第31話「出産の気配と、揺れる日常」
病室・朝
「……重い」
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目を覚ました瞬間、桜井桃華は小さく呟いた。
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お腹の感覚が、昨日と違う。
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(張る……時間が増えてる)
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「……そろそろ、かな」
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自分でも分かる変化。
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それは恐怖というより――
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“現実に近づいている感覚”だった。
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午前・病室
コンコン。
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「入るよ」
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水上颯太が、いつも通りに入ってくる。
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「顔色……ちょっと悪いな」
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すぐに気づく。
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「うん、ちょっと張ってる」
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桃華は素直に言う。
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颯太の表情が一瞬だけ強張る。
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「……無理すんなよ」
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「してないよ」
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少しだけ笑う。
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でも、その笑顔は弱い。
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医師の回診
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「予定より少し早いかもしれません」
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医師の言葉。
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「三つ子ですから、兆候が出るのも早いです」
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「……」
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颯太が黙る。
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「ただ、今すぐというわけではありません」
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「準備は進めておきましょう」
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病室の空気
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医師が出た後。
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静けさ。
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「……来るんだね」
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桃華がぽつりと言う。
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颯太は、ゆっくり頷く。
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「うん」
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「怖い?」
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桃華が聞く。
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颯太は少し考えて――
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「怖くないって言ったら嘘だけど」
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「でも」
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視線を上げる。
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「楽しみでもある」
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その言葉に、桃華は少し驚く。
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「楽しみ?」
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「うん」
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「三人だぞ」
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少し笑う。
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「一気に家族増えるじゃん」
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その瞬間。
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桃華の目が少し潤む。
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「……うん」
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小さく頷く。
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午後・準備
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病室に段ボールが届く。
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ベビー用品。
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・小さな服
・おむつ
・タオル
・ベビーベッドのカタログ
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「もう現実だな」
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颯太が箱を開ける。
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「うん」
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桃華も見つめる。
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「名前とかさ」
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颯太がふと呟く。
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「考えてる?」
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桃華は少し笑う。
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「まだ」
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「でも楽しみ」
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そのやりとりは、どこか穏やかだった。
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夜・病室
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桃華は横になっている。
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お腹に手を当てる。
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(ぽこっ……ぽこっ)
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「……元気だね」
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小さく笑う。
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その時――
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「ん……?」
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少し強めの張り。
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「……颯太くん」
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呼ぶ声は静かだが、少し緊張が混じる。
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「どうした?」
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すぐに近づく颯太。
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「ちょっと……張りが強いかも」
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空気が変わる。
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颯太の表情が引き締まる。
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「ナース呼ぶ」
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即座に判断。
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数分後。
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看護師が駆けつける。
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「安静にしましょう」
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「無理しないでください」
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病室・夜
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処置が終わる。
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落ち着く。
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「……びっくりした」
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桃華が小さく言う。
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颯太は隣に座る。
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「そろそろ本番近いな」
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「うん」
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少しの沈黙。
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でも不安はない。
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むしろ――
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“準備が整っていく感覚”。
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颯太の言葉
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「大丈夫」
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静かに言う。
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「ちゃんと守るから」
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桃華は少し笑う。
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「うん」
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「じゃあさ」
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桃華が少し冗談っぽく言う。
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「本当に家族だね」
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颯太も笑う。
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「もうとっくにだろ」
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外の夜は静か。
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でもこの部屋の中だけは――
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確実に“新しい命の時間”へと進んでいた。
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