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閑話⑨(前編) 「“本気”を求めるということ」


夜・静まり返ったあと


子どもたちが眠り、


家の中に再び静けさが戻る。



リビング。



桜井桃華はソファに座り、ゆっくり息を吐いた。



その向かいで、水上颯太――



「……なあ」



再び、口を開く。




桃華は顔を上げる。



「どうしたの?」




もう一度の問い



颯太は少しだけ迷う。



だが、視線は逸らさない。




「もう一回、聞いていいか」




桃華は頷く。



「うん」




颯太は言った。



「“斉藤もも”として」




「俺に、本気を見せてくれないか」




空気の変化



一瞬、時間が止まる。




その言葉は軽くなかった。



“お願い”というより、



“踏み込む行為”に近い。




桃華の目がわずかに揺れる。




「……本気って」




静かに問い返す。




言葉の意味



颯太はすぐに答えない。




「演じるとかじゃなくて」




「ちゃんと、向き合うって意味で」




その言い方は不器用だったが、



真っ直ぐだった。




桃華の内側



桃華は視線を落とす。




“斉藤もも”としての自分。



それは仕事であり、



過去であり、



今も一部として存在しているもの。




でも――



それを“夫に向けて使う”という行為は、



少しだけ違う意味を持つ。




「……難しいこと言うね」




小さく呟く。




颯太の本音



颯太は静かに言う。



「難しいのは分かってる」




「でもさ」




一歩だけ近づく。




「全部受け入れてるつもりだから」




「中途半端なのは嫌なんだ」




その言葉は、責めるものではない。




“覚悟の確認”だった。




境界線



桃華は顔を上げる。




「それってさ」




「“仕事の私”も、“妻の私”も」




「全部一緒にしろってこと?」




颯太は少しだけ考える。




そして首を横に振る。




「一緒にしろとは言ってない」




「でも、分けすぎるのも違う気がする」




沈黙



数秒の沈黙。




その間に、桃華は考える。




“役としての自分”をどこまで持ち込むのか。




“夫婦としての自分”とどう重ねるのか。




小さな答え



やがて、桃華はゆっくり口を開く。




「……分かった」




颯太がわずかに息を止める。




「本気、見せる」




その言葉は短いが、重かった。




ただし条件



桃華は続ける。




「でも一つだけ」




颯太が見る。




「“見せる側”だけじゃなくて」




「ちゃんと“受け止める側”でいて」




その視線は真剣だった。




確認



颯太は迷わず頷く。




「約束する」




締め



空気が変わる。




さっきまでの距離ではない。




一歩踏み込んだ関係。




桃華が小さく言う。




「じゃあ……ちゃんとやるから」




颯太は短く答える。




「待ってる」


⸻ 


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