それぞれの才
「さて、キョショウに着いたはいいが、明日からどうする?」
アンマが、一杯飲み干すと、話題を切り替えるように聞いてきた。
「そうだな、それじゃ、明日からの動きについて話しておこうか。まず、俺たち先発隊の役目は、リシン本隊が来る2週間後までに、塩の販売の準備を完了しておくことだ。そのためにいろいろと調べたいことがある。まず、アンマ、お前にやってもらいたいことがある」
そう言って、俺はアンマを見た。
「アンマ、お前は、もっと、政治に関する情報を探ってくれ。さきほどの話も大いに参考になったが、知れば知るほど、政治に関する情報が必要だと思うようになった。平穏な時代なら、商売だけ考えていればいいが、この国はどうやら、大きく動きそうな気配がある。そういう時代においては、政治の動向を知っておく必要がある。そうすれば時代の先を読むことができる。アンマ、まず、今の政治の実権を握っているというチョウワイの近況を探ってくれ、やつが何をしようとしているのか、何に夢中になっているのか、そういうことだ。加えて、チョウワイに取り入り、権力を握っているものが誰なのかも知りたい。特にも税や物資を牛耳ってやつだ」
「ってことは、大司農のインリツだな。チョウワイの一の子分で、金の管理は全部こいつが、やってるって話だ。チョウワイへの取り次ぎもこいつを通さねえとダメって話で、そこでもずいぶん賄賂をとっているらしい。ちなみに、地方の太守の斡旋までやってるって話で、たぶん、ブジンもこいつに賄賂を渡して、トンキンの太守になりおおせたに違えねえよ」
「……なるほど、インリツか。そいつの情報をもっと集めてくれ。頼むぞ、アンマ!」
「任せておけって、そういうのが一番得意なんだ。漢方薬を宮中に卸している商人も何人か知ってる。そいつの店もこのキョショウにあると聞いてるから、さっそく、探ってみる」
胸を叩いて自身気に言うアンマを見て、かつてリシンがアンマに薬草採りなどやめて、商売でも始めた方がいいんじゃないのかと言っていたのを思い出した。
まさしく、アンマは商人にとって最も大事なものを持っていた。それは情報を嗅ぎ分ける感覚だった。情報を集めることももちろん大事だが、それはある意味作業に過ぎない。肝心なことは、玉石混淆の中で、これは有益な情報であると見抜くことであり、アンマはその能力に長けていた。いまさらながら、リシンの人物眼の高さに頭が下がるとともに、アンマをこの先発隊につけてくれたことを感謝した。
俺は、少し酒に口をつけると、次にハンセイに目を向けた。
「ハンセイ、お前には、この街をくまなく歩いて周ってみて欲しい。このキョショウという街で今何が起きているのか、民の暮らしはどうなのか、何が流行っているのか、そういうことをつぶさに見て報告して欲しいんだ」
ハンセイは俺の言うことを真剣な顔で聞いていたが、最後にうんと頷いた。
「分かった。俺は口下手で、人としゃべるのは苦手だけど、みんなが何をしているのか見るのは好きだから、やってみるよ」
ハンセイという男は、自分でもいう通り、人とは滅多にしゃべらず、黙々と作業するタイプの人間だったが、トンキン岩塩販売公会の役員となってから、このキョショウまでの旅路の中でずっと彼の働きぶりを見てきたが、ハンセイは人が見落とすようなところまでしっかりと見て、問題が起きそうなことも、すぐさま報告してくれる男だった。ハンセイの報告のおかげで大事に至らずに済んだことも少なからずあった。俺は、そんなハンセイの寡黙ながら冷静な観察眼を高く評価していた。
「ハンセイ、お前は確かに口数は少ないが、言うべきことをしっかりと言える男だ。昨日の紅天会の一団が現れたのをいち早く知らせてのもお前だし、カイサクに対しても臆せず自分の信念を言ってくれた。それに、お前の牛の扱いを見れば、観察する目が優れていることがよく分かる。どうか、その眼力で、このキョショウという街を見てくれないか」
俺は、本心からそういった。
それが通じたのか、ハンセイはうれしそうに、はにかんだような笑顔を見せた。
その笑顔に小さく頷くと、最後に俺は、いまかいまかと自分の番を待っていたショーフェンの方に顔を向けた。
「さて、ショーフェン、お前は、俺と一緒に、明日から市場を回る。まずは、市場でどんなものが売られているのか、塩はいくらで売られているのか、何時ごろが賑わうのか、人々の懐具合はどうなのか、そうしたことを実地で確かめるんだ」
ショーフェンは、ひどくうれしそうにうんうんと頷いたが、不意に疑問がわいたと見えて、質問してきた。
「よく分かったけど、持ってきた塩の試し売りはしないの? 私売り子として、選ばれたんだよね」
「確かに、売り子はやってもらうが、それはまだ先だ。商売を始めるにはそれなりの準備がいる。一番肝心なのは、俺たちの塩をどう宣伝するかってことだ」
「でも、塩は塩でしょう。宣伝って言ったって……」
「いや、ヤオがいってたじゃないか。トンキンの塩は独特の風味があって、どんな食事にも合うって。それを実際に確かめてみる必要がある。他の塩も試してみて、自分たちの塩の特徴をつかむんだ。その特徴に併せた売り方をすることで、他の塩と差別化を図れる。それが俺たちの塩を売り出す大きな武器になる」
「でも、塩ばっかりっじゃ、口の中がしょっぱくなるな」
俺は、ショーフェンがしかめっ面で口をすぼめるのを見て笑った。
「塩だけ舐めるんなら、そうなるかもな」
「違うの?」
「塩はただ舐めるためにあるんじゃないだろ。塩は必ず、食事とともに胃の中に入る。だから、塩の違いを知るんなら、その塩を使った料理を食べるのが一番分かりやすい」
「そっか! 母さんが作ってくれたおにぎりとか漬物なんかと比較してみれば、他の塩の特徴もわかるし、トンキンの塩が美味しいってこともわかるね!」
「そう、だから俺は、塩を試してもらう方法として、トンキンの塩を使った一番おいしい料理を食べてもらおうかと思っている」
「それ、いい考え! そんな風にして塩を売っているなんて見たことないから、凄い評判になるよ!」
「なるほど、そりゃ、確かにいい考えだ……待てよ、料理屋にも持っていけば、店で使ってもらえるかもしれねえな……ロセイ! これは当たるかもしれねえぞ!」
「アンマ、酒を飲みに行くのが目的じゃないんだからね!」
「分かってるって。しかし、こりゃ、面白くなってきやがった。さあ、明日からの方針も決まったし、今日はぱあっと前祝いといこうぜ!」
「本当にわかってるのかな……」
「まあ、アンマの言うとおりだ。まずは無事にキョショウについた。まだまだ先は長いが、俺たちの事業は着実に進んでいる。働くときは働かなきゃならないが、憩いの場も必要だ。それが明日への頑張りの糧となる。みんな、自分の力を思う存分、奮ってくれ。そすれば、必ず、この事業は成功する。それじゃ、この先の前途を祝って、乾杯といこう、乾杯!」
こうして、キョショウについた俺たちは、いよいよ、本格的に動き出すことになった。




