トレイシー、事実を知る
私の名前はトレイシーと言います。
とある王国の貧しい家庭で育ち、十五歳になった今年、ついに口減らしで奉公に出されてしまいました。まあ、ご飯も満足に食べられない家にいるよりはいいかもしれません。
そう割り切って自力で生きていく決意を固めました。
ちなみに、私の奉公先は王都にある大神殿です。
神官として王国を守護する神様に仕えることに。本当に大きな神殿で、ここには定期的に王族や貴族の方々も参られます。
底辺の暮らしをしていた私が、仕事とはいえそのような雲の上の方々とお話しするのは奇妙な気分でした。
中には特に仲良くなった方も。
「やあ、トレイシー。今日も頑張っているね」
こう笑顔を向けてきたのは伯爵家の令息、エドガー様です。
彼は何かとこんな風に私に声をかけてきては、楽しげに雑談をしていく変わった方でした。
「エドガー様、またお参りですか? 信心深いのですね」
「それもあるけど、どちらかといえばトレイシーに会いたいからかな。ほらこれ、前に君が食べたがっていたチョコレートを買ってきたんだ。皆には内緒で一人の休憩時にでも摘まんで」
と彼は私に高級そうな小箱を渡し、手をひらひらと振って去っていきました。
……これはまさか、玉の輿に乗るチャンスでしょうか?
今までろくなことがない人生でしたが、ついに幸運が巡ってきたのかもしれません。残念なことにエドガー様はあまり好みではないものの、家柄を考えれば悪くはないお相手です。
ふーむ、この私が行く行くは伯爵夫人……。悪くはありません……。
何だか足に羽でも生えたかのように、私は若干弾みつつ休憩室へ。
とドアノブに手をかけたところで、室内に誰かがいることに気付きました。
……あれは、同期のミーティア。一人で何かぶつぶつ呟いていますね?
「この私が行く行くは伯爵夫人……」
……どこかで聞いたことのあるセリフです。
その手元を見ると、私が持っているのと同じ高級そうな小箱が。もうこれだけで事態を察するには充分でした。
私は一気に扉を開け放ち、ミーティアに対して人差し指をビシリ。
「まさか同期がライバルとは! 伯爵夫人になるのは私ですよ!」
「ト、トレイシー! なぜ私と同じ小箱を!」
とりあえず、二人でチョコレートを摘まみつつ冷静に話し合うことになりました。
「やはり全く同じチョコですね。エドガー様はいったいどういうつもりでしょう?」
「あ、私達が二人共魅力的すぎて、どちらかに絞れなかったのでは?」
互いに顔を見合わせ、「きっとそうです」と二人で頷きました。
私とミーティアは同期なだけにとても気が合い、性格もよく似ています。物事を前向きに捉えるところとか、少しのんびりしているところとか……。
……きちんと事実を確認した方がいいかもしれません。
「……ミーティア、エドガー様の身辺を探りましょう」
「ですね。私達、ちょっとおめでたい思考ですから……」
というわけで、二人でエドガー様を監視することに。
彼は案外すぐにぼろを出してくれました。
神殿内には貴族が利用できる個室が備えられており、そこにエドガー様が友人達と入室。
私とミーティアが扉を少し開けて聞き耳をたてていると、歓談する男性達の声が聞こえてきました。
「それにしても、エドガーも物好きだな。もうすぐ大事な結婚が控えているというのに」
「ここでも二人の神官に手を出しているんだろ?」
友人達がそう話を振ると、エドガー様は軽薄そうな笑みを。
「ああ、どっちもおめでたい思考だから両方共簡単そうだよ。結婚が控えているからこそ火遊びがしたくなるんだ。まあ、彼女達も少しの間、伯爵夫人になる夢が見られて幸せじゃないかな」
私とミーティアは静かに扉を閉めてその場から立ち去りました。
言葉を交わさなくてもミーティアが何を考えているか分かります。私達は執念深いところもよく似ているのですから。
しばらく歩いた後、同時に足を止めていました。
「ミーティア、火遊びじゃ済まなくしてやりましょうか」
「ええ、トレイシー。大炎上させてやりましょう」




