第21話「変わる体、揺れる仕事、そして忍び寄る危機」
■朝・違和感
「……重い」
目を覚ました瞬間、まず違和感があった。
昨日までの疲労とは違う。もっと深い場所が変わっている感覚。
桜井桃華はゆっくりと上体を起こし、息を整えるように胸に手を当てる。
次に自然と、お腹へ手が伸びた。
まだ見た目は何も変わっていない。
それなのに――確かに“いる”。
三つの命。
(昨日知ったばかりなのに、もう体が追いついてきてる)
怖さと現実感が、ゆっくりと混ざり始める。
嬉しいのか、怖いのか、自分でも分からないまま時間だけが進んでいく。
⸻
■大学・朝
「桃華、大丈夫?」
声をかけてきた春日千香は、すぐに違和感に気づいた。
「顔、ほんとにやばいよ」
「……ちょっとだけ寝不足で」
桃華は笑おうとするが、うまく形にならない。
千香は即座に眉をひそめる。
「それ“ちょっと”じゃないやつでしょ」
「昨日からずっと変だし」
「……バレてる?」
小さく呟くと、千香は即答する。
「当たり前でしょ」
少しの沈黙。
桃華は視線を落とし、ゆっくり言葉を選ぶ。
「……三人だったの」
「え?」
千香の動きが止まる。
「今なんて?」
「三つ子」
その瞬間、空気が完全に止まる。
「……は?」
「え、待って待って待って」
「情報量が多すぎる」
千香は本気で頭を押さえる。
「いや現実で三つ子って何?」
「ドラマの世界じゃない?」
桃華は少しだけ苦笑する。
「私もそう思った」
千香は真剣な顔に戻る。
「で、大丈夫なの?」
その一言だけは冗談じゃなかった。
桃華は少し間を置く。
「正直、分かんない」
「でも……やるしかない」
その言葉に千香は静かに息を吐く。
「……強いよ、ほんと」
「強くない」
桃華は首を振る。
「怖いだけ」
その言葉は、妙にリアルだった。
⸻
■撮影現場
「おはようございます」
いつも通りの挨拶。
けれど――体は正直だった。
重い。
視界が一瞬だけ揺れる。
足元の感覚が少し遅れる。
(やばい……)
その瞬間。
「桃華ちゃん?」
岸田ほのかの声が鋭くなる。
「顔色、ほんとに真っ白だよ」
「大丈夫です、少しだけ……」
言い切る前に。
「……っ」
強い吐き気。
思わず口元を押さえる。
「ちょっと!」
ほのかが即座に支える。
「これ無理なやつ!」
「楽屋行く!」
⸻
■楽屋
ソファに座った瞬間、体から力が抜ける。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が浅く、うまく空気が入らない。
「絶対ダメ」
ほのかは即断する。
「今日の現場はもう無理」
「でも迷惑が……」
「迷惑より体」
一切ブレない声。
少しの沈黙。
ほのかは目を細めて聞く。
「で」
「何人?」
その問いに、逃げ道はなかった。
桃華は小さく息を吸ってから答える。
「三人です」
一瞬、空気が止まる。
「……は?」
ほのかの思考が完全に停止する。
「今なんて?」
「三つ子です」
数秒の沈黙。
「……いやいやいやいや」
「ちょっと待って」
「一回整理させて」
ほのかは額を押さえる。
「一人でも大変なのに三人?」
「それ、身体もたないやつでしょ」
桃華は小さくうなずく。
「ですよね……」
ほのかはすぐに立ち上がる。
「決めた」
「今日から制限」
「え……?」
「撮影ストップ」
「いやでも……」
「ダメ」
即答。
「これは仕事じゃない」
「命」
その言葉で空気が完全に変わる。
桃華は何も言えなくなる。
「……分かりました」
ようやく絞り出すように言う。
⸻
■夜・通話
「大丈夫か?」
颯太の声は、最初から心配でいっぱいだった。
「うん……ちょっときつい」
正直に答える。
「だろうな」
すぐに返ってくる声。
「仕事減った」
「それでいい」
迷いのない即答。
「無理すんなって言っただろ」
その一言に、桃華は少しだけ息を吐く。
「……怖いの」
「全部変わる気がして」
少しの沈黙。
そして颯太は言う。
「変わるよ」
「……やっぱり」
桃華の声が少し沈む。
でも――続きは違った。
「でも、悪くはない」
「家族増えるんだろ?」
その言葉に胸が詰まる。
「三人だぞ?」
「でっかいじゃん」
軽く笑う声。
「戻れないけど」
「戻る必要ある?」
即答。
桃華は言葉を失う。
「……怖くないの?」
颯太は少しだけ間を置く。
「怖いよ」
はっきりと言う。
「でもさ」
「楽しみの方が、ちょっと勝ってる」
その言葉で、涙がにじむ。
「……ずるい」
「事実だし」
軽い笑い声。
でもその軽さが、逆に救いだった。
⸻
■深夜
通話が終わる。
静かな部屋。
桃華はお腹にそっと手を当てる。
「三人……」
まだ実感はない。
それでも確かに“そこにいる”。
(怖い)
(でも)
(ひとりじゃない)
その事実だけが、今の自分を支えていた。
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■楽屋・ほのかとの会話(再強化版)
「はぁ……」
呼吸がまだ整わない桃華。
「ほんとに無理しすぎ」
ほのかは腕を組む。
「ごめんなさい……」
「謝るな」
即答。
「で、何人?」
「三人です」
「……は?」
完全停止。
「三つ子です」
「いや、それ現実で聞く単語じゃない」
ほのかは天井を見上げる。
「情報量多すぎ」
すぐに表情を戻す。
「体やばいよ」
「自覚ある?」
「あります」
「なら話早い」
「今日から全部制限」
「撮影ストップ」
「でも仕事が……」
「ダメ」
強い声。
「命の方が先」
その一言で、空気が変わる。
桃華は黙る。
「……分かりました」
ようやく小さく頷く。
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■夜・颯太との通話(補強)
「怖いの」
桃華がぽつりと漏らす。
「全部変わる気がして」
颯太は少しだけ間を置く。
「変わるよ」
「でも、それでいい」
「家族増えるんだろ?」
「三人でも五人でも、でかいだけだろ」
その言葉に呼吸が止まる。
「戻れないよ?」
「戻る必要ない」
短く、強く。
「怖い?」
「怖いよ」
「でも楽しみの方がちょっと勝ってる」
その一言で涙が落ちる。
「……ずるい」
「事実だし」
⸻
■終幕
電話を切る。
夜の静けさ。
桃華はお腹に手を当てる。
「三人……」
まだ怖い。
でも確かに――そこにいる。
(ひとりじゃない)
その実感だけが、静かに胸に残っていた。
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