第107話 「“疑念の連鎖”と、踏み込む一歩」
■静まり返った大学
数日後――
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大学内の空気は、驚くほど落ち着いていた。
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廊下を歩く学生たちの会話も、
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「あの件どうなったんだっけ?」
「もういいんじゃない?」
「特に何もなかったっぽいし」
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そんな軽いものへと変わっている。
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“騒ぎ”は終わった。
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少なくとも――
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“表面上は”。
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水上颯太は、その中を歩く。
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背中に刺さっていた視線は、
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もうほとんど感じない。
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(……静まったな)
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あれだけ広がりかけた疑念。
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それが、ここまで落ち着くとは――
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正直、予想以上だった。
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■三人の動き
その理由は、はっきりしている。
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藍田杏香、蒲田絢佳、鎌田綾音。
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彼女たちが“止めた”。
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「桃華、大丈夫だって」
「変な噂、広げない方がいいよ」
「本人が元気ならそれでいいじゃん」
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直接的ではない。
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だが、
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“近い人間の言葉”は強い。
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疑念は完全に消えなくても、
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“広がらなくなる”。
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それが、今の状態だった。
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■日常の回復
講義。
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ノートを取る音。
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教授の声。
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すべてが“いつも通り”。
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颯太も、いつも通り席に座る。
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前と同じ風景。
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前と同じ時間。
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だが、
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(……完全に元通り、ではない)
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どこかに残る“余韻”。
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それでも、
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“日常”として成立している。
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■一つの区切り
昼休み。
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中庭のベンチ。
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颯太は一人、座っていた。
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スマホを見る。
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例の裏垢。
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フォロワー数は、依然として300万人。
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コメント欄も落ち着いている。
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「冷静な人で助かった」
「この人の発信で安心した」
「これからも応援していこう」
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(……役目は果たしたか)
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少なくとも、
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“この一件”に関しては。
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■残るもの
だが――
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完全な終わりではない。
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一度“疑われた”という事実。
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それは、
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見えない形で残り続ける。
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そしてそれは――
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“次のきっかけ”で再び浮上する可能性を持つ。
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■別の場所での動き
同時刻。
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スタジオ。
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“斉藤もも”は、カメラの前に立っていた。
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ライトを浴びる。
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視線を向ける。
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「はい、そのまま――いいですね」
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カメラマンの声。
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シャッター音が響く。
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■変わったもの
以前よりも、
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表情に迷いがない。
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動きにブレがない。
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それは、
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“覚悟が定まった人間”の姿。
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マネージャーの岸田ほのかが、小さく呟く。
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「完全に吹っ切れたね」
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■ももの返答
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「うん」
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「もう、戻らないって決めたから」
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■意味
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それは――
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“桜井桃華としての過去”と、
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“斉藤ももとしての今”を、
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完全に受け入れたということ。
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■夜・交わる現実
夜。
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家。
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子供たちは眠り、
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静かな時間。
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颯太が帰宅する。
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リビングの明かり。
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そこにいるのは――
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眼鏡をかけた桃華。
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「おかえり」
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いつも通りの声。
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「ただいま」
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変わらないやり取り。
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■報告
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「大学、完全に落ち着いた」
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颯太が言う。
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桃華は少しだけ安心したように息を吐く。
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「そっか……よかった」
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■確認
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「もう大丈夫そう?」
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「多分な」
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■距離
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桃華はゆっくり近づく。
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眼鏡を外す。
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その瞬間、
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空気が変わる。
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■静かな言葉
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「ありがとう」
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小さく呟く。
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■締め
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大学は、静まった。
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日常は、取り戻された。
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だが――
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それは“終わり”ではない。
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むしろ、
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“次の段階への入口”。
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静かな日常の裏で、
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確実に積み重なっていくものがある。
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それが崩れるとき――
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本当の意味での“選択”が迫られる。
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