第10話「深まる絆と、最初の試練」
それは、突然の電話だった。
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「……颯太くん?」
夜の21時過ぎ。
スマホに表示された名前は――桜井桃華。
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でも、その声は――
いつもと違っていた。
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「どうしたの?」
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「……ごめん」
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最初に出てきたのは、その言葉だった。
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「ちょっと……来てほしい」
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心臓が強く鳴る。
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「どこ?」
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「今日のスタジオ……近くのホテル」
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その声は、少し震えていた。
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「分かった、すぐ行く」
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迷いはなかった。
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夜・ホテル
部屋の前。
ノックする手が、少しだけ震える。
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「……桃華?」
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ドアが、ゆっくり開く。
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そこにいたのは――
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「……来てくれた」
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弱った表情の桃華だった。
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いつもの余裕はない。
強がりもない。
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ただ、“一人の女性”として立っていた。
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「どうしたの?」
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部屋に入りながら聞く。
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彼女は、少しだけ間を置いてから言った。
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「今日の撮影……」
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言葉を選ぶように、ゆっくりと。
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「うまくいかなかった」
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「え?」
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「何回もNG出して……」
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目を伏せる。
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「集中できなくて」
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その言葉に、胸がざわつく。
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「珍しいの?」
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「……ほとんどない」
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つまり、それだけ――
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「周りにも迷惑かけたし」
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「ほのかさんにも、心配されて」
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「……正直、ちょっと自信なくなった」
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その言葉は、想像以上に重かった。
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あの桃華が。
あんなに“プロ”として完璧に見えた彼女が。
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「……そっか」
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僕は、ゆっくりと近づく。
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「ねえ、颯太くん」
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彼女が顔を上げる。
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「私、向いてないのかな」
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その一言に――
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迷いはなかった。
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「そんなわけない」
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即答だった。
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彼女の目が、大きく揺れる。
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「だって俺、ずっと見てきたから」
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「30回、会いに行って」
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「全部、本気だったでしょ?」
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その言葉に、彼女の表情が少しずつ崩れていく。
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「今日だけだよ」
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「うまくいかなかったの」
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「それで全部否定するのは、違う」
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沈黙。
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そして――
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「……ほんと、そういうとこ」
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小さく笑う。
でも、目は少し潤んでいた。
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「救われる」
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その言葉に、胸が熱くなる。
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「俺、夫だし」
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「支えるの、当たり前」
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少し照れながら言うと――
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「……ばか」
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でもその声は、優しかった。
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数分後
ベッドに並んで座る二人。
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「ねえ」
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「うん?」
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「ちょっとだけ、甘えていい?」
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その言葉に、頷く。
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すると――
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彼女が、そっと肩にもたれてくる。
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「……こういうの、久しぶり」
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小さな声。
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「いつもは、誰にも見せないから」
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その言葉が、重く胸に落ちる。
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「ここでは、いいよ」
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「桃華でいられる場所、ここにある」
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そう言うと――
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彼女は、静かに目を閉じた。
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「……ありがと」
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そのまま、少しだけ時間が流れる。
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静かな空気。
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でも、それが心地いい。
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深夜
少し落ち着いた頃。
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「颯太くん」
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「うん?」
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「明日も、来てくれる?」
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その言葉に、少しだけ驚く。
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「現場」
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「今度は……ちゃんと見てほしい」
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逃げない目だった。
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「今日の私じゃなくて」
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「ちゃんとした、“斉藤もも”を」
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その覚悟に――
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僕も、応えたかった。
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「分かった」
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「ちゃんと見る」
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「全部」
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彼女は、ゆっくり頷いた。
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「……うん」
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そして――
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「ありがとう、颯太くん」
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その笑顔は、少しだけ強さを取り戻していた。
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この夜。
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僕は初めて、“夫として支える”ことができた気がした。
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そして同時に――
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この関係が、ただの感情だけじゃないと知った。
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支えること。
受け止めること。
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それも全部、含めて――
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“夫婦”なんだと。
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