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紅茶のおいしいダンジョン  作者: 高野十海
その1 開店編
12/194

12 没落娘はパーティールーラー その1

 試食会当日、ダンジョン地表階層は店内はピカピカに清められ、それぞれのテーブルに置かれた花瓶には、食事の邪魔にならない素朴な花が飾られている。

 朝早くから焼き上げて粗熱を冷ましたクッキーなど、お菓子の準備も万端だ。


「お花、テーブル、茶葉、お湯、ミルク、クッキー、パン……」


 チュチュは一つ一つ指で確認してからチェックをつけた。ぬかりはない。


「グリムのほうはよろしくって?」

「慣れたとは言わないが、不足なくやってみせよう」


 人間形態になったグリムは、金色の髪を後ろに撫でつけて、より給仕らしく務めている。いまは教わった礼儀作法の最終確認をしている最中だ。


「よしなに。ティレント、コロン、トリギュラ、コッツも、今日はスタッフルームでお願いしますわね」

「ちゃのー!」

「ぷにに!」

「もけー」

「ちょっと寂しいですけど、待ってます!」


 キッチンで作業をしていたモンスターたちが、元気よく答える。コッツは最後の調整を済ませて、骨と同色の白いエプロンを外した。

 そろそろ約束の時間になる。キッチンでたっぷりと湯を沸かし始めながら、彼女はコロンにミルクの入った瓶を預けた。


「頼みましたわよ、コロン」

「ぷにっ!」


 階段を降りていきながら自身は飛び跳ねず、体の内側だけで瓶を跳ねさせ始めた。時々表面がぼこぼこと瓶型に出張るが、問題なさそうだ。

 飛び跳ねるよりも効率的なバターの作り方を覚えたのだった。


「客が来るぞ、キスキィ嬢」

「いま出迎えに行きますわ」


 二人はダンジョンの外へ出て、招待客を待った。

 最初に現れたのは、アザムとミルカの二人組だ。店に出ているのと違い、貴族に会うような恰好をしている。


「ようこそおいで下さいました。ミルカ様。アザム様」


 膝を曲げて出迎えられると、顔を真っ赤にして彼女は両手をぶんぶん振った。


「ひええ……さ、様なんてそんな!」

「すまない。こんな扱いは慣れていなくてな」

「お気になさらず。グリム、中へ案内して差し上げて下さる」


 グリムは頷いて、ドアをゆっくりと開けた、エスコートするように二人を席まで導く。四人がけのテーブルには、椅子が二つしかない。

 今日ばかりはゆったりと味わってもらうために、二組ずつに分けている。


「こちらへどうぞ」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとう。……いいところだ」


 ミルカは深呼吸をして自分を取り戻すのに精一杯だったが、アザムはこの空間を味わっていた。

 テーブルから花から、あらゆるものが彼にとって新鮮だ。貴族の一室と見まごうほどの空間は、それでも息苦しくないほどに抑えられている。


「残りのお客様が着くまで、もうすこしばかりお待ち下さい」

「は、ひゃい」

「気にしないでくれ」


 恭しく礼をして、グリムは外へ次の客を出迎えに行く。残された少女は、それでようやく一息つくことができた。


「す、すごいお店だね。外から見たときもすごかったけど、中に入るともっとすごいね」

「うむ。町からは離れているが、これだけの店ならそれだけで来る価値があるな」

「あたしもいつか、こんなお店が出したいなぁ」


 商人見習いのミルカは夢に憧れる。

 現実を知るアザムは、この店がどれほどの価値になるのか、とても孫には話せなかった。


 ふたりが来てからいくらも待たず、二頭引きの馬車が姿を現した。ヴィナ・ノワ家の紋章が入った立派なものだ。御者がぴったり店前に止める。

 中から、皮商人とルスカが降りてくる。皮商人も立派な服を身に着けているが、ルスカのそれと比べれば明らかに格が落ちる。


「ようこそおいで下さいました」

「うむ。辺鄙だが、こんなところにしては立派すぎるぐらいだな」


 彼は不釣り合いなほど立派なダンジョンを眺めながら言った。

 板ガラスの嵌まる壁など、ちょっとした貴族でもなければやらないだろう。


「ありがとうございます。わたくしも、出会えた幸福を喜ぶばかりです」

「ほほう。このために新しく建てたわけではないのか?」


