表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/55

燐の言葉(こころ)

 公園でブランコに腰掛けた燐と向かい合うように、ブランコを囲む鉄パイプのガードレールのようなものに腰掛ける和樹。杏華は燐と同じくブランコに座り、祐人はそんな杏華の横で、ブランコの支柱に背中を預けている。

 燐が何かを言うのを待っていた一同だが、時間が経つごとに夜の気配が染みついた金属の冷たさが、それぞれの体にまとわりつく。その冷たさは熱を奪って、余分な思考を与えた。

 先ほどの現実を思い起こす時間が生まれ、杏華と祐人の落ち着きが、目に見えて失われていく。そんな中で、和樹は焦れたように口を開いた。


「……で? どうしたんだ?」

 焦れたように――とはいっても、責めるような口調はない。言葉を発したのは、ただ余計な思考を起こさせないよう、気を逸らすためだ。

「……好きに言え。お前の憤怒も、恐怖も、あるいは、嫉妬も。オレに向けているものが在るなら、何でも好きに言えばいい」


 やがて根負けをしたように肩の力を抜くと、空を仰ぐように光のちりばむ暗闇を見つめて、燐から視線を外してそう伝える。

 その言葉で踏ん切りがついたのか、あるいはその仕草で同じく肩の力が抜けたのか、いずれにしても、無言を貫いていた燐はようやく本題に入ることが出来た。

「……杏華先輩は、あなたに助けられたと言いました」

 その言葉に、和樹は少し驚いたようだ。目を丸くして、一瞬杏華の様子を眺めた後、続きを待つ。


「先ほどのあなたを見るまでは、杏華先輩が助けられるような場面なんて、想像もできませんでした」


「…………」

 ぱちぱちと、公園の中央にそびえる電灯が瞬く。古臭い電灯から注ぐ灯りは薄汚れていて、やや冷たく感じられる。それ以上にブランコの冷たさに燐は僅かに身震いをした。

「けれど、違うんですね。あなたは、あたしとは……いえ、あたしだけじゃなく、杏華先輩とも違う。だから、助けられた」

「…………」


 いや、違うのか。

 燐が震えているのは、和樹の底知れなさが原因なのか。


 燐の悲壮な叫びに呑まれたように、杏華と祐人は言葉を失っている。

 冷たい。寒い。……寒さに、震える。

 今になって、現実が襲いかかる。

 その重圧をそのままぶつけるように、責め立てるように想いをぶつけた。

「……恰好よくて、強くて、優しくて! それも、どれも、並みの格好よさでも、強さでも、優しさでもないっ!」

 ――本当は、こんなことを言いたかったのではない。

 ただ、感謝したかったのだ。


 敬愛する先輩の杏華が、助けられたらしい。――ありがとう。

 先ほど自分たちを助けてくれた。巻きこみもしたが――ありがとう。

 助けてくれた後に、優しく送り届けてくれようとしている――ありがとう。


 ありがとう――ただ、そう言いたかっただけなのに。

 空回りする思考が、自分の言葉を否定する――けれど、口は思考の電気パルスを拒絶するように、感謝の言葉は口から出てこない。


「――一体、何がしたいんですかっ! どうしてそんな風にいられるんですかっ?」


 あぁ……自分は一体、何を言っているのだろう。

 どうして彼を、責めるようなことを言っているのだろう。

 この言葉は、誰の言葉だろう。やっぱり自分の言葉だろうか。

 自分は、こんなにも礼儀知らずの恩知らずだったのだろうか。

 空回る頭では自分の言葉を否定し続けるが、口はそれでもまだ批難を喋り続けた。


「あなたは一体、何なんですかっ!」


 ――言ってしまったと思った。

 彼を――彼のような存在を、否定するような言葉を、言ってしまった。

 言い終えた直後に、顔を伏せた。――いや、途中からすでに、顔は下を向いていた。

 言い終えてからは、どんなに顔を上げようとしても無理だった。

「…………」

 無言で沈黙する彼を、真っ直ぐに見られない。

 和樹は――恩人は、どんな顔をしているだろうか。絶望? 諦念? それとも怒り?

 本当に、自分たちとは全く違う存在だと言うのなら、あるいはまったく違った反応を見せるかも知れない。

 けれど、そんな妄想は、本当にただの妄想だ。ないものねだりだ。――彼の優しさは、紛れもなく人間のものなのだから。

「……燐」

 小さく呟いた杏華の言葉が、風に乗って届く。

 温もりの孕んだその声もまた、震えている。

 体をびくんと震わせて、燐は恐る恐る杏華を見つめた。

 その目は、優しい。籠められているものは、同情と言うよりも、さみしさと言うよりも、共感だった。


 けれど、その瞳は紛れもない、優しさに満ちていた。


「そうかも知れない。和樹さんは、私たちとはきっと、違っている」

「ぇ……」

 その言葉に、燐も、祐人も、言葉を失う。

 ほかならぬ、彼を想っている彼女から、そんな言葉が聞けるとは思ってもみなかったのだろう。ただ和樹だけは、意外感を露わにすることもなく、黙って耳を傾けている。

「…………」

 その表情には、何も浮かんでいない。寂しさも、優しさも。

 ただ、何も浮かんでいないと言う事実だけが、彼の中にある寂しさを表しているように思えた。

「――けれど、それでも和樹さんは、私を助けてくれたし、私たちを助けてくれた」

「え、……ぁ」

 困惑する燐に、杏華の優しい言葉が、ゆっくりと注ぎ込まれる。

「彼が何でも構わない。私は、あなたが言うような、格好良くて、強くて、優しい彼に、感謝してるの」


 ――だから、ね。

 ――そう、無言のバトンが渡された気がした。


 優しさに満ちた杏華の目を見て、言葉を聞いて、燐の心が凪いでいく。


 燐はそっと和樹に向き直ると、何も浮かべていないような表情で、実際は少し驚きを見せている和樹に向かい、零れるように言葉を伝えた。

「……和樹さん。あたしたちを――そして、杏華先輩を助けてくれて、ありがとう――ございます」

「……おぅ」

 小さく響いた柔らかな言葉は優しく届く。和樹も素直にその言葉を受け取った。

 そして不意にカラカラと笑う。まるで全く気にしていないかのように。

「……ま、気にすんな」


 もう用件は済んだと言うことなので、和樹を先頭に公園を後にしたが、四人の居たブランコには、確かな温もりが残っていた。

ようやく物語が佳境に入ります・・・

すでに完成しているのを転載するだけでも、結構疲れますね・・・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