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便座の上で力んでいたら異世界転生!? 婚約者の冷酷公爵をビンタして婚約破棄を目指します!  作者: HASNA


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8/13

悪役令嬢の誕生、とお荷物の帰還

『ようこそ、私の地獄へ。小娘が』


勝利を確信した笑みが、その口元に浮かんだちょうどその時――しかし、完璧に仕組まれていたはず의舞台(シナリオ)は、重々しく威厳に満ちた足音によって突如としてひび割れることとなる。


「何事だ、この騒ぎは!?」深く響くバリトンボイスが轟き、私生児のヒステリックな泣き声を遮った。


回廊の奥から、皇帝が長い豪奢なマントの裾を引きずりながら、血相を変えて歩いてくる。その後ろには、二人の近衛騎士が警戒を怠らずに控えていた。父親の姿を目にした瞬間、アロシアの瞳の奥でギラついていた悪賢い光は瞬時に消え失せ、代わりに極めて自然な、期待に満ちた輝きへと取って代わった。


これこそが、彼女が本当に切ろうとしていた切り札だったのだ。アロシアはわざとヘリオスのマントを掴んでいた手を緩め、冷たい大理石の床の上で震える身体を起こそうとした。


「父親」と呼ぶ男からの温かい抱擁、あるいは、せめて心配そうな視線を受け止める準備をするために。


「お父様……」アロシアは弱々しく呟いた。傷つき、血に染まった手を宙に伸ばす。それは、親からの庇護を求める子供としての、本能的な仕草だった。


「お父様、私は……」すれすれ。皇帝はアロシアの傍らを、そのまま通り過ぎた。


躊躇いもなく。一瞥すら暮れず。皇帝の黄金のマントが、虚しく伸ばされたアロシアの手のすぐ近くで床の塵を払った瞬間、彼女の周囲の空気が凍りついた。溺れかけて死にかけた娘の容態を確認するために跪くどころか、皇帝がまっさきに膝をついたのは、あの私生児の前だった。


彼はその平民の娘を愛おしそうに抱き寄せ、その涙を甲斐甲斐しく拭ってやったのだ。


「大丈夫か? どこか怪我はしていないか?」皇帝の声は驚くほど優しかった。


それは、アロシアがこれまでの人生で一度たりとも耳にしたことのない、慈愛に満ちた声だった。アロシアは硬直した。


血の滲む手は宙に浮いたまま、激しく震えていた。もはや池の水の冷たさのせいではない。衆人環視の中で突きつけられた、あまりにも剥き出しの「拒絶」の衝撃のせいだった。胸を切り裂くような本物の息苦しさが彼女を襲う――幼い頃から受け続け、刻み込まれてきた拒絶の傷。


皇帝は、アロシアが自分の最も憎む亡き皇后の生き写しであるという事実を、心底嫌悪していたのだ。


「父上(ちちうえ)っ!」ヘリオスが、激しい不信感を爆発させて怒鳴り声を上げた。


「一体何をしておられるのですか!? アロシアの姿をご覧なさい! あなたの実の娘が、その路地裏のゴミ屑に襲われ、溺れ死にかけているのですよ!」


皇帝は立ち上がり、背後にかばうようにして私生児を遮った。そして、冷徹で審判を下すかのような視線をヘリオスとロワンに向けた。


「そこまでだ、ヘリオス! 言葉を慎め。この娘はお前の妹だ。その身には、帝国たる我が血筋が流れている!」


「こいつは不吉をもたらす呪い児だ!!! 私の可愛い妹を殺しかけたのだぞ!!!」ヘリオスは怒り狂って怒鳴り散らした。


「この娘がそのようなことをするはずがない!」皇帝は毅然と、反論を一切許さない絶対的な声で遮った。「この子は無垢な子供だ。私はアロシアの幼少期からの無軌道な本性をよく知っている。いつも我が儘で、強情だった。どうせアロシアの方から仕掛け、罠に嵌めたのだろう!? あの腐りきった性根を見るがいい。母親そっくりだ――いつも血と偽りの涙を使って他人を欺こうとする。反吐が出るな」


グサリ。その言葉は、アロシアの溝落ちへと正確に突き刺さった。皇帝の推測は実際には100%当たっていた。しかし、男のその言い草――証拠もなく、アロシアの手から流れ落ちる血に目もくれない残酷な態度が、この状況をあまりにも無慈悲なものにしていた。


