第1話 遭難
はじめまして。おかわりいくら丼です。
今までは読む側の人間でしたが、思い切って自分の世界を表現してみようと投稿してみました。人物名や町の名前は、アイヌの言葉を参考にしながら設定してみました(かなり適当です)。
独りよがりにならず、読みやすい文章を心がけていますが、変な所があればご指摘ください。
何話まで行けるかわかりませんが、よろしくお付き合いください。
「なんか嫌な霧が出て来たな。」
まだ登山者がまばらに見える山道でつぶやく。山頂駅の天気予報を思い出しながら、山頂を目指す人波と一緒に自分も山頂を目指す。
「確か午後から雨マークになってたな。」
誰に話す訳でもなく、独り言を言ってまた足を前に出す。足元には愛犬の「マッセ」が自分の荷物を背負いながら懸命に登っている。
八合目を過ぎたあたりから、一気に視界が悪くなった。どうやら雲の中に入ったようだ。周りの登山者の足音を聞きながら、登山道の赤土を踏みしめ、さらに高度を稼いでいく。同時に風も出てきて、時々吹く強風に飛ばされた小石が遠慮なく顔を叩いてくる。マッセの方を見ると、いつの間にか自分の後ろを歩いている。
「こいつ、俺を風よけにしてるな。」
そんなことを考えながらタオルで顔面を覆いながら頂上を目指す。
風は上に行くほど強くなり、時々吹いていた強風が常に吹くようになっていた。
「やばいかな。」
少し弱気になったときに九合目の標識が目に付く。強風で動けなくなったマッセをリュックの中に避難させ、頂上まであと少しと自分に言い聞かせながら高度を上げていく。今日は、頂上を超えた先にある、裏側のテント場に宿泊する予定である。頂上を超えると風も治まるだろうと思いながら、満天の星空の下で飲むコーヒーに意識を移す。
聞こえるのは、風の音と自分の足音だけ。いつの間にかほかの登山者の靴音も聞こえなくなっていた。
「ドゴン!!!」
急に目の前が白から黒に変わったと思った瞬間、強烈な光と同時に全身を衝撃が走る。
「雷?」と思うと同時に、気温の低下と視界が白に変わった。「吹雪?」
「ドゴン!!!」
二回目の音を聞いた瞬間下山を開始した。足元の赤土が既に雪に覆われて白くなっている。不規則に走る稲妻と全身を襲う衝撃に耐えながら目印の大熊岩を目指す。不規則に光る雷のおかげで登りよりも周囲の状況がわかる。一つ目の大熊岩を右側に確認しながら二つ目の迷い熊を目指す。背中のマッセは不安な声で話しかけてくる。
「今日の山はおしまいにしよう。また明日来ればいいさ。」
不安なマッセに答えながら二つ目の大岩。迷い熊を目指して下山していく。
「やばい。見落としたか。」
本来の登山道は迷い熊の手前を大きく右に曲がるルートになる。登りの時の向かい風が追い風に変わり、予想以上のハイペースで下っていたようだった。本来なら正規の登山道に戻るのが基本であるが、この猛吹雪の中で風に逆らって戻るのはある意味自殺行為である。
未だに止む気配もない吹雪と雷の中を、ビバーク地を探しながら逃げるように下りていく。時々見える周囲の状況と、後ろから催促するように追い立てる吹雪で自然に足が前に進んでいく。
急に勾配が緩くなり、一瞬視界が開けた。稲光と同時に周囲を確認して風よけになる場所を確認して急いで移動する。一瞬「ツェルト」と思ったが、ちょうどテント一張り分のスペースがあったので急いでテントの設営に取り掛かった。
濡れた服を着替え、外の雪を溶かして作ったお湯でオートミールを食べながら、外の風の音とテントを叩く吹雪の音に身を委ねる。
自分は、今年の3月までそれなりに名の知れた企業で人事部長をしていた。
名前は、堀池三平。歳は61歳。定年退職後すぐに61歳になり、ブリーダーをやっている大学時代からの友人に真っ白な犬を貰った。
「退職祝い」だとか「誕生日祝い」だとか言っていたが、学生時代に将来を誓った彼女が不慮の事故で他界してから、独身を貫いていた自分へ、全てを知っている彼からのプレゼントだった。
昨年の春に生まれたので、ちょうど1歳の北海道犬でマッセという雌の仔犬を貰うことにした。ちなみに他の兄弟の名前は「バンク」「コンビ」「キス」「キャノン」。さすが学生時代にプールバー通いをしていた彼らしい名前の仔犬たちだった。
仔犬たちに囲まれて、互いの近況を話しているとマッセがしきりに私の裾を引っ張り「こっちに来い」をしてくる。仕方なしについて行くと「どうだ!」とばかりに自分のコレクションを披露してきた。千切れんばかりに尻尾を振りながら「ほめて!ほめて!」と言ってくる。そんな彼女に一目ぼれして、今では自分の大切な家族になっている。
二人で各地方の最高峰踏破を目標にして、半年かけて体力づくりをしてきた。紅葉とともに南下を予定していたので、全国で最初に紅葉が始まる北の最高峰を二人のデビュー峰にした。
「九月で吹雪か。さすが北の大地だな。」
テントの外では相変わらず稲光と同時に「ドゴン!」と雷が続き、いつ止むともない吹雪がテントを叩いている。明日は少しハードになるなと思いながらマッセと寝袋に入る。お互いの温もりを感じながら意識を手放す。
マッセの声で目を覚ましテントの外を見て愕然とした。
「ここはどこだ?」
昨夜の吹雪が膝上まで積り、辺り一面を大雪原に変えていた。幾筋もの光の筋が雲間から降り注ぎ、今にも天使が降りてきそうな幻想的な景色に時間が止まる。周りの空気も光を反射してキラキラ輝いている。