 にこりと微笑みながら言うチュチュに、ルスカは片眉を上げる。

 こんな場所に元からあったわけがないと思うのは不思議ではない。


「……わたくしの私財は、からっぽでございます」

「なるほど。これだけのものにすれば、そうもなろう」


 チュチュの衣服とダンジョン表層の関係に、ルスカは納得したようだった。

 皮商人はルスカに振り回されたせいか、ぽかんとしたまま気を取りもどしていないようだ。

 ふたりをグリムが案内して、彼女は最後に中へ入った。

 貴族だろうと平民だろうとダンジョンマスターの前には変わりない。

 グリムの言葉を心のなかで唱えると、ダンジョンは幕を開ける。

 そこから先は、チュチュ・キスキィが空間の支配者だ。


「みなさま。お足を運んでくださり、ほんとうにありがとうございます。それではわたくしの店で出す予定のものを、試してみていただきたいと思います」


 改めて挨拶をしてから、チュチュはキッチンで紅茶の用意をした。


「茶葉はどこのものを仕入れている?」

「自家製ですわ」

「ほほう。それだけ自信があると思っていいのだな」


 噛みつかんばかりのルスカに、彼女はにこりと微笑むだけで会話を断ち切った。

 ポットに入れた茶葉に、沸いた湯をたっぷりと注いでいく。すると、香ばしい匂いがふわりと広がり始めた。


「ふわぁ……なんだろう、甘くていい匂い……」


 すんすんと犬のようにミルカは匂いを嗅ぐ。それはルスカが嗜むような高地の茶葉ではない。しかし無発酵茶とも違う香りはまちがいなく紅茶だ。

 抽出し終えた紅茶をカップに次ぐと、チュチュはテーブルまで運んだ。


「紅茶ですわ。好みでミルクを入れてくださいませ」


 そういうと彼女は次の準備のために

 これが紅茶というものか、と、商人と見習いの三人はじっくりと視線を向ける。


「……深い紅だ。なるほど、紅茶か」


 白いカップに注がれたせいか、濃い色が映えていた。


「砂糖はないのだな」

「そうすると、貴族でない方には手を出しにくい価格になってしまいますので」


 グリムの説明にうなずくと、ルスカは薄手のカップを手に取った。地味だが、しっかりとした磁器だ。つるりとした手触りは、三人には馴染みないものだ。


「それはそうだな。いただこう」


 ルスカがそのまま口をつけるのを見習って、まずは三人もそのまま飲んでみた。


「……ほほう。俺が飲んでいるものとは別種だな」


 大人三人は、それぞれに味わいを感じている。そのコクと甘味は、酒を飲むものにわかりやすいだろう。


「おいしい……のかな?」


 しかし、まだ酒を嗜まない彼女には分かりづらかった。まだ紅茶の渋味や苦味を強く感じてしまい、すこし眉をひそめる。


「でしたらミルクを入れてみて下さい。その方がおいしいですよ」


 静かに立っていたグリムが、そっとテーブルのミルクを差し出した。

 こくりと頷いて、彼女はカップにミルクを垂らしていく。小さなスプーンで掻き混ぜた。


「……あ、いいにおいかも」


 ミルカが一口飲んでみると、先ほどの印象とはまったく違うものだった。


「おいしい! ……なんでこうなんだろう?」

「ミルクで嫌な部分が隠されて、いい部分が前へ出てくるからだ。……確かに、ミルクティのほうがうまい」


 ルスカもミルクを入れて飲んでみると、その方がこの茶葉に合うことに気がついた。二つの濃厚な味わいは、互いを引き立てあうものだ。

 四人がミルクティを飲んだところへ、チュチュがやってきた。


「お待たせ致しました。クッキーと、甘いものが苦手な方用のパンですわ」


 クッキーは二種類あり、片方はプレーン、もう片方は砕いた木の実が入っている。パンは薄切りにして釜でよく炙ったものだ。それにバターの小瓶が付く。

 お菓子を前にして、ミルカの目の色が変わる。ルスカもプレーンを一枚手にとって、口にした。


「甘くておいしい!」

「ほほう。甘くなくてうまいな」

「えっ?」

「なんだと?」


 まったく対抗的な意見が出て、ミルカとルスカはお互いを見合った。もう一枚口にしてみたが、その感想は覆らない。


「意見が違うな。どういうことだ?」


 くすくすと笑って、チュチュは口を開いた。

 ここは紅茶のおいしいダンジョン――戦闘開始。

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