若き教皇であるロワンでさえ、聖なる法衣の陰で拳を固く握り締めるほどだった。


「皇帝陛下、この私は、アロシア皇女殿下が瀕死の状態で、その御手を深く負傷されながらも、必死に抗っておられた姿をこの目で確かに目撃いたしました……」


「黙れ、ロワン! ガキの浅知恵にその目を曇らされるな!」皇帝は冷笑交じりに鼻を鳴らすと、軽蔑に満ちた冷たい一瞥をアロシアに向けた。


「その見苦しい芝居をやめろ、アロシア。自分の手を傷つけて血を乞えば、私が同情するとでも思ったか? たとえお前が私の目の前でその両腕を切り落とも、私からの慈愛など、一滴たりとも得られると思うな。お前は、私がこの世で最も憎んだあの女(皇后)の、忌々しい影に過ぎん。私の視界から消え失せろ」その言葉を耳にした瞬間、アロシアの胸の中のすべてが、音を立てて崩れ落ちていくようだった。


その日の午後を境に、本物の「アロシア」はある一つの冷酷な事実に気づかされた。


――父親の目に映る自分は、いかなる罪を犯す前、初めからすでに有罪と宣告されているのだと。しかし、アロシアは泣き喚いて縋るような、そんな弱い女ではなかった。


彼女は、血に染まった手をゆっくりと下ろした。そして、傷ついた手のひらを血が再び滴り落ちるほど強く握り締め、その肉体的な激痛をもって、溢れそうになる涙を瞳の奥へと力ずくで閉じ込めた。この冷酷な男の前で流すには、彼女の涙はあまりにも価値が高すぎた。


アロシアは深くうつむき、濡れた髪が自分の顔を覆い隠すのをただ許した。ずぶ濡れになり、だらりと垂れ下がった黄金の髪の隙間から、彼女の顔は完全に影の中へと没していく。その翳りゆく黄金の帳の裏側で、先ほどまで顔に浮かんでいた哀しみのさざ波は一瞬にして蒸発した。


――代わりにそこに宿ったのは、冷徹で、虚無、そして完全に死に絶えた表情だった。


(おっと、そういうゲームのルールなわけね。お父様?)アロシアの脳裏に、そんな声が響く。


影の奥で、薄い嘲笑が再びその口元を歪めた。それは、以前のどれよりも深く、そして猛毒を孕んだ笑みだった。もしも、あの父親が何の大義名分もなく自分を憎むと決めたのなら、アロシアは誓おう。将来、その憎悪に見合うだけの『あまりにも正当な理由』を、あの男にたっぷりとくれてやると。


あの日の午後、突きつけられた拒絶は、彼女を粉砕するには至らなかった。それどころか、それはアロシアの内に辛うじて残っていた人間性を跡形もなく焼き尽くし、のちにこの宮廷のすべてを毒殺することすら躊躇わない、真の『悪役令嬢(ヴィランズ)』を誕生させるための産声となったのだ。


◆◆◆


ガタゴト! ドンッ!


悪路の窪みにハメた貨物馬車の激しい衝撃が、突如として私の意識を引き戻した。馬車の手すりの木壁に頭をぶつけ、私は冷や汗をだらだらと流しながら、荒い息を吐いて飛び起きた。何度も瞬きを繰り返す。さっきまで鼻を突いていた、あの息苦しいほどの王宮の薔薇の香りは一瞬にして消え失せ、代わりに古着の埃っぽい臭いと市場の泥臭さが鼻をくすぐり、思わずくしゃみが出た。



「ハックシッ! ゲホッ、ゲホッ……」まだバクバクと激しく脈打つ胸を押さえる。


反射的に持ち上げた自分の手のひらは、傷一つなく滑らかだった。夢の中で薔薇の棘に抉られたあの凄まじい痛みの余韻がまだ残っているようで、胸の奥が少しズキズキと痛む。


「クソ……元々の身体の持ち主(アロシア)の記憶、本当に容赦なく悲惨すぎるでしょ……」


私は麻袋の山に頭を預けながら、ぽつりと呟いた。本物のアロシアがサイコパスになり、異常なほどプライドに固執するようになったのも納得だ。あんなクズで依怙贔屓(えこひいき)の激しい父親を持っていたら、私だって王宮の奴ら全員を毒殺してやろうかって大真面目に考えちゃうわ。


でも、本物のアロシアは破滅をもたらす「悪役令嬢」の道を選んだ。


じゃあ、私は?私はただの「お荷物(お荷物人間)」で、今は不吉なこの場所でなんとか生き残るために必死で知恵を絞らなきゃいけない凡人に過ぎない。覆われていた幌(ほろ)の隙間から、外を少し覗いてみる。外には、さっきの記憶で見たばかりの、あの見覚えのある壮大なシルエットが近づいてきていた。


帝国王宮の正門。私の唇に、フッと薄い笑みが浮かんだ。よし、市場で適当に忍び込んだ貨物馬車は、やっぱり王宮内へ向かう物流の馬車だったみたい。


誰にも見つからずに自分の部屋へこっそり戻るという作戦は、今のところ順調に進みそうだ。首を洗って待ってなさい、みんな。このお荷物人間が、今から自分の巣へと帰還してあげるから。


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