―8―
私の焦りを見透かしたかのように、『ペンタブ』さんは続けて言った。
「『肉球ぷにぷに』さんは、ただ僕にお客さんから聞いた話をしてくれるだけでいいですし、その都度『肉球ぷにぷに』さんの収入は増えます。決してお客さんの話をそのまま使ったりはしませんし、このことは絶対誰にも言いませんし、『肉球ぷにぷに』さんに迷惑は掛けません。お客さんから聞いた話を僕に横流しすることに、倫理的な問題があることはわかりますが、僕を助けると思って協力して頂けないでしょうか? ミステリーを描くのは初めてで、このままだとどこかでネタに詰まってしまいそうな気がするんです。勝手なお願いなのは重々承知していますが、漫画家になるのは僕の子供の頃からの夢で、簡単にやめたくなくて……お願いします!」
「お願いします」と言われても、勝手にお客さんの話を横流しするのはやはり問題だろう。
でも一応は人助けな訳だし、今の話を聞いた限りだと、『ペンタブ』さんは漫画家生命と引き換えに秘密を洩らす程頭が悪い訳でもなさそうだ。
加えてお金も儲かるかも知れないなら、協力してみるのも悪くないかも知れない。
でも、ちょっと引っ掛かることがあった。
「ちょっと待って下さい。あのサービスって誰でも登録できるんですから、いちいち私を間に入れなくても、自分でやればいいだけでしょう? そうしたらお客さんの話を横流しするなんて、倫理的に問題があることをしなくても済みますし、それがベストだと思うんですけど」
我ながら正論だと思ったけど、『ペンタブ』さんは渋い声で言った。
「おっしゃる通りですけど、恥ずかしながら、僕は漫画一本では食べて行けない兼業漫画家なんです。いつ来るかわからない目当てのお客さんのために、その他大勢のお客さんまで相手にするのは、時間のロスが大きいんですよ。でも、多分『肉球ぷにぷに』さんは僕とは違うでしょう?」
「まあ、確かに私にはお客さんを選ぶ理由がないですし、どんなお客さんでも話を聞けたら、お金になりますからね」
『ペンタブ』さんのように、働きながら漫画を描くのは大変だろう。
『愚痴聞き屋』なんてできる時間がないのはわかる。自分でできないなら、そもそもお客さんの謎を集めるなんてことはするべきではないのだろうけど、『ペンタブ』さんからしたらなりふり構っていられないのだろうし、どう返事をするべきだろうか。
私が迷っていると、『ペンタブ』さんは言った。
「ちなみに、前回も今回も『肉球ぷにぷに』さんとのやり取りは全部録音していますから、そのつもりでいて下さいね」
『ペンタブ』さんの口調はあくまで優しかったけど、これはやっぱり脅しなのだろう。
あの時、「他のお客さんから聞いた話」だと前置きして喋ってしまった迂闊な自分を殴ってやりたかったけど、録音されているならもう手遅れだった。
泣き落としが通用しないと見たら、脅しに掛かって来るなんて、『ペンタブ』さんはかなり腹黒い人らしい。
これを公表したら、漫画家である『ペンタブ』さんのダメージの方が大きいだろうから、あまり脅しになっていない気がするけど。
でももう一度謎の横流しをしてしまっているし、知識がある人なら私のことを特定することもできるかも知れないし、こうなったら乗りかかった舟だ。
私は覚悟を決めて言う。
「……わかりました。でも、お客さんの話をそのまま使うのは絶対駄目ですからね」
「勿論です! ありがとうございます! 勿論、タダでとは言いません! できる範囲で何かお礼はさせて頂きますから!」