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痩せて欲しかった従妹は密かに焦る  作者: 神無桂花


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9/25

ひとり反省会

 週末に楽しみができると、普段はぼーっと流すように過ごしている残りの四日間がやけに長く感じた。

 教室の中でいつも通りを装いながらもふとした時にソワソワしている自分がいる。

 本のページが進まないなと思っていたら同じページを何回も読んでいたり。酷い時は開きもせずに表紙を眺めていることもあった。

 一応、雪夜と愛季は毎日勉強会していた。うちでやる時は手伝うこともあったが、それもどこか上の空だった気がする。そういえば今日だな、雪夜たちのテスト。愛季、だっけ。大丈夫だったのだろうか。


「やっ」

「佐倉さん、えっと……」

「明日だね」

「あ、うん」


 放課後、普段ならさっさと帰っているところだが、授業が終わったのにも気づかず、教科書を眺めていた。


「駅前十時だよね、楽しみだな」

「俺も……楽しみ」

「ふふっ……猫カフェの後、どこ行く?」

「あ、えーっと……」


 猫カフェの、あと? しまった、出かけること自体が目的で中身を殆ど考えていなかった。くっ、雪夜に確認しておけば良かったか……。

 猫カフェ楽しんで即解散はあまりにも寂しすぎる。


「じゃあ、わたしも考えておくね。当日決めてもきっと楽しいし」

「あ、ありがとう」


 グルグル回るばかりで結論を出さない頭は差し出された助け船にあっさりと乗り込む。


「それじゃあ、また明日」

「うん。また、明日」


 だから、さっさと教室の外に駆けていく佐倉さんに気の利いた事一つ言うことなく見送ってしまう。明日一日で取り戻せる失点なのだろうか。


「くっ、これは気づけたミスだな」


 なんで気が回らなかった、浮かれていたのか。浮かれていたな。油断するには早過ぎって怒られたばかりだというのに。

 俺が完璧にエスコートする。その覚悟が甘かったということだ。気を引き締め直そう

 失点は取り返せるのか。わからない。けれど、取り返す努力をする機会はある。なら、やらない理由は無い。どうすれば良い。わからないなら調べろ。データを集めろ。手当たり次第データをかき集め、精査し、反映する。その繰り返しがあらゆる物事の精度を高めていく。

 まずはコミュニケーション能力が高い人の真似事ができるようになる。真似事でも逃げずに貫き通していけばいずれは本物になれるはずだから。


「ふぅ……」


 流石に雪夜に一言相談しておくべきか。




 「ふぅん。まぁ、デート前日にわかっただけマシじゃない? 当日だったらもっと慌てる羽目になってたかもね」


 家に帰ってすぐ、アイスを献上しながら雪夜の部屋にて今日あった出来事を伝えると、思っていたよりあっさりした反応が返って来た。


「思ったより向こうも楽しみにしてるんだ」

「スプーン咥えながらもごもご言われてもわからないんだが」

「うっさい。はぁ……天気よければ公園でお話とかでも良いと思うよ。あれしなきゃこれしなきゃってなんか慌ただしいし。何をするでもなくただ一緒にいるだけでも心地いい関係なのか、確かめるのは大事だと思う」

「おぉ……なんかすごく含蓄がある」

「話題が途切れても焦らない関係じゃなきゃ、付き合えないでしょ、いつまでも相手を王子様お姫様だと思ってご機嫌取り続けるわけにもいかないし。話題は作りづらいかもしれないけど、まぁ、練習だと思って」

「うっ」


 そうだ。その通りだ。必死になって一緒に何するかを考えていた理由はそれに関連付けた話題を振り続ければ会話に困らないと思ったからだ。雪夜が指摘した通り、慌ただしいと思われる可能性は危惧していたが、改めて言われると確かに大きな欠陥に見える。それに。デートの度に何か特別なことをしなければいけない、そんな意識が出来上がってしまうのは確かにマズいかもしれない。

 手探りな現状、何でも試すべきだし、立ち止まって慎重になるべきだ。

 うん。最初から見切りを付けず、やってみようと思えるだけ、成長しているのかもしれない。


「そうだな。雪夜のアドバイス通りに行こう」

「そっ。まぁ、がんばりなよ」

「ありがとう。じゃあ、宿題手伝うよ」

「うん。……お願いします」


 どこか困ったような笑顔、雪夜の見たことの無い表情に少しだけ違和感を覚えた。

 期末試験が上手くいかなかったわけでもないだろうに。仮にそうだったら雪夜なら復習をしている筈だ。

 ……ん?

 雪夜の通う学校には高等部がある。その文化祭の設営案がなんで雪夜の手元にあるんだ?

 その違和感は別の違和感に繋がる、俺が部屋に入った時、雪夜はさりげなく、教科書を移動させた。まるで文化祭の設営案のプリントを隠すように。なんで俺に隠す必要があるんだ?


