第95話 「“溶け合う存在”と、選ばない選択」
■夜・リビングの静寂
帰宅してからしばらく、二人はほとんど言葉を交わさなかった。
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テレビはつけていない。
スマホも触らない。
ただ同じ空間にいるだけ。
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それでも、その沈黙は重くない。
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むしろ、
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“何も言わなくても成立している関係”だった。
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■ももの状態
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ソファに座る“斉藤もも”。
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だがその表情は、
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どこか桜井桃華のままでもある。
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完全に分かれていない。
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むしろ、
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“混ざった状態”で安定している。
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■颯太の視線
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颯太はキッチンからその様子を見る。
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(もうどっちかを選ぶ段階じゃないな)
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“どちらか”ではなく、 “ どちらもある ” 。
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それが今の彼女だった。
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■ももの言葉
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ふと、ももが口を開く。
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「ねえ」
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「私さ」
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少し間を置く。
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「もう戻れない気がする」
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その言葉は重くない。
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ただの“事実確認”のようだった。
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■颯太の答え
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颯太は迷わない。
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「戻る必要ないだろ」
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即答。
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■否定しない関係
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ももは少しだけ笑う。
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「やっぱりそう言うよね」
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それは予想していた答え。
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そして、求めていた答えでもあった。
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■距離が縮まる
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ももがゆっくり立ち上がる。
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一歩ずつ近づく。
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颯太は動かない。
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避ける理由がないから。
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■触れる瞬間
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ももは颯太の前で止まる。
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そして自然に腕を回す。
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抱きつく。
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それは強くもなく、弱くもない。
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“ここにいる”という確認。
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■キス
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顔を上げる。
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視線が重なる。
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そのまま、唇が触れる。
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ゆっくりとしたキス。
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に… ももは颯太にかぶりつく様に抱擁する。
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今日一日のすべてを、一度リセットするような感覚。
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■言葉の代わり
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キスが終わっても、二人は離れない。
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ももが小さく言う。
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「ねえ、颯太」
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「どっちも好きって、変かな」
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■答え
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颯太は少しだけ考える。
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そして言う。
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「普通じゃないだけだ」
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それだけ。
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■納得
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ももは静かに笑う。
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「じゃあいいや」
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その一言で、すべてが整理される。
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■選ばない選択
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どちらかを選ばない。
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桜井桃華でも、斉藤ももでもなく、
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“両方でいる”。
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それが二人の選択だった。
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夜は静かに深まっていく。
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外の世界では… まだ“斉藤もも”が語られている。
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しかしこの部屋では、それはただの一部でしかない。
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ももが最後に呟く。
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「このまま、続けよっか」
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颯太は頷く。
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「ああ」
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その一言で、
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二人の“選ばない選択”は確定した。
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