第106話 「“崩れない嘘”と、近づく真実の影」
■張り付く空気と、消えない違和感
講義が終わっても、空気は完全には戻らなかった。
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教室を出る学生たちの中で、
ひそひそと交わされる声。
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「あれ、絶対何かあるよね」
「でも証拠ないしな…」
「桃華、急に辞めるとか普通じゃないって」
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断定ではない。
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だが、“納得していない層”は確実に残っている。
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颯太はその中を歩く。
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背中に感じる視線。
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止まらない小さな違和感。
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(……ここからが本番か)
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“疑われない状況”は終わった。
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これからは――
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“疑われ続ける状況”の中で、
崩れないことが求められる。
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■三人の視点
一方、廊下の端。
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藍田杏香、蒲田絢佳、鎌田綾音の三人はその場に残っていた。
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「ねえ、どう思う?」
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杏香が小さく呟く。
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「正直……」
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絢佳が言葉を選びながら答える。
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「何か隠してる感じはあるよね」
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綾音も頷く。
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「うん……桃華、あんな急に辞めるタイプじゃないし」
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■記憶
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三人の中には、“いつもの桃華”の姿がある。
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笑っていた姿。
何気ない会話。
将来の話。
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(あの子が何も言わずにいなくなる?)
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違和感が、確信に近づき始めている。
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■もう一つの引っかかり
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「それにさ」
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杏香が続ける。
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「“斉藤もも”が来てたタイミング、あまりにも出来すぎじゃない?」
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沈黙。
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誰もすぐには否定しない。
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■仮説
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「まさか……」
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絢佳が言いかけて、止まる。
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その言葉は、
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まだ口に出すには早い。
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だが、
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三人とも同じ方向を見ていた。
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■颯太の孤立
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その頃、颯太は中庭のベンチに座っていた。
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人の流れから少し外れた場所。
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スマホを取り出す。
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画面には、例の“裏垢”。
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通知は相変わらず多い。
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「さすがに信頼できる」
「この人の言うことなら納得」
「もう変な詮索やめよう」
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表面上は落ち着いている。
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だが――
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(内部は違う)
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“近い距離にいる人間”ほど、
違和感を抱いている。
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■現状の整理
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(SNSは抑えた)
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(でも大学は別だ)
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リアルな関係。
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日常の接点。
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それは、
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“ごまかしきれない場所”。
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■決意
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(崩さない)
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一度作った“説明”を守る。
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それが今の最適解。
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■別の場所・現場の変化
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同時刻のスタジオにて
“斉藤もも”は撮影の合間に、静かに椅子に座っていた。
メイク直しの時間。鏡に映る自分を見る。
(……来てるね)
ほのかからも、大学での動きは聞いている。
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■ほのかの言葉
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「大学側、ちょっと動きあるみたい」
「完全にバレるわけじゃないけど……」
「近いところは疑い始めてる」
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■ももの反応
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「そっか」
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それだけ。驚きも、焦りもない。
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■変化
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以前の“もも”なら、少しは揺れていたかもしれない。
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だが今は違う。
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「じゃあ――」
「崩さなければいいだけでしょ?」
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■覚悟
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その一言に、ほのかは少しだけ目を細める。
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(ほんとに変わったな)
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■内面
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ももの中には、“守る対象”がはっきり存在している。
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颯太。
子供たち。
この生活。
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それがある限り、“揺れる理由”はない。
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■夜・再び交わる時間
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夜。家の中… 子供たちはすでに眠っている。
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静かなリビングにて、
颯太と桃華は、向かい合って座っていた。
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■共有
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「今日、大学で少し動きあった」
颯太が口を開く。
桃華は静かに頷く。
「杏香たち?」
「……ああ」
名前を聞くだけで分かる。
“近い存在”ほど、違和感に気づく。
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■沈黙
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しばらく言葉はない。
だが、空気は重くない。
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■桃華の言葉
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「ねえ」
静かに口を開く。
「もし……バレたらどうする?」
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■核心
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避けていた問い。
だが、いつかは向き合う必要がある。
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■颯太の答え
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少しだけ考える。
そして、
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「その時は……」
「その時考える」
正直な言葉。
「でも」
「今はまだ、その段階じゃない」
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■桃華の反応
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小さく笑う。
「……うん」
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■距離
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ゆっくりと近づき、隣に座り、肩が触れる。
嘘は、まだ崩れていない。
だが、その土台は少しずつ揺れている。
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外側からではなく、内側から。
“知っている人間”によって。
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それでも―― 二人はまだ、崩れない。
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