「なんだこれ?この時期にダイヤモンドダストはありえないでしょ。暖かいし。」
「神々の遊ぶ庭」たしかこの辺はそんな風にもよばれている。周囲を見回しても見覚えのある山々が連なっているので、どこか知らない場所に飛ばされたわけではないらしい。
「今日はラッセルで迷い熊まで戻るぞ。」
マッセに話しかけ、テントに積もった雪を払い落とす。もう少しこの幻想的な時間を楽しみたいと思いつつ、今日の行程を考えるとそんなことも言ってられない。
朝食の準備をする。
粉末のコーンスープをお湯で溶かしながら、麓の町で買ったフランスパンを切り分ける。パン屋のおばさんが勧めてくれた、地元産のトウモロコシを茹でてほぐしたコーンを粉末スープと一緒に温める。さすが地物。甘味も強く市販のコーンスープが数段上の物になった。
おばさんは、旬の季節に来るとトマトもキュウリもなんでもおいしいから、来年また来てくださいねと今年最後の一袋ということで、浅漬けまでただでもらってしまった。
マッセもフランスパン入りコーンスープが気に入ったようで、おかわりを要求してきた。空の鍋を出すと頼んでもいないのにきれいにしてくれた。
昨日は、猛吹雪の追い風を受けながらの移動だったので、実際どのくらいの距離を下りたのか見当もつかない。最悪頂上まで行ってから下山してもいいかと思いつつ撤収作業を急ぐ。
装備の最終確認を済ませて、ビバーク地の掃除を済ませ、昨日下りてきた場所まで移動する。昨日の天気が嘘みたいに無風で快晴。山の清々しい空気の中を現実社会に戻るためラッセルを開始する。
その瞬間不意に右肩に砕かれたような痛みが走った。
意識を手放す直前、最後に見たのは全身を真っ黒にしたヒグマだった。茶色の毛は一本もなかった。
「・・・・・ミナグロ。」
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「あ~ぁ。やってしまいましたね。」
「やってしまったようじゃの。」
数人の人影が動かなくなった登山者の取り囲み、呑気に話し始めている。登山者の近くには、真っ白な犬が動かなくなった登山者の怪我を必死に舐めている。舐めても舐めても止まらない登山者の血液を、その小さな体に蓄えるように。全身を真っ赤に染めながら舐め続けている。舐めている血液がだんだん冷たくなって来るのを不思議に感じながら舐め続けている。
溢れ出る血液が無くなると、白い犬は登山者の体が冷たくなっているのに気が付く。登山者の体を自分の体で温め始める。なかなか温かくならない登山者を必死に呼びかけるが全然相手にしてくれない。いつもはその大きな手で一番気持ちのいい場所を撫でてくれる。その優しい眼差しで微笑んでくれる。
「なんで動かないの?なんで冷たくなっていくの?」
いくら聞いても三平は答えてくれない。私がもう少し周りを気にしていたら、もっと早く熊に気づけていて、三平に教えていたらこんな事にならなかったのに。そんなことを考えならマッセは必死に三平を温めている。
白い犬は回りにいる人影に助けを求めるが、誰も、何も言わない。それでも、白い犬は自分の一番温かい、やわらかいおなかの下で冷たくなっていく登山者に話しかけながら、回りの人影に助けを求める。
その時、一人の女性が白い犬に近づきそっと頭に手を乗せた。
「あなたの想い人はもう戻りません。私達の使いの者が罪なき人間を殺めてしまいました。」
白い犬は不思議そうにその女性を見つめる。女性は続けて
「ラムアン。ここに来なさい。」
全身が真っ黒の一頭のヒグマが近づいてくる。それを見た白い犬は牙を出し、低く唸り出す。その目には、真っ赤な涙を湛えながら、怒りと憎悪でヒグマを睨んでいる。
「ラムアン。何故この者を殺めたのですか?あなたほどの思慮深く賢き者が。」
「美しき女神よ。ここは神々が集う場所。人間が足を踏み入れてはいけない場所です。人間が足を踏み入れた場合は、その命をもって償うべき場所です。それは古より定められ、永久に守られる理です。」
「わかりました。白き犬、マッセよ。今ラムアンが言ったとおりです。ここは人が足を踏み入れてはいけない場所。その理は古より守られているものです。数多の人間が迷い込み、命を落としている場所です。」
「わかりました。美しき女神よ。美しき女神に私、白い犬より一つお願いがあります。」
「何でしょうか。言ってみなさい。」
「私はこの地で生を受けて、多くの喜びをこの人間より貰いました。私の主はこの人間、ホリイケ・サンペのみと決めております。主の命が戻らないなら、私もこの地には未練はありません。女神の力で私の魂を主の魂の側に運んでください。」
ホリイケ・サンペの名を聞いたラムアンが
「白き犬、マッセよ。そなたの主の名は、ホリイケ・サンペと言うのだな。そなたはサンペの血を舐め続け、自身の血肉としたのか?」
「賢き神の使い、ラムアンよ。確かに私は主の血を舐め、自身の血肉にしました。私は今、主の魂が近くにあることを感じています。」
ラムアンと女神は言葉を交わし、女神より
「白き犬、マッセよ。そなたの願いをかなえることとする。これより、罪なき人間サンペと共に不浄の地に行きサンペと行動を共にするがよい。己の魂を昇華させるよう努力せよ。その肉体が滅ぶ時再び会おうぞ。」
書きながら、マッセの所で涙が出てきました(恥)
おかわりいくら丼。