「はい、これ。今日のテスト。自己採点してみたから見て欲しい」

「あ、うん。わかった」

「あと、愛季のももらってきたから、一緒に見て欲しい」

「おう」


 違和感を一旦脇において。丁寧な字で書かれた雪夜の答えに目を落とす。それとなく聞くべきだろうか。何か困ったことでもあるのか。


「なぁ、雪夜」

「ん?」

「困ったことがあったら言って欲しい。できる限り手伝う」

「……うん。その時になったら、お願い」

「それとさ、愛季のテスト。ザっと目を通した印象だけど。やればできるじゃん」

「だよね。うん」




 ……正直、魔が差したのは否めなかった。

 将暉くんは人との関わり合いがそこまで得意な人じゃない。そんな人にするアドバイスじゃない。この前喫茶店で偶然会ったデートの相手の子も、そこまで積極的に会話をしてくるタイプには見えなかった。誰も話を切り出さないから仕方なく、って感じに見えた。


「……はぁ」


 湯船の中でうずくまる。伸ばしていた足を畳んでボールになった気持ちで丸くなる。

 寝る前やお風呂の中、嫌でも一人になる時間は、一人なのに何かするわけでもない時間は、どうにも反省会を始めてしまう。気持ちが沈んでいく。

 失敗させようとしている。

 思いついた上手くいかなそうな考えに対して、それっぽい理屈を付けてぺらぺらと将暉くんに話した。その実感にどす黒い靄が心を飲み込んでいく。

 デートをすぐに誘うなんて、できっこないし、例え誘いに行けても乗ってくる可能性は低い。

 二人きりで何をするでもなく会話なんて、将暉くんにはハードルが高いはず。

 でも、そんな、以前の……中学生の頃の将暉くんならもしかしたら上手くいかせていたこと、でも、春に再会したばかりの将暉くんなら躊躇しそうな考えを無理とは言わず、本気で挑もうとしている。将暉くんは、本気なんだ。夏休みまでに決めようとしている。

 変わってきてる、望んでいた方向に。でも。

 将暉くんを邪魔しようとしている自分がいる。やるだけやってダメなら将暉くんも諦めるだろうという考えで協力しておきながら、肝心なところで躓くように仕向けている。

 呆れてしまう。

 将暉くんに彼女を作って欲しくない。上手くいかないで欲しい。失敗して欲しい。フラれて欲しい。否定しようとしても、否定すればするほど、強く意識してしまう。

 将暉くんのこと、嫌いなわけ無いのに、意味が分からない。頭がおかしくなりそうだ。矛盾した感情に綱引きされて身体ごと引き裂かれてしまいそうだ。


「将暉くん、なんであの人のこと好きになっちゃったの」


 なんて八つ当たりよりもどうしようもない、言いがかり未満だ。子どもの駄々の方がまだ上等なことまで言い出してしまう始末だ。

 でも、今、将暉くんがあの人のことを好きにならなかったら苦しくなかった、なんて本気で思ってしまっている。

 折角、折角カッコいい将暉くんを取り戻したのに。


「……そうだよ。好きだった、将暉くんが痩せるように手伝ったのだって……」


 この家に来た時、将暉くんはまさに、頑張って痩せようとしていた。変わろうとしていた。言動が後ろ向きだったり、どこか諦めているような雰囲気はあったけど、そんな自分を変えようとしていた。

 目に見えて変化が現れた時、カッコいい将暉くんが帰ってくる気がして、隙間時間で料理の勉強をした。食べ盛りの食欲を味で満足させつつ、栄養バランスが良くて、食べ過ぎないようできるレシピ。

 頑張って時間を作って毎日将暉くんに食べてもらった。「美味しい」と言ってもらえるのが、嬉しかった。


「わかってるよ」


 言葉にしてないのに、気持ちが伝わるわけ無いじゃん。

 将暉くんも、同じ。好きな人が行動の原動力。気持ちが向いてくれるわけがない。


「……はぁ」


 何してんだろ。これからどうしよ。

 そろそろ上がらないと。居候の身で長風呂は正直しづらい。叔父様や叔母様が帰ってくるまでかなり時間はあるけれど。将暉くんに「湯舟にちゃんと入って」と言ったことがある。言った以上、その時間も考慮しなきゃ。湯舟を温め直す経済的負担を、快く迎え入れてくれた家庭に強いるのはやはり気が引ける。ただでさえ、将暉くんに一番風呂譲ってもらえてるんだし。


「そういえば」


 湯船に入るように言った日、凄く気まずそうにしていた気がする。将暉くん。


「……ちゃんと女の子として意識してくれてるんだ」


 たぶん、そういうことだろう。少しだけ、胸の内が楽になった気がする。

 ただでさえ、明日と明後日までにゼロから文化祭のことをどうにかしなければいけなくなったんだ。将暉くんのことは、忘れよう。




 だって、今日、完全に、嵌められたんだ、雪夜は。


「……申し訳ない、雨音」


 担任は、高橋先生は、そんなことを言って頭を下げた。

 元々、出店するメンバーは雪夜以外にいて。雪夜はその人たちから要請された追加メンバーで、「急な話で、それに忙しいみたいだし、申し訳ないから、テスト明けからの合流で良いですよ」という話だったらしい。らしいのだが。

 期末試験終了後。メンバーを集めてみたら提出しなければいけなかった企画書だけ出して、後は何も決まってない、何も進んでいない状態だった。

 そしてその人たちは県大会が近いという理由で出店メンバーから外れると言い出したという。出店準備が何も進まないまま。メンバーは参加拒否。説得を試みているがそれはそれとして話は進めなければいけない。だから。


「雨音、残り二日で出店まで漕ぎつけよう」


 土日で何とかなる話なの?

 今日、高等部を覗いてみたらあちこちで準備が始められていた。本来ならここに混ざっていなければいけなかった。

 無理だ。説得しているという話だが、どうせバックレる。雪夜のことを疎ましいと思っている人たちだ、きっと。全部押し付けて、困らせたいんだ。失敗させたいんだ。


「でも」


 ここで諦めたら、本当に負けだ。

 きっと、将暉くんならここから成功させて、勝つ。

 将暉くんなら、どうするだろうか。


「うん」


 デートに行く将暉くんを見送ってから、動こう。


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