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ひとり反省会

 浮かれた心地のまま家に帰ると、見慣れない靴があった。


「? 雪夜の友達、か」


 サイズやデザインからして女の子だろう。家に友達を連れてくるのは初めてか……ならまぁ、とりあえず静かにしておくか。


「将暉くん、ちょうどよかった」


 と思っていたら二階に繋がる階段からひょこっと顔を覗かせたのは雪夜だ。

 なんだろう。要件を予想して見るがどれもしっくりこない。ゲームの頭数ではないだろうし買い物を頼みに来たようにも見えない。


「何かあったのか?」

「……勉強、見て欲しい」

 



 「和泉愛季と申します」

「桐藤将暉です」


 雪夜の部屋、三人で丸机を囲んだ。

 ニコニコと人懐っこい子犬のような印象を受ける子だ。勉強を見て欲しいというのはこの子のことらしい。


「えっと……テストがヤバいって聞いたんだけど」

「はい、ヤバいです。めちゃヤバです」

「将暉くん」


 雪夜が差し出して来た紙束は、小テストだろうか。五教科分あるな。


「オウ」


 その内容は反射的にどこから手を付ければ良いかを考えること自体を脳が拒否する有様だった。どこまで理解しているかを予想する取っ掛かりすら掴めない。


「えっと中一の二回目のテストで、テスト範囲は……」


 指定されたページ数はそこそこ広い。だが。


「この時期で良かったかもしれない……今取り戻せば夏休みで予習まで行ける」

「予習?」

「……いや、今考えることではないか。復習は?」

「宿題は基本写してます」

「素直でよろしい」


 あまり危機感が感じられない。これは……そうか。勉強する習慣自体はあったはずだ、雪夜の通う中学は受験があるから。つまりこれは、燃え尽き症候群ってやつだろう。解放感が抜けきらないのだ。そして、最悪受験一年前とかから頑張れば何とかなると考えているのかもしれない。そう考えている人は高校にだっている。高校受験がそれで何とかなったから大学受験もその要領でと。


「和泉さん」

「愛季で良いですよ」

「では、愛季。今、自分があまり焦ってない理由を考えてみて欲しい」

「いやまぁ、ヤバいとは思いますよ。でも中学って留年とか無いし」

「でも、雪夜と勉強会するためにここまで来てるよね?」

「まぁ……はい、勉強するために」

「勉強をしたって言い訳を作りたいわけではないとしたら、なんで?」


 雪夜から、そんなこと聞いている暇あるの? と言いたげな視線を感じるが、今は無視。

 なぜ勉強に身が入らないのか、そこをまず愛季自身に自分を分析してもらう必要がある。


「やらなきゃいけないから? 一教科でも平均より下を取るとお小遣い減らされるんですよね。あと、夏休み補習に呼ばれちゃいますし」

「中間テストは?」

「まぁ、なんとかなりましたよ。なんとか」

「なるほどな」


 あまり良くない成功パターンを積んでしまったのか。何とかなってしまった。現状維持して良い理由ができて安心してしまった。現状を変えるにはエネルギーがいる。変えなくて良いのなら人はダラダラと変えないことを選んでしまう。取り返しがつかなくなるギリギリまでズルズルと。


「じゃあこうしようか。期末試験っていつ?」

「今週の金曜です」

「あと実質四日後か……よしわかった。四日間、雪夜に勉強の成果を見せようか。見せられなかった日は……おやつ禁止」

「えっ! 放課後一緒にどこか寄り道するのも?」

「禁止。毎日勉強して雪夜に確認してもらえば良いだけだよ。それに……とりあえず四日で区切るけど、それから毎日やらないと、多分ついて行けないと思うよこれは」

「うっ……」

「勉強する習慣を作ると思って頑張って」


 変えると誰かに宣言すること、それが現状を変えるのに効果的なプロセスだ。

 そして、人は得をすることより損をすることに敏感だ。放課後の友達との時間を犠牲にするくらいなら、と。

 だが、それだけじゃ足りない。何よりも重要なことがある。


「もちろん、拒否権はある。愛季が嫌だというなら構わない」


 誰かに言われて、誰かに強要されて。そんな言い訳を用意してやるつもりはない。

 自分の意思で宣言する。重要な過程だ。

 まぁでも、この状況自体、宣言するように誘導しているようなものだが。


「んー……良いや、雪夜ちゃんに迷惑をかけるのもあれだし」

「ん?」

「折角の申し出ですけど、普通に放課後に勉強会でもしましょう!」

「それは……」


 雪夜の視線を感じ慌てて言いかけた言葉を飲み込んだ。俺が言おうとしたこと、雪夜はわかったようで。『それは、勉強をしたという言い訳にしかならないんじゃないか?』 そんな言葉、友人の兄のような立場とは言え、今日知り合った相手にぶつけるには強すぎる言葉だ。

 言いかけた言葉の続きを待っている愛季に取り繕うように。「それならそれで、まぁ、時間が合えば協力するよ」とだけ言う。……本気になることは無い。助ける義理なんて無いのだから。協力したところで本人が本気にならなければ何をしたところで無駄なのだから。

 それに、週末には佐倉さんとのデートがある。ちゃんと下調べして計画は立てたい。どちらが俺にとって重要かなんて考えるまでも無い。

 その日は小テストの振り返りだけして終わりだ。

「ありがとうございました」なんて言って帰っていく愛季を見送って、何と無しに雪夜の方を見ると、目が合って。


「……なに?」

「あぁ、いや」

「将暉くんが考えていることはわかるよ。なんとなく。さっき余計なこと言おうとしたのも」

「うん」

「多分、あのまま将暉くんに任せてたらさ、確かに愛季は勉強していたと思う。もしかしたら習慣付いてたかもね」

「だったら、なんで止めたんだ」

「……愛季に将暉くん、嫌いになって欲しく無かったから」

「え?」

「だから、雪夜に任せて欲しい。将暉くんに嫌われ役になって欲しくない……なに?」

「あ、いや」

「変な顔して。雪夜、おかしなこと言った?」 

「そういうわけではない、というか、嬉しかったから」

「……別に、友達を家に誘いにくくなるの、嫌だっただけだよ」


 プイっとそっぽを向くように踵を返し、リビングに入っていく。俺は……あっ。

 追いかけるようにリビングに入り、キッチンに立つ雪夜に、今日の成果報告を。


「今週末、デートしてくる」

「! そ、そう……がんばって」

「うん。ありがとな、ここまで」

「……付き合えることになってから言いなよ、油断するには早すぎ」

「それはまぁ、そうだな。うん」


 まだ何も成してない。スタートラインに立っただけだ。


「……上手くいったらなんか欲しいもの、あったら出すよ」

「そのお金は彼女さんとのデートに使いなよ。上手くいったらだけど。もしダメなら、残念会くらいは付き合ってあげる」

「そりゃどうも」

「……暇なら手伝って、野菜切っといて」

「はいよ」

「……ニヤニヤして気持ち悪い」

「え、してた?」

「うん」


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