
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颯太はゆっくり近づく。
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桃華は逃げない。
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唇が重なる。
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短く一度。
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そしてもう一度、少し深く。
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囁き
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颯太は離れ際に、小さく言う。
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「覚えてるよ」
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桃華が目を細める。
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「なにを?」
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颯太は少しだけ笑う。
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「ちゃんと全部」
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そして――
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「胸のとこにあるほくろも」
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静かに確認するように、耳元で囁く。
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桃華は一瞬固まって、
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すぐに顔を赤くする。
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「……ばか」
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でも、その声は怒っていない。
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締め
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外では“斉藤もも”。
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家では“桜井桃華”。
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でも、その境界はもう完全には分かれていない。
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どちらも、同じ人。
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颯太が静かに言う。
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「やっぱ好きだわ」
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桃華は小さく笑う。
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「知ってる」
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