第94話 「“日常への帰還”と、残り続ける感覚」
■レストラン・完全撤収後
最後の一人が店を出たあと、
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店内は急に静かになった。
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さっきまでの笑い声も、ざわめきも、すべてが嘘のように消えている。
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テーブルの上には、食べ終わった皿とグラスだけが残る。
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■ももの余韻
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“斉藤もも”はその場に立ったまま、動かない。
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さっきまでの自分。
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話した言葉。
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交わした視線。
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それらが、まだ身体に残っている。
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(楽しかった……)
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その感覚は確かにある。
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だが同時に、
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少しだけ“戻れない何か”も感じていた。
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■帰り支度
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スタッフが片付けを始める。
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「お疲れ様でした」
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ももは軽く頷く。
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「ありがとうございます」
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そのやり取りはいつも通り。
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だが、その“いつも”が少しだけ遠い。
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■外へ
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店の外に出る。
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夜の空気が、肌に触れる。
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静か。
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あまりにも普通の夜。
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■一人の帰路
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ももは一人で歩く。
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スタッフもマネージャーもいない。
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完全に“個人”の時間。
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■頭の中の残像
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さっきの光景が、何度も浮かぶ。
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名前を呼んだ瞬間。
笑った顔。
料理を囲んだ時間。
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そして――
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トイレでの、あの一瞬。
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■言葉にできない部分
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(あれは……何だったんだろう)
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“ファンとの距離”ではない。
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“仕事の一部”でもない。
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完全に“個人の時間”。
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■帰宅
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マンションの前に着く。
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鍵を取り出す。
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扉を開ける。
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■部屋の空気
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中は静かだった。
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電気はついている。
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そして――
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リビングにいるのは、水上颯太。
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■無言の再会
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目が合う。
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言葉はない。
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だが、それで十分だった。
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■距離の確認
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ももはゆっくりと近づく。
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今日は“斉藤もも”のまま。
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しかしその奥に、桜井桃華も確かにいる。
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■一言
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「帰ってきた」
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短い言葉。
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颯太は静かに答える。
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「おかえり」
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■空間の安定
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それだけで、すべてが元に戻る。
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外で何があっても、
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ここだけは変わらない。
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■小さな変化
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ももがソファに座る。
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少しだけ疲れたように背を預ける。
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「……なんか、変な感じ」
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颯太は聞く。
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「どこが?」
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■本音
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ももは目を閉じたまま言う。
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「外と中の差が、なくなってきてる」
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それは不安でもあり、
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同時に安心でもあった。
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■颯太の答え
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「いいんじゃないか」
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「無理に分ける必要もないだろ」
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■締め
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部屋の中は静か。
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外の世界はまだ動いている。
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だがその両方は、
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もう完全に切り離されたものではなかった。
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ももが小さく呟く。
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「このままでも……いいのかな」
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颯太は少しだけ間を置いて答える。
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「もう始まってるだろ」
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その言葉とともに、
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“日常への帰還”は、静かに形を変えていく。
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