第61話 「長男の本音と、“言えない気持ち”」
朝・変わらないようで違う
「いってきます」
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颯が先に玄関へ向かう。
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いつも通り。
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でも、ほんの少しだけ早い。
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桜井桃華はその背中を見ていた。
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(急いでる……?)
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小さな違和感の積み重ね
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保育園へ向かう道。
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颯は自分から話さない。
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桜と桃佳が話している横で、
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静かに歩いている。
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桃華は無理に声をかけない。
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(今はまだ、様子を見る)
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午前・颯太の視点
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大学の講義中。
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颯太の頭の中にも、昨日の話が残っている。
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(我慢、か……)
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自分の幼い頃を思い出す。
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言えなかったこと。
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飲み込んだこと。
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(似てるかもしれないな)
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夕方・小さな出来事
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迎えの時間。
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先生が少し補足する。
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「今日はおもちゃの順番で少しあって……」
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桃華と颯太が聞く。
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「颯くん、本当はやりたかったみたいなんですけど」
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「“いいよ”って譲ってました」
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帰り道
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「やりたかったの?」
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颯太が軽く聞く。
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颯は少しだけ間を置く。
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「……べつに」
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否定ではない。
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でも、肯定でもない。
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夜・きっかけ
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夕食後。
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桃佳と桜が遊んでいる横で、
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颯は一人で座っている。
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桃華が隣に座る。
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「ねえ」
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颯は顔を上げる。
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「我慢するの、えらいよ」
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颯は少し驚く。
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「……えらい?」
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言葉の選び方
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桃華は頷く。
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「でもね」
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「我慢しなくてもいい時もある」
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颯は黙る。
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本音の入り口
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少しだけ沈黙。
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やがて、ぽつりと出る。
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「……とりたかった」
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小さな声。
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でも、それは“本音”。
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受け止める
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桃華はすぐに否定しない。
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「そっか」
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ただ、それだけ。
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颯は続ける。
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「でも……けんか、やだ」
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本当の理由
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颯太も近くに来て聞いている。
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「だから、ゆずったのか」
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颯は頷く。
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親としての答え
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颯太はしゃがんで目線を合わせる。
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「けんかしないのは大事だ」
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「でもな」
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「言わないと、伝わらないこともある」
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桃華の補足
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「“やりたい”って言うのは、わがままじゃないよ」
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「気持ちを伝えること」
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颯は考える。
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小さな一歩
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「……いってもいい?」
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桃華と颯太は同時に頷く。
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「いいよ」
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締め
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その日の夜。
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颯は少しだけ表情が柔らかくなっていた。
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“我慢するだけ”から、
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“伝えることを知る”へ。
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桃華が小さく言う。
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「ちゃんと出せたね」
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颯太は頷く。
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「最初の一歩だな」
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