表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅茶のおいしいダンジョン  作者: 高野十海
その1 開店編
PR
13/194

13 没落娘はパーティールーラー その2

「ルスカ様は、普段からお砂糖のたっぷり入ったお菓子を召し上がるのでしょう。ミルカ様はそうではないからですわ」


 考えてみればかんたんな話だ。

 平民にとって甘いものと言えば果物かハチミツぐらいで、お菓子なんて年に一度口に入るかどうかだった。


「なるほど。砂糖菓子はあまり好かんから、俺にはこちらのほうがいい」

「そうなんだ……果物とかとぜんぜん違う、やさしい甘さですね」


 上質のバター、ミルク、たまごをたっぷり使ったクッキーは、素朴ながら新鮮なものだ。


「……なくなっちゃった」


 余分な甘味がないせいか、サクサクと軽いクッキーはあっという間に消えてしまった。

 あまりに夢中になっていたのか、ミルカどころか大人も気がつけば食べてしまっていたらしい。


「むう。……悔しいがうまいな。しかし、パンは普通のものか?」

「勝手にパンを作るわけにはいきませんから」


 間をもたせるようにしてか、ルスカはバターを塗ってパンをかじった。パリっと香ばしい音が広がる。

 ざくざく齧っているうちに、彼は目を見開いた。


「なんだこのバターは……こんなものがあるのか?」


 そう言いながら、残ったパンにこってりとバターを塗って、つぎつぎ口にする。

 釣られて、三人も食べ逃してはなるまいとパンを齧った。


「おいしい! なにこれ、ふわってして……」

「脂臭くも乳臭くもない。信じられん」


 最後には皮商人が、バターの入った器をパンで撫でてまで食い尽くした。あっという間にテーブルは空になってしまう。


「おい。このバターは買えるのか?」

「買えるのだったら、俺も仕入れたい!」


 すっかり見せられてしまったルスカと皮商人は目の色を変える。

 しかしチュチュは首を振った。


「残念ながら、日を置くとこのおいしさはなくなってしまいますの」

「……そういうことか。保存食じゃないバターとは、考えもしなかった」


 作ってすぐ食べるバターは、素材のミルクの味を濃縮したような風味と甘さがある。

 新鮮なミルクを使い放題の牧場かこのダンジョンでなければ、とても食べられないだろう。


「なるほど、クッキーも美味いはずだ」

「ふうむ。あのいくらでも食えるクッキーは、軽いバターのおかげでもあったか」


 いつの間にか、全員のカップは空になっていた。グリムはまだ温かい紅茶のおかわりを注いでいく。


「ありがとうございます。……はぁ、おいしかった」


 かすかに残るクッキーとバターの味を思い出しながら見るかは、ミルクを入れてちびりちびりと紅茶を楽しむ。


「あら、もういいんですの。次はチーズのサンドウィッチを食べていただこうと思っていましたのに」

「ええっ、食べます食べます! まだぜんぜん入りますよ!」


 慌ててカップを置く少女に、チュチュはにこりと微笑んでキッチンへ入った。




「うむ。チーズのサンドウィッチもうまかった。結論から言えば、この店はまったく問題ない。紅茶も本物のようだ」


 三杯目の紅茶を飲みながら、ルスカは椅子にもたれかかった。テーブルには食べ終わった食器が所狭しと並んでいる。


「ありがとうございます。これで安心して店を開けますわ」

「俺からすぐ営業許可証を出すように言おう。この店のバターとチーズは食べに来る価値がある」


 そういう彼にチュチュは、いかにも驚いたとばかりに目を丸くした。手で口を覆って、悲しげに眼さえ伏せる。


「あら。紅茶は飲んでくださいませんの?」

「おっと、紅茶もうまい店だ。付け加えておこう」

「それはよかったですわ」


 苦笑しながらルスカは両手を上げた。ころりと笑みを見せる彼女に、文字通りのお手上げだ。

 ひとしきり笑ってから、彼もまたころりと表情を変えて真剣な眼差しをする。


「さて、これだけの店だ。さぞや値段が高いのだろうと思うが、いくらで出すつもりだ?」


 その質問には、平民の三人も喉を鳴らしてじっとチュチュを見る。それ次第で年に何度来れるか、それとも今回限りかが決まってしまう。

 その場に居る全員を一人ずつじっと見てから、彼女は想定していた金額を口にした。


「……安い。いや、安すぎる。それで成り立つのか?」


 その値段は、すこし切り詰めれば紅茶とクッキーとパンを頼んでも、平民でも週に一度は通える額だ。ルスカが妥当と考えていたものより遙かに安い。

 商人見習いのミルカでも、二週に一度なら手が届くだろう。


「利益はありましてよ」


 くすりと笑って、チュチュはアザムを見た。いつか言ったことを返されて、彼はううむ、と唸る。

 商人見習いとしてではなく、一人の少女としてミルカは喜んだ。この世のものとはおもえないほど美味しいものを、また食べられるかもしれないと。

 皮商人は頭のなかで計算しつつ、どう考えても利益が出そうにないことに首をひねった。


「それならば俺はなにも言わん。しかし、一つ提案がある」

「……なんでございましょう」


 ぎらりと目を輝かせるルスカに、チュチュは嫌な予感を覚えた。


「これだけの店だ。一枚噛ませろ」


 それは現実のものとなって、彼女に襲いかかる。


「……パトロンになりたいと?」

「そうだ。お前は平民のための店にしたいらしいが、それだけで終わらせるわけにはいかんな」


 このあたりでは、この店でしか食べられないものを出すのだ。貴族がほうっておくわけはない。

 特等席の一つも作れと言われるのは彼女も覚悟していたが、パトロンになりたいとまで言われるとは思っていなかった。

 それだけ評価されたことはありがたくても、関係を深めることは避けたいのがダンジョン側の意見だ。


「しかし、わたくしは支援を求めてはおりません」

「お前がそう思わなくても、俺は友人をこの店に呼ぶぞ」


 ほとんど脅しのようなものだ。そうなれば、平民の脚が遠のいてしまうかもしれない。

 貴族が通う度に自然と箔が付いて、貴族御用達の名が売れるだろう。

 しかし格式張ったそのダンジョンに人が寄り付かなくなれば、それは間違いなく失敗だ。

 一度だけ強く目をつぶって状況を考えると、グリムはチュチュの耳元で囁いた。


「この話、受けよう」

「グリム……」

「呑めばいくらか交渉ができる。だが呑まねば勝手にやられるだけだ」

「……わかりましたわ」


 揺らいだ瞳に碧い炎を灯して、彼女はルスカと対峙する。その表情は、まさしくこの場を統べるものだ。

 その変わり様に彼は瞠目した。目の前にいる彼女は風変わりな商人ではなく、一介の貴族の風格を持っている。


「ほほう。なかなかどうして、いい顔をする。返事を聞こうか」

「この話、受けさせていただきますわ。しかし、ここはわたくしが仕切るものです。ルスカ様と言えど、口を出していただきたくない部分はございます」


 ぐっと体を前に乗り出し、大きな体でチュチュを威圧した。男女差だけでは収まらない、貴族として侮られてなるものかという気迫がある。


「言ってくれるではないか。俺の注文を跳ね除けるというんだな?」

「この店のためにならないとあれば、そういうこともございましょう」


 しかし彼女は一歩も引かず、逆に微笑みさえした。涼風でもあるかのように、目の前の暴風をいなしてみせる。

 じろりと睨まんばかりの彼は、その碧い瞳を覗きこんだ。その中には信念の炎がごうごうと燃えている。

 折れない。そう確信して、ルスカは体を引いた。


「はっはっは。そうでなければ支援する価値もない。いい度胸だ、キスミー」

「名前を覚えていただいて光栄ですわ」


 膝を曲げて彼女は礼を見せる。

 冷めかけた紅茶で口を湿らせながら、彼はすこし考えに没頭した。そのあいだ、誰も喋ろうとしなかった。


「よろしい。お前がどうしてもダメだという部分は引き下がろう。しかし、俺の客を連れてくることは認めてもらう」

「それが貴族様だろうとお客様は全員、同列に扱うと認めていただけるのであれば、わたくしどもは拒みませんわ」


 ぱちりと両者の間で火花が飛ぶのをミルカは見た。貴族に一歩も引けを取らず、堂々と競ってみせるチュチュを見て、彼女の胸がときめいた。

 女商人でも、そんなことをやれればと夢を見てしまう。どれだけ難しいことかは彼女にもわかっていた。しかし目の前にそれを実現している人がいる。

 憧れるなというのは、誰にだって言えなかった。


「ふふん。そこまで言うのであれば、やってもらうのもおもしろい。次に来た時は期待しよう」

「お待ちしておりますとも、ルスカ様」

「すぐに営業許可証をくれてやる。新しい菓子を開発して待っていろ」

「またのお越しをお待ちしていますわ」


 捨て台詞のように吐いて、ルスカは席を立った。

 ここは紅茶のおいしいダンジョン――祝杯はミルクティ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