人気のない場所に近づいてはいけません
色の剥げたマダラに赤い鳥居の向こう側に人が倒れている。
あれが小塚愛羅、私です。
どうしようかなあ……。
人気のない階段の下で賑わう祭囃子。屋台の光に追いやられて隠れていた細い横道に雰囲気のある鳥居と階段を見つけ、祭りの高揚感に任せてボッチで特攻した結果がこれよ。
夢か幽体離脱か自分が向こう側にいる。そんでもってこちら側の己を見下ろすと体が透けて見えないの。更に体へ戻ろうにも鳥居には通り抜けれぬ壁があるときたもんだい。
これが現実だというのなら、せめて、せめて、花の乙女がガニ股の無残な姿で倒れてる状態だけでも直させて!? いやだ、白目剥いて泡吹いてるじゃん! 放置されるのも地獄だけど人に見つかるのもアカンやつぅ!
虚しくモチモチした透明の壁に穴がないか探していると、追い討ちをかけるように背後から囁き声が聞こえてくる。
「誰か来たよ」
「子供だ。大きい子が来たよ」
「男の子かな?」
「女の子だよ。浴衣だもの」
「神隠しだね」
「可哀想に」
「今度はあれで遊んじゃう?」
不吉な幻聴だよ。
とっても振り返りたくないよ。
「ねえねえ」
悪霊ってやつは見聞きできると知った途端に絡んできて取り憑くとかいうし、ここは気づかないフリをするのが吉か。
「そこ通れないよ」
逃げるにしても自分の体に近づけないし、自分を置いて逃げるわけには。
「無視かよ」
「生意気だな」
「そこのお嬢さーん」
「あー、何にも聞こえないなあ。私は何も聞こえてないなあ」
「あんなこと言ってるけど、どうする?」
「仲間を呼んで増やしたろ」
「そんで目の前に回り込んで現実を見せてやろう」
我慢できずに私は自分の体を見捨てて脱兎の如く走り出した。
「あかーん!?」
やばいぃ、やばいよお、何かよく分からないものは容赦なく追いかけてきた。「であえい、であえーい」「オモチャが来たぞー」とキャッキャしながら。
「あああ!!」
増えていく気配に恐怖で叫びながら、鬱蒼とした広大な神社をグルグルと何周も走り回る。苔むした建物には人気も明かりも無くて助けてもらえそうにないし、逃げ込めそうでもない。
足は見えないけど動かせる。手は見えないけど感触がある。体も透け透けだけど背後の奴らには見えている!
そうして延々と増えていく奇々怪界から逃げられるポテンシャルがあるわけもなく、私は息を切らせて地面にへたり込み
「かーごめーかごめー」
「へい!」
「カゴの中の鳥はー」
「へい!」
輪になって踊るおかしな生物に囲まれている。
「んあああ、訳わからな過ぎて普通に怖いぃ!」
体を失っているのにポテンシャルは据え置きなんて理不尽過ぎない?
全長5センチ前後、頭から膝まで袋を被る雑なお化けの仮装スタイル、ただし袋から突き出した手足はヤモリみたいな二足歩行する謎生物に主導権を握られた。
地面に三角座りさせられた私は洗いざらいの個人情報を吐かされている。
「なるほど、愛羅は一人っ子」
「ニンジン嫌い」
「国語28点で怒られた」
「今日のパンツは干支のネズミ」
「本日は快便なり」
「必要だったかなあ? その情報は本当に必要だったのかなあ!?」
人ならざる者からの尋問内容がめっちゃ酷い。
ペタペタ周りを走り回る謎生物の群衆は情報を共有すべく声を潜めて囁き合う。ジッとしないから何匹いるのか分からない。
でもなあ、今のところ恐怖を煽ってくるぐらいで実質的には無害なんだよねえ。一応話の通じる存在を利用すべきだろうか。とっても未知の生物だけど。
何かを煮詰めた奇妙な臭いに空では真っ赤なオーロラくっきり。朽ちた神社で道を尋ねられる相手はコレしかいないときたら背に腹は変えられないかもしれない。
「あ、あのぉ、ちょこっとお尋ねしてもいいでしょうか?」
とりあえず下手に出てみたら謎生物が顔を合わせて声を揃えて返答する。
「なぁーにぃー?」
こ、答えてくれそうだー!!
一縷の希望を見出した勢いで、身振り手振りを加えながら前のめりになる。
「わ、私の体が鳥居の前に落ちてたんだけど戻り方が分かんないのー! 謎壁があって近づけもしないし、なんだかとっても幽体だし、どうすればいいか君達知らないかなあ!?」
「えー」
「帰りたいのー?」
「もうー?」
不満げな様子に恐怖がわく。
「いやいや、13歳の中学生が家に帰らないと行方不明の家出娘になっちゃうから! 体だけ発見された日には意識不明でどんな扱いになることか!!」
必死に協力を頼み込む私の横にある岩の上で踊っている謎生物が謎ポーズをとって言い放つ。
「帰るなら色を取り戻して鳥居を潜る資格を得なきゃ」
「透明さんに色をつける絵具があるのだ」
「あっちこっちに隠されてるよ」
「何処にあるかは知らないの」
帰る方法が速攻で判明して気が抜ける。
「なぁんだ、ちゃんと手順を踏めば帰れるんだ」
「飲まず食わずで落ちてる体がくたばるまではね」
あかーん! それあかんやつー!
私はまだ死亡フラグたてるような年齢とかじゃなくなくない!? まだやりたい事も青春もやり残しまくりの未練垂れ流しまくりだよ! こんな特殊体験とか求めてないんですが!?
しっかり用意されていた落とし穴に目眩と頭痛と吐き気と涙ぇ頭を抱えて体を捻る。
「タイムアタック脱出ゲームね」
「うわぁ、楽しそう」
「祭りだ! 祭りだー!」
謎生物、とっても他人事だよ。人の命がとてつもなく軽いよ。
とはいえ、現在私のとっても軽い生命は謎生物の好奇心にかかっているのではなかろうか。
この謎生物に飽きられてしまったら私は……。
居住まいを正す。
「あのぉ、脱出ゲームを解くために急いで絵具を探したいのですが、まず何をすれば良いか教えていただけないでしょうか?」
謎生物が各々「ええー?」と傾いて思考に入る。
「とりあえず、どうする?」
寄り固まってゴニョゴニョと相談が始まる。
「使用済みの絵具を見せてあげる?」
「透明不便。服を着せて誰からでも見えるようにしたげよう」
「我らは草場の傍観者。ゲームの掟はネタバレ厳禁、お年頃には貰える年金」
「あの、全部お願いしたいんだけど」
「周辺の地図を書いたげるのだ」
「一つに絞る必要は」
「でも地図を書く色が無い無い。地面は玉砂利。土にも書けない」
「聞いて」
「あ、わし絵具持ってた」
「問題解決だー! 地図を書くぞー!」
周りを囲っていた謎生物がワーッと一斉に社殿に向かって走り出す。
「ちょっ!? 絵具持っとるんかーい!? 待って、待って、それ使ったらあかんやつー!!」
慌てて後を追いかけるも後の祭り。どの個体が持っているのか把握する間もなく神社の壁に黒い地図が完成してしまったのだった。
地面にくず折れる。
「だ、脱出の糸口が……」
謎生物は被った袋の上から額を拭う。
「ふー、良い仕事をしたぜ」
「芸術的遺作」
「ワーキングホリデー」
黒い絵具が一部の謎生物の白い袋をまだら模様に変えていた。色をつけなきゃいけないのは謎生物じゃなくて私だったのでは。
「え、絵具は、絵具は残ってないの!?」
謎生物は腕を振り上げる。
「思うままにわがままに、全力で使い切るのがアートなの!」
この謎生物の思考回路を読みきれなかったせいで、貴重かどうか判らない絵具が消費されてしまった。謎生物を責めるのも怖くて、半ベソで神社の壁にベッタリ描かれた罰当たりな地図を確認する。
……これ罰とか当たらないよね?
爬虫類的な小さい手形と黒い絵具で描かれた地図はとんでもピカソだった。まず日本語がない。特になんの変哲もない丸と線だけで構成されていて、特徴があるとすれば手形を集中的に叩きつけて絵具でふんだんに塗り潰された箇所がチラホラあるってところ。
「あの、地図の見方が判らないんだけど、とりあえず今の私は地図上では何処にいる感じなの?」
「地図に愛羅なんて書いてないぞ」
「この地図を起点にするならワシらは空にいるのだ。ぶーん」
地図を書いた烏合の衆が一仕事に満足して散っていく。
「え、絵具を犠牲にした上で完成した地図が暗号だなんて……」
壁に手をついてうなだれる。私には時間がないっていうのに、常識も配慮も神も仏もないない尽くしだよお。
この暗号を読むところから始めなきゃいけないのか。塗り潰された意味を確認するくらいしか思いつかないけど。あと、これ体擦り付けたら私に色移りしてくれないだろうか。駄目だ、乾くのめちゃ速い。
うう、まずは現在地を特定しよう。
幸いなことに鳥居だけは分かり易く描いてある。その上が一番大きく塗り潰されている塊で、両隣には下手くそな絵が添えてあって。
「四つ足で、口が開いてるのと口が無いのと、これ狛犬かなあ」
走り回っていた時に目に入った目立つ建物はこの神社くらいしかなかった。もしかしたら塗り潰されている大きさは建物の大きさに比例しているのかも。
「この黒い所に絵具があるの?」
「あるやもしれぬ。ないやもしれぬ」
返事がノーヒントに等しいわ。
歩き回るのは非常に恐ろしいけど、時間が過ぎていくにつれて私の死亡フラグも膨らんでいくし、とりあえず一番絵具がありそうな目の前の建物から探索してみるしかなさそうだよ。
仕方なく神社の正面へ移動すると謎生物もワラワラついてきて、先回りで賽銭箱の上によじ登ってお尻フリフリ待たれてる。
この生物罰当たりの塊で怖過ぎない?
いや、この辺で生息してるんだもん。これがいつも通りで、大丈夫で、もちろん私が巻き込まれる罰が生じたりしないんだよね。
神社の正面には電気も提灯もついてなくて本当に怖かった。遠くから聞こえる祭囃子が虚しくて涙が出そうになる。
「そういえば電気どうしよう。多分スマホは私の体の方が持ってるし、真っ暗で探し物なんて成立しないんじゃなかろうか」
もしや道具をそろえてから探索とかいうゲーム的展開が必要なのでは?
「えーっと、でも明かりがありそうな所もここなんだよねえ。また謎生物に聞いてみるしかないのかな」
「聞いて聞いて、なんでも聞いて!」
「答えるとは限らんが」
「質問するのはタダだから!」
「ですよねー」
謎生物でもボッチよりはマシだと思うことにしよう。
まずはどうすべきか。
「建物の中を探索しようと思うんだけど暗過ぎて見えないから困ってるんだけど、どうにかできちゃったりとかぁ……する?」
駄目で元々聞いてみたら自信満々の答えがきた。
「光源がいるのなら」
軒下に謎生物が特攻して何かをつかんで戻ってくる。
「蛍の虫籠、どうぞです」
竹で編まれた籠の中いっぱいに薄緑の光が点滅する。蛍一匹鷲掴みで取り出した謎生物は、懐中電灯みたいな扱いで暗がりを私の周りを探索する。
「これで暗がりテッカテカ」
「いや、淡過ぎるから」
思わずつっこむと謎生物が私を見上げて静止する。微動だにせずジーッと見つめられる無言の圧力に屈しかけた時、手元の蛍が謎生物の口元の裂け目から丸呑みされた。
「新鮮、じゅーしー、美味しい、C」
ぴぎゃあああ!?
「僕も食べるー!」
「おやつー!」
虫籠に走り寄ってくる謎生物によってたかって抜き取られてしまった蛍は三匹を残して虫籠とこの世から消されてしまいましたとさ。
「淡くて貴重な光源が更に淡くおなりにい!」
「うまうま」
この謎生物、本能に忠実過ぎるよ。これで探索する話だったじゃない。淡かったけどもお!!
嘆く私の頬がモチモチした小さい手に叩かれる。いつの間にか肩に乗った謎生物がモジモジとしながら物を差し出してきた。
「これ光るから貸したげる」
それは四角くで薄くて掌サイズでレンズとライトがついていた。
私のスマートフォンやないか。
謎生物が私の頬を小さな手でキュッと摘んで目を覗き込んでくる。
「ちゃんと僕に返してね」
「う、おえ」
「ね」
もちろん私は謎生物への畏怖感に負けました。「……はい」
スマホは犠牲になったのだ。
あと、虫籠は「それを捨てるなんてとんでもない」という謎生物の監視により持ち運びを余儀なくされました。
右手に別れが近いスマホ、左手に呪われた虫籠を装備した私は唇を噛んで空を仰いで涙を飲み込むしかないわけです。
Twitterのアンケートに答えたら多数決でストーリーまるっと変えていきます